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98 Chapters

第21話

「え?!ちょっと、まっ、」 彼女は私がドリンクサーバーで注いできた水のコップを持ち上げて───それを私にぶちまけようと腕を高く上げた。 やばい、水ぶっかけられる。私を含め食堂内にいた誰もが息を呑んだその瞬間。 「何してんの」 背後から、聞き慣れた声がした。 「・・・あれ、天音くんだ。珍しいね、食堂に来るなんて」 後ろを向くと、顔を険しくした天音くんが立っていた。 思わぬ人物の登場に女は今度は顔を青褪めさせて、口を震わせる。まさかこの場に本人が来るなんて思いもしなかったのだろう。私も思わなかった。 驚いて目を丸くしていた私を、頭から足先まで視線を走らせた天音くんは少し怒りを孕んだような表情でため息をつく。 「アンタが連絡返さないからでしょ」 「まぁ、随分よろしくやってたみたいだけど」と天音くんの冷ややかな視線は、例の女を刺していた。 「連絡?あ、ごめん。気付かなかった・・・けどさ、」 確かに携帯を確認すると「今どこ?もう食堂から移動した?」とメッセージが来ていた。返信がなかったから、わざわざここまで探しに来てくれたらしい。 あは、と乾いた笑みを浮かべたまま私は天音くんに告げる。 「ヒーローは遅れてやってくるって言うけどさ、せめて・・・水ぶっかけられる前に来て欲しかったなぁ」 「・・・それは、ごめん」 そう、私は水を被らないわけではなかった。 天音くんが会話に入ってきた時には既にぶっかけられていたのだ。 まぁもともとカップの半分くらいしか水は入っていなかったから、被ったとはいっても髪が濡れたくらいで洋服はそんなに目立ってはいないのは幸いだ。グレーの服を着てこなくて良かった。まぁ濡れないに越したことはないけれど。 「あーあ、でも次の授業までに乾くかなぁ」 「乾く乾かないじゃなくてさ、普通もっと怒るでしょ」 きっと天音さんは水を掛けられても文句のひとつも言わない私が気に入らないんだと思うが、「俺が原因でもあるけどさぁ」と口元を歪めている。 彼は水を掛けてきた彼女だけではなく、私に対しても怒っていた。 「天音くんは何も悪いことしていないんだから、気にしなくて良いよ」 「・・・・」 「ほら、次の講義室行かなきゃ」 じゃなきゃ先生も人も沢山野次馬がもっと増えちゃうよ。と、私は黙ったままの天音さんを横目に、所々濡れてしまったテ
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第22話

「ッだってこの子がずっと天音くんに付き纏って、」 「別にこの子は俺に付き纏っていないし、迷惑だと思ったことはないから」 祈りが通じたのか、天音さんから出たのは思っていたよりも穏やかな声色。 「寧ろこっちがお願いしてんの」 「お願い・・・?」 困惑する女に、天音くんは淡々と答える。 「事務所からの命令」 「は?」 今度は私が困惑した。 「ゆくゆくは海外進出も視野に入れているから空き時間に英語教えて貰ってるだけ。知ってる?この子、帰国子女で英語話せるから」 そう事務所をも巻き込んだ大嘘に、何も言い返せず黙ったままの女。「それとも何?アンタが英語教えてくれんの?ネイティブで話せるんだったらいいけど」と、天音くんはさらに追い討ちをかける。 いやいや、私も流石に目が点である。確かにそう説明した方がこの場は上手く治るかもしれないけれど、嘘がかなり大胆すぎる。 「えっと、天音くん?」 「アンタは黙ってて」 「ひゃい」 やはり口を挟むことは許されないらしい。彼の指示通り私はただ黙り続けた。 が、しかし頭が冷えた事でだんだん肌寒くなってきたような気がする。春も終わったとは言え、まだ気温はそう高くはない。食堂の空調もよく効いていて、思わず両手で腕をさする。 「仕事の邪魔するなら、こっちにもそれ相応の対応があるけど。どうする?」   これがトドメの一言だった。何も言えなくなった女は、私に謝りもせずにその場から立ち去ってしまった。 凄い嵐のような時間だったなぁ、と気が抜けてしまう。無意識に身体に力を入れすぎていたらしい。一気に疲労感が襲ってくる。 私たちを取り巻いていたギャラリーも去っていたところで、私は「さてと、」と足を動かす。 「じゃあ私たちも次の講義室行こうか」 「は?」 「え?」 その後威圧的な顔で脅された私は、天音くんに連れられて新選組同好会の部室へ連行された。授業始まっちゃうよ。そう告げたら彼は「馬鹿なの?」と罵倒してきた。なぜ怒られなきゃいけないのか解せない。  むむむと口を噤んでいた私に、彼はため息をついて理由を述べた。 「その状態じゃ行けないでしょ」 その状態、とは私の頭がずぶ濡れの件らしい。リュックできていた天音くんはフェイスタオルを取り出して、私の頭にばさりと被せる。柔軟剤の良い匂いがふわりと降りてきた。これ
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第23話

