All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 731 - Chapter 740

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第731話

電話の向こうから、静真の疲れた声がした。「いや、いま海外にいて、しばらくは戻れない」「海外なんていつから行ってたの?なんで教えてくれなかったのよ」「つい最近だよ」天音にとって、静真は少し気まぐれなところはあったけど、入江家の大黒柱だった。静真にできないことなんて何もないし、自分に何かあっても必ず守ってくれる。彼さえいれば、天音は何も怖くなかった。だから天音は、普段は静真のことを心配したりしなかった。でも今日だけは、つい余計なことを言ってしまった。「今日、月子に会いに行ったの。そしたら彼女隼人と一緒にいたの」言ってしまってから、天音はハッと息をのんだ。静真が怒りだすんじゃないかと心配になったのだ。けれど電話の向こうは数秒黙り、落ち着いた声でこう言った。「ああ、知ってる」「ヤキモチ、妬かないの?」こんなこと、普通は受け入れられないだろう。静真は冷ややかに笑った。「そんなことをしても何も変わらないだろ?俺にできることはしばらく離れることくらいだよ」天音には兄の言葉の意味がよく分からなかった。でも、その言葉には棘があるように感じられた。もしかして、兄はもう本当に気にしていないの?「でも、あなたらしくない……」「お前は自分の心配だけしてろ。俺のことに首を突っ込むな」「うん、わかった!」そして、静真が電話を切ろうとしていることに天音は気が付いた。次にかけたとき、静真が出てくれるとは限らないと思うと、天音は慌てて叫んだ。「待って!」「なんだ?」「お兄さん……その、私……えっと……」「はっきり言え」「私、隼人と仲良くしてもいいかな?」静真は可笑しそうに言った。「あいつのこと、もう怖くないのか?」「まだ怖い!でも、前ほどじゃなくなったの」「急にどうしたんだ?」静真が尋ねる。「月子のためよ!じゃなかったら、自分から隼人なんかに近寄るわけないじゃない!」静真は皮肉っぽく言った。「まったくだ。月子と付き合うようになってから、あいつはどんどん幸せになっていくな」家族との関係まで良くなるなんて。以前の隼人には何もなかったのに、今や恋人ができて、おまけに元気な妹まで懐くようになったんだから。「お兄さん、怒ってるの?」静真は低い声で言った。「俺と隼人の問題に、お前が首を突っ込む必要はない
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第732話

その日の夜、隼人の方からこの話を持ち出してきた。「これから、静真に関することは、なんでも俺に話してくれていい。前は彼のことを気にしすぎていたけど、今はもう違う」隼人は月子に癒され、恋愛においてますます安心感を覚えるようになっていた。静真のことで何かあるたびに、気に病んであれこれ考えることもなくなった。月子は、ようやくほっと息をついた。「仕方ないね。あなたたち、誕生日がちょうど一ヶ月違いだし、それに過去のことも……鷹司社長、分かってくれるでしょ」「もちろん分かってる。それよりも、お前が静真とのことについて何か隠し事をすることの方が俺は嫌なんだ」「約束したでしょ。なんでもあなたに話すって」と月子は言った。隼人が欲しいのは、ただそういう確たる一言だけなのだ。そして月子はいつも、それを惜しみなく彼に与えてくれるのだから。隼人は以前から新居の内装の準備を進めていた。すでに何パターンかのデザイン案を受け取っていて、彼は月子を誘って一緒に眺めた。月子は隼人の気持ちを察していたが、それでもあえて口には出さず、一緒にデザインを選ぶのだ。……一方で、一樹はA国で、静真と一緒に誕生日を過ごしていた。「一年も経ってないのに、ずいぶん変わったね。静真さん、本当にそんなに長くここにいるつもりなのか?もう仕事はとっくに片付いただろ」静真はソファに座り、冷めた目つきで無造作に酒を飲んでいた。まるで何事にも興味が湧かないというように。「帰りたくない」一樹は思わず目を細めた。実のところ、彼にはもう静真のことがよく分からなくなっていた。少なくとも今は理解できなかった。静真は彼の視線に気づいた。「言いたいことがあるなら言え」「静真さん、正直すごく不思議なんだよ。先月はどん底の状態だったじゃん。だから、しばらくは落ち込むだろうな、少なくとも少しは荒れるだろうなって思ってた。ひどい言い方だけど、あんなに感情的になってるあなたを初めて見たんだ。なのに、たったこれだけの期間で、もう平気な顔してる。だけど本当に吹っ切れているなら、どうして帰国しないで、隠れるようにしてここにいるんだ?理解できないな」愛を知ったクズ男には、それ相応の罰が下るものだ、と一樹は当初思っていた。だが今の静真の様子からは、罰を受けているようには少しも見えなかった。それとも
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第733話

