マンションを出て、朝の冷たい空気に触れた瞬間、足の力が抜けた。 握りしめた鞄の持ち手が、汗で滑る。 喉が痛い。泣いたわけでも叫んだわけでもないのに、胸の奥が焼けつくようだった。 階段を下りきるころには、もう呼吸の仕方もわからなくなっていた。 風が頬を撫でても、それが冷たいのか温かいのかさえ分からない。 ただ、ここから遠ざかりたかった。 なにも考えたくなかった。 足元では、うなちゃんが心配そうにこちらを見上げている。 私はリードを握りしめ、トボトボと歩き出した。 「ごめんね……うなちゃん。ごはんとか……持って来られなかったね」 孝夫さんと決別する〝ついで〟に、それらを取りに行くつもりだったのに、そんな余裕はどこにもなかった。 それが、ますます情けなくて。 気づけば、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。 これは、別に孝夫さんとの別れを惜しんでの涙じゃない。 何だか分からないけど、とにかくすごく、悔しかった。 「私って……孝夫さんにとって、何だったんだろ……」 声にした途端、余計に虚しさが押し寄せてくる。 どれくらい歩いたのかも分からないまま、気が付けばいつもの公園前に立っていた。 無意識に、足が勝手にここへ向かっていたらしい。 習慣って怖いな……とぼんやり思う。 「うなちゃん、今日の夜、どうしよっか」 口に出した途端、現実がのしかかる。 この東屋で一晩明かすのは、体調を崩した今の自分には自殺行為に思えた。 かといって、まだ離婚できていない身の上では、梅本先生のアパートに戻るわけにもいかない。 そんなことをしたら、また梅本先生をご自宅から追い出してしまいかねない。 「ホテル……」 無意識につぶやいて、うなちゃんと顔を見合わせた、そのときだった。 「……桃瀬先生」 名前を呼ばれて、顔を上げる。 少し離れた場所に、梅本先生が立っていた。 陽射しが背中から射して、輪郭だけがぼんやりと光っている。 信じられない。というより――どうしてここに? 色々な感情が一気に押し寄せてきたのに、何ひとつ言葉にならなかった。 「行くとこ、ないだろ」 怖いお顔。 それとは裏腹に、穏やかな声。 けれど、その瞳の奥には確かな焦りがあった。 私は
Last Updated : 2025-11-05 Read more