化粧道具持ってきてたっけなぁ、と呑気に考え事をしていた私に「はぁ」と天音くんはため息を吐く。 「あぁいうのは無視していいから」 「えぇ?無視は良くないですよ」 「過激派のファンって、何をするか分からないんだから」 もしも今日みたいに水じゃなくて刃物だったらどうするの。と、なんだかさっきからずっと天音くんは機嫌が悪そうだ。有無を言わさない雰囲気に私も自然と萎縮してしまう。 「警察沙汰になるケースだってあるんだから、もうちょっと警戒心持って」 「・・・はーい」 まぁ、相手が逆上してしまったのは私の所為である。今回は失敗してしまったが、次回から上手くかわせるように頑張ろう。なんて、今日みたいな事があるかも定かではないけれど、反射神経だけは鍛えるに越したことはない。 「現実にあんなこと、あるんだね」 天音くんと行動を共にした初期の頃から多少の嫌がらせは覚悟はしていたつもりだった。 信頼を失くすような友達は同じ学部にはいなかったし、何も私は失うようなものが無かった。だから、のほほんと無防備に構えていた。 しかし身をもって現実なると、それはそれで驚いてしまうものである。 「・・・怖かった?」 天音くんは怪訝な表情で、そう尋ねてくる。きっと、彼は責任を感じているのだろう。自分のせいで私が水を被ることになったと、そう思っているのだろう。まぁ実際にそうなのだが。しかしそうだとしても、天音くんが自分を責めることはして欲しくなかった。 私はふるふると首を横に振る。 「ううん。ただ、天音くんは何も悪いことしていないのになぁって」 「俺?」 「ただ頑張ってアイドルしているだけなのに、知らないところで自分がトラブルの種になっているんだよ?」 そんなの天音くん側からしたら、知ったこっちゃないって感じよねぇ、そう呟く。 「まぁ、それが芸能人の宿命ってやつだけど」 つまり、アイドルはそのような事が起こりうる前提でやっていかなきゃならないのだ。 こんなに天音くんが人生を賭けて一生懸命仕事をしている今日も、どこかで自分を巡る喧嘩が起こっていると思うと流石に一般人の私でも同情してしまう。 「しょうがないと言えばそうなんだけど。でも、アイドルだって1人の人間なのにね」 「・・・実害まで受けているのに、何でそんなに他人事でいられるの」 「そんなことないよ」
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第24話 風邪っぴきアイドルとお見舞い

