All Chapters of これ以上は私でも我慢できません!: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話

リビングに戻ると、両親の健一郎と直子がソファに座り、真面目な顔をしていた。部屋には重苦しい空気が漂っていた。テーブルには茶器が並んでいて、お湯がすでに沸いていたが、誰もお茶を淹れようとしなかった。玲奈が帰ってきたのを見て、健一郎は少し背筋を伸ばし、口を開いた。「玲奈、父さんと一緒にお茶を飲まないか?お前が淹れてくれるお茶、久しぶりだから」智也と結婚する前、健一郎は玲奈が淹れてくれたお茶がお気に入りだった。いつもお茶を飲みながら、商売の話を聞かせたものだ。今それを思い返してみて、胸がチクチクと痛んだ。新垣家は何もしてくれないのに、彼女はへりくだってあいつらに媚びを売っていた。逆に、両親がここまで育てたのに、彼女はまるで他人に尻尾を振る犬のようだったのだ。ばかばかしい。玲奈は「ええ」と応え、テーブルの前に座り、慣れた手つきでお茶を淹れ始めた。健一郎と直子は静かに彼女を見守っていて、何も言わなかった。玲奈はもちろん両親の何か言いたげな様子に気付いていたが、何を言いたいのか全く見当がつかなかった。彼女は無理やりに尋ねず、じっと待っていた。お茶を淹れると、彼女は健一郎に一杯差し出した。「お父さん、どうぞ」直子はお茶を飲んだら眠れなくなるため、飲まないことにしていた。玲奈が結婚する前、春日部家はとても温かい家庭だった。兄は口は悪いが、実は心が優しい人だった。いつも自分の妹はちゃんと彼女を大切にしてくれる男に嫁ぐべきだと言っていた。しかし、現実は残酷で、彼女は全く愛してくれない智也という男に嫁いでしまった。綾乃が秋良と結婚し、春日部家に来てからは、玲奈はもう一人の自分を愛してくれる家族を得た。義姉の綾乃は、実の妹のように彼女を可愛がってくれた。直子が夜、お茶を飲まない理由は、自分にも関係があると玲奈は分かっているのだ。彼女は誰の反対も気にせず、新垣家に嫁いでから、直子は毎晩のように泣いていて、安眠できる日がなかったのだ。健一郎は湯飲みを受け取ったが、飲まずに玲奈を見つめ、やっと口を開いた。「玲奈、離婚は構わないが、ただ子供はお前が命がけで産んだんだ。親権は何としても取り戻すべきなんじゃないか。もうお母さんと話したが、愛莉をうちに連れて帰れば、俺たちが育ててあげるよ。自分の子を、どうして新垣家に渡すんだ
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第22話

しかし、愛莉はもう彼女と心が離れて、全く懐いてくれなくなったから、玲奈は娘を新垣家から連れ戻す自信など全くなかった。直子は健一郎の背中をさすりながら、涙目で玲奈に訴えた。「お父さんはこの件で何日もまともに寝られてないのよ。あの子が生まれた時から、お父さんはいろんなものを用意してきたの。いつか、あなたがあの子を連れて帰ってくる日を待っていたのよ。今まで愛莉の世話をまともにやってあげられなくて、償おうと思っていたの。離婚することには、私たちは賛成よ。でも、あの子はあなたが産んだ子でしょ?春日部家があの子を養える財力がないわけではないから、どうして親権をあっちに渡さなければならないの?」直子はそう言うと涙を拭い、続けて言った。「親権を取らなくても、せめてあの子に誰が祖父母なのか、教えるべきじゃない?お父さんも私も、ただ一目だけでも、あの子に会いたいの……」玲奈はうつむき、テーブルの複雑な模様を見つめているようだったが、彼女は目の焦点を合わせていなかった。暫く沈黙してから、ようやく口を開いた。「分かった、できるだけやってみるわ」親権なら諦めてもいい。だが、両親の願いだけは無視したくなかった。彼らはただ祖父母として、孫の顔が見たいと言