All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 741 - Chapter 750

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第741話

いつもと変わらない、低く冷たい声。その声を聞いて、月子はふと錯覚した。まるで最近会ったばかりのようで、もう何か月も連絡を取っていなかったなんて嘘みたいだ。月子は瑛太に用事ができたことを合図し、少し離れた場所で電話に出た。だけど、彼女は「何の用?」といった世間話を口にしたくなくて、黙っていた。3、4秒ほど間があっただろうか。受話器の向こうから、静真の声がした。「あけまして、おめでとう」さらに2秒ほど置いて、月子はなんとか絞り出すように返した。「あけまして、おめでとう」「俺に聞きたいことは何もないのか?」「ない」「ふっ」静真は軽く鼻で笑った。「構わない。ただ、お前に会いたくてたまらなくてさ。声が聞きたくて、電話したんだ」静真は少しも変わっていなかった。いつもみたいに、月子が自分の声を聞きたいかなんて全くお構いなしに自分の想いだけ押し付けてくるのだ。それを聞いて、月子は眉をひそめた。「静真、もうやめてちょうだい。もう、お互い、それぞれの道を歩めばいいでしょ。今さらそんなこと言っても、何の意味もないから。私が隼人さんと付き合ってるのは事実だし、あなたもそれを見て知ってるはずじゃない」その頃、月子から1キロほど離れたホテル。その最上階にあるスイートルームの窓際には、一台の望遠鏡が設置されていた。静真はレンズを覗き込み、まるでストーカーのように、庭で電話をする月子の姿をじっと見つめていた。この数ヶ月、夢を見れば必ずと言っていいほど彼女が出てきた。それなのに月子は隼人と旅行したり、街を歩いたり、景色を楽しんだりして、まるで長年連れ添った夫婦みたいに幸せそうじゃないか。静真の目は充血していた。「お前を愛していると自覚した時から、俺はもうまともに生きられなくなったんだ。お前が俺のそばにいてくれないと、だめなんだ」月子の直感は当たっていた。静真はとても執念深い男だ。たとえ愛情からじゃなくても、彼の性格からして簡単に諦めるはずがない。ましてや今は、「愛してる」なんて言葉を盾にしているのだから。「静真、はっきり言っておくけど、私たちもよりを戻せないから」望遠鏡のレンズ越しに、月子の顔が険しくなるのが見えた。まるで彼が触れてはいけない汚物で、その存在自体が彼女の嫌悪を掻き立てているかのようだった。「本当にもう無理なのか?俺にはま
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第742話

月子の手は少し震えていた。「月子、また会いに来る。待ってろよ」静真が電話を切った瞬間、望遠鏡のレンズに隼人が現れた。彼はすぐに月子を抱きしめて無事を確認すると、鋭い目つきで顔を上げ、静真のいる方角を見つめてきた。かなりの距離があったので視線が合うはずはない。しかし、二人の視線は確かにはち合わせたようだった。見えない火花が二人の間に散った。静真は鼻で笑った。「もうバレたのか?」彼はスマホを放り投げ、その場を立ち去った。月子に会って、声が聞きたかった。でも、見つかる危険もあった……それにしても隼人の動きは早い。自分が何か無茶をするとでも思っているんだろうな。「どうしたの?」月子は静真の言葉からやっと我に返った。顔を上げると、隼人の目に宿る険しい光に気づいた。「何かあったの?」「静真が、ここにいる」隼人は冷たい声で言った。月子は驚いた。静真の執念深さを、少し見くびっていたようだ。まさかここまで追いかけてくるなんて。「もう追っ手は向かわせた。だが、おいつくかどうかは分からない」隼人の言葉には怒気が滲んでいたが、すぐにそれを収めた。そして月子に向き直ると、「あいつから電話があったのか?」と尋ねた。月子は目を伏せ、静真に言われたことを全て隼人に話した。「彼は、私たちの間に刺さる一本の棘になるって」隼人は彼女を見つめ、きっぱりと言った。「そんなことにはさせない」もちろん、月子も同じ気持ちだった。誰を好きになって、誰と一緒にいるかは、彼女自身の自由意志だ。他人に簡単に変えられるわけがないのだ。静真の一件があったので、月子は将来の話を切り出すのを一旦やめた。二人は付き合い始めたばかりだったからだ。まるで長年連れ添った夫婦のようでありながら、まだラブラブな時期でもあった。そこに静真の挑発が加わったことで、二人は暗黙のうちにお互いをより大切に思うようになった。今の二人は、ただずっと一緒にいたいと、そう願うだけだった。未来のことなんて、数ヶ月もすればまた月子の考えも変わるかもしれない、だから今まだ言わないでおこうと月子は思った。そうこうしているうちに、時間はあっという間に流れて6月になった。要と葵の時代劇はクランクアップし、すでに新しい作品に入っていた。美咲が出演した青春映画も撮影を終えた。そして、月子とSYテクノロジーが
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第743話

