Accueil / 恋愛 / 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます / 7.もう一度、歩き出す前に⑩

Partager

7.もう一度、歩き出す前に⑩

Auteur: 鷹槻れん
last update Date de publication: 2026-02-20 04:13:00

「またとか冗談じゃねぇ! お前の顔なんて、二度と見たくねーわ!」

 乱暴にテーブルへ紙を叩きつけ、ペンを掴む。

 ぐしゃ、と紙を押しつけるようにして名前を書き殴る。

 苛立ちがそのまま文字になったような、汚い字。

 書き終えると、腹立たし気に捺印を済ませ、それを私へ突き返してきた。

「勝手にしろ! お前なんかいなくても俺は平気だ!」

 震えたのは、私じゃなかった。

 私はその紙を静かに封筒へ戻す。

「……ありがとうございます」

 それだけ告げると、孝夫さんはさらに顔を歪めた。

 もう、言葉は必要ない。

 私は踵を返すと、一度も振り返ることなく玄関へ向かう。少しだけ足が震えているけれど、大丈夫。ちゃんと歩ける。

 手にしたままだった合鍵を、そっと下駄箱の上へ置いた。

 これでもう、二度とこの部屋へ入ることはない。そう思った――。

**
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Dernier chapitre

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   11.私は全部知っている⑦

     それからの私は、どこか上の空。仕事をしていても、何度も同じところで作業の手を止めてしまっていた。『桃瀬先生が話すに値する相手だと思えば、彼も話してくれると思いますし』 忘れようとしても、竹中さんの言葉が頭から離れてくれない。(話すに値する相手……) そんな値踏みするような目を、一臣さんから向けられたことなんて一度もない。 あくまでも竹中さんが勝手に言っただけだ。 そんなの、分かってる。分かっているのに。 私は一臣さんの弟さんのことを、――もっと言えばご家族のことを何も知らなかった。 弟さんがいることも、今日竹中さんから聞かされて初めて知ったくらいだ。(私には話しても無駄だと思われてる?) 親しくなって、それほど経っていないのだ。時期尚早なだけかもしれない。 でも……。 さっきから同じことをぐるぐると考えては、自分を慰めるように教えてもらえていない理由を探している。 現に私だって、一臣さんに自分のことを全て話しているわけじゃない。 家族構成や、孝夫さんとの馴れ初め。 考えてみれば、うなちゃんとの出会いだって、話したりしていないもの。 お見合いで出会ったわけでもない限り、そういうのは少しずつ分かり合っていくものだと思う。(それに……)  誰にだって、人に話したくないことのひとつやふたつ、きっとあるはずだもの。 考えてみれば竹中さんの言い方では、弟さんのことは一臣さんにとって、言いづらい部類のことみたいに聞こえた。 だとしたら尚更。そんなことを、まだ恋人ですらない私が〝教えてほしい〟なんて思うこと自体おこがましい話なのかも?(でも……あんなふうに言うってことは……竹中さんは一臣さんからそういう話をしてもらっていたってこと……だよね?) そもそも、竹中さんと一臣さんはどのくらいの期間、お付き合いなさっていたんだろう? 付き合い始めてどのくらいで、彼から〝話すに値する相手〟だと思われたのかな……。(私は……) 一臣さんと私は、まだちゃんとお付き合いしているわけではない。 下の名前で呼び合って、触れるか触れないかの軽いキスを交わして。一線を越えそうにもなったけれど、私が孝夫さんにされたことを思い出して怖がったのに気付いた一臣さんが、待ってくれた。 もしあのまま身体の関係があったとして……『付き合おう』って言われていない間

