All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 201 - Chapter 210

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第201話

静真は視線を外し、前を見て黙り込んだ。月子はアクセルを踏み込み、車は再び走り出した。静真は以前、月子が運転する車に乗ったことがあった。彼女の運転はとてもスムーズで、事故を起こす心配は全くないほど安心して乗っていられた。しかし、今日の月子の運転は荒っぽく、少しでも隙があれば割り込んで進んで行った。静真はますます不機嫌になり、低い声で言った。「もっとゆっくり走れ!」しかし、月子は彼の言うことなどまるで聞いていないようだった。静真は月子の横顔に鋭い視線を向けた。しかし、運転する彼女の手慣れた動作に目を奪われた。空港で車を急停車させたあの時も、月子は驚くべき運転技術を見せていた。こんな風に車を操れる女は、性格が優しいはずがない。きっとその逆だろう。静真は一瞬、呆然とした。離婚するこの日に、月子の本当の顔を知ることになるとは思ってもみなかった。彼女はきっと、はっきりとした性格の持ち主なのだ。ただ、自分に対してだけ優しく振舞っていたのだ。「いつ、車の免許を取ったんだ?」月子は言った。「成人してからよ」「運転が上手いじゃないか。なぜ言わなかったんだ?」月子はそれを聞いて、嘲笑を隠せない様子で静真を冷たく一瞥し、「なぜこんな質問をするのか」と言わんばかりの表情を浮かべた。しかし、月子はアクセルを緩め、いつものように落ち着いた運転に戻った。そして静かに言った。「今更、よくそんなことが聞けるわね。私がどれだけあなたを好きだったか知っているでしょ?あなたがほんの少しでも気に掛けてくれてたら、私がなぜ運転できるのか、どんな風に運転するのかを知らないはずがないじゃない」静真は月子の言葉に込められた恨みを感じ取った。その一言で、彼の言葉を完全に遮られたのだ。確かに、彼はこれまでそんな些細なことに気を留めてこなかった。月子に対しては、無視をし、関心を示さなかった。だから、たとえ何かを目にしても、気に留めることなく、軽く流していたのだ。静真は言葉を失った。何を言っても、月子に突っかかれるばかりで、この状態で何を言えばいいというのだ?しかし、少し沈黙した後、意外にも月子の方から口を開いた。「静真、ずっと聞きたかったことがあるの」すると、静真は無意識にもすぐに答えた。「なんだ?」「どうしてあの時、私を助けたの?」
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第202話

静真は、過去の記憶から我に返った。月子がその話を持ち出さなければ、あの日の出来事などすっかり忘れていた。思い出すことすらなかっただろう。具体的な理由は思い出せないが、あの日、確か自分は機嫌が悪かった。そもそも自分の機嫌が良い日の方が少ないのだ。だから、結局自分にとってあの日もいつもと変わらない平凡な一日だったのだ。クルーザーで海に出て気分転換でもしようと、潮風にあたっていた時のことだ。ふと海面に何かが動くのが見えた。確か、月子は白い服を着ていて、必死に水面でもがいていた。生きようとする強い意志は感じられたが、既に力尽き、絶望に満ちた様子だった。静真は何も考えず、すぐに海に飛び込んで月子を助け上げた。彼女は既に意識を失っていたため、静真はすぐに応急処置を施した。そして彼女が目を覚ました時、静真は彼女の凛とした目線と目が合った。すると、その冷たい目線はたちまち氷が溶けたように和らいだ。その時、静真は月から舞い降りた女神を救い上げたような気がした。そして、その女神は月光に照らされたそよ風のように、静真の心を静めてくれたようだった。その後、静真は彼女を病院に連れて行った。人助けをしたことで、静真の気分は珍しく晴れやかだった。「放っておけるかよ。俺は人でなしじゃないんだから、人が目の前で死にかけているのに、見て見ぬふりなんてできるわけないだろ」静真は皮肉っぽく言った。「まさか、そんな理由で俺に惚れたわけじゃないだろうな?」月子は静真が自分の気持ちを軽視していることを知っていた。だが、彼女はその気持ちを否定するつもりはなかったから、「ええ、一目惚れよ」と答えた。そう言われ、静真は逆に黙り込んだ。「前に言ったはずよ。覚えてないの?」月子は、静真が自分の言葉を一度も真剣に受け止めていなかったことを、改めて滑稽に感じた。過去の話を始めたついでに、珍しく静真が話を聞いてくれていたので、月子はさらに尋ねた。「病院に連れて行ってくれた後、どうしてすぐに帰らなかったの?私が目を覚ますまで待っていてくれたのは、なぜ?」すると、静真は嫌悪感を露わにして言った。「お前が俺の手を握って離さなかったからだ。どうにも引き剥がせなくてな」「そうだったのね」月子はすべてを理解し、静真をちらりと見た。過去を思い出しても、静真は迷惑そうな顔をし
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第203話