「幸運?」静真は顔を上げ、親友を見た。どうやら、一樹が冗談を言っているわけではないようだとわかると、静真は鼻で笑って言った。「どっから見て、俺が幸運だなんて思うんだ?」「あなたが認めようと認めまいと、俺はあなたがかなり幸運だと思うけどな」一樹は言った。それを聞いて、一樹は頭がおかしくなったんじゃないか、と静真は思った。そして、顔をこわばらせて、黙り込んだ。今日は自分の誕生日だというのに、気分は最悪だった。月子と出会う前の、あの陰鬱な日々に逆戻りしたかのようだ。いや、今のほうがもっとひどいかもしれない。でも、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。今はもっと大事なことがある。誰にも言えず、慎重に見守らなければならないことがあった。月子が隼人を選び、二人がそろって正式に静真へ「別れ」を告げた時点で、彼の気持ちが晴れることなんて、もう未来永劫ありえないのだ。かつては自分自身を欺いていたが、今ではもう誤魔化しがきかなくなった。残酷な現実を受け入れるしかない。静真はすべての期待を失い、楽しむことさえも、もう望んではいなかった。でも、これからのことを思うと……静真は目を伏せた。その瞳の奥には、とても、とても深い感情が沈んでいた。一樹は静真のことをよく知っている。だからこそ、海外にいたこの期間、彼の様子がどうもおかしいと感じていた。考えすぎだろうか?いつもなら、何かあれば静真は自分に話してくれるはずだ。もし話さないとすれば、それはよほど秘密のレベルが高いか、あるいは、自分が知る必要のないことかのどちらかだ。一樹はそれ以上何も聞かなかった。以前の、あのボロボロだった静真の姿をもう見たくなかったからだ。今、彼の状態が少し良くなったのだから、好きなようにさせてやろうと思った。……一方で、天音は美咲を千里エンターテインメントに連れて行く前に、まず前の事務所との契約を解除させる必要があったのだ。そこで、天音が彼女を連れて行ったのだ。美咲は業界に入ったばかりで、何も分からなかった。前の事務所の言うことを鵜呑みにして、うまいこと言いくるめられていた。彼女にとって事務所は、どうすることもできない巨大な壁のような存在だった。自分の十年という青春を無駄にする覚悟すらしていた。でも、天音に出会った。この満開の花束のように華やかな、同
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第734話