「去年の6月のこと、覚えてるか?」静真は聞いた。月子はその言葉を聞いた途端、嫌な予感がした。彼女はもちろん、去年の6月に何があったか知っていた。自分が妊娠した時のことだ。どうして静真は、今更そんな話を持ち出すんだろう。昔話でもするつもりなのだろうか?そう思いながらも、月子は思わずぎゅっと手を握りしめた。彼女の顔色が変わったのを見て、静真は言った。「やっぱりお前は、俺たちの子供のことを大事に思ってたんだな」月子の顔は曇った。今となっては子供への執着はないけど、当時はたしかに期待で胸をいっぱいにしてた。それに、初めての子供だったから、意味合いも違った。あの子は結局産んであげられなくて、彼女の心の傷となり、触れられたくない部分になっていた。なのに、静真はわざわざあの子の話をするために自分に会いに来たのだ。月子の凪いでいた目に、ついに感情の揺らぎが表れた。「静真、なんで今更その話を持ち出してくるの?」彼女の眼差しに、静真は胸を痛めた。「すまなかった。あの時の俺は……」月子は彼の言葉を遮った。「今のあなただって、結果は同じよ。だって、あなたはあの子を一度も望んだことなんてなかったじゃない。それなのに今更その話を持ち出して何が言いたいの?私を怒らせたいわけ?」彼女は椅子の背もたれに寄りかかり、静真をまっすぐに見つめた。「半年以上も会ってなかったのよ。この短い時間で、あなたと喧嘩なんてしたくない。子供のことはもういいから、他に話すことも何もないし、仮にあったとしても、あなたがどれだけひどい男だったか思い出すだけだから」その言葉を聞いた静真は、ふっと笑った。それは自嘲的で、悲しそうで、どこか狂気を帯びた笑みだった。「他の夫婦の喧嘩はただの痴話喧嘩でも、俺たちの場合は、互いの心を刺し合うようなもんだったな。月子、昔は俺が悪かった。でも、もし、あの子が無事に生まれていたら、俺たちの結末も違っていたんだろうか」月子はきょとんとした。そんな「もしも」は考えたこともなかった。「そんな仮定、何の意味もないでしょ」「それでも、考えてみてくれと言ったら?」「私があなたとの離婚を決意したのは、流産した時のあなたの冷たい態度が原因よ。あの日、あなたが何をしていたかなんてもう私に言わせないで。まだあなたのことが好きだった頃に、あの子はいなくなったの
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第744話