彼女は車の外に立ち、冷ややかに彼を見ていた。あの時、月子の目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれ落ちそうなのに、車から降りた後も、彼女はじっとこらえていた。本当に強情な女だ。そして、あのあと、空港に戻るタクシーを捕まえた月子が振り返った瞬間、一粒の涙が頬を伝い、地面に落ちた。静真は、今になって、なぜかあの時の光景を思い出していた。彼はふと尋ねた。「月子、俺のために泣いたことはあるか?」そう聞きながら、彼はさらに、高橋が月子と別れるのを惜しんで泣いていた様子も思い出した。月子は、彼がなぜそんなことを聞くのか分からなかった。もちろん泣いたことはある。何度も彼のために泣いた。だけど、負けん気を見せたくなかった彼女はわざと、静真に向かって冷たく言い放った。「一度もない」静真の胸の内に、怒りの炎が燃え上がった。いつもなら抑え込めるのに、今回はどうにも抑えられなかった。彼はその怒りを露わにして、月子を睨みつけた。「俺を愛しているんじゃないのか?それなのに、一度も俺のために泣いたことがないのか!離婚をしても、涙一つ流さないなんて、そんなの、愛していたと言えるのか?」離婚する夫婦は他にもたくさんいたが、離婚を待つ女たちの多くは、目を真っ赤に腫らして泣いていた。月子みたいに、離婚を待ち望んでいるようには見えなかった。月子も怒りに震えた。「どうしてあなたのために泣かなきゃいけないの?私があなたから離れられないと思わせたいの?それとも、私が惨めになるほどあなたを愛している姿を見せることで、あなたは満足するわけ?」月子の目は真っ赤に充血していた。「静真、あなたがこの3年間、私にどんな仕打ちをしてきたか、帰国した霞にどう接してきたか、その差に本当に自覚がないわけ?私があなたをクズ扱いしなかっただけでも、遠慮したつもりよ。なのに、今更よくもどうしてあなたのために泣かないのかって聞けるわね?私があなたのために我を忘れてズタボロになる姿を見て満足したいわけ?悪いけど、そんな卑劣な考えには付き合えないから!」静真は冷たく言い放った。「結局、俺がお前を愛していないことを恨んでいるんだろ。そんなに不満なら、どうして離婚するんだ?離婚しなければ、お前は永遠に俺の妻でいられる。一生俺に付きまとうこともできるんだぞ。お前の望み通りじゃないか?」月子は歯を食いしばった。「私がそんなに
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第204話

