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第71話

「今はそれだけて十分。その言葉だけがずっと欲しかった」そう言って、天音くんは私を抱きしめたのだ。その力はとても優しかったけれど、思いの外背中に回された腕の力は強くて身動きが取れない。全身をがばりと包み込まれるような体勢に、まるで逃げるなと云わんばかりの圧も感じる。 これは暫く動くつもりはないのだろう。天音くんの顔はこちらからは見えないけれど、そう察した私は彼の気が済むまで静かにしていようと決めて身体の力を抜いた。それに、何だかんだこの温もりが離れると寂しいと思っている私もいる。 スゥーっと吸い込むと、大好きな天音くんの匂い。全身が包み込まれる彼の匂いと、暖かい体温と、心がいっぱいの愛で満たされる幸福感。あぁ、幸せだ。擦り寄るように彼の胸に顔を預けると、一層抱きしめてくれる力がぎゅっと強くなった。「ちょっと、匂い嗅がないで」「ごめんなさい」「とりあえず事務所通してコメント出さないといけないから」数分後、名残惜しそうに私の背中から腕を解いた天音くんはそう言って家から居なくなってしまった。ぬくもりが離れてひんやりとした身体に少し寂しさを覚えながら、立ち上がってベランダに出る。火照った体温が、冬の空気に充てられてどんどん冷めていく。それが気持ち良くって、しばらくベランダの淵に肘をつけていた。きっと、大丈夫だよね。これならどうなるのか些か不安が残るけれど、もうなるようにしかならない。むしろ胸のつっかえが取れて、変に吹っ切れてしまっている。「あ、天音くん」ふと下を見下ろすと、丁度マンションから出てきた天音くんの姿があった。どこに車を止めてきたんだろう。まさか地下鉄乗ってきたわけじゃあるまい、と考えていた時。「あ、」彼はその場で立ち止まって振り返った。そしてこっちを見上げた天音くんと、目が合う。もしや、私の視線が煩かっただろうか。少し遠くてどんな顔をしているかはっきりとは分からないけれど、天音くんは変装用のマスクを顎の下までずり下ろした。そして彼は口を動かす。 "好きだよ"「───、ずるい」そう微笑んで、今度こそ天音くんは前を向いて歩き始めてしまった。───その1時間後、思っていたよりも早いスピードで天音光春の女優との熱愛報道は鎮まることになる。その代わり、とある話題が再び世間を賑わせることになった。「待って、そんな話ひと言も言っ
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第72話 第4章 祝福

某週刊誌にて。voyageのリーダー、千堂夏樹に直撃取材(一部抜粋)「天音光春さんの熱愛相手は一般女性とありますが、ファンのひとりだったんでしょうか?」「いえ、むしろ最初は興味もなかったみたいですよ」「え・・・あぁ、そうなんですか」「だからオとすのにも苦労したでしょうね。上手くいって僕もホッとしているくらいです」「しかしアイドルは恋愛禁止という暗黙の了解があるんじゃないですか?」「そんな法律はありませんし、事務所ともそのような契約はしていません」「ですが、ファン離れなど考え無しに恋人を作るなど・・・」「僕らのファンはみんな本物ですよ。むしろ、ファンはこれからもっと増える予定ですけどね」映画公開記念舞台挨拶にて。主演を務める冬木貴臣に取材(一部抜粋)「天音光春さんのお相手はどんな方ですか?」「え?あー・・・昔っから人の世話を焼きたがる奴かな」「昔?!ってことは出会いは冬木さんの紹介なんですね」「いや全く。光春が好きになった奴が、たまたま幼馴染だっただけ」「そんな偶然が?!まさか冬木さんの初恋相手もその方だったり・・・?!」「ん〜・・・内緒♡」「え?!もっとお相手の方について詳しく!」「料理が上手くてお人好しな奴。それ以上は彼氏を通してくださぁい」帯番組であるお昼のワイドショーにて。ゲスト出演していた秋吉瑠衣の告白(一部抜粋)「ついに同じグループから熱愛報道が出ましたが、voyageの皆さんには事前に知っていたんでしょうか」「まぁ、僕が恋のキューピットっていうかみんなで光春くんを焚きつけたお陰でって感じかな」「天音さんって恋愛には奥手だったり?」