予想もしてないことを聞かされたとき、人は驚きあまり、最初は信じられないと思うものだ。月子は数秒間、頭が真っ白になった。我に返っても、まだ頭は混乱していた。「静真、いくらなんでもやりすぎよ!子供の話まででっちあげるなんて、どこまで腐ってるの?私がそんな嘘を信じると思った?この嘘つき!」静真は彼女の顔をしばらく真剣に見つめると、念を押すように一枚の書類を取り出した。「これを見て」月子は書類を奪い取ると静真の体に叩きつけ、低い声で叫んだ。「書類までも偽造する気か!」離婚してから、月子が感情的になることはあった。でも、こんな風にちょっとした言葉ですぐに激怒することはなかった。これほど怒ったのは、初めてのことだった。月子がこれほど感情的になり、あんな言葉を口にするのは、本当はこれがすべて事実だと分かってしまったからなのだ。静真は手で書類を受け止め、床に落ちたのを拾い上げた。そして、法的効力がある書類を開くと、月子の目の前で一枚一枚めくってみせた。そこには、赤ん坊の成長に伴ったエコー写真が挟まれていた。「俺たちに子供ができる可能性を知ったとき、このことは誰にも話さなかった。一樹にさえもね。これは俺にとってチャンスだと思ったから、絶対に失敗は許されなかったんだ。会社を理由に海外出張へ行ったのも、ただのカモフラージュだよ」それを聞いて、月子の瞳にはこれほどにない怒りが満ちていた。しかし彼女は歯を食いしばり、手の甲には血管が浮き出るほど拳を固く握りしめながら堪えた。「俺がこの計画を練りに練ったから、隼人ですら何も気づけなかった。俺の目的は、お前たち全員を騙し通すことだったんだ。そして安全だと判断できるまで、誰にも知らせないつもりだった」静真はまばたきもせず、月子の目を見つめた。だが、月子の瞳からは、弱々しい気持ちのかけらもなかった。そこにあるのは、純粋な憎しみと、感情の昂ぶりからこみ上げてきた涙がにじんでいた。「もうすぐ妊娠八ヶ月だ。今さらお前や隼人が気づいたところで、探し当てた頃には赤ん坊が生まれて一ヶ月も経っているだろうから、もう手出しはできないはず。仮に隼人が俺の予想より早く見つけ出せたとしても、医療チームに連絡して帝王切開させれば済む話だ。その子たちが未熟児になっても構わないというならな」それを聞いて、月子は自分の耳を疑った。静
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第745話

「言ったろ、愛してるって。俺がしたことは全部、お前を取り戻すためなんだ。一生、俺を忘れられないようにしてやる」静真は、まるで狂人のようだった。それを聞いて、月子の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。彼女はこれまでの人生で、これほどまでの深い怒りを感じたことがないほど、その瞳に宿る憤りは頂点に達していた。「『愛してる』なんて言葉で、その汚らわしい行いを誤魔化さないで。あなたのやったことは、愛なんかじゃない!」静真は笑い出した。「月子、わかるだろ。俺がお前と結婚したのは、好きだったからだ。確かに、俺はクズだよ。お前を愛しておきながら傷つけたんだから。だからお前は耐えられなかった。でもな……それでも俺がお前を愛しているのは事実なんだ。俺はそういう人間なんだよ。ははははは!だから、例えその愛でお前を傷だらけにしても、何も変えるつもりはない。こんな最低な俺は嫌なのか?」月子は全身が冷たくなるのを感じた。静真は正気だった。彼はすべてを分かっていながら、自分のやり方を変えようとはしなかった。静真の愛は、月子にとってむしろ呪いのようだった。静真は笑いすぎて涙が出そうになりながら、その目を鋭く光らせ、執拗に言った。「月子、たとえお前がこれから俺と一緒にいたくないと言っても、絶対に俺を忘れさせない!お前と隼人の心に刺さる棘になってやる。そう言っただろ。悪いな、お前の許可はもらってない。でも、俺たちにはもう二人の子供がいるんだ。産みの母親であるお前が、子供たちを見て本当に何とも思わないでいられるか?無理だろ」そして、静真はさらに笑って言った。「月子、お前は道徳心のある立派な人間だ。だが俺は品性がなくて、倫理観なんて欠片もない。だから手段を選ばずに子供を作ることができた。そして、その子供たちは俺たちを一生繋ぐ、断ち切れない絆になるんだ」静真の言葉を聞きながら、月子は堪えきれずにあふれ出た涙を拭った。そして彼女も笑った。だがそれは、力が抜けたような笑みだった。これまで辛いことがあっても、月子はなんとか乗り越えてきた。でも、今回ばかりはどうにも立ち直れそうになかった。月子は絶望した目で静真を見つめ、虚ろな笑みをこぼした。「そう……二人の生身の人間でさえ、あなたにとってはただの道具なのね。私の人の心を利用して……ははは、静真、あなたって本当にとてつもない
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第746話

