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第81話

今回もまさかこの喧嘩が週刊誌に載せられるとは思っていなくて、社長からも少々お小言を言われたらしい。「天音光春の彼女推せるってウケる」と、怒られたわけではないらしいのだが。「私も、ごめん。光春くんの気持ちをはなから蔑ろにしちゃった」「謝るのは俺の方。三鈴は何も悪くない。当たり前のことを言っただけでしょ」「ううん。光春くんの仕事に口を出すのは違うと思うから」だから、もうお互い様ってことにしない?と告げる。「何回も連絡くれていたのに、全部無視してごめんね」「・・・いくら喧嘩したって、正直無視されるのは耐えた」光春くんはそう言って腰を上げたと思えば、ベッドの上に乗りあがってきて私の右隣で横になってきた。そして身体を起こしている私の腰に右腕をぐるりと前から回す。「いや、光春くん。それはちょっと」しかも腰のすぐそばに顔を寄せてすんすんと何やら匂いを嗅ぎ始める。寝ている間に絶対汗をかいているから匂いを嗅ぐのは本気でやめてほしい。慌ててベッドから落とす勢いで身体を引っぺがそうと思って、身を捩ると「でも、」と彼は口を開く。「俺が知らないところで、三鈴がしんどい思いをしているのはもっと嫌」今回は責められないけれど。と、深くため息をつく彼はよっぽど連絡がなかったことにショックだったらしい。風邪程度で、なんて思うけれど今言っちゃうと何となく怒られそうだから黙っておいた。まぁそれだけ心配してくれたという光春くんの愛の深さを確認できたと思って喜ぼう。「今度はちゃんと連絡するよ」「喧嘩中でもレスポンスは絶対」知らないの?と尋ねてくるので「何が?」と返せば、光春くんは無言のまま私をベッドに沈めた。右を向くと、目と鼻の先に光春くんの顔がある。相変わらず格好良いな、と思っている間に一発キスを決められた。「恋愛は付き合い始めが大事っていうでしょ」「・・・私たち、もうかれこれ5ヶ月くらいは経ってると思うけれど」「長い人生で考えたら5ヶ月なんてまだまだ序盤だから」そう言われた私は「まぁ確かに?」と納得する。人生100年を考えたらそりゃ5ヶ月なんてちっぽけなものだけど、そう考えたところで「あ、」と声を上げる。「キスは流石に風邪移しちゃうかも」「は?そんな、」「そんなに身体ヤワじゃないから、でしょ?」「分かってるじゃん」「当たり前だよ。だから、」もう一回、キスを希望します。そ
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第82話

態とらしく布団を被って顔を隠す私に「今日は特別に寝かせてあげる」と、ベッドから降りた。その時に「ソファもベッドも狭い。やっぱりもうこっちに引っ越してきたら?」と言っていたけれど、シングルベッドだから当たり前である。大の大人が2人も寝ていたらそりゃあ落ちそうにもなる。さっきキスしている時だって、ベッドが軋む音が聞こえていた気がする。「・・・いつかこのベッド、壊れそう」「壊れたら処分するしかないね」「・・・」「あ、寝る前に何か食べて薬飲んだ方が良いよ」いろいろ買い込んできたけど何か食べる?と聞かれて、布団からひょっこり顔を出してみる。「プリン食べたい、焼きプリン」「了解」「え、あるの?」「もちろん。あとは桃のゼリーとりんごと、他にもいろいろ」どうやらかなりの量を買い込んできてくれたらしい。思わず「神様だ・・・」と綺麗な顔を拝んでいたら「神様じゃなくて彼氏」と即座に訂正を入れられた。言葉の綾という言葉を知らないのだろうかこの男は。「取りに行ってくるから待ってて」「ありがとう」寝室からいなくなってすぐ電話をしている声が聞こえてきた。もしや仕事をほっぽり出してお見舞いに来たんじゃないよなと一瞬思ったが、流石にそれはないかと私は起き上がって水分を口に含む。「まだ唇が少しヒリヒリするなぁ」と指先でさすっていると、枕元に置いているスマホから電話を知らせるメロディが鳴った。「お母さん?」相手は母親だった。今そっちはもう日付が変わる頃なのに、と応答ボタンを押すと「あっ三鈴〜?」と何とも陽気な声が聞こえてきた。「風邪引いたんでしょ?