All Chapters of 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 疑心と期待

 ミカエラの朝は神殿に向かうことから始まる。  今朝も護衛騎士を引き連れて、神殿への道を歩いていた。(ドレスが届くのは何時かしら? 夜会の時期を考えたら、そろそろ届くころだけれど……) ミカエラは愛しい婚約者から届く予定のドレスを楽しみにしていた。  足取りは自然と軽くなっていく。   (また傷付けられないか、怖いけれど……好きな方からの贈り物が楽しみでない方などいて? いえ、いないはずだわ) ミカエラはアイゼルの姿を思い浮かべた。  スラリと背が高く、整った美しい顔に金の髪。(甘く微笑んだアイゼルさまの、あの青い瞳に見下ろされれば、全てが溶けてしまうのよ。わたくしは、恋に落ちてあの方を愛してしまう。何度でも。何度でも……) ミカエラの意識が甘く染まった瞬間。(え?) キラキラとしたオレンジ色の光が、彼女の視界の端に見えたような気がした。   (虫?) 体にまとわりついてくるような光に気を取られて、ミカエラは立ち止まる。  と、その瞬間。  ドンと背中を押す手の感触がした。「あっ⁉」 目の前には神殿へと続く長い下りの階段がある。  ミカエラの体は、この石造りの長い階段を転がり落ちれば無事では済まないだろう。  だが生地をたっぷり使った見てくれだけは豪華なドレスを着たミカエラは、押された衝撃を受け止めることなどできなかった。  ミカエラの足は地面を離れ、体は宙に浮いた。   (落ちるっ!) 思わずミカエラは目をつぶった。「危ないっ!」 大きな声と共に、安定感のある逞しい体がミカエラを包んだ。(あ、危なかった……) 鍛え上げられた体に抱き留められ、ミカエラは安堵の溜息を吐いた。  ギュッとつぶった目をゆっくりと開くと、オレンジ色の光がキラキラと目の端に映った。(わたくしが、狙われた?) 王太子婚約者であるにもかかわらず、無価値な存在として扱われ過ぎたミカエラにとっては、自分が狙われたという危機的な事態が、いまひとつピンとこない。  男性の怒声が「あいつを追え!」と指示を出し、バタバタと慌ただしく人の動く気配がする。  いつもは静かな神殿への道が騒然としているのを感じながら、ミカエラは呆然としていた。  赤いドレスを常に着ているミカエラは目立つ。   (黒髪に赤いドレスを着ている貴族女性なんて、わた
last updateLast Updated : 2025-07-01
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第22話 王太子は婚約者を守りたい

 爽やかな朝。 執務に取り掛かる前のアイゼルは荒れていた。「やっぱりミカエラは狙われた!」 アイゼルは執務室に入るなり、悔しそうに呟きながら上着をソファに叩きつけた。(守りたいから冷たくしていたのに。ちょっと優しくしようとしたらすぐコレだ! 私はどうすればいいんだっ) 立ったままギリギリと奥歯を噛み締めるアイゼルに、護衛騎士の代表として来ていたレクターが報告する。「ミカエラさまにぶつかったのは男爵令嬢だったよ」「なんだって⁉」(政敵かと思ったのに、なぜ令嬢が⁉)  混乱するアイゼルに、レクターは冷静に伝える。「犯人の令嬢は捕まえたよ。暗い色のドレスを着て、物陰に潜んでいたようだ」「なぜそんなことを!」「そりゃアイゼル。お前のせいだよ」 レクターの意外な言葉に、アイゼルは目を見張った。「私のせい、だって?」「ああ。そうだ。お前は婚約者がいながら、他の令嬢にも気のある素振りを見せていたからな」「だからって……」 苦笑を浮かべたレクターは、戸惑うアイゼルに諭すように言う。「貴族にとって王太子の寵愛を受ける娘というものは、価値があるものだよ。側室でも愛妾でも構わない。王太子や国王との繋がりが持てるのなら、貴族は娘の命だって差し出すだろう」「それがミカエラへの襲撃と、どうつながる?」 眉根を寄せるアイゼルに、レクターは説明する。「ミカエラさまを亡き者にすれば、正妻の座を狙えるじゃないか」「あ……」 ミカエラ以外を正妻として迎える気のないアイゼルにとっては、レクターの意見は意外なものでしかない。