空side「長谷部さんは、長谷部製茶の一人娘なんですね。それで、事業拡大のために東京へ? 将来的には、ご両親の会社を継ぐおつもりなんですか?」「ええ、そのつもりで今、父に色々と教えてもらっているところなんです。父にはまだ任せるのは心配と言われていますが、少しでも早く安心してもらえるように励んでいるところでして……」「跡継ぎがいないために廃業する会社も多い中で、それだけ熱心に会社のことを考えているなんて、お父様も本当は心強いのでは? 最近は製造力で大手一辺倒のところもあるので、長谷部さんの実力不足ではなく、単に厳しい社会情勢を気にしての言葉かもしれませんよ」「ありがとうございます。相原さん、お優しいのですね……」三村に関する張り詰めた話を終えてからは、長谷部さんの生い立ちや家族、仕事に対する想いについて言葉を交わしていた。彼女は話すことが好きなのか、次から次へと話題をかえては笑顔で話をしてる。そんな姿を見ながら、僕は静かに相槌を打っていた。思い出すように微笑む彼女は、どこかあどけない少女のようだった。三村の名を出した瞬間に見せたあの悔しそうに顔をしかめる気の強い女性の面影は、今はもうどこにもなかった。食事を終えて店を出ると、夜の冷気が一気に肌を刺した。街灯の下、アスファルトには僕たちの影が長く伸びている。時計の針は、すでに二十二時を回ろうとしていた。
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