「天音さん、もう少し時間をくれない?毎月稼いだ金、生活費以外全部そっちに渡すから。信じて、絶対返すから!」美咲の言葉に、天音は奇妙な反応を見せた。彼女は眉を上げ、まるで美咲の様子が滑稽だと言いたげな視線を向けた。その微妙な眼差しの変化で、天音の雰囲気は一瞬にして高飛車で……とても意地悪のように感じさせた。美咲は一瞬そう思ったがすぐに、そんなはずない、天音はあんなに優しい人なのに、こんなことをするはずがない。きっと、見間違いだと自分に言い聞かせた。美咲がもう一度見ると、案の定、天音はいつもの優しく親しみやすい様子で、彼女を慰めていた。「お金のことは急がなくていいわ。まずは稼げるようになってから考えよう。それに、あなたはこんなに綺麗で演技も上手なんだから、お金を稼ぐなんて簡単よ。自分に自信がないのは、前の事務所に『あなたダメだ』って言いくるめられてたからでしょ?なんでそれを本気にしちゃうの?馬鹿ねぇ。私が言ったこと、忘れた?私の友達が芸能プロダクションをやってるの。今からその人に会わせてあげるから。その方は綾辻さんっていうんだけど、すごく良い人よ。だから、会ったら変なことは言っちゃダメよ。怒らせないように、いい子にしてれば、きっと契約してくれるはずだから。あなたが売れっ子になったら、きっとたくさんお金を稼げるようになるから、心配しなくてもいいのよ」天音の言葉に、美咲の焦っていた心はすっかり落ち着き、とても穏やかになった。天音は、これまで出会ったことがないくらい本当に良い人だ。そう思うと、美咲は、どうしてだか急に込み上げてくるものがあって、まばたきをすると、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。「どうしてまた泣くの。あなたは本当に泣き虫ね」天音は彼女の涙を拭った。それを見た運転中の竜紀は心の中で思わず、吐き気まで催していた。天音のあのぶりっこめ、良い子ぶるのも大概にしろよ。美咲は呆然と彼女を見ていた。天音は言った。「これ以上泣かれると、こっちまでつらくなるじゃない」美咲は何も言えなかった。天音は彼女をじっと見つめ、何かを考えているようだった。美咲には天音が何を考えているのか、さっぱり分からなかった。本当に自分のことを心配してくれているのか、それとも、自分がこんな風に振る舞うのは同情を買うためだと思われているのだろうか?もし聞か
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第735話

美咲はこんなに素敵な家を素直に受け入れることはできなかった。でも断ろうとすると、天音は有無を言わせないような強い眼差しで、じっと彼女を見つめてきた。美咲は天音ほど綺麗な女性に会ったことがなかった。その強く美しい眼差しをまともに見ることができず、断ることなんてできなかった。天音と竜紀、そしてアシスタントが帰った後、美咲は自分の腕をつねってみた。「いっ」痛い。夢じゃないんだ。やっと一人になった美咲は、ソファにかけられていたホコリよけのカバーを外して腰を下ろした。雲のようにふかふかのソファだったけど、それが真っ白だと気づいて、なんだか悪いことをしている気分になって、慌てて立ち上がった。数秒おどおどしたけど、もう誰もいないことを思い出して、ほっと息をついた。そして、ダイニングの椅子に座って休んだ。そしてスマホが振動した。美咲は新しい会社から連絡がきたのかと思ったけど、それは芸能ニュースの通知だった。いつもなら気にしないニュースだけど、その主役は、自分に枕営業を迫ってきたあのプロデューサーだった。美咲はすぐにその記事を開いた。どこかのドラマに出資するといった景気の良い話ではなく、彼のスキャンダルだった。読み終えた美咲の手は、かすかに震えていた。そして、背筋が凍るような思いがした。感じたことはただ一つ。芸能界って、なんて恐ろしいだろう、ということ。あのプロデューサーのいかがわしい写真が流出するなんて。モザイクはかかっているけど、彼がみっともない格好でベッドに横たわっているのはわかった。顔にかかったモザイクは不完全で、酔いつぶれた表情も見える。本人は盗撮されていることにも気づいていないようだった。あのプロデューサーは、前の事務所の社長でさえ逆らえない大物だった。そんな人が誰かにハメられるなんてことがあるんだ。上には上がいるんだ……美咲はぞっとした。しばらくは怖い気持ちだったけど、だんだん嬉しくなってきた。あのプロデューサーはプライドの高い人だ。この写真が出回ったら、もう二度と偉そうな顔はできないだろう。一生の汚点だ。やっと少しだけ胸がすっとした。今でも、あの男の酒臭い口が首筋に押し付けられた時の吐き気と絶望感を忘れられないから。でも、今はもう状況が違う。美咲はすぐにプロデューサーのことなんて忘れて、頭の中は天
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第736話