「まぁ元々あんなキャラだしねぇ。ま、結果的に光春くんたちが幸せになれるんだったらいいじゃん」「最後にファンの皆さんにひと言お願いします」「今年はvoyage初のファンミーティングがあります!ライブはもちろん、たっくさんの企画を考えてるから待っててね!」アイドルグループ「voyage」の天音光春の熱愛報道から1週間。事態は別の意味で大きく取り上げられることとなった。 まずはvoyage全員が認めた天音光春の彼女の存在。一体どんな人物なのかと、世間は大盛り上がり。様々な憶測が飛び交う中、奇跡的に今はまだ個人と特定には至っていなかった。しかしいつ身元が割れるかが分からない為、少しの間は私も簡単な変装をして外に出るように
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第73話

「天音くんも、事務所の人に怒られなくって良かったね」「ちゃんと仕事も頑張れってさ。もっと何か言われるかもって覚悟してたけど、拍子抜けした」所属事務所も「プライベートは本人にまかせている」とコメントを出し、否定しなかったのだ。それに関しては私も驚いた。もっと日常生活に規制がかかるのかと思っていた。SNSには注意しろと言われたくらいだ。元々料理アカウントしか作っていないから、その辺に関しては問題ない。ちなみに相手の女優に関しては熱愛報道の件は売名行為目的だっと謝罪をしているらしい。映画は予定通りに公開するらしくて、天音くんや他の出演者さんを巻き込むこともなく事は終わりに向かっている。あの日から、しばらくメディアへの対応に追われて忙しくしていた天音くん。ようやく落ち着いてきたと、ふらっと私の家を訪れたのだ。今は2人で夜ご飯を食べながら、ゆったりテレビを見ている。もうすぐ大学の後期のテストなのに、また落第しないかが心配である。ちなみに同じ学科の人はさも分かっているような雰囲気で、何も言及してこないから凄く助かっている。きっと「一般人女性」が私のことだと勘付いている人もいるだろうに。「あ、天音くんのインタビューだって。初めてじゃない?」「インタビュー?・・・あ、ちょっと待って、」 情報番組で「次は天音光春さんにインタビュー!」と見出しが出ている。それを見た天音くんはテレビを消そうとチャンネルを探そうと身を乗り出した。「えっ待って。天音くんのインタビュー見たい」「ちょっと・・・ねぇ、チャンネル、」だがしかしここは私の家である。チャンネルの場所は教えずにテレビを凝視する。天音くんがチャンネルを見つけ出す前に、画面が移り変わり天音くんの顔が出てきた。「天音さんは今回恋愛映画に初挑戦ということでしたが、見事な演技でした」「ありがとうございます」「ちなみに熱愛報道で明るみに出た一般女性ですが、どのような方なんですか?」「人の顔を見て容赦なく「死神」という女性です」「冗談が言えるほど仲睦まじいってことですね。結婚間近という噂は本当ですか?」「まぁ、そうですね。全然まだ分かりませんけど」「それでは未来の奥様にメッセージを!」「前から思ってたけど、何で俺だけ未だに苗字で呼ぶの?他のメンバーは下の名前で呼んでるのに、彼氏は苗字呼びってそんなことある?」「・・・色々気に
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第74話

「・・・呼ぶ前からそんな照れられたら、こっちも照れるんだけど」「いやぁ・・・な、慣れたらそのうち」ちらりと盗み見ると、天音くんも若干顔が赤い。中学生カップルかよ、なんて冗談でも言わないと恥ずかしくておかしくなりそう。「だめ、今言ってよ」「えっ」「じゃなきゃキスするけど」驚いてバッと横を振り向くと、すぐ近くに天音くんの綺麗な顔が。毛穴ひとつなくてきめ細かい肌だし、つるつるすべすべだし、やっぱり全部のパーツが整っている。やっぱりイケメンだ・・・と思わず凝視していたらおでこをコツンと叩かれる。「もっとこっちに集中してよ」「うっ・・・いきなり、そんなこと言われましても」「なるほど。キスしてほしいってこと?」