職員は先ほどまで二人の間に愛情のかけらもないように見えたのに、数秒後には激しい口論を始め、その威圧感に周りの人々は思わず後ずさりするほどだった。だから、彼女は手続きを急がせた。少しでも遅れたら、この夫婦が本当に殴り合ってしまうかもしれないと思ったのだ。どんなにこじれていようと、手続きが終わった瞬間、彼らはもう夫婦ではない。法的な繋がりは一切なくなったのだから。職員は一刻も早くこのいがみ合う二人を送り出したくて、「次の方」と声をかけた。ところが、二人はおとなしく引き下がらなかったので、職員は思わず胸騒ぎが高まった。また喧嘩が始まるのだろうか、それとも暴力沙汰になるのだろうか?そう考えると、彼女は全身が硬直した。離婚する夫婦はこれまでにもたくさん見てきた。離婚手続き中に妻を刺してしまうような恐ろしい事件も経験済みだ。しかし、この二人の雰囲気からして、只者ではない。きっと華やかな社会的地位を持っているに違いない。そんな彼らが、体裁を気にして、極端な行動に出ることはないだろうと職員は密かに思った。とはいえ、金持ちは変わり者が多いので、一方で職員は万が一に備えて、神経を尖らせた。何かあれば、すぐに対応できるようにしておかなければとも考えたのだ。しかし、彼女の心配は杞憂だった。二人は喧嘩はおろか、口論すら始めなかった。男は手続きが終わったと聞くと、険しい表情が消え、穏やかになり、そして冷淡になった。そして振り返って女を見るのその顔の冷たさえ少し和らいだようだった。月子も静真の視線を感じて振り返った。彼の顔は端正で、たとえ明らかなダメ男だとわかっていても、惹かれる女性が後を絶たないだろう。しかし、今の月子はもうそれに動揺することはないのだ。待ちに待った離婚がようやく成立し、月子は何か言おうとした。しかし、何も言葉が出てこなかった。特に、先ほどの喧嘩の後では、静真と話す気にはなれなかったのだ。そのため、立ち去るとの挨拶ですら彼女は交わしたくなかった。そう思うと月子は背を向けてその場を離れ、後ろの人に場所を譲った。だが、彼女が振り返った瞬間、静真が追いかけてきて、行く手を阻んだ。月子は眉をひそめたが、静真の顔色は落ち着いていたので、怒りを露わにすることはなかった。そして、彼の切れ長の瞳を見つめ、静かに尋ねた。「まだ、喧嘩を売るつ
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第205話

月子は思わず一歩後ずさりした。静真は強引に近づいてきて、月子の手首を掴むと、怒鳴りつけた。「月子!俺は一体お前の何なんだ!好きになったら結婚しろって言うくせに、飽きたらポイ捨てか!よくも俺にこんなことをしたな!いいご身分だ!」月子の頭の中は真っ白になった。彼の怒声に驚き、何を言われているのか分からなかった。静真は歯を食いしばり、まるで鋭い刃物のような視線を月子に突きつけた。「おい、聞いてんのか!月子!なぜ俺にこんなことをするんだ!俺を何だと思ってる!」頭が真っ白になった後、月子にも激しい怒りがこみ上げてきた。しかし、彼女は怒りをあらわにする代わりに、静真の目を見つめ、その瞳の奥に隠された後悔や悲しみの跡を探したが、何も見つからなかった。何もない?それなのに、静真はどうしてこんな風に問い詰めて来たんだ?月子は静真の気持ちが全く理解できなかった。そして尋ねた。「静真、あなたは私のことを愛してるの?」静真は即答した。「愛してない!」月子は笑った。「愛してないなら、なんで突っかかってくる必要があるの?」静真の顔色は最悪だった。「月子、先に俺の質問に答えろ……」「愛してないなら、なんで突っかかってくる必要があるの?」月子は彼に鋭い視線を向けた。「静真、自分が何をしたいのか、ちゃんと考えて。もし私のことを愛しているなら、三年間もあんなひどい扱いはしなかったはず。愛してないならあなたにとって、この婚姻はどうでもいいことなんじゃないの?だったら離婚したって、何の損もないはずだし、むしろあなたの思うつぼじゃない。それなのに、どうして今更突っかかってくる!」静真は怒りで顔が真っ青になった。月子の問い詰めに、彼は答えることができなかった。なぜなら、この得体の知れない怒りがどこから湧いてきたのか、彼自身でも分からなかったからだ。だから、今この行き場のない憤りをどうすることもできず、ただ、荒い息を繰り返すばかりだった。「静真、手を離して!」静真は自分自身でも良くわからなかったが、ただ、月子がこうして一刻も早く自分の前から去ってしまおうとするのが我慢できなかった。何も考えずに、彼は怒鳴った。「月子!俺を愛してるんじゃないのか!一生愛してくれるんじゃなかったのか!結婚したいと言い出したのも、離婚を決めたのも、全部お前が勝手にしてきたこと
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第206話