静真のこの一撃は、本当にたちが悪い。これで一度に二人を傷つける、完璧な復讐できたのだから。子供は、自分と一生切っても切れない縁で結ばれてしまう。そして、それは隼人にとっても同じことだ。隼人が自分を愛し、すべてを受け入れてくれていることは分かっている。でも、このことを知ったら、彼はきっとすごく苦しむ。それに百歩譲って、隼人が受け入れてくれたとしても、自分が彼にそんな苦しみを背負わせられるわけがない。逆の立場から考えて、仮に隼人が、自分の一番嫌いな女との間に子供ができたら……こんな現実を受け入れられるほど、自分の心は広くなれないだろう。結局自分も普通の女だ。もう静真のせいで一度はボロボロに傷つけられたのだから、もう二度と傷つきたくないと思うはずだし、苦しい恋愛はもうこりごりだ。だからこれからの人生は、愛する人と二人きりで穏やかに過ごしたいと思うわけだ。だって、子供たちを見るたびに思い出してしまうから。愛する人が、他の女との間に子供を作ったんだって。そして、子供がいる限り、二人の関係は一生続くんだって。自分はきっと、ずっと苦しみ続けるだろう。そしたら、別れるしかなくなるのだ。たとえ好きだという気持ちがあっても、関係を続けるわけにはいかないはずだ。それに、ダラダラ苦しむより、きっぱりわかれたほうがあと腐れなく済むだろう。この先ずっと、子供のせいで、愛情が少しずつすり減っていくのなんてとても耐えられない。こんなの、自分が望んだ恋愛じゃない。だって、愛情は、人を癒すものであって、苦しめるものじゃないはずだから。自分にはできないことを隼人にやらせようだなんて、そんな厚かましいことはできない。自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない。そんなことをしたら、良心が咎めて、自分を許せなくなる。そうなったら、どうやって何事もなかったかのように彼の隣で笑っていられるの?どうやってこの恋を続けられるの?二人の関係に、一生消えることのない傷ができてしまったというのに見て見ぬふりなんて、できるわけがないのだ。隼人と付き合って半年あまり。絶対に結婚はしないと決めていたのに、その気持ちも少しずつ変わってきていた……何度も、朝、彼の温かい腕の中で目覚めた。彼といると、新しい勇気が湧いてくる気がした。もう一度だけ、結婚してみるのもいいかもしれないっ
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第747話

月子の言葉は、静真の心のど真ん中に突き刺さった。お互いのことを知り尽くしているからこそ、相手が一番傷つく言葉をよく知っているものだ。静真が渇望していたのは、無条件の愛。だから、愛される価値なんてない、という言葉は彼をひどく苦しませた。それを聞いて、彼の顔色はみるみるうちに青ざめていった。「結局私たちはこうやって傷つけ合うしかないんだから、私がそんなことで怖気つくとでも思う?」そう言いながら、月子は一歩踏み出し、静真の襟首を掴み上げた。そして、血走った目で彼の瞳を睨みつけながら言った。「あなたって本当によくやるよね。私から結婚への信頼を奪い去っておいて、そして今度は、善良な心を持つことは損することだって、身をもって教えてくれた。そんなに私とよりを戻したいの?上等じゃない、チャンスをあげる。せいぜい私を口説き落としてみてよ。あなたみたいなクズが、どこまでできるのかみせてみなさいよ!」静真の仕打ちは、もはや単なる裏切りではなく、人の心をねじ曲げる悪魔の所業だった。それに比べて、自分はさんざん手加減してきたのにも関わらず、彼はあれほど卑劣なことをしてきたのだから、今日から、彼を跪かせて、プライドを粉々に砕いて、どん底にまでつきおとしてやろうじゃないの。それが静真が求めるものが愛だと言うのなら、人に気持ちをもてあそばれることがどれほど絶望的なのか味わってもらって、一生苦しませてやろうじゃない。そこまでしても、彼が渇望するものは、決して手に入らないこと身を持って体験させてやるんだからと月子は思った。「今日、私たちが会ったこと、隼人さんには絶対に黙っていてちょうだい」そう彼女は落ち着いた様子で言った。一方で、月子の突然の豹変に驚いていた静真だったが、やがて嬉しそうに笑みを浮かべた。彼にはいつもと違う彼女が、たまらなく魅力的に見えたのだ。「なぜだ?隼人には知られたくないと?一生彼をだまし続けるつもりか?」「あなたみたいな人間と一緒しないで。隼人さんとは約束しているの。あなたに関わることは、すべて自分の口から伝えると。今回、あなたが私をはめたことも、例外じゃないから」だが、そうはいうものの、少なくとも今、月子は隼人にこの衝撃を伝えたくなかった。今夜は、二人で鍋を囲む約束をしていたのだ。だから、彼女は楽しい夕食のあとで話しても、遅くはないと思った。
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第748話