「お前がミカエラさまへ冷たい態度をとっていれば、正妻の座だって夢じゃないと期待する令嬢がいても不思議じゃない」「だからって……」 戸惑うアイゼルに、レクターは肩をすくめて両手のひらを上にむけると、わざとらしく溜息を吐いてみせた。「嫉妬というものは厄介だ。全く相手にされていないと思っていたミカエラさまへ、お前がドレスを贈るって話が出たんだ。そのせいで焦った令嬢が彼女を狙ったんだろう」「ドレスごときで⁉」 アイゼルが驚いて声を上げると、レクターは上げた手のひらをヒラヒラと動かしてみせた。「お前は女の嫉妬の怖さを知らないな? お前は王太子という立場を除いてもモテるんだから、ミカエラさまが嫉妬されたって不思議はないだろ?」「だから
last updateLast Updated : 2025-07-02
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第23話 王太子の憂鬱

 アイゼルの一日はそれなりに忙しい。 22歳の王太子の受け持つ執務は、時間が経つにつれ国王のそれへ近いものになっていく。 朝。 溜息を吐きながら目覚めたアイゼルは、モソモソと起き上がるとベッドの端に腰かけた。 ラハットが見えるようになったアイゼルは、自分の守護精霊へ相談するのが毎朝の日課になっていた。「執務もしなければならないし、政治的なバランスを考えた付き合いも必要だ。私を国王にしたくない勢力による暗殺計画も増えている。ミカエラの命も守らなければいけないのに、その上、恋の駆け引きまで必要なのか⁉」『ウフフ。最後のが一番大切なんじゃないの?』 ラハットは青い光をチカチカさせながらアイゼルの周りをクルクル回りながら飛ぶ。 青い瞳に青い髪の守護精霊は、発光すると青い光を放つのだ。「ラハットがミカエラの命を守ってくれると確約してくれるなら、私は恋の駆け引きに集中するよ」『ウフフ。確約だって。それは無理~』 清廉な愛の守護精霊は、純粋で無邪気な上に正直だった。「分かってるよ。だからせめて暗殺計画くらいはキチンと教えてくれ」『守護精霊は賢いわけでも、万能なわけでもないからね。無理』「だったら、何ができるんだ⁉」『んと……応援?』 精霊な愛の守護精霊は、青色のポンポンを持って振りながらフワフワとアイゼルの周囲を飛んでいる。 キラキラ光りながら青色の房状の玉がフワフワ揺れる様は綺麗だが、アイゼルの悩みを解消してくれるかといえばそうでもない。「私が暗殺を避けることと、ミカエラへの直接的な攻撃を防ぐこと。この2つくらいは叶えてくれよ」『難しいね。でも危険は何度か教えてあげたでしょ?』「そうだが……」 アイゼルは不満そうな表情を浮かべた。『ボク、何回教えてあげたっけ?』 アイゼルは右手を広げるとラハットに教えられた危機の回数を数え始めたが、両手でも足りないことに気付いて途中で止めた。「冷静に考えると回数多いな?」『でしょ? ミカエラの守護精霊が教えてくれた分もあるし。そりゃ多いよ。アイゼルがボクのこと見えるようになるまで、どれだけハラハラしながら見守っていたか、分かる?』「……あっ」『もう、アイゼルは変なところで鈍いんだから。もっとも、アイゼルが国王になる日も近いから、回数は激増しているけどさー』 ラハットが肩をすくめて両手のひ
last updateLast Updated : 2025-07-03
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第24話 王太子の贈り物 1