静真はずっと隼人のことを殴りたかったが、機会がなく、理由もなく殴るわけにもいかなかった。隼人が突然、自分と月子のことに手出しをしてきたので、静真はこの機会を逃すまいとした。静真の目は憎しみと冷たさで黒く染まり、隼人の腹部に強烈なパンチを食らわせ、さらに顎にも一発お見舞いした。静真が殴りかかってくるとは思ってもみなかった隼人は、腹部を強打された。静真は渾身の力を込めて殴りつけてきたため、その衝撃で隼人の筋肉は激痛が走り、痙攣した。しかし、隼人は眉一つ動かさず、凍てつくような表情で冷酷な視線を向けた。彼は素早く反応し、静真の顎を狙ったパンチを避け、すかさず静真の腹部を殴り返した。隼人も本気で殴ったので、静真もかなりのダメージを受けた。二人は年齢も体格もほぼ同じで、互角の力を持っていた。本気でやり合えば、どちらも無事では済まないだろう。激しい殴り合いは、見ている者を震え上がらせるほどの凄まじさだった。二人ともまるで相手を殺すかのような憎しみに満ちた目線で、周りの空気を強張らせた。月子は、そんな激しい殴り合いに心の底から怯えた。彼女は思わず数歩後ずさりした。そして、その殴り合うパンチがもし自分の頭に当たったら、間違いなく脳震盪を起こすだろうと思ったのだ。なのに、二人は平然と耐えている。怒りに燃える静真は、我を忘れて殴り掛かっていき、隼人もまた、決着をつけたいかのように、素早く容赦なく反撃した。二人はひたすら殴り合い、もはや罵り合うことも無駄なように、積もり積もった憎しみを拳に込めてぶつけ合っていた。それはまるでオス同士の戦いを思わせるような、凄まじい光景で、二人とも、どちらかが倒れるまで決着がつかないような決心を見せていた。徐々に驚きから我に返った月子は、この状況に怒るべきか驚愕すべきかわからず全身が震え始めた。隼人は、恐怖に歪んだ月子の顔に気づくと、静真を掴み、車の後ろの壁に叩きつけ、鈍い音が響びかせた。静真も、真っ青になった月子の顔を見た。だから今回は抵抗せず、ただ隼人に襟首を掴まれると、その手首を強く掴み返した。二人は睨み合い、互いの力を感じ取っていた。互いに鋭い視線を交わし、荒い息をついていた。そして今にも、再び殴り合いが始まりそうだった。二人が動きを止めたのを見て、月子はようやく口を挟
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第207話

静真が顔を歪ませる中、隼人はわずか血の気が上がったことで顔を赤らめただけで、特に感情の起伏を見せなかった。そしてはいつもながらの淡々とした、有無を言わさぬ口調で事実を口にした。「お前たちは離婚した」この言葉は静真の痛いところを突いた。彼は憎悪に満ちた表情で言った。「お前はずっとこの日を待っていたんだろ?」静真は幼い頃から隼人を憎んでいた。隼人がいたせいで、母親はいつも不機嫌で、彼に勉強を強要し、隼人を必ず超えなければならない、そうでなければ良い顔をしてもらえなかった。だから彼の子供時代には楽しい思い出が何もなかったのだ。そして正雄もまた、彼の実の祖父であるにもかかわらず、赤の他人である隼人につきっきりだった。さらに、彼の父親はというと、もっと酷かった。自分の妻を傷つけておきながら、全く罪悪感を抱くことはなく、それどころか隼人をもし上げては、実の息子である彼をあらゆる面で叩き潰していた。自分は一体、何がいけなかったんだ?静真は幼い頃から何事にも優秀で、周りの誰にも負けることはなかった。しかし、隼人が存在していたせいで、彼は決して一番にはなれず、両親に認められることもなかった。彼の人生は順風満帆であるはずだったのに、隼人が現れたことですべてを狂わせた。だから、静真は心の底から隼人を憎んでいた。隼人がいたせいで、自分がこんなに辛い思いをしているのだと思い込んでいたのだ。そういった理由からも、静真は、月子と隼人が親しくしているのが我慢ならなかった。実は静真は今、月子のことも憎んでいた。彼女はこの結婚で彼を散々弄んだ。離婚するにしても、彼から別れを切り出すべきなのに、月子は離婚を急いでいた、彼女にはそんな資格はない。月子に、どうして過去のすべてを捨てて、離婚を切り出すことができるんだ?静真はそれを許すわけにはいかない。今になって、静真は月子の根性にも驚いていた。そして静真はそう思いながら、この二人に対する恨みを心に刻んだ。まして、二人で一緒にいるなんて目障りなことは絶対に許せないのだ。静真は、隼人が誰の言うことも聞かない人間であることをずっと知っていた。子供の頃、どんなに挑発したり、いじめたりしても、彼は無関心で、まるで普通の子供ではなかった。幼い頃から冷酷で、人間味のかけらもなかった。隼人がどんな性格か知ってい
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第208話