大丈夫?」「大丈夫。薬飲んで楽になってきたよ」そう?なら良かった、と電話の奥で安心したであろう母には事前に「久しぶりに風邪引いた」と連絡だけ入れていたのだ。「珍しいね。この時間に電話してくるなんて」「そうそう。もともと近いうちに連絡しようと思ってたところだったの・・・三鈴、あなたもう就活でしょ?」突然脈絡も無く始まった就活の話。あまり状況は芳しくない私は「そうだけど、」と返す。「どう?もう何社か内定もらっていたりする?」「うっ・・・それは」未だ0です。苦し紛れに告げると「あらっそうなの?!」となぜか嬉々とした声をあげる母。 ちなみに両親には私に現在彼氏がいることも、その彼氏が大学の同級生であり超人気アイドルだということも教
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第83話 未来の確約を今ここで誓おう

某日。昼間から、だらだらと横になって貴ちゃんがゲスト出演していたドラマを見ていた。そんな私に、仕事が休みにも関わらず綺麗にヘアセットしていた光春くんがひと言。「15分後に出掛けるから準備して」その言葉にぎょっと振り返ると、彼は淡々と仕上げに香水を吹きかけていた。「15分?!いやいや、どこに行くの」何か約束してたっけ?と思い返してみるけれど、全然思い出せない。だって昨日は「明日はお互い休みだし」と深夜まで起きていたのだ。記憶喪失?と百面相をしている私に、光春くんは「寝る前に言わなかったっけ?」と首をかしげる。「三鈴の誕生日祝い。ホテルのディナー予約してるからって」そんなこと言ってたっけ・・・と12時間ほど前の記憶を引っ張り出してみる。いや、光春くんが寝る前ってことは私はもう半分意識が飛んでいたに違いない。うん、絶対そうだ。ちゃんと起きてる時に言ってよ、とジト目で彼を見るも「いいから、早く」と急かしてくる。「はい」私は重い腰を上げて立ち上がる・・・が、私が我が物顔で居座っているのは光春くんの家だ。最低限のお化粧品しか持っていないし、何より着替えがない。「・・・今から家に着替えに帰ってもいい?」「そのままでいいよ」「いや無理でしょさすがに!」彼の言う「そのまま」というのは、光春くんから借りた上下スウェットである。この姿でホテルに行けというのだろうか。万が一世間にバレようものなら、私は100人中100人に叩かれるだろう。昨日着てきたワンピースがあるけれど、それでもホテルディナーにはカジュアルすぎる。するとパニックになっている私を見て、光春くんはきょとんとした顔で口を開いた。「大丈夫、今から見に行くから」「何を?」「三鈴のワンピース」そう言われた瞬間、私たちの間で数秒の沈黙が流れる。「光春くん」「何?」「説明が足りないとよく言われませんか?」そう尋ねると彼は「よく言われる」と、悪びれることもなく楽しそうに口角を上げるだけだった。まぁ、さすがにスウェットから着替えた。光春くんに借りた薄手のパーカーに、いつぞや洗濯したまま持って帰るのを忘れていたスカート。そして忘れぬようにクリスマスに貰ったネックレスを付けて、辿り着いた先は高級ブティックが並ぶ通りだった。タクシーを降りて、手を繋がれたまま連れてこられたのは『Amore』というアパレル店。ウィン
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第84話

「まさかまた私に貢ごうとしてるんじゃ・・・!」「誕生日プレゼントにするから」「あっなるほど・・・じゃなくて、待って落ち着いて金額がどえらいことに」「三鈴の何倍も稼いでるから大丈夫」飄々とした顔で、私よりも前のめりに小物を物色している光春くん。その後ろで慌てふためいている私に「当日祝えなかったんだから、これくらいさせてよね」と、シルバーのバングルを手に取っていた。どうやら今日は私に人権はないらしい。「はい、腕出して」言われるがままに腕を出すと、彼はバングルを通してくれる。「・・・三鈴は華奢だからねぇ」しかしすぐに外して、次に出てきたのはリングブレスレット。もっと細くてシンプルだけど、私から見てみてもこちらの方が腕に馴染むしとても可愛い。