午後の授業が休講になった、とある日の昼下がり。 私のバイト先である「まごころ屋」に、とんでもない人物が来訪したのだ。 有名ブランドのロゴが入った黒のバケットハットを被り、お洒落なピンクのカラーサングラスをかけているその人。彼は私の姿を視界に捉えるなり「いたいた!三鈴ちゃん!」と大きく声を上げて店内へ足を進める。 「一か八かだったけど、来てみて正解!良かったよ、バイト中で!」 「えっと、秋吉さんですよね」 そう、突然私を訪ねてきたのはvoyageのメンバーである秋吉瑠衣だったのだ。 他のお客さんがいなくて良かった、と安堵の表情を浮かべた私に「この人、三鈴ちゃんの彼氏?」と店主の奥さんである可奈子さんが楽しそうに問いかける。 「いえ、ちょっとした顔見知りです」 「え〜ひどい。僕ら友達じゃん」 ぶぅと頬を膨らませる秋吉さんはとても可愛らしいが、私たちが友達だったことに驚きである。少しでも話したら友達昇格らしい。彼のパーソナルスペース狭すぎやしないか。 まぁこの際友達か否かは置いておいて、なぜ彼が私を訪ねてきたのだろうかと「何か私に用事ですか?」と早々と理由を尋ねる。 すると秋吉さんはけらっと笑って、口を開いた。 「光春くん、風邪ひいちゃったみたいでさ」 「えっ大丈夫ですか?!」 どうやら天音くんが風邪をひいてしまったらしいのだ。確かに最近一層顔色悪かったもんなぁと昨日の彼の様子を思い出す。 詳しい様子を尋ねると、彼は「うーん」と困ったように首を傾げる。 「ん〜それが良く分からないんだよね」 秋吉さんが今日の午前中に雑誌のインタビューを一緒に受けていたらしいが、その時から天音くんの様子がおかしかったらしい。 痰が絡むような咳をしていた為、午後からのボイトレは中断してマネージャーが家まで送って行ったが、それ以降連絡がつかないtとのことだった。 「電話にも出なくてさ、死んではないと思うけど」 「昨日の夜はいつも通りだったのに」との秋吉さんの言葉に、昨日の天音くんとのやりとりを思い出す。 あまりにもしんどそうだったから「今日は早く寝た方が良いよ」と声を掛けたのだが、やはり夜までしっかり仕事をしていたらしい。疲労が祟ってどうやら本格的に体調を崩しているに違いない。 大切な仕事だから風邪ぐらいじゃ休めないと、きっと天音くんは思ったのだろ
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第25話

「えぇ・・・そんなこと急に言われても」 メンバーの方、なぜもっと渋ってくれなかったのだろう。突然与えられた大役に正直目が回りそうだ。荷が重すぎる。 「ね?お願い。三鈴ちゃんも心配でしょ?」 「そ、れは・・・まぁ、そうですけど」 試しに天音くんに電話を掛けてみるが、自動音声に切り替わってしまった。本当に生きているか死んでいるかも分からない状況みたいだ。お見舞いに行ったところで大したことないかもしれないけれど、そう言われたらだんだんと心配になってくる。 「バイト何時上がり?」 「あと30分で上がりです」 「じゃあ今から適当に買い物して車つけておくから」 きっと家に何も食べるものも無いと思うからさ。と笑う秋吉さんに、私は「分かりました」と結局了承してしまった。 天音くんが無事なのかも気になるし、一人暮らしの風邪は寂しくなるものだ。いや、それは私の話で天音くんは違うかもしれないけど。いや、めっちゃ違うと思うけれど。 ご飯を運ぶくらいのお見舞いなら邪魔にはならないだろう。秋吉さんの言う通り、ほぼ外食で済ませていた彼の家に食べ物が常備されているとは考えにくい。 デリバリーか何かで注文出来ていたらいいのだが。そんな病人が食べられるものがデリバリーにあるとも考えにくい。ほぼ自炊生活の私には分からない。 「じゃあよろしくね、三鈴ちゃん」 「様子を見てくるだけですからね、秋吉さん」 「瑠衣でいいよ。同い年だしね。敬語もいらないからね」 「えっそうなんですか」 もしかして年下だと思った?と笑う瑠衣くんに「正直思いました」と素直に告げる。 だってこんなキュートなベビーフェイスの容姿で、天音くんと同い年だと思うと違和感しかなかった。そして早速何も考えずに瑠衣くんなんて呼んだが、ファンに知られたら殺されそうだ。 先日の水ぶっかけられ事件以降周囲に気を使っているつもりではいるけれど、時と場所によってはちゃんと警戒しなきゃと思い直す。 「これで三鈴ちゃんの友達昇格かな」 「・・・アイドル2人を友達に持つなんて、何だか荷が重い」 「アイドルでも自由に友達作ってもいいじゃん」 そう思わない?と笑う瑠衣くんは、テレビや雑誌で見るよりも自然体だった。きっと彼にとって天音くんは同じアイドルグループのメンバーだけど、それ以前に大切な友達なんだろう。 渡米した後
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第26話