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   11.私は全部知っている⑥

    (私にだって、孝夫さんがいたんだもの)  結婚して、夫婦として一緒に暮らした人がいた。  一臣さんにだけ過去があってはいけないなんて、そんな勝手なことを思うつもりはない。 分かっている。  そんなこと、ちゃんと分かっているのに……。  それでも、胸が痛かった。(……嫌だ) 目の前にいるこの人が、一臣さんの恋人だった。  私の知らない一臣さんを知っている。  〝昔みたいに〟と名前を呼べるくらい近いところにいた。  その事実が、どうしようもなく苦しかった。「……桃瀬先生? いかがなさいました?」 「あ、その……なんでもありません。すみません」 「いえ、大丈夫ですよ」  竹中さんは、私の顔を覗き込むようにして笑う。 「……でも、今ので確信しました。桃瀬先生はやっぱり好きなんですね。一臣のこと」 「……っ!」 否定しなくちゃ。  ここは学校だ。  私は一臣さんとはただの同僚で――。  そう言わなきゃって思うのに、言葉が出てこなかった。 その沈黙をどう受け取ったのか、竹中さんの目がほんの少しだけ細くなる。「ところで一臣は、あなたに話したんですか?」 「……え?」 「ほら。弟さんのこと」  弟さんの、こと……?  思いも寄らない言葉に、私は瞬きをした。 「それって、どういう意味……ですか?」 私がそう尋ねた瞬間、竹中さんの表情が変わった。 そうして次に口を開いた時にはどこか勝ち誇ったように、 「……そう、まだ話してないんですね」  意味深長に微笑んでみせる。 「だから……何のこと……ですか?」  その表情が気になって思わず聞き返すと、竹中さんはすぐには答えず、ただ私をじっと見つめてきた。 同情するような、それでいて、どこか見下ろすような、そんな目で見られて、私はとても居心地が悪くなってしまう。「教えてあげたいのは山々だけど……知らないのは、一臣が話していないからってことでしょう? だったら私から言うことじゃないと思うの」 「それはそう、です、けど……」 「そんなに気になるなら一臣に直接聞いてみたらどうですか?」  にっこりと笑う。 「桃瀬先生が話すに値する相手だと思えば、彼も話してくれると思いますし」  綺麗な笑顔だった。  なのに、背筋がぞくりとした。「ちなみに私は……一臣のことは全部知って

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   11.私は全部知っている⑤

     ふたりが図書室を出て行ったあと、私は気持ちを切り替えようと新しく届いた本の受け入れ作業へ戻った。 パソコンへ書誌情報を取り込み、分類を確認して、バーコードと背ラベルを印刷する。 いつもなら、こういう細かい作業をしていると自然と集中できるのに。(……昔みたいに、か) 気を抜くと、すぐに竹中さんの言葉が蘇ってくる。「……もう」 小さく頭を振った。 仕事中だ。 余計なことを考えちゃダメ。 それに、一臣さんは明らかに嫌がっていた。 竹中さんに触れられた時だって、すぐに手を振りほどいていたし。〝……穂乃、また後で〟 最後には、私にそう伝えてくれた。(大丈夫) 何が大丈夫なのか、自分でもよく分からないまま、そう言い聞かせる。 私は印刷されたバーコードと背ラベルを一枚ずつ確認しながら、新しい本へ貼り付けていった。「桃瀬先生」「はい」 不意に入口から声を掛けられ、顔を上げる。「――あ」 そこに立っていたのは、ついさっき一臣さんと図書室を出ていったはずの竹中さんだった。「お仕事中にごめんなさいね」「い、いえ」 慌てて手を止める。 竹中さんの背後へ視線を凝らしても、一臣さんの姿はない。(竹中さん、一人……?)「学校の中はもう見て回られたんですか?」「ええ。おかげさまで」 竹中さんはにこやかに答えながら、こちらへ歩いてくる。「梅本先生は……?」 聞いてしまってから、なぜ私はこんなことを気にしているんだろうと思った。「ああ。一臣?」 わざとらしいほど自然に彼の名前を口にされて、胸がまた小さくざわめく。「保護者からの電話が入ったとかで、途中で別れました」「そう、ですか」「本当に相変わらず真面目なのよね。昔から」 また、〝昔から〟。 竹中さんは私の目の前まで来ると、カウンターに積まれた本へ視線を落とした。「大変そうですね」「二学期は新しい本の受け入れも多いので」「そうなんですね」 穏やかな会話。 さっきまでなら、何も疑わずに笑っていられたはずなのに。 今は竹中さんの言葉ひとつひとつに、何か別の意味があるような気がしてしまう。「あの」「はい?」「桃瀬先生は、一臣と仲がいいんですね」「えっ」 突然の言葉に、手が止まった。「そ、そんな……」「あら? 違うんで