光春くんも「うん」と納得したように頷いて腕から外しては、次はミュールが並ぶところまで移動した。「足のサイズは?」「えっと、23センチです」「だよね」再び物色をし始めた光春くん。その姿をただ眺めていると、後ろから「来てたなら呼んでくれたら良かったのに」と声をかけられた。第三者の声に気付いた光春くんは振り返って、「今来たところ」と私のその奥にいる女性を見る。「もう貴方のおかげで寝不足よ。ちゃんと約束は守ってよ?」「分かってる。で、実物は?」「そう急かせないでよ。まだ微調整があるんだから」仲睦まじげにお喋りをする2人を、私はキョロキョロと見た。光春くんがプライベートで女の人と話しているなんて珍しい。もしや元カノさんだろうかと凝視していると、女性がちらりと私を見て笑みを浮かべる。「ふふ、貴方が三鈴ちゃんね」「はい。えっと・・・どうして私の名前を?」まるで元から知っていたかのように名前を呼んだ彼女。加えてニュアンス的に光春くんの一般人の恋人Mの正体が私だと知っているようだった。疑問符を浮かべる私に「聞いてた通り可愛い」と笑う女性。その笑顔にどこか見覚えがあるような・・・そう一瞬思ったけれどこんな綺麗な知り合いなんていないはずである。「初めまして、三鈴ちゃん。私は秋吉愛衣」「秋吉?」光春くんが「瑠衣の姉」と、説明してくれた。「瑠衣くんのお姉さん・・・!どことなく似てる!」「あはっ確かに笑った顔は似てるって言われるかも」愛衣でいいよ、と面白そうに笑った彼女は瑠衣くんの7個上の姉だったのだ。瑠衣くんは可愛い系だけど、
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第85話

「オーダーメイド?」「さっ早速フィッティングルームに行きましょ。細かい処理しちゃうから!」彼女に背中を押されるがままお店の奥に進む。まさか、と距離が開いていく光春くんの顔を見てみる。すると彼は穏やかに笑みを浮かべて「行ってらっしゃい」と、こちらに手を振っていた。まさかホテルディナーの為に、ワンピースを買うんじゃなくて作っているとは。私の知らない間にそんなことになっていたとは・・・もう驚きすぎて言葉が出ない。いや、オーダーメイドって何ですか。本人に詳細を問いただす暇もなく、あれよあれよという間に服を脱がされた。「どう?可愛いでしょ」「・・・はい、私には勿体無いくらいに」「私が作ったんだから当然」用意されていたものは、明るい青のコクーンワンピースだった。膝下までの丈で上品で、かつスタイルも良く見えるデザインだった。首元は広めに開いているけれど、セクシーに見えるほどでもない絶妙さで付けているネックレスがベストポジションで光っているのだ。おそらくネックレスが映えるように計算されているのだろう。「綺麗な色ですね」「和名では“勿忘草色”っていうのよ」ワンピースは大人っぽいデザインだけど、この絶妙な青で可憐にも見える。愛衣さん曰く勿忘草とは春から夏にかけて花が咲くらしい。「今の季節にぴったりね」と、楽しそうに最後の糸の始末をしていた。「あとはさっき選んでたブレスレットと、ミュールも履いてみて」「はい」次に愛衣さんが持ってきたのは、さっき光春くんが選んでいた小物たち。さらに携帯と財布が入る小ぶりなハンドバッグも増えていた。本当に全身コーディネートされているようだ。こんなに気合の入った格好、浮いてしまわないか些か心配ではあるがここは彼のセンスの良さを信じよう。「でも普段着ないから、やっぱり着られてる感じがしますね」くるりと全身鏡の前で確認してみると、まぁ正直馬子にも衣装感が漂っているような気がする。自信なさげな私に「大丈夫よ」と、愛衣さんは大きなポーチとヘアアイロンを持ってきた。「メイクとヘアアレンジもするから」「何から何まで・・・ありがとうございます」「良いのよ全然。やっぱり女の子の方がやり甲斐があるしね」それからの愛衣さんは言葉にならないくらいに凄かった。もう魔法使いだと彼女のことを崇拝したいレベルである。まずは高そうな美顔器でスチームを浴びて、見た
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第86話