「いや、違っ」「それはそれでなんか傷つくけど」不貞腐れる顔も格好良いとは何ごと。それに集中しろと言われても、天音くんとこの距離感に腰が引けるのだ。恋人という特別な関係性になってから、上手く距離感が測れない。変に意識してしまって、彼の言動ひとつに身構えてしまう自分がいるのだ。「ほーら、早く」「みっ・・・、」もうキャパシティオーバーである。たった4文字なのに、なぜこうも素直に口にできないのか。でも、やっぱり友達のままが良かったなんて天音くんに思われたくはなかった。私だって、天音くんが喜んでくれるなら何だってしたいとは思っている。「光春・・・くん」初めて呼んだ下の名前。死ぬほど恥ずかしいけれど、そう彼を呼べる理由があるのだと思うとそれだけで幸せだとも思う。いや、本当に恥ずかしいけれど。「へへ。やっぱりちょっと恥ずかしいや・・・っ、!」おちゃらけたように笑ったその瞬間、左の方をぐっと掴まれた。そのまま力任せに身体は傾き、上半身だけ天音くんと向かい合うような形になる。突然のことに理解が追いついていない私に───慈しむように笑みを浮かべた天音くんはキスを落とした。じわりと伝わってくる熱にキスされたのだと1テンポ遅れて気付いた。驚きで思考がショートした私は、そのまま後ろに倒れ込む。即座に天音くんが慌てて手を添えてくれたおかげで、後頭部を床にぶつけることはなかった。「名前呼んだのに・・・!キスした・・・!」ちゃんと名前呼んだのに!と天音くんを下から見上げながら怒る。「約束破ったなこのイケメン!」と喚いていた私の口を、もう一度彼は自分のそれで塞ぐ。ファースト
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第75話

天音くんは驚いたように大きく目を見開かせたかと思えば、突然身体の力が抜けたかのように私の上に半分乗っかってきた。思わず「ぐえ」っカエルの鳴き声のような声が出てしまう。「・・・あ、天音くん?」動こかなくなった彼に声をかける。早く退いてもらわないと臓器が潰れそうだ。それでも動く気配のない彼に「光春くーん」ともう一度名前を呼ぶ。すると耳元のすぐそばでくぐもった声が聞こえてきた。「反則じゃん。どこで覚えてきたのそんなの」「どこも何も教えてもらったことなんてありません。だから、退いて・・・重い、」苦しそうに呟けば、彼はのそりと動き出して座りなおす。助かったと、思う間もなく今度は真正面から抱きしめられる体勢になった。今日はいつになく、くっつき虫である。天音くんは私の肩口に額を当てるようにして顔を埋める。後ろに回ってきた腕は撫でるように動いて、少し擽ったい。「これからいっぱい我慢させることもあると思う」「全然苦じゃないから気にしないで」「寂しい思いをさせることもたくさんあると思う」「大丈夫。私、ひとりでも楽しく過ごせるタイプだから」私が求めることはただひとつ。「光春くん1日のどこかで私を思ってくれたら、それだけで十分幸せだよ」と、そう言って笑った。たとえそれぞれの流れる時のスピードが違っていても、その隙間に私もいるのだと思ってくれたらそれだけで嬉しいのだ。「少しくらいワガママになっていいのに」「それはお互い様じゃない?まぁ下の名前を呼ぶお願いはきいてあげたけど」「あれはお願いじゃなくて義務だから」「義務?」「苗字で呼ばれるのって他人行儀に感じる。せっかく付き合えたのに、また距離ができたみたいで悲しいから」ちなみにお願いならいくらでもあるから。と、天音くんは告げた。「後期の試験が終わって春休みになったら、どこか旅行に行きたい」「でも仕事忙しいんじゃない?」「・・・どうにかして休みとるから」彼は難しい顔でそう言っては、ソファに寝転がった。私の家にある小ぶりなソファじゃ天音くんの長い足がはみ出てしまう。目を瞑ってソファに沈むその綺麗な顔を眺めた私は「居心地悪そうだな」と思いながら立ち上がった。眠るなら何かかけるものを持ってこようと、寝室に向かおうとした・・・ところで、腕を掴まれる。天音くん?そう呼ぶ前に、力任せに引っ張られて、勢いよく横になっている彼に半分乗
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第76話 時には喧嘩だって必要だもの