 日差しが強くなり夏の気配が近付いた頃。 ミカエラの自室にリボンのかかった大きな紙箱が届いた。 アイゼルからの贈り物だ。「素敵なドレス……」 紙箱を開けたミカエラは、そのなかに収まっていた豪華なドレスを前に息を呑んだ。 横から覗き込んでいた侍女のルディアは弾んだ声で言う。「まぁまぁ。なんて素晴らしいドレスなのでしょう。やはり、王太子殿下はミカエラさまのことを気にかけていらっしゃるのね」 戸惑うミカエラとは対照的に、ルディアは上機嫌だ。「私は、ミカエラさまの侍女ですから。ミカエラさまに美しく装っていただける夜会の席は腕の見せどころですわ。こんな美しいドレスなのですもの。腕が鳴ります」 ルディアは目をキラキラさせて届いたドレスを見ている。 メイクやヘアメイク、全身のコーディネートなどを担当する侍女にとっては、夜会の席は実力をアピールする絶好の機会だ。 だからミカエラの侍女が前のめりになるのも無理はない。「ええ……お願いするわ……」 ミカエラは侍女の反応に戸惑いながらも、ドレスの美しさにうっとりした。 夜会用として届けられたドレスは、王太子の金髪を思わせる金色がベースとして使われている。 黒地に金で大きな薔薇の刺繍を施された生地が、胸元やドレスの裾にアクセントとして配されている華やかなドレスだ。 前を大きく開けてガウンを羽織っているように見えるデザインのドレスは、袖と脇や背中の部分は王太子の瞳と同じ青が使われていた。 その上にも細かく大胆に入れられた金の刺繍。 袖口にあしらわれているレースは黒。 他の部分は白に金の刺繍の入ったレースが使われていた。 ドレスの色は? と聞かれれば金色なのであるが、王太子の瞳の色はもちろん、ミカエラの色も取り入れられている。 まさに王太子婚約者であるミカエラのためのドレスだ。「合わせてみましょう、ミカエラさま」 言われるがまま、ミカエラはドレスを纏ってみた。「あぁ、お似合いですわ。王太子殿下がミカエラさまのために、お見立てになっただけのことはありますわね。おふたりの色も取り入れてありますし。何より、ミカエラさまをよくご存じであることがわかりますわ」「そう、かしら?」 侍女から意外なことを言われてミカエラは戸惑った。「ええ。ドレスのデザインはもちろん、細くてもドレスのシルエットが綺麗になる
last updateLast Updated : 2025-07-04
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第25話 王太子の贈り物 2 

「ミカエラさまにお似合いなのは、赤色だと思っていましたが。金色もお似合いになりますね」 侍女は鏡に映るミカエラとドレスを眺めながら、うっとりと呟いた。「そうかしら?」 ミカエラは、まじまじと鏡を覗き込む。(いつもとは違う、とは思うけど。似合っている……かしら?) ミカエラは首を傾げた。 少し癖のある黒くて長い髪がサラリと揺れる。 ミカエラの肌を黒髪がより白く見せて血色の悪さが目立つが、金色のドレスは華やかに輝いて青白さを目立たなくしてくれていた。「ええ。よくお似合いですよ。髪はいかがいたしましょうか。アップにしましょうか。それともハーフアップにして、華やかな巻き髪にいたしますか? どちらもお似合いになると思いますよ」「どうしましょう……」 ミカエラは困ったように眉尻を下げた。(わたくし、着飾ることにあまり興味がないの。だって誰も褒めてはくれないし、粗探しされるばかりで楽しくない。このドレスも派手だと言われそうね。そして王太子殿下の贈り物だと聞いた途端に態度を変えて、褒め称えるはずよ) ミカエラは贈られたドレスを着た自分が、夜会会場に集まった貴族たちから、どのような反応や対応をされるのかを想像して、げんなりした。 馬鹿にされるのも、軽蔑されるのも、興味本位の視線を向けられるのも、うんざりする。 だが侍女はウキウキとミカエラを飾り立てる算段をしていた。「んん……ハーフアップにして、おろした髪を縦巻きにしましょうか? そのほうがドレスの色が……んっ、ミカエラさまの色として、引き立つかもしれませんわ」 侍女はミカエラの髪を上げたり、下ろしたりして鏡の前で悩んでいたが、何か思いついた様子で表情を輝かせた。(わたくしの気持ちなんてどうでもいいわね。ルディアの機嫌がよくなるのは助かるわ) 自分の秘密を知っている侍女の機嫌はよいほうが、ミカエラの安心に繋がる。「任せるわ」
last updateLast Updated : 2025-07-05
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第26話 悩める王子さま