隼人はそう言うと、静真がどんな顔色をしようと構わず、彼を突き放した。そして一歩下がり、指先で唇の血を拭った。静真の拳が顎に当たり、衝撃で歯が唇の内側を切ってしまい、生臭い血の味がした。隼人は、自分がこんなにみっともない姿になるのは久しぶりだなと思った。だが、気分は不思議と良かった。そもそも、ここに来たのは、静真が月子に非協力的な態度を取るのではないかと心配だったからだ。しかし、離婚は予想外にすんなりと進んだ。その後、静真が月子に怒鳴り散らすのを見て、隼人は彼を八つ裂きにしたくなった。隼人の心の奥底には、長年抑え込んできた激しい怒りが渦巻いていた。隼人は自制心があり、心に潜む闇を隠せていた。だが、時には感情が爆発することもある。例えば、今の様子。彼も静真を殴りたかった。静真から見ると、隼人の視線は、この上なく見下したもので、いつも自分が他人を見下しているのに、隼人だけは自分に対してこんな態度を取ることができるのだ。静真は、彼を殺したいほど憎んでいたが、今はもう喧嘩をする気にはならなかった。ただ、傲慢な隼人が、まさか女に本気になるなんて、思ってもみなかった。しかも、その女は自分の妻だったのだ。この瞬間、静真にとって隼人は、自分の人生を邪魔するためだけに存在する、忌まわしい存在に思えた。彼は冷たく軽蔑した視線を隼人に送りつけた。「お前は昔から俺の物を奪うのが好きだったな。おじいさんの愛情、おやじの関心、そして、うちの母親までもがは俺の長所を全く見ず、いつもお前と比較ばかりしていた。今となっては、俺の女まで奪おうとするのか。いい加減にしろ!」隼人は彼を見て、冷笑しながら低い声で言った。「月子がお前と離婚したのは、彼女自身の意思だ。彼女は独立した一個人なんだから、お前とは何の関係もない。だからお前の女でもないんだから、奪うも何もないだろ」静真は鼻で笑った。「そんなのお前が自分の都合のいいように解釈してるだけだろ」冷静さを取り戻した静真は、隼人を見るたびに憎しみが募っていった。彼と穏やかに付き合う理由など、一つも見つからない。そもそも、穏やかに付き合うつもりなど毛頭ないし、眼中にないのだ。しかし、静真は隼人の考えが甘いと思った。「月子がどれだけ俺を愛しているか、知っているのか?彼女がどれだけ俺に尽くして
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第209話