「今日は来てくれてありがとう」「こちらこそ。招待してくれてありがとう」 都内某日。私は夏樹くんが開催した例の「お茶会」に招かれた。光春くんは紅茶にさほど興味がないのに、1人じゃ心配だからと一緒に来ている。別に取って食われる訳じゃないのに。何度も彼の家を訪れたことがある光春くんナビで出発し、高速を走って約20分。到着したのは、これはまた次元を超える豪邸だった。その時初めて、夏樹くんがあの大手医療機器メーカーの千堂一族のひとりだったと知った。まさかご実家がお金持ちだったなんて、驚きの連続である。お手伝いさんがいる家なんて本当にあったんだ、と物珍しいそうな顔で見回していた私に「ほら、ちゃっちゃと歩きな」と後ろから光春くんが急かしてきた。映画から出てきたような英国風な建造物だから、欲を言えばもうちょっと見て回りたかった。私たちのやりとりが面白かったのか、夏樹くんはクスリと笑って口を開く。「光春は来なくても良かったのに」「夏樹は前科があるからね」「今回はちゃんと光春に話を通してからだからいいじゃないか」玄関で出迎えてくれた夏樹くんは、私たちを客間へと案内してくれた。部屋に入った私は「わぁ」と、感嘆の息を漏らす。家具も絨毯もアンティーク調なものばかりで、素人目でも良い物だと分かった。異国感溢れる部屋にテンションが上がってしまう。「もう少しで瑠衣も貴臣も来るから、2人とも座って待ってて」「あっ夏樹くん。これ、良かったら食べて」私は今のうちににと、持ってきた"手土産"を渡す。光春くんは気にしなくて良いって言ってはいたが、さすがに手ぶらでは行けないと念のため準備してきたのだ。早速渡した紙袋の中を確認した夏樹くんは「まさか、」と驚いたように目を見開く。「もしかして手作り?」「うん。口に合うか分からないけど」朝早くに起きて作ってきたのは、アイシングクッキー。春だから桜をモチーフにしたものと、voyageをモチーフにしたものと準備してきたのだ。正直どこの有名店のお菓子を買って行ったって、それを超えるものを夏樹くんが準備していると思った。だからあまり見掛けないアイシングクッキーにしてみたのだ。時間もかけて作ったかなりの自信作である。「凄いね・・・売り物みたいだ」「味の保証はしないからね。まぁ一応光春くんが味見してくれたから大丈夫だと思うけど」「へぇ・・・"光
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第77話

「三鈴ちゃん、このクッキーとっても美味しいよ!」「ありがとう瑠衣くん」「写真撮っても良い?!」とスマホを取り出した彼に「どうぞ」と告げる。あれから千堂家を訪れた瑠衣くんと貴ちゃんも、それぞれ手土産を持ってきていた。それもワインとシャンパンという、アイシングクッキーに比べたらとんでもなくオシャレでセンスの良いお土産。まぁ目の前で「うっま」と貴ちゃんもクッキーを食べてくれているから気に留めないことにした。写真を撮り終わったら瑠衣くんが「でもやっと光春くんと三鈴ちゃんのことも静かになったよね」と、話題を振ってくる。アイドルの熱愛発覚でかなりの騒ぎだったが、最近はかなり落ち着いてきていた。この前も軽く2人でコンビニに買い物に行けたくらいだ。一緒に外出するときはやっぱり変装は欠かせないが、それでも当時に比べたら過ごしやすくなったと思う。あ、このレモンパイ美味しい。ここのお手伝いさんが作ってくれたお菓子が美味しくて、永遠に手が伸びてしまう。「・・・あ、貴ちゃん」「んー?」「この前お母さんがアップルパイのレシピ送ってくれたから、今度作った時にあげるよ」「マジ?!うっわめっちゃ嬉しい!三鈴ママのアップルパイ!」今度会った時に話そうと思っていたことを思い出した。貴ちゃんがアイドルになって再会したことを母に伝えると、翌日には「貴臣くん推しになりました」と連絡が来た。それからすぐに動画を漁って、アルバムも買ったらしい。「あの泣き虫貴ちゃんが・・・」と、キラキラしている貴ちゃんにとても嬉しそうだった。