今すぐにでも隼人に会いたい。彼の顔を見て、抱きしめて、その温かい肌に触れて、彼のいい匂いに埋もれたい。でも、今の月子には自分の感情を抑えることができなかった。だから、ひたすら耐えるしかなかった。その間、処理しなければいけない仕事も一、二件あった。いつもなら音声チャットで済ませるけれど、今は無理だ。彼女は視界を涙で滲ませながらキーボードを叩いて指示を出した。その間、手が震えて、何度も危うく打ち間違えそうになった。どれくらい泣き続け、胸を痛めていただろう。そんな時、隼人からメッセージが届いた。【急に出張になったんだ。だから今夜は、外でご飯を食べないか?出張先で美術展がやっていてね。お前が好きだって言ってたアーティストの作品も展示されるらしいから、ちょうどいい、お土産に買って帰るよ】静真は約束を守ってくれた。彼は隼人の監視の目をくぐり抜けて、事前に何も知られないように動いてくれたのだ。静真の実力は隼人に決して劣らない。だからこそ、こんな大胆な真似ができたのだろう。隼人からの優しい言葉を読んで、月子の涙はまた溢れ出した。胸が苦しくて、息もできないほどだった。気持ちを落ち着かせようと二分ほど待ってみたけれど、返事を打つ気力さえ湧いてこない。突然、ビデオ通話の着信があった。月子はびっくりして、すぐに通話を切った。【どうした、何か嫌なことでもあったか?】【俺がドタキャンしたせいなのか。ごめんね、今から帰るよ】それを見て、月子は慌てて返信した。【ううん、仕事が忙しくて……夜までかかりそうなの。だからごはんは出張から帰ってきてからにしよう、その時また家で鍋するのはどう?】隼人は彼女の言葉を少しも疑わなかった。【わかった】今の状態で隼人に会ったら、彼は絶対に出張を中止して、そばにいてくれるに違いない。だから、あと二日だけ。気持ちが落ち着いたら、隼人に話そう。そうすれば、少なくともあと二日間は、彼と一緒にいられる……隼人も何かを察したのだろうか。しばらくして、またメッセージが来た。【本当に、何もなかったか?】月子は泣きながら返信した。【うん、何もないよ。大丈夫だから】【顔が見たい】【すごく忙しいの!だから、また帰ってきてからね!】……隼人が出張していた二日間。月子はどうやって過ごしたのか、自分でも覚えていない。初日の夜は
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第749話