 アイゼルが恋に悩む男だという事実を知る者は少ない。 そのうちの1人(?)は、守護精霊のラハットだ。 忙しい王太子にとっては悩むことに使える時間も限られる。 アイゼルにとっては朝と就寝前のひとときが、ミカエラとの関係についての悩みに集中できる時間だ。 いつものように目を覚ましたアイゼルは、ベッドの上でゆっくりと上半身を起こすと、モゾモゾと動きたしだ。 ボーッとしつつベッドの端に腰かけたアイゼルは、愚痴のような八つ当たりのような口調で自分の守護精霊へと話しかける。「ラハットから言われたようにやってみたけど、やっぱりダメだったぞ?」 守護精霊さまとか呼んでいた丁寧な態度は既に何処かへいってしまって、アイゼルのラハットへの態度は長年の親友のように雑だ。『だからぁ~。直接ちゃんと渡さなきゃダメだって言ったでしょ? ミカエラはカードを見てないかもしれないよ』「なんだって⁉」 アイゼルは目を剥いた。『目が覚めたようで何より』 ラハットは呆れたように言いながら、アイゼルの周りを青いキラキラをまき散らしながらグルリと輪を描くように飛んだ。 「私はカードを読んでもらえないほど、ミカエラに嫌われているのか⁉」『アハハッ。そんなわけないでしょ。嫌われたなら、異能で守られなくなるからすぐ分かるもん』 アイゼルの的外れな不安をラハットは笑った。「あ、そうか」 アイゼルは早とちりを誤魔化すように、右手の指先で頭をポリポリと掻いた。 そしてゴホンと咳をすると、改めて疑問を口にした。「だったらなぜミカエラはカードを見ていないんだ?」『あのねぇ。ミカエラについてる守護精霊が、カードだけゴミ箱に落ちたのを見たって』「カードだけ落ちた? リボンに絡めてもらったから、箱にしっかりと付いていたはずだが?」 アイゼルは不思議そうに首を傾げた。『なんかねぇ。箱を持ってきた人がゴミ箱に落としちゃったんだって。それを誰も気付かなくて捨てられちゃったみたい』「なんだそれは?」 アイゼルは眉をしかめた。『ミカエラについている守護精霊がね、キラキラ光って知らせたんだけど。気付いてもらえなかったんだって。あっちの守護精霊は、まだミカエラには見えないからさ。こーゆー時に不便なんだよね』「んー……」 ラハットの話を聞きながら、アイゼルは低く唸った。(わざとカードだけ
last updateLast Updated : 2025-07-06
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第27話 悩める王太子婚約者さま

 昨日はドレスが届き、今日は花が届いた。「急にどうされたのかしら、アイゼルさまは」 ミカエラは届けられた色鮮やかで大きな花束を前にして呟いた。 アルケミラモリスやスグリを背景にして、白に近いピンク色の薔薇に百合の花、白のシャクヤクにカラーと白っぽい大振りの花の中にブルーのオキシペタルムがアクセントのようにして咲いている。 持ち上げてみれば、その重みがずっしりとミカエラの両手にかかった。(嬉しいけれど、ちょっと重たいかも)「わたくしのイメージは赤だと思っていたけれど、アイゼルさまのなかでは違うみたいね」 戸惑うように言うミカエラの横から、綺麗な白いレースに包まれた花束を覗き込んだ侍女が笑う。「うふふ、ミカエラさま。表情がだらしなく緩んでらっしゃいますよ」「それは……花をもらって嬉しくない女性はいないわ」 ミカエラは花束をテーブルの上に置くと、赤く染まった頬を白くて長い両手の指でおさえた。 侍女は笑いながら言う。「王太子殿下も、そろそろ立場の変わるミカエラさまを慮っていらっしゃるのではないでしょうか」「そうかしら?」 ミカエラは小首を傾げた。「うふふ。だってミカエラさま。王妃教育も終わりに近いのですもの。ご結婚が近いということですわ」「まぁ」 侍女にからかわれて真っ赤になったミカエラは、両手で顔を隠した。(結婚……そうね、婚約はしているのだから、次は結婚……え? 結婚? わたくしとアイゼルさまが?) 改めて考えてみると、それは自然の流れだ。(わたくしは冷遇されていたから、結婚するというイメージがないわね……) 王太子との結婚は、平民のそれとも、貴族のそれとも違う。