「お仕事頑張ってねって、言ってたよ」「ありがとうございますって俺が言ってたって伝えてて」「めっちゃ美味しいりんご取り寄せて、三鈴ん家送るわ」とグッショブと親指を立てる。「ちょっと、俺抜きで話進めないでよ」私たちのやりとりを見ていた光春くんが、つまらなそうに頬杖えをつきながら口を開く。「出た出たまた彼氏面」「彼氏面、じゃなくて正真正銘の彼氏なんだけど」「へーへー、ごちそうさんです」「三鈴はれてもアップルパイは譲れないけど」と貴ちゃんはぺろっと舌を出す。私は苦笑いをしながら「アップルパイ焼いた時はこそっと貴ちゃんに連絡しよう」と決める。光春くんのそれは嫉妬、というかお気に入りのおもちゃを取られたようなスネ具合である。あんな感じだけど、別に当たられるわけじゃないし機嫌
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第78話

いざその時になったら、本当にやりたいことって分からなかったりするのだ。ため息交じりの息を吐くと「分かるぅ〜」と瑠衣くんは賛同してくれた。なんだか女子会している気分である。「まぁ都内で働ける会社にしようとは思うけど」「三鈴ちゃん英語喋れるんでしょ?それを活かせる会社にしたら?」「まぁ選ぶのは私じゃなくて会社だからねぇ」いくら売り手市場とは言っても、全員がエントリーシートを提出して合格するわけじゃない。就職に有利だとは言っても、企業には雇い入れる人数にも限界があって、私たちはその狭き門を潜らないといけないのだ。職種にこだわりはないけれど、都内で働けるのであればそれに越したことはない。「まぁきっと良いご縁があるよ」話を聞いていた夏樹くんは「ダメだったら光春のお嫁さんになればいいし」と軽く流してくれる。その軽さが有り難くて「まぁねぇ」と適当に流すことができる。就職が決まらないことに焦りがないわけではないが、教授や就職支援課の人からチクチク言われるのも飽きてきた。「まぁ少し時間的には早いけど、これからも2人が仲良く生きる未来が訪れるように」「乾杯でもしようか」と、そう夏樹くんの言葉で運ばれてきたのはシャンパン。何だか新しい門出を迎えるような、そんなしゃんとした気分になった。そうだ。夏樹くんやみんなが願ってくれているように、いつまでの2人で一緒に生きることができる未来を見据えて選択したことだったら。その種はいつか大きな花を咲かせることができるだろう。そう思っていたけれど。───千堂家でのお茶会から1ヶ月後。「もー!光春くんの分からずや!もう知らない!」「三鈴はもっと理解のある子だと思ってた」「〜〜っ!出てってやる!」付き合って・・・というか出会って初めて、私たちは喧嘩をした。勢いのまま光春くんの家を飛び出してしまった私は、その後光春くんに自分から連絡を取ることをしなかった。数日は何度か向こうからは着信が来ていたけれど、今はもうメッセージ1つ送ってこなくなった。もう2週間は顔も合わせていないだろう。まさかこんな喧嘩が長引くとは思っていなかったが、この件がまさかメディアに取り上げられるなんてもっと思っていなかった。『アイドルグループ「voyage」の天音光春!最愛の恋人と喧嘩?!まさかの原因にvoyageファンが大熱狂!!』という見出しで、
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第79話

「じゃあ生放送の日程変えてもらうよ」と、けろっと言いやがったのだ。それに対して私は「彼女なんかの誕生日よりも仕事優先してよ」と怒った。個人の都合、ましてや彼女の誕生日を優先するアイドルがどこにいるんだ。ファンに対して失礼でしょうと、そう告げたのだ。私の誕生日のお祝いなんていつでもいいし、既にファンクラブサイトに日程が出ているものを光春くんの都合で変更できるわけない。だから一旦レストランはキャンセルするからね!と言った私に、彼も黙っていなかった。「付き合って初めての誕生日をお祝いしたい俺の気持ちも分かってよ!」と、光春くんも怒ったのだ。このまま話し合っても埒が明かないと察した私はすぐに天音家から逃走。その後何度かファンクラブサイトを確認したが、日程変更の連絡は来ていなくて安心している。