「どうも様子がおかしいと思って、心配でいてもたってもいられなくて、予定より早く切り上げてきたんだ」隼人は優しく月子の口元にキスをした。温かい吐息が顔にかかり、いつものように、彼女を安心させてくれる温もりだ。「心配して正解だったみたいだな。月子、どうしたんだ。何かあったのか?話してくれ、俺も一緒に背負わせてくれ」それを聞いて、月子の目から、途端に涙があふれ出た。どんなことでも隼人となら分かち合える。でも、このことだけは分かち合えない。「月子」隼人は最初、月子がちょっとした問題にでもぶつかったのだろうと思っていた。でも、彼女のこの様子を見て、事の重大さに気づいき、真剣な表情になった。彼は指の腹で月子の涙を拭ってあげようとしたが、次から次へとあふれてきて拭いきれないほどだった。そんな彼女を見て隼人は胸が締め付けられるように痛くなって、心配でたまらなかった。「なぁ、話してくれ。一体何があったんだ」月子は彼の首に腕を回した。「あなたと、したい」でも隼人は、さきに月子の気持ちを落ち着かせたかった。だから、とてもそんな気にはなれなかった。月子をここまでおかしくさせる人間は、そう多くない。誰なのかは考えてみればすぐに見当つく。すぐにでも人をやって調べさせることはできた。でも隼人は、初めて恐怖を感じていた。何が起こったのか、調べるのが怖かったのだ。月子が目を覚ますと、目は赤く腫れ、喉も痛かった。でも、隼人はそばにいてくれて、すぐに彼女を抱き起こした。「はちみつを入れた、飲めば少しは良くなるから」月子は隼人の整った顔と、彼が手に持ったはちみつを入れた水に目をやった。隼人の指は長くて力強く、とても綺麗だった。月子は隼人の手を自分の手で包み込み、一緒にカップを持ってそれを飲んだ。「隼人さん、あなたに話したいことがあるの」「もし辛いことなら、無理に話さなくてもいい」隼人は何かを察したのかもしれない。とても嫌な予感がしたのだろう。だから、彼自身も聞くことから逃げたがっているようだった。自分の様子、そんなにおかしいかな?月子は隼人の手を掴んだ。彼のどこまでも深く、全てを包み込んでくれるような優しい瞳を見つめた。もう決めたのだ。ぐずぐずしてはいられない。痛みは避けられないけど、このまま苦しみ続けるよりはましだ。「今、あなたには
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第750話

月子は、相手がどれだけ冷たくて残酷な人間でも、自分を守るための術を持っていた。だから、そう簡単には屈したりしなかった。でも、本当の優しさに触れてしまうと、月子はまったく抵抗できなかった。隼人の言葉を聞いて、胸が張り裂けそうになる。月子は、急に声にならないほど泣いた。そして、彼の腕をもっと強く掴んだ。「あなたを捨てたいんじゃない……そんなわけないじゃない。ただ、あなたのことを思うと居た堪れなくって、私と一緒にいることで、こんなことに巻き込んでしまって……」「俺がそれを受け入れるって言ったら、どうする?」隼人は、月子の手を強く握り返した。考え込む間もなく、言葉が口をついて出る。その声はいつもよりずっと低く、何かを必死にこらえているようだった。隼人はいつも、堂々ととしていた。なのに、今はその朗らかさが霞んでいるようにも感じて、月子は必死に目をこらし、彼の本心を垣間見ようとした。隼人は……こんなにも自分を愛してくれているの?人は本当に誰かをここまで深く愛せるものなの?こんなにも……自分を卑屈な立場に立ってまで?幼い頃、隼人のことを心から気にかける人は少なかった。だから、ほんの少しの優しさで満足してしまうことに慣れてしまったの?たとえ彼が結衣に酷く傷つけられても、大人になってから関係を修復したいと言われれば拒まない。だから……自分が、隼人が一番嫌いな男との間に子供を二人も授かっても、一緒にいたいと言ってくれるの?それで、どんな犠牲を払っても構わないというの?隼人がどれほど素晴らしい人か、月子はよく知っていた。だからこそ、余計に胸が痛むのだ。彼がすべてを受け入れてくれるかもしれない、なんて考えなかったわけじゃない。むしろ、隼人の愛情に甘えて、このまま何事もなかったかのように幸せな日々を続けようかとさえ思った。でも、その代償や苦しみは、すべて隼人一人が背負うことになる。これは本来なら彼が背負うべき問題じゃなかったのに。これによって隼人がどれほど辛い思いをするかなんて、計り知れないのに。これまで、隼人の気持ちなんて気遣う人はいなかっただろうけど、でも、月子は違う。彼のことを思うと、胸が痛くてたまらない。それは月子も隼人を愛しているからだ。だからこそ、彼には穏やかで幸せな関係を築いてほしかった。こんな、いつ壊れてもおかしくないような関係ではなく
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