(イメージが湧かないけれど、このままいけば結婚するのだわ。結婚……ああ、ピンとこないわ) しかし今は、そんなことはどうでもよいのかもしれないとミカエラは思った。 侍女の機嫌が良ければ、ミカエラの待遇も良くなる。 それは王太子婚約者でありながら立場の弱いミカエラにとって、ありがたいことだ。(それが分かってアイゼルさまはコレを? でも今までは何も……アイゼルさまは、どのようなお気持ちでコレを贈ってくださったのかしら?) ミカエラは、侍女がいそいそと花瓶に生けた花を眺めながら思う。(わたくしは、これからどうなっていくのかしら?) 忙しい王妃教育もそろそろ終わ
last updateLast Updated : 2025-07-07
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第28話 陰謀 1

 潜む悪意は、どこに転がっているか分からない。 王太子がその婚約者へ好意を示し始めていることは、敵側へと簡単に伝わった。 敵は密やかに動き出す。 ミカエラにとっての敵もいれば、王太子にとっての敵もいる。 当然のように2人にとっての敵もいて、神殿にある小部屋では、王太子とその婚約者の敵が密談していた。 副神官は眉を歪めて憎々しげに言う。「いっそのこと、あの悪魔を攫って処分してしまえばよいのでは?」「フフフ。副神官。神官ともあろうお方が、穏やかではない口ぶりですな」「でも本心では。あなたもそう思われているのではありませんか? マグノリア伯爵」 副神官の前にいる人物は、火の中に入れた栗が弾けて飛ぶような笑い声を上げた。 チロチロと揺れる蝋燭の炎に浮かびあがるのは、黒い髪に赤い瞳。 マグノリア伯爵家の現当主であり、国王の側室であるマリアの兄、第二王子であるミゼラルの伯父の姿であった。 小さい部屋だというのに灯りを絞っているせいて部屋は薄暗い。「ハハハッ。滅多な事を言うものではありませんよ副神官」「ふふ。ココは防音のしっかりしている部屋ですから。本音をおっしゃっても大丈夫ですよ」 神殿にある小部屋の防音がしっかりとしているのには理由がある。 神官相手に秘密を打ち明ける信徒のために用意されている部屋だからだ。 秘密を打ち上げる部屋で、副神官とマグノリア伯爵は密会していた。「そうはいっても簡単に信じるようでは……この世の荒波を乗り越えることは出来ますまい」「ふふふ。流石はマグノリア伯爵さま。用心深いことで……」「問題でも?」「いえ、良いことでございます」 副神官は細長い体を2つに折って、マグノリア伯爵に恭しく頭を下げた。「この国を背負って立つのは、マグノリア伯爵さまを後ろ盾に持つ、第二王子殿下であらせられるミゼラルさまが相応しい」「嬉しいことを言ってくれるね、副神官。ミゼラルを第二王子だからといって、王太子の器でないと切り捨ててくれた国王よりも、よほど先を見通せる目を持っている」「ありがとうございます」 副神官は灰色の髪の乗った頭を下げて、マグノリア伯爵へ敬意を見せた。 「黒い髪に赤い瞳を持つ者を忌み嫌う風潮はあるが。過去、優秀な王のなかには黒い髪に赤い目を持つ者も多い」「左様でございます。乱世にあっては、黒い髪に赤い瞳
last updateLast Updated : 2025-07-08
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第29話 陰謀 2

 チロチロと揺れる蝋燭が浮かび上がらせるマグノリア伯爵の顔は、不気味な笑みで染まっていた。「我が甥が王座に就いたとしても、それだけでは駄目だ。長く長く在位して貰わねば、な。そのためには、健康で長寿であることは必須」 「そうですな」 副神官は合点がいった様子でニヤニヤ笑った。  マグノリア伯爵は思案顔で言う。「あの女の気持ちがミゼラルに向けば……怖いものなど無くなるのではないかな?」 「ほほう。そういう事ですか……」 「副神官が、あの女を味方に付けることへ反対なのであれば、むろん諦めなければならないことだが」 マグノリア伯爵がチラリと意味ありげな視線を向けると、神官は慌てて両手を胸の前で振って否定した。「いえいえ。