じゃあ、様子が分かったら僕に連絡ちょうだいね。そう言って瑠衣くんに送ってもらった私は、都内某所にある高級マンションの前で立ち尽くしていた。 エントランスに出入りする住人もハイブランドを身につけている人ばかりだし、駐車場に入ってい車も高級外車ばかり。明らかに住む世界が違う、と流石に全身が震えた。 さすがトップアイドル。天音くんはかなりの高給取りらしい。 もうちょっと綺麗な格好してきたら良かったと後悔が募るが、大事なミッションを課せられている為このまま突入するしかない。息をぐっとのみ込んだ私は、覚悟を決めてインターフォンを押した。 「でも、寝てたら一発アウトじゃない?」 “・・・青山?” 「あ、出た」 スピーカー越しから少し遅れて聞こえてきたのは、天音くんのガラガラ声だった。起きていてくれて良かったと安堵する私に「何であんたがここにいるの」と彼は経緯の説明を求める。口調は強いけれど、怒ってはいない声色だ。     「瑠衣くんに頼まれまして、ここまで送ってくれたの」 「瑠衣が?」 「差し入れと、あと様子を見に行ってくれないかって」 そう言ってから、カメラに映るようにコンビニの袋をかしゃかしゃと揺らす。 側から見たらアイドルのストーカーに間違われるだろうなと、自分が置かれている状況が自分で少し面白くなってきてしまった。場合によっては警察に通報されるレベルだろう。 すると近くにある扉が勝手に動いた。どうやら入る許可が下りたらしい。中に入ってエレベーターに乗り込んで6階を目指す。外観も建物の中も私の住んでいるマンションに比べて別格である。だってさっきのエントランスの床だって大理石だった。 家賃、いくらするんだろうな。何て考えている内に、天音くんの家までたどり着いた。もう一度インターフォンを押して、ドアが開かれるのを待つ。 すぐに、ガチャリと音を鳴らして扉は開いた。 「こんにちはーって、何その顔。かつてないほどの死神フェイスだよ」 黒の上下スウェットで出てきた天音くんは、それはもう何度か人殺しましたかってほどのひどい顔をしていた。「うるさい」と返ってきたが、いつもの言葉のとげとげ感はないし随分気怠そうである。 想像以上に弱々しい姿に何だか可愛く見えてきてしまって、思わず頬が緩んでしまった。それに気分を害したのであろう、彼はムッと不機嫌そ
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第27話

一人暮らしで2LDKは広すぎやしないかと思いながら部屋の中を観察してみると、最低限の家具や雑貨のみでかなり殺風景な部屋だった。黒で統一している為、あまり温かみは感じられないが、男の子の一人暮らしなんてそんなものだろう。 「とにかく横になってて!何か適当に作ってくるから!」 とにかく天音くんを寝室に押し込んでから、私はすぐにキッチンに向かった。とりあえず瑠衣くんから預かったものと、道中寄ってもらったコンビニで私が買って来たものを、それぞれ袋から取り出す。 「いや、瑠衣くん・・・お菓子ばかりじゃん」 彼から預かった袋には、チョコやらポテトチップスやら病人に向かないような食べ物ばかり。もしや瑠衣くんは好きなものを食べたら風邪が治るなんて、そんなこと思ってはいないだろうか。天音くんが普段お菓子を食べないことは知っている。つまり、これらのお菓子は瑠衣くんの好きなものだろう。 それでもまだ長ネギ一本買ってこないだけマシか、とこれは絶対にファミリー用であろう冷蔵庫の中を開けた。 「うわ、何もない・・・」 いや、大方予想はしていたけれど。 冷蔵庫の中にはミネラルウォーターとお茶のペットボトルのみ。天音くんの家に冷蔵庫は必要無いんじゃないかと思う。こんなに立派な冷蔵庫なのに、宝の持ち腐れである。絶対に無駄に電気代が掛かっている気がしてならない。ぜひ我が家の冷蔵庫と交換してくれないだろうか。 「やっぱり食材買ってきておいて良かった」 幸い基本的な調味料はあったからこれは使わせてもらう。きっと自炊しようと思ったことはあるのだろう。全部未開封の新品だけど。中には賞味期限ギリギリのものもある。本人に言って使うか処分するかしてもらわないと。 何だか一人暮らしの息子の家に様子を見にきた母親の気分である。あ、このオリーブオイル凄い高くて良いやつだから使わないんだったらくれないかな。どこからか「勝手にしたら」と聞こえたのは、きっと幻聴だ。   気を取り直して、私は買ってきたレトルトのご飯と卵を持って使われた形跡の無いコンロの前に立つ。収納棚にあったぴかぴかで綺麗な鍋を使わせて貰い、ご飯と水と顆粒だしを入れて早速火にかけた。 全体的にぐつぐつとしてきたら、溶き卵を半時計回りに回し掛けていく。気持ちばかりお醤油で味付けをしたら、シンプルなたまご雑炊の完成である。 小ネギ
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第28話

