空side「……あの、長谷部さん。もし、長谷部さんさえ嫌でなければの話ですが、宿泊予定のホテルがここからそう遠くない場所にあります。そこなら誰かに盗み聞きされる心配もありません」返答がなかったため、逡巡の末に頭にあった場所を伝えると、彼女は小さく息を呑んで丸い瞳をさらに大きくし、僕を真っ直ぐに見つめた。「相原さんのお部屋に……?」「決してあなたのことを騙しているわけでも、不安を煽って誘導しているわけでもありません。ただ、非情に重要な話で誰かに聞かれるのは絶対に避けなくてはならない内容なんです。もし場所が見つからないようなら、と思いまして……」彼女は唇をぎゅっと噛み締め、僅かな沈黙のあと、覚悟を決めたように小さく頷いた。「……はい。相原さん、案内してください」彼女がアクセルを静かに踏み込む。夜の嵐山を背に、ミルクティー色の車はホテルへと向かって走り出した。街灯に照らされる彼女の横顔は、いつになく凛としていて、それでいて壊れ物を扱うかのような儚さも兼ねている。彼女を抱きしめた腕の感触が、まだ手の平の奥に熱を持って残っていた。助手席に座る僕は、その熱を無理やり思考の隅へ追いやり、これから彼女に突きつける真実をどう伝えようか、必死に言葉を組み立てていた。
Read more