それからしばらくして、月子はG市の芸能ニュースを目にした。#衝撃?木村亮太、雨の夜に号泣!ハンドル殴りつけ現場を激写。#嗚咽!御曹司・木村亮太、G市の雨に濡れ心砕ける。ゴシップ記事の主役が知り合いなだけあって、月子は見ていられなかった。一方で、亮太が名家と結婚間近だというニュースもあった。一族と自分の地位のため、彼は必ず政略結婚をするはずだ。だから、瞳が先に別れたのは賢明な判断だった。厄介ごとに巻き込まれなくて済むのだ。具体的に何があったのかは、すべてが落ち着いたら、彩乃と一緒に瞳から根掘り葉掘り聞こうと月子は思った。……月子が仕事に追われているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。でも、どんなに忙しくても、家族や友達と一緒に過ごす時間は大切にしたものだと月子は思った。K市の気温はもうかなり低く、みんなダウンジャケットを着ていた。でも、まだ今年の初雪は降っていない。その日の昼間、月子は理恵と過ごすことにした。そして夜は、隼人と家で一緒に過ごす予定だった。午前中は理恵とやすらぎの郷へ祖母を見舞った。祖母は以前、翠に会いたいと騒いだが、それ以来、容体はずっと落ち着いている。もうその話はせず、すべてを忘れたように穏やかに編み物をしていた。お見舞いを終え、昼はレストランで食事をした。食事は理恵、月子、洵、そして二宮凜(にのみや りん)の四人で取った。凜は理恵の娘で、月子と洵の従妹にあたる。彼女は美術科の高校生で、この年頃特有のクールさと反抗的な雰囲気をまとっていた。パーカーのフードを目深にかぶり、ヘッドフォンをして、何もかも見下したような厭世的な表情をしているのだ。理恵がこの集まりに彼女を連れてくるのは、きっと大変だっただろう。「そんな仏頂面してないで、挨拶くらいできないの」凜は感情のこもっていない声で「お兄さん、お姉さん」とだけ言った。まるでロボットのようだった。理恵はそんな彼女に呆れて頭が痛くなった。幸い、月子も洵も、堅苦しい人間ではないので、彼女の態度は特に気にならなかった。料理が運ばれてくると、皆黙々と食事を始めた。家族の集まりというより、ただの儀式のようだった。でも、これが家族というものなのかもしれない。月子と理恵の間には、まだ解けないわだかまりが残っている。ただ、時が経て
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第737話

霞はいくつか心当たりはあったけれど、それを今ここで聞くことはできなかった。だけど、今日ここに来たのは、仕事の話をするためじゃなかった。霞は複雑な表情を浮かべ、悔しさを滲ませながらも、歯を食いしばって言った。「私の負けよ」月子はその言葉の意味を察して尋ねた。「静真をモノにできなかったってこと?」「モノにする?静真がそんな簡単に落ちる男に見える?」月子の当たり前のような態度に、霞は嫉妬で狂いそうになり、拳を固く握りしめた。「私は必死で静真の周りの輪に入ったの。ここ何年も、彼のそばにいられた女は私だけだった!なのに、私が彼の特別な存在なんだって思うたびに、いつも彼の態度でがっかりさせられる。私の勘違いなんだって思い知らされて。でもしばらくすると、またすごく優しくなる……その繰り返しで、彼が何を考えているのか全然わからないの」霞は話すほどに感情的になり、悔しさが募った。その感情は月子だけでなく、自分自身にも向けられていた。努力しても報われず、希望も見えない。たとえ月子がいなくても、霞はこの悔しさを感じていたに違いない。月子も、その気持ちには共感できる部分があった。「てっきりあなたにだけは優しいのかと思ってたけど、そうじゃなかったのね……でも、それがいかにも静真らしいよね。気まぐれで、少し近づけたと思ったら、すぐに突き放される。それでいて、最も冷酷な態度で、最も心に刺さる言葉をぶつけて、あなたは大したことない人間だと言い放つのだから」今や月子はもはや静真のことで心が乱れることはないから、彼のこともこうして避けることなく、ごく自然に話題に出せるようになっていた。月子は続けて尋ねた。「それで、私に何を伝えたいの?」まさか、自分に愚痴を言いに来ただけじゃないでしょうね?霞が月子に会いに来たのは衝動的な行動だった。この件について話せる相手は月子しかいなかった。自分のプライドが傷つき、恥をかくことになると分かっていても、霞は衝動を抑えられなかったのだ。「あんなに頑張ってきたのに、私は彼にとって都合のいい……友達、いや、友達以下だったのかもしれない。ある時は舞い上がるほど優しくしてくれるかと思えば、次の瞬間には氷のように冷たくされる。まるで空気みたいに扱われて、彼が何をしたいのか全然分からない。頑張りたくても、どうすればいいのか分からな
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第738話