「病人って感じの顔してるね」 「どんな顔」 「凄くしんどそうな顔」 寝室のベッドで天音くんは横になっていた。ここも黒で纏められたシンプルな部屋だった。どーんと大きなキングサイズベッドの存在感が凄い。贅沢すぎて羨ましい。 ベット脇のサイドテーブルには何かの台本らしきものが数冊置いてあって、さては体調悪いのに仕事してたなと察する。相変わらず仕事第一人間だなぁ、とブレないところに心の中で笑った。 「たまご雑炊作ったんだけど食べれる?」 「食べる」 「じゃあ残していいから、少しでも食べてね」 たまご雑炊をテーブルに置くと、天音くんはゆっくりと身体を起こした。 そして湯気のたつ雑炊をじーっと見つめて、彼はひと言。 「・・・おにぎりじゃないの」 「当たり前でしょ。消化に良いものがいいからたまご雑炊にしたから。熱いから気を付けて」 なぜおにぎりだと思った、天音くんよ。病人におにぎりは出しません。そう言って、ふいっと顔を晒す。 「・・・天音くん?」 「何」 しかし、ちらりと横目で彼を見てみると、天音くんは言葉にはしていないもののどこかしょぼくれた顔をしているように見えた。いやいや、そんなにおにぎりが良かったのだろうか。 「えっと、おにぎりは元気になったらまた作るから」 そう告げると彼は納得したかのように、たまご雑炊に手を付け始めた。れんげにすくって、口に持っていく。熱すぎやしないだろうか。どきどきとしながら食べる様子を見ていると、天音くんは何も問題なくごくりと喉を動かす。 「どう?美味しくなかったら言って」 「ん」 食べてくれたことにホッとしながらも、暫くその様子を見ていると「そんなに見られると食べにくいんだけど」と怒られてしまった。 「じゃあ何かあったら遠慮なく言ってね」 キッチンの片付けついでに薬を取りに行こうと、立ち上がった私は寝室を後にする。まだ雑炊を作った残りのご飯があるから、おにぎり握って冷蔵庫にでも入れておこう。 手際良く残りのご飯で塩むすびを作った後、携帯を鞄から出して電話を掛ける。仕事中かもしれないから出なかったらメッセージだけ入れておこうと思っていたが、3コール目が終わるくらいに「はーい」と電話が繋がった。 電話を掛けた相手、瑠衣くんに小声で話しかける。 「瑠衣くん?天音くん、生きてたよ」 「良かった。あり
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第29話