私は別にファンより優先されたくて彼女になったわけじゃないのに。どうして光春くんは分かってくれないのだろう。その一連の流れが全て記事になっていた。ファンが熱狂、というのは「ファンを優先しろって天音光春に怒った彼女推せる〜!」とコメントが多数寄せられているからだ。良いことだと思っていいのかどうなのか、分からないけれど光春くんも炎上している訳ではない。つまり世間からも痴話喧嘩程度の話だと思われているのだろう。「・・・はぁ」ここで「私より仕事が大事なの」と泣けたら、もっと可愛い彼女になれるのだろうか。まぁ多少頭に血が上っていた自覚はある。あんなに声を張り上げたのも初めてだし、こどもみたいに家を飛び出てしまった。ぐるぐると考えてしまうと、寝ようにも眠ねれない。「・・・うん?視界もぐるぐるしてる」どうやら風邪をひいてしまったらしい。***適当に薬を飲んで、その日は眠ることができた。「うーん・・・頭痛い」けれど体調は悪化する一方である。朝起きたら汗をぐっしょりとかいていた。それなのに凍えるような寒さで、薄手の毛布にぐるぐる巻きになっている。最近暑くなってきたからと掛け布団はクローゼットになおしてしまったのだ。取りに行く気力も布団をここまで運ぶ体力もないため、身体を縮こませて暖を取っている。「健康が取り柄だったのに・・・」まぁ原因は分かっている。昨日雨に降られて帰ってきたまま、濡れた身体を拭かないままソファで寝落ちしてしまったからだ。そりゃ風邪のひとつぐらいひく
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第80話

「おっ出た。三鈴?」「・・・貴ちゃん、どうしたの?」「あれ、お前声おかしくね?」もしかして風邪でもひいた?とスマホの奥から聞こえてくる。まさか声でバレるなんて思いもしなくて、誤魔化すだけ無駄だと「少しね」と返す。喉がイガイガしているだけあって、やっぱり声もおかしいらしい。「ちゃんと薬飲んであったかくして寝ろよ」「はーい」「んで電話したのはさ。例のりんご送ろうと思うけど、来週家いる?」用件は、私がこの前例の“アップルパイ”を作るといった時。美味しいりんごを送ってくれると言っていたことを本当にしてくれるらしい。来週のスケジュールを確認した後に「水曜と木曜の夜ならいいよ」と告げる。「おっけー。んじゃ時間指定して送るわ」「ありがとー貴ちゃん」「風邪長引きそうだったら病院行けよ」「はいはい」「それじゃ」電話を切る瞬間「光春?!」という叫ぶ声が聞こえたような気がする。まぁそんなことよりも、体調が悪い時って少し喋るだけでもすぐに疲れてしまう。スマホを投げ出して、ベットに身を沈めた。貴ちゃんの言った通りに薬飲んで寝よう。季節的にインフルエンザじゃないから寝ておけばそのうち治るだろう。そう考えて、私は再び目を瞑った。ガチャリ。家の鍵が開錠される音で目が覚めた。もちろん鍵を開けたのは私ではない。きっと合鍵を渡していた光春くんだろう。少し前に、深夜に家に遊びに来た時にわざわざ起こして鍵を開けてもらうのは申し訳ないからと作ったのだ。深夜ならわざわざ来なくてもいいのに、と思ったことは内緒である。知っている足音が寝室の向こうで響き、冷蔵庫を開閉する音とビニール袋の音が聞こえてくる。  薬を飲んだおかげが幾分か楽になった身体を起こすと、ガチャリと寝室のドアが開かれた。「三鈴?」「・・・光春くん」私の名を呼ぶ声は、予想していたものよりも穏やかで優しい。だって私たちは何日も口を聞かないほど喧嘩をしている最中だったのだ。戸惑いを隠しながらも「久しぶりだね」と告げると、彼はどこか安堵した表情を浮かべる。「何で体調崩したこと言わなかったの?」あの時貴臣が居なかったら今も知らないままだったんだけど。そう言って、光春くんはベットの縁に腰をかけた。「えぇっと・・・」何でと言われましても、喧嘩しているから連絡し辛かったに決まっている。言い訳せずにけらっと笑みを浮かべると「あ
last updateLast Updated : 2025-07-11
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