一方で、隼人は自分が月子に抱く特別な感情に、一番最初に気づいたのは静真だと知っていた。しかし、静真がこの件を誰かに話すはずがないことも、隼人は分かっていた。なにせ、競争相手である自分に対して、静真は恥をさらしたくないはずだ。だからこそ、隼人は静真になら心置きなく話せるのだ。それに、隼人にとっても、静真は知らないよりは知ってもらった方が都合が良かった。なぜなら、月子は自分が守るべき存在なのだと、静真に知らしめたかったからだ。隼人はそう言うと、くるりと背を向け、出て行った。静真は彼の背中を見つめながら、冷笑を浮かべた。隼人がそうやって勝ち誇っていられるのも、きっと手に入れられなかった腹いせに過ぎない。確かに離婚した時、月子に悲しんでいる様子は微塵もなかった。しかし、喧嘩の際に月子が自分を責めたのは、自分に気があるからこそだった。月子が少しでも自分に関心がある限り、隼人は勝ち目がない。それに、月子もあっさり離婚したことを、後悔していないとは限らない。静真は人を見る目がないわけではない。月子は頑固で、一度決めたら曲げない性格だ。それは彼女がかつてあれから自分に執着していたことからでも垣間見える。彼女は絶対に本気で誰かを好きになったら、そう簡単に忘れられるはずがない。だから、たとえ隼人が付け入ろうとしても、月子は受け入れないだろう。静真は、自分から月子に媚びへつらう必要すらないと思っていた。いつか、月子は必ず自分のもとに帰ってくるはずだから。隼人は、それを指をくわえて見ていることしかできないだろう。静真はそう考え、鈍い痛みが走る顎を揉みながら、舌で口内を軽く触ってみた。そして、彼もまた無表情のまま、その場を後にした。……一方で、隼人はそのまま車には戻らず、役所の中へと足を踏み入れた。役所の中、職員は今日、自分がまるで芸能人かと見違えるような美男美女の夫婦が、つい先ほど激しい口論をしていたのを目撃したことに感心していた。するとそれから間もなく、また別の、負けないくらいに魅力的な男性が現れた。職員は直感的に、この男性には近寄りがたいものを感じた。よく見ると、彼の口元にはかすかに痣があった。喧嘩でもしたのだろうか?ちょっと、彼のクールな気質とは合わないような気もした。彼の連れはどんな人だ
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第210話

月子は隼人のベントレーをよく知っていた。運転手はいつも待機しているのに、月子が車に乗り込んだ途端、運転手はどこかに消えてしまった。月子は特に気に留めず、隼人と静真が話し終えて戻ってくるのを待った。二人が何を話していたのか、月子には分からなかった。分からなかったので、月子は思いに更けていた。そして訳もなく、目を開いては閉じ、また開いてみた。その複雑な心境は言葉では言い表せなかった。しかし、月子はこれまでずっと身にまとっていた目に見えない鎖が断ち切れたのを感じた。鎖の反対側には静真がいた。ついに静真との結婚生活から解放されたのだ。これからは、軽やかに、何の遠慮もせずに、自分らしく生きていける。だから、複雑な思いを抱えながらも、月子は高揚感に包まれていた。だけど、興奮が冷めると、ドーパミンが減少し、気分が落ち込むだろう。いつ、その反動がくるのかは分からなかった。しかし今は、ただただ嬉しい。10分後か、それとも20分後だったか、隼人が大股で歩いてくるのが見えた。月子はそちらを見た。隼人といえば、常に威厳があって近寄りがたい、クールで気高い大御所といったイメージだった。そんな彼は喧嘩や暴力沙汰とは無縁の存在に思えた。場違いな感想だけど、静真と隼人が取っ組み合いの喧嘩をする姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。二人とも、驚くほど端正な顔立ちで、スラリとした長身だからだろうか。月子は、隼人の少しばかり狼狽えている様子を初めて見た。コートは皺くちゃになり、口元には青あざができ、額からは数本の髪が垂れ下がっていた。隼人の顔こそは相変わらず無表情ではあったが、何かがいつもとは違っているようにも感じ取れた。普段は完璧な貴公子なのに、今はどこか奔放で、まるで人間味が増したようだった。助手席に座っていた月子は、車を降りようとした。その時、男の手にドアが阻まれた。少しだけ開いたドアは、再び力強く閉じられた。隼人はボンネットを回り込み、運転席に座った。月子には、隼人が何か話があるのだと察しがついた。しかし、隼人は車に乗り込むと、ただ座っているだけで、片手をハンドルに添え、フロントガラス越しにどこか遠くを見つめていた。口を開く気配はなかった。そこで月子は尋ねた。「鷹司社長、私が帰った後、また喧嘩したりしませ
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