「天音くん?」 どうしたの、そう尋ねた私は目を見開いた。 「仕事。17時からリハがあるから」 姿を見せた天音くんは、なんと外出する準備をしていた。驚いた私は思わず彼をこれ以上進ませまいと駆け寄る。 「いやいやまだ身体辛いでしょう?無理だよ、今日は身体を休めた方が良いって」 「そんな訳にはいかないでしょ。メンバーにも迷惑掛けるし」 頑なに行こうとする天音くんに「いやいや、本当に!無理だって!」と私は思わず声を荒げた。無理矢理引きとめようとする私に彼は怪訝な表情でこちらを見下ろす。 「少し体調が悪いからって許されるような甘い世界じゃないの」 「っ、」 今、天音くんは私に一線を引いたような気がする。 突き放されたような気がして、ぐっと唇を噛む。 確かに私は芸能人じゃないし、彼の家族でも恋人でも何でも無い。立場が180度違うのは分かっている。 「今が1番大事な時期なんだから、休むわけにはいかない」 から、とその瞬間天音くんの身体が前に傾いた。私は咄嗟に支えて「もう!だから!」と声をあげた。やっぱり足元がふらつくほどに具合は悪いらしい。 「今の天音くんには無理だって!」 「大丈夫だって。そもそも俺がどうなったって青山には関係な、」 「天音くんは大人気のアイドルだよ!もうひとりの身体じゃないの!」 言葉を遮って強気に出た私に、天音くんは一瞬狼狽えた表情で固まった。立っているだけでも辛いことも忘れて、私はそのまま彼に訴えかける。 「天音くんがこれ以上身体壊したらメンバーの人だって、ファンの人たちだって、悲しむよきっと」 私だったら、好きな人や応援している人には元気でいて欲しいに決まっている。今にも倒れそうなくらいに体調が悪いことを知って、誰が嬉しくなるものか。1つでも多くの仕事をこなしたい気持ちは理解できるけれど、今は身体が心に追いついていけていない。 「だから応援してくれている人達の為に身体を休めようよ。明日もそんな顔だったら、みんなまた心配になるよ。」 「ね?」と問いかけると、ようやく天音くんは大人しくなってくれる、いや、もう声を出すのも辛いだけかもしれないけれど。 何も抵抗しないのをいいことに、「ほら、寝室に行こうよ」と促すと天音くんはぽつりと零す。 「青山も?」 「私?そうだね。明日授業に来てくれなかったら寂しいかな。他
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第30話

変な質問を適当にあしらいながら、もう一度天音くんを寝室に連れていく。 そしてベッドに縫い付けるよう彼を寝かせては、掛け布団をばさりと肩まで掛けた。 「青山は、もう帰るの?」 「帰るよ。まだ何かして欲しいことある?あ、りんごは切って冷蔵庫にあるからね」 何か欲しいものがあるなら買ってこようか?と尋ねると、天音くんは言葉を探しているかのように「あー」とか「うー」とか歯切れの悪そうな顔で声を発する。 「・・・あー・・・アイスあるから食べて帰ったら?」 「アイス?」 「冷凍庫のなか」 「えっさっき見つけた北海道展で出展されてたバニラアイス!!!取り寄せたの?」 「仕事で貰った」 あれ、何ヶ月待ちとかになる人気アイスなんだよ。と嬉々とした声を上げると「らしいね」と返ってくる。 北海道産の乳原料を100%使ったミルク感たっぷりのアイスらしい。一昨日にあっていたお取り寄せグルメ番組でもピックアップされていたくらいだ。 「天音くんも食べる?」と尋ねると、「明日大学いかなきゃいけないし、寝る」と布団の中に潜り込んでしまった。きっと薬が効いてきて眠気が襲ってきたのだろう。 「じゃあ遠慮なくアイスもらいまーす」 ありがたくアイスもらおうと、踵を返して天音くんに背を向けた私は「あ、それと」ともう一度振り返って芋虫状態になったそれに声をかける。 「友達が風邪ひいた時くらい、私だって心配するからね」 やっぱり仲が良い大事な友達には、いつも元気でいて欲しい。疲れた時は疲れたと、辛い時は辛いと、そう言って欲しい。じゃないと隠されていたみたいでさみしくなる。 今度から少しでも様子がおかしいと思ったら瑠衣くんにリークしてやる。 「また死神大魔神みたいな顔で私の前に出てきたら怒るからね」 するとくぐもった声で「うるさい」と帰ってきた。 これはきっと照れ隠しだろう。
last updateLast Updated : 2025-07-09
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