霞は、まだ本気で付き合ったわけじゃないから、傷も浅くて済むはず。月子の優しさは、とてもさりげない。だから、注意深く見ていないと気づくことができない。もちろん、霞がそれに気づくはずもない。彼女はこぶしを握りしめると、叫んだ。「私をバカにしてるの?私が必死で手に入れたいと思っている人を、あなたがいとも簡単に手玉に取ったからって、自慢なの?!」それを聞いて、月子は眉間にしわを寄せた。「あなたがそう思いたいなら、私にはどうしようもないけど」「あなたは……」霞は怒りのあまり、目を真っ赤にした。自分が見下していた女が、専門分野では自分よりも優秀らしい。そのうえ、静真のことでも負けていた。この一、二ヶ月、静真からまったく連絡が来なくてずっと居たたまれずにいた。なのに、自分よりずっとひどい目に遭ったはずの月子が、こんなに平然としている。彼女が静真のことで、もう気持ちを乱されることがないのを見ると、自分が余計にみじめに思えた。能力では敵わない。恋愛では、自分の気持ちの整理もつかない……霞は、自分が完全に負けたのだと感じた。「他に何か話したいことはある?」と、月子は尋ねた。霞が月子に会いに来たのは、感情をぶつけるための衝動的な行動だった。話してみると、少しは気持ちが楽になった気がする。でも、悔しさと苦しみはまだ残っていた。彼女は尋ねた。「静真から、連絡はあった?」「ないよ」それを聞いて、霞は少しだけほっとした。「彼、もう何か月も私に連絡をくれないの」「あの人は、やることを誰かに説明したり、何をするか知らせたりするようなタイプじゃないから。消えたいと思ったら、ふらっといなくなる。またあなたの前に現れるかもしれないし、このまま……赤の他人になる可能性もあるかもしれない」そう言うと二人の間に沈黙が流れた。どちらも、もう一言も口を開かなかった。十数秒ほどして、月子が席を立とうとした時、霞が泣き出した。その涙は、静真のために流されたものかもしれない。でも、それだけじゃない。きっと、霞自身のためでもあった。長かった青春の日々。これまでの経験。たったひとつの希望にすがって、やっと報われる時がきたと思ったのに。結局、最後には何も残らなかったのだ。……月子が個室に戻ると、理恵は何も聞いてこなかった。洵も関心がない様子で、凜の姿はすでになかっ
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第739話

