崎村家の別荘、夜の九時。二階の主寝室にはまだ仄かな明かりが灯っていた。「すみません、仮死サービスを予約したいのですが」藤崎美紀(ふじさき みき)はドレッサーの前に座りながら、ゆっくりと文字を打ち込み、送信ボタンを押した。顔には一切の感情が浮かんでいない。すぐに返信が届いた。「仮死サービスの予約を承りました。ご希望の仮死日時を教えてください」「十日後、私の誕生日当日です」相手の返信を待つことなく、美紀は続けて送信した。「死因:車の爆発事故。遺体の状態:跡形もなく」契約の手続きが完了すると、美紀はスマホを静かに置いた。本棚の上に飾られた三人家族の写真が、彼女の目を刺すように痛めつける。写真の中の美紀は純白のワンピースを着て、幸せそうな笑みを浮かべていた。隣には気品と威厳を漂わせる高身長の男性が立っており、片腕には四歳の息子を抱え、もう一方の手では美紀の手を握っていた。誰が見ても、まさに理想の家族。羨望を誘う一枚だった。十年前――大学を卒業したばかりの美紀に、突然の不幸が襲いかかる。両親が事故で亡くなり、人生のどん底にいたその時、崎村智昭(さきむら ともあき)が現れた。美紀を一目見た瞬間、彼は彼女に心を奪われ、猛烈なアプローチを開始した。彼女がキャラクターグッズ好きだと知ると、千億円を投じて港城最大の遊園地を建設。美紀ひとりのために、それを丸一日貸し切りにして、彼女を喜ばせようとした。彼女が寒がりだと知ると、莫大な資金を投入して、港城中の地面に高価な床暖房を敷き詰めた。湿っぽく寒い土地が、今では春のように暖かく乾いた街に変わった。そんな徹底した愛情と優しさに包まれて、美紀は完全に智昭に心を奪われた。だからこそ、彼が港城中にライブ配信でプロポーズし、彼女の前に跪いた時、美紀は一切迷わず指輪を受け取り、即座に頷いた。結婚後の数年間、二人の関係は非常に良好だった。美紀はただ、智昭と一緒に穏やかな人生を歩んでいければそれでよかった。やがて自然な流れで妊娠し、智昭は狂喜乱舞。出産の痛みを少しでも和らげるため、彼は世界トップクラスの出産専門チームを招き、全力で美紀をサポートした。だが、それでも異変は起きた。出産当日、美紀は大量出血。普段は神仏を信じない智昭が、床にひれ伏し、一昼夜祈り続けた。「どう
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