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   11.私は全部知っている④

     一臣さんは少しだけ間を置いてから、吐息交じりに答える。「……竹中さん」 その呼び方に、竹中さんがわずかに眉を上げた。「なぁに?」 「ここは職場です。場をわきまえてください」 低い声だった。 怒っているというより、たしなめるような口調。  けれど、明らかに歓迎しているようには聞こえない。  それなのに竹中さんは気を悪くした様子もなく、「あら」と小さく笑った。「分かったわ。じゃあ、プライベートなら昔みたいに〝一臣〟って呼んでもいいってことよね?」 「そういう意味じゃ――」 私は、二人のやり取りを茫然と見つめていた。 ――昔みたいに。 その言葉が、妙に耳へ残る。  教頭先生は、前の学校でご縁があったと言っていた。  だから、てっきり以前の職場で一緒だっただけなのだと思っていたけれど。 それだけの間柄で、下の名前を呼び捨てにするものなのだろうか。「穂、……桃瀬先生」 「……っ、はい!」 突然呼ばれて、肩が跳ねた。 一臣さんが私を見ている。 さっきまで竹中さんへ向けていた硬い表情が、ほんの少しだけ和らいでいる気がした。「図書室の案内はもう――」 「ええ。大体見せていただきました」 私が答えるより先に、竹中さんが口を挟んだ。「あ……」 「とても分かりやすく説明していただきました。ありがとうございます、桃瀬先生」 にっこり。  感じのいい笑顔を向けられて、私は反射的に「いえ」と返す。 でも、なぜだろう。  さっきまで好印象しかなかったその笑顔が、今はほんの少しだけ違って見えた。「――では梅本先生、他のところも案内していただけます?」 そう言って、竹中さんが一臣さんの腕へ手を添える。「――っ!」 それを見て、私は胸がギュッと縮んだのを感じた。  軽く触れているだけ。  それなの

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   11.私は全部知っている③

    「教育委員会の竹中です。本日はよろしくお願いいたします」「こ、こちらこそよろしくお願いいたします。学校図書館司書の桃瀬です」 軽く自己紹介を交わしたところで、教頭先生が私へ声を掛けた。「桃瀬先生、すみませんが、竹中さんに図書室の案内をお願いできますか?」「あ、はい。分かりました」 私が頷くと、教頭先生は「お願いします」と言ってカウンターの中へ入り、内線電話の受話器を取った。 教頭先生はいつも忙しくしていらっしゃる。今日もほかに気になることがおありなんだろうな、と思いながら私は竹中さんに向き直った。「では、こちらからご案内しますね」「お願いします」 竹中さんを促して、図書室を案内する。 その背後から、教頭先生の声が聞こえてきた。「――ああ、梅本先生ですか? 柏木です。今、少しよろしいですか?」 聞き慣れた名前に、思わず耳がそちらへ向く。「今、教育委員会の方が図書室へいらしてましてね。少しこちらへ来てもらえますか? ……ええ。お願いします」(一臣さん、来るんだ……) そう思っただけで、ほんの少し胸が弾んだ。 けれど、すぐに竹中さんから質問を投げかけられ、私は慌ててそちらへ意識を戻す。 蔵書数。 貸出状況。 授業との連携。 竹中さんの質問は的確で、こちらの説明にもよく耳を傾けてくれた。(仕事のできる人だな) 自然とそんな印象を抱いていると、図書室の入り口から聞き慣れた声がした。「失礼します」 振り返ると、一臣さんが図書室へ入ってくるところで……。「ああ、梅本先生。お呼び立てしてすみません」 教頭先生が言う。「教育委員会の方をご案内している途中なんですが、少し職員室へ戻らなければならなくなりまして。申し訳ありませんが対応をお願いできますか?」「俺がですか?」 突然呼び出された理由が分からないのだろう。 一臣さんが不思議そうに眉を寄せる。「ええ。このあと竹中さんには、いくつか教室も見て回っていただく予定なんですが、私は少し席を外さなくてはならなくなりましてね」 教頭先生は申し訳なさそうに言ってから、竹中さんへ目を向けた。「梅本先生と竹中さんとは、以前の学校でご縁があったと伺っています。竹中さんも顔見知りの梅本先生に案内していただく方が心安いでしょう」「私が柏木教頭先生にそうお願いしたんです」 竹中さんがに