理恵はきょとんとしてから、大笑いした。「あらまあ、あなたがそう言ってくれるだけで十分よ。安心して、おばさんは毎日ジムで筋トレして、体調管理はバッチリだから。百歳まで生きるつもりよ」月子はうなずいた。「うん、百歳まで生きるのを見届けるから」洵は理恵と月子を交互に見て、珍しく口を挟まなかった。理恵が歳をとっても、おしゃべりなだけの老人にならないなら、ちゃんと最後まで面倒を見てやろう、と彼は思った。……その夜、月子は隼人と年越しを過ごすため家に帰り、霞が訪ねてきたことを話した。「静真は最近何をしてるの?また何かやらかすと思ってたけど。彼の性格はあなたの方がよく知ってるでしょ……私のことはどうでもいいとして、こんなにすんなり引き下がるなんておかしくない?」もちろん、隼人は静真の性格をよく分かっていた。あの男が何の動きも見せない方がむしろ不気味だ。隼人の方はずっと静真を見張っていたが、調査によると、会社の海外業務をこなし、向こうで新しいプロジェクトを進めているだけらしい。仕事が終わればまっすぐ家に帰り、特に変わった様子はないという。そこが一番、奇妙な点だった。しかし、今のところ何の兆候も見られない以上、隼人も動きようがなかった。静真という不確定要素に対して、彼は守りを固めるしかなかった。こればかりはどうしようもない。静真を完全にコントロールしたいなら、入江家に手を下すしかないのだ。彼を失脚させなければ、その行動を制限することはできないだろうから。だが、そんなことを隼人にはできないのだ。「今のところ、彼は海外で仕事に専念しているようだ」そう言いながら、隼人は眉をひそめた。彼は、静真に「お前たちも長くは続かないと思うがな」と言われたことを思い出していた。隼人が静真を恐れたことは一度もない。今、月子とはとてもうまくいっている。若いカップルのように四六時中ベタベタしているわけではないが、驚くほどしっくりきていて、まるで長年連れ添った夫婦のような生活を送っていた。静真が一体どんな手を使って二人を引き離そうというのか。たとえ彼が何か仕掛けてきたとしても、一緒にいようという二人の決意が揺らぐことはないだろう。今や隼人は全身全霊で月子を信頼しており、月子もまた彼を信頼しているのだから。月子は、静真が普段とても忙しいことを知ってい
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第740話

逆に実の息子の要が、すっかり隅に追いやられていた。「家でのもてなしなんて、大したこともできずにすみませんねぇ」要の母親はとても丁寧に、月子と隼人の二人を家に招き入れた。二人がまとっている雰囲気は、この小さな家には収まりきらなかった。とても気さくに振る舞ってくれてはいるけれど、やはりこの場所にはふさわしくない人たちだと、彼女は感じ取っていた。ここに来る途中、団地の人たちがみんなこの二人のことを見ていただろう。「家の方が気兼ねなく寛げますので」月子にとって、家族で一緒に食事をした記憶は数えるほどしかない。隼人もおそらく一度も経験していなかっただろう。要一家三人の団らんの様子を見て、月子も隼人も、心から和やかだなと感じた。要の母親は明るくおおらかな性格で、食事中に彼らが店を開いた話をし、それからお決まりの質問をした。「お二人はいつ結婚するの?」要はすぐに話をそらした。「お母さん、社長のプライベートなことにあまり首を突っ込まないでくれよ。もし社長の機嫌を損ねて、俺がクビになったらどうするんだ?」要の母親は聞いてはいけないことだったと悟り、笑って別の話題に変えた。月子は隼人と付き合い始めたばかりだ。当初はもう二度と結婚はしないと固く決めていたけれど、今となっては、その気持ちが少しだけ揺らいでいた。彼女も隼人も自分で物事を決められる大人だから、結婚するのに誰かの許可はいらない。役所に行けば済む話だ。でも、結婚すれば必ず避けられない問題も出てくる。例えば、子供のこととか……月子は今、妊娠しにくい体であり、子供を産みたいとも思っていなかった。それも結婚さえ考えなければ悩む必要もないことだが、しかし一旦結婚を考えるなら、そのことは隼人にはっきり伝えなければならないのだ。それに、今は付き合い始めてまだ半年も経っていないのだから、結婚の話はまだ早いと思っていた。でも隼人は以前、結婚について探るようなことを言ってきた。このままだと二人の気持ちがすれ違って、後で揉めることになるかもしれない。そろそろ自分の考えをはっきり伝えるべきだと、月子はそこで考え直したのだ。家庭料理をご馳走になった後、月子と隼人はホテルに戻った。隼人が急に海外との会議に入ったので、月子は一人で外を散策することにした。ホテルの庭に出たところで、思いがけない人物に出
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