1人になった間に「もうすぐ終わると思う」と光春くんに連絡を入れておく。愛衣さんによると彼も今どこかで着替えを済ませているらしい。すぐに「了解」とだけ返事が来た。「お待たせー!」戻ってきた彼女は、手にシルバーのバレッタを手に持っていた。お花が散りばめられているそのバレッタを、結んでもらっていたお団子の根元あたりで止めた。「これは私からのプレゼント」「!・・・いいんですか?」「もちろん。その代わり、天音くんに伝えておいてくれるかな」「はい!伝えます!」そして愛衣さんは言った。「ちゃんと約束守ってねって、伝えて」と。ホテルの前で待ち合わせをすることになり、光春くんの指示通りにタクシーに乗って移動した。指定されたのは都内でも有名な高級ホテル。今日のディナーはその最上階にあるレストランらしい。私もさっき知ったばかりである。先に到着してロビーで待っているという光春くんを探す。きっといつものように隅にあるソファかどこかだろうと向かっていたら、案の定彼は隅っこの席で腰を下ろしていた。「わ・・・光春くんのスーツ姿」ネイビーのスーツに身を包んで足を組んでいる姿を見て「足なっが・・・」と、思わず感嘆の声を上げる。それに背中から漂うオーラがもう一般人ではない。しかしここは高級ホテル。周囲もお金持ちそうな人ばかりで、上手く彼も溶け込んでいた。「お待たせ。ごめんね待たせちゃって」「全然大丈夫。俺も今来たとこ・・・だから」後ろから声をかけると、光春くんは振り向いてくれた。すると突然微動だにせず固まってしまった。わぁ光春くんのスーツ、スリーピース仕様だ。それに合わせたボルドーのネクタイがおしゃれ感を増している。やっぱり格好良いな、私の彼氏。私がスーツーの会社を経営していたら、間違いなく彼をCMの広告に採用しているだろう。「すごい似合ってるね。格好良い・・・いや、いつも格好良いけど。あれ、聞こえてる?」「っ・・・聞こえてる。ありがとう」「それにしても愛衣さんってすごいね。ヘアメイクまで出来ちゃうなんて」仕事も出来るし、何だか“女の理想”って感じ。と、バレッタまでプレゼントしてくれたことを説明した。ぜひ今度菓子折りを持ってお礼をしたいところである。「・・・」「もしかして体調悪い?大丈夫?」しかし光春くん。どうやら私の声が届いていないのか、話を右から左に流されている気がし
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第87話

「・・・思っていた以上に、可愛すぎてびっくりした」「かわっ・・・あ、ありがとう」どうやら彼は、語彙力が低下するほどに照れているようだった。「あー・・・やられた。予想超えてきたんだけど」「ふふ。愛衣さんって、本当魔法使いみたいだったよ」息を吐いて今度は天井を仰ぎ始める光春くん。どうやら喜んでくれたみたいである。「スーツ姿もとても似合ってるよ。モデルさんかと思っちゃった」と、彼の隣に腰を下ろした。いつも格好良いけれど、さらに今は紳士さも増している。「今度のライブは全員でスーツ着てみてよ」「いいけど。でも他のメンバーのことも格好良いって言うじゃん」「当たり前です」「じゃあ嫌」そう言って立ち上がった彼を「えっ何で」と見上げる。さっきよりも顔の赤みが引いた光春くんは、さらりと私に手を差し出す。「エスコートしますよ、お嬢さん」「う〜〜・・・100点です」手を繋ごうかと手を伸ばしたけれど、差し出された手はあっさりと引かれる。「え?」「腕こっちに回して」なるほど。私は立ち上がって、光春くんの腕に自信の腕を絡めた。彼は満足したのか、それからは上機嫌で歩き出しエレベーターホールに向かう。機嫌が良すぎてかすかに鼻歌が聞こえてくるレベルである。ここまで光春くんが楽しそうにしているのは珍しかった。「とても機嫌が良さそうだね。何か良いことあった?」「そんなの、好きな子が俺が決めたコーディネートで隣にいてくれるだけで嬉しいでしょ」今度は私が顔を赤くする番だった。よくそんなドラマのセリフみたいな、歯の浮くようなセリフが言えるなこのイケメン。レストランまで移動した私たち。名前を告げると、通されたのは窓側にあるテーブル席。