あの女がこちら側に、味方に付くというのなら話は別です」 「ほう、風向きが変わる、と?」 「はい。あの女が持つ異能は、『愛した人』に対してのみ働くものですが、その対象は不変というわけではありません」 マグノリア伯爵は意地の悪い笑みを浮かべて言う。「だが副神官は、あの女が気に入らないのでは?」 「それは……たかだか人間の、しかも女であるミカエラが、次代の王を守るなどという生意気かつ、おこがましい事をしているからですよ。あの異能は、本当に厄介で忌々しいですからな」 「確かに」 現王太子反対派が何度暗殺を企てても、アイゼルが倒れることすらなかった。  ミカエラの異能は脅威だ。「ですがこちら側につくのであれば話は別です。駒として利用できるとなれば、アレは便利です。どんな手段を使われてもミゼラルさまのお命は守られますからね。……そうですね。ええ、ええ。あの女をこちら側に取り込みましょう」 「ふふふ。副神官。随分と顔色が良くなったな」 スッキリした表情の副神官が両手を胸の前で組み、天を見上げて言う。「はい。マグノリア伯爵さま。私は今、神の啓示を受けたような気分でございます」 「神の啓示、か。それは良かったな」 「はい」 灰色の老人は子どものようにニコニコと笑いながら無邪気にコクリと頷いた。  マグノリア伯爵は静かに頷く。「幸い、我が甥っ子殿はミカエラを憎からず思っているようだ」 「それは心強いですな」 「とはいえ。ミゼラルも、まだまだ初心な男だ。お膳立てせねば先に進むのは難しい。だから、
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第30話 贈り物

 今朝届いたのは、朝露がついた1本の白薔薇。 ミカエラは棘を丁寧に取り除いた白薔薇の茎を細い指で持ち上げると、花弁を鼻に近付けてそっと香りを嗅ぐ。 朝と夜の境目の香りがふわっと漂う。 重たいカーテンを開けて、窓を全開にしたミカエラの部屋は明るい。 朝は来たのだ。「これはアイゼルさまが?」 ミカエラが問いかけると、コクリと頷いた侍女が1枚のカードを差し出した。「今朝、護衛騎士のレクターさまがいらして届けてくださいました。あの方は王太子殿下の幼馴染だそうですね。」「ええ。そのようね」 幼い頃から王宮で育ったミカエラは、アイゼルの交友関係くらいは知っていた。 アイゼルは沢山の人に囲まれていて、レクターは最も彼の側にいたうちの1人だ。(そのなかに、わたくしが入れないことは苦しかったし……ありていに言ってしまえば、レクターさまにすら嫉妬心を持っていたけれど。こうしてお花とカードを届けてくださったのだから、文句を言ってはいけないわね) ミカエラは微笑みながらカードを開いた。 そこには短く、ミカエラへの愛を示す言葉と、差出人であるアイゼルの名が記されていた。 カードを覗き込んだ侍女が揶揄うように言う。「あらあら。素っ気ないカードですね」「ふふ。アイゼルさまらしいわよね。でもわたくしは、お世辞でも、義務でも、『愛するミカエラ』と書いてもらえたことが嬉しいわ」 ミカエラの言葉を受けて、侍女は肩をすくめた。(ドレスにお花、そしてカード。アイゼルさまってば突然どうされたのかしら?) 不思議に思いながらもミカエラは嬉しさに頬が緩む。 オレンジ色の光が彼女の周りをキラキラと輝きながら踊っている。 実際にはカードや贈り物は、ミカエラが思うよりも多く届いていた。 だが彼女はその事実を知らない。 レクターを介することでようやくカードが届くようになったのだが、事実を知らないミカエラは素直に喜んだ。「こちらはいかがいたしますか?」「そうねぇ……」 ミカエラの元へ王太子アイゼルからの贈り物がちょくちょく届くようになると、他の貴族たちからの贈り物もちらほらと届き始めた。「食べ物は怖いわね。上手に処分してちょうだい」「はい、かしこまりました」 令嬢からミカエラに届けられる物は、なぜかお菓子が多かった。 「毒が入っているかもしれないから、子どもに
last updateLast Updated : 2025-07-10
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