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   11.私は全部知っている②

     一臣さんとの同居生活(同棲と呼ぶのはまだ抵抗がある……)にも、少しずつ慣れてきたけれど、校内では変わらず、『梅本先生』『桃瀬先生』 そう呼び合っている。 職場の同僚としてはそれが当たり前の距離感だと心得ているからだ。 結婚しているわけでもないのに男女がひとつ屋根の下にいるだなんて、誰にも知られてはいけないとも思う。 一臣さんは、「別にいい大人なんだし、どっちも独り身なんだ。気にすることねぇだろ」って言ってくださるけれど、子供を預かる学校職員としては、やはりその辺はちゃんとしていないとまずい気がした。 保護者の、〝先生〟を見る目は厳しい。その不満は予測不能なのだ……。 そう思うのに――。 家に帰れば一臣さんは当然のように私のことを「穂乃」って呼ぶ。 私も最初のうちは「梅本さん」と呼ぶのが精一杯だった。 でも、毎日のように「いい加減、一臣って呼んでよ?」と言われ続けた結果、最近はようやく「一臣さん」と呼べるようになってきた。 まだ緊張はするけれど、そう呼べる頻度が少しずつ増えている。 正式に告白されたわけでも、告白したわけでもない。 だからもちろん、恋人ですらない。 それでもあの夏祭りの日、額へ落ちた優しい口づけを思い出すだけで、胸がほんのり温かくなるのだ。(……私、一臣さんの心に、少しずつ近づけているのかな?) そう考えるだけで、心がソワソワしてしまう。 これはきっと、まぎれもなく恋心だ。(一臣さん……) 彼は、今日はまだ一度も図書室へ顔を出してくださっていない。 一臣さんのクラスは図書室の利用がない日だから仕方ないのだけれど、一学期、用がなくてもちょいちょい遊びに来てくださっていたことを思うと、ちょっぴり寂しい。 そんなことを思って、ほぅっと溜め息を落としたと同時――。 職員室からの内線が鳴って、私はびくりと肩を跳ねさせた。「はい、図書室です」『桃瀬先生ですか? 柏木です』 教頭先生からの連絡だった。「はい」『実は今日、教育委員会の学校訪問がありましてね。図書室も確認したいそうなんです』 そういえば職員室に掛けられた、月間行事予定が書かれたホワイトボードに、そんな記載があった。でもまさか、図書室を見たいと言われるだなんて思っていなかったから、思わず「え?」と声が漏れた。『ちょうど

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   4.さよならの雨と、拾われた夜①

    五月に入ったばかりという今日、まだ梅雨ではないけれど、外はあいにくの雨模様だった。 「ごめんなさい、孝夫さん。今日は月に一度の委員会活動の日で残業なの」 私の勤め先の青葉小学校では、毎月大体第四月曜日の五時間目が、各委員会の定例集会になっている。 校内にいくつもある様々な委員会所属の五・六年生たちが、各々定められた場所へ集まってイベントの取り決めをしたり、日々の反省会をしたり……。月によってやることはまちまちだ。 私が担当する図書委員会の児童らは、図書室に集まって定例会をする。 基本的には教員免許を所持している司書教諭の白石先生が主体になって議事進行をなされるのだけれど、図書

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   3.ヤクザさん(?)の正体⑤

    「あの、そういえば私、梅本先生からお預かりした手袋をお返ししたくて。あれからも毎日同じ時間にうなちゃんと散歩してたんですけど、あれっきりお会い出来なくなっちゃいましたよね? あれって……もしかして」 ――私と出会いたくなくて避けていらっしゃいましたか? なんでかな? その言葉は肯定されるのが怖くて続けられなかった。 だって、それまではずっと変わらずその時間帯に梅本先生(と思しきランナー)と毎日のように出会っていたの。なのに、あの一件以降、ぱったりと会えなくなってしまったんだもん。

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   3.ヤクザさん(?)の正体④

    一瞬の沈黙のあと、彼がぽつりと続けた。 「……双子の姉妹とか、いる?」 思いもよらない質問に、私はぽかんと口を開けて目を瞬いた。 「……へ?」 「いや、こないだ公園で……。あー、いや、いい。なんでもない」 言いよどむ彼に、私は彼が例の片手袋紛失事件のことを言おうとしているんだと悟って、ブワリと頬が熱を持つのを感じた。それを誤魔化すみたいに、私は慌てて口を開いたの。 「そ、その節は、本当にごめんなさいっ! あのときはあんな形で怖いお顔の男性が落っことした手袋を拾ってしまったりしたから……その……〝既存の知識〟と合わせて、私……てっきり……」 慌てる余り、眼前の教師こ

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   3.ヤクザさん(?)の正体③

     ふと時計を見遣ると、タイムリミットまであと20分。 (とりあえず1年1組だけ。できるかな?)  中途半端な状態になるのは避けたい。1年1組は全員で23人だから、頑張ればギリギリいけるかな?  そんな算段を付けながら、クラス担任の名前を見るとはなしに見遣って、私は小さく吐息を落とした。 (梅本先生……)  ああーん、彼から預かりっぱなしになっている手袋、どうしよう?  朝の職員会議の後、彼とバッチリ目が合ってしまったのを思い出した私は、小さく吐息を落とした。  一度は目を逸らした問題だったけど、いつまでも放置ってわけにはいかないよね? *** 始業式や着任式へ

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status