広がる煌びやかな夜景に「うわぁ〜綺麗〜」と、思わず窓に顔を貼り付けてしまうところだった。運ばれてくる料理も、さすが有名ホテルだと唸ってしまうくらいに素晴らしいものばかり。前菜に続き魚料理に肉料理と舌鼓を打っている私を眺めていた光春くんは「三鈴ってさ、」と口を開く。「テーブルマナー綺麗だよね」「小さい頃から両親の英才教育受けていたからね」「ふぅん。なるほどねぇ」そんな光春くんだって食べる所作はとても綺麗である。どこかで勉強したのかと聞いてみたが、別にその様な機会があった訳ではないらしい。まぁ例えテーブルマナーが間違っていたとしても、全てチャラになるような
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第88話

「少女漫画ばかり見たいなこと言うんだもん」と、注文していた甘いカクテルを口に含んだ。可愛いとか、好きだとか、ちゃんと言葉にして伝えてくれるのは嬉しいから別に嫌だというわけではない。けれど最近の光春くんはまるで人が変わったかのように、何をするにも何を言うにも甘々だった。「だって言いたい時に言っておかないと」「うん?」「ところで就活はどうなってるの?」「え・・?」「もう6月だけど」ここで出てくるとは思っていなかった就職活動の話題に、思わずひゅっと息を飲んだ。光春くんの言いたいことは分かる。今年になってまだ一度もリクルートスーツに身を包んでいない私のことが気になってしょうがないのだろう。確かにこの時期ともなれば周囲は就活の話題で持ちきりになるが、今の私にとってはかなりナイーブな話題だった。正直痛いところを突かれた。「うーん・・・まぁまぁかな」突然のことに動揺を隠せていない私は「焦った方がいいよね」とへらりと笑ってみるも、その声は自分でも分かるほどに震えていた。ここでいつもの光春くんなら「へぇ」「ふーん」とか、それ以上は何も踏み込んでこない。「就活しない俺がどうこう言う権利はないから」と、陰ながらに応援してくれていた。「ねぇ」「んー?あ、食後のコーヒー来たよ」「そろそろ言ってくれてもいいんじゃないの?」「・・・何を?」「やりたい仕事、見つけた?」「っ・・・」大きく目を見開いて、光春くんを見つめる。なぜ、"そのこと"を彼が知っているのだろうか。驚いて声が出ないのを肯定だと捉えたのか「見つけたんだ」と口角を上げる。「光春くん、どうして・・・」「最近やけにうわの空だったし、俺が将来の話すると難しい顔になるし」三鈴が俺のことを見てくれているように、ちゃんと俺も三鈴のこと見てるから。そう言って、眉を下げて笑った。そんなに難しい顔をした自覚はないが、彼がそう言うのであればきっとそうなのだろう。「隠し事はなしにしようって、付き合った日に言ったでしょ」「でも、」「大丈夫。三鈴が何て言おうと、絶対に応援するから」だから、と背中を押してくれた光春くんの言葉で私はどこか緊張の糸が解けたかのように身体の力が抜けた。ずっと悩んできたことを、今ここで吐き出してしまえば、もう1人で考えるだけで疲れる日々とさよなら出来るのだろうか。「・・・あのね、少し前にお母さんから電話が来
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第89話

詳細を話終えるまでの間、光春くんは何も口を挟まず黙って聞いてくれた。そしてその後、彼が最初に発した言葉。「いいんじゃない?」「え・・・?」「通訳の仕事なんて誰でも出来るわけじゃないし、日本にいるだけよりも広い世界を見ることもできる」「それに、三鈴の好きな料理にも関われるんだから」と、ただただ賛成してくれたのだ。まるでその話を蹴る理由なんて存在しないと、そう云わんばかりの雰囲気。しかし、それで「そうだよね」と軽々しく卒業後の進路を決めてしまうことは私には出来ない。応援されているのにも関わらず、暗い面持ちをし続ける私に光春くんは優しい声色でこう尋ねた。「三鈴は何に悩んでるの?」その言葉に少しムッとしてしまった私は「私なりに、ちゃんと考えてるの」と、ぶっきらぼうに言い放つ。だってしょうがないじゃないか。何時間悩んでも、何日悩んでも、寝る間も惜しんで悩んでも、答えを出すことが出来なかったのだから。光春くんの言うことは最も適切であり、最も正論だ。得意な英語を仕事に出来るのも、海外で仕事が出来るというチャンスは誰にでもないことも、何より料理に関われることも。この話を受けた時のメリットを考えると、いくらでも羅列することが出来る。「私だって考えても、考えても、断る理由がないことなんて分かってる」そしてデメリットは、たった1つだけ。「でも、光春くんと一緒にいられなくなっちゃう」ぽろりと流れた涙が頬を伝って、膝の上にある拳に落ちる。何度も挑戦してみようと覚悟を決めたのに、やはりその先にある“寂しさ”が優ってしまうのだ。日本とアメリカじゃ時差もあるから易々と連絡も取れなくなる。こうして向かい合ってご飯を食べることも、忙しい合間を縫って一緒に家で過ごすことも難しくなってしまう。人生の中で1番幸せだと言えるこの日々が、来年の今頃にはなくなっていると。そう思うと、どうしても踏み止まってしまうのだ。「私、きっと光春くんに引き止めて欲しかったんだと思う」もし光春くんが「行かないで」と言ってくれたら、それを断る理由に出来る。どこかそうやって期待している自分がいるのは事実だった。しかし彼は「いいんじゃない」と言った。私の将来を見据えてくれているのはよく分かっているつもりだ。その為ならば離れることも厭わないと、そう考えてくれていることも。つまり最後の砦だった彼にそう言
last updateLast Updated : 2025-07-11
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第90話

光春くんは「俺が急にデートドタキャンしても何しても、文句ひとつ言わずけろっとしてたし」と薄く笑う。それに関しては“仕事だからしょうがない”と理解していたし、何よりも仕事やファンを大事にしてほしいと言ったのも私である。「案外愛されてるね、俺」「当たり前じゃん。じゃなきゃこんなに泣かない」「だよね。悩んでも悩んでも決められないほど、ずっと俺を思ってくれてたんでしょ」ありがとう。そう彼は告げる。「だったら俺は安心して三鈴を送り出せる」「・・・光春くん」「三鈴も本当は行きたいんでしょ?俺の存在は抜きとして、どうなの?」「・・・頑張ってみたい、本当は」「だったら尚更三鈴の背中を俺は押してあげなきゃね」と微笑む。 頑張りたいと思う理由はふたつ。ひとつは以前、飲食店で言語が通じなくて困っていた店員さんと外国人観光客を助けた時。あの時人の役に立てて嬉しいと喜んだ感情が、ずっと胸の内に残っていたこと。そしてふたつめ。仕事をひたむきに頑張っている光春くんの存在だ。どんな時も“アイドル”という職業に誇りを持って、最高のパフォーマンスを魅せる為に努力するその背中を見て格好良いと思ったこと。母親から話を聞いた時は選択肢の中に1つ程度に思っていたが、次第に「やってみたい」と言う気持ちが芽生えてきたのだ。「私、行ってもいいの?」「行っておいで」「私のこと忘れたりしない?」「しない」「・・・他の人好きになったりしない?」「神に誓って、それはない」だから安心していいよ。と、告げた光春くんの言葉にようやく私の中の覚悟がちゃんとした形になっていく。まだのもやは晴れきっていないけれど、どこか身体が軽くなったような錯覚に陥った。「ごめんね光春くん。そしてありがとう」「うん」「私、行ってくる。頑張ってくる。もっと光春くんに見合うような人になって、必ず戻ってくるから」そう胸を張って決意を述べて見るも、やっぱり寂しい気持ちは拭えない。「・・・返してくれなくてもいいから毎日連絡していい?」と尋ねると「俺も三鈴が嫌になる程毎日電話するよ」と返してくれる。「いや、毎日じゃなくて別にいいけど」「は?今は“私もする”って返すところでしょ。急に現実に戻らないでよ」「ごっ・・・ごめんなさい」謝ると光春くんは「俺だって寂しいには変わりないんだから」と息を吐く。「ごめんね光春くん。少しだけ待ってて欲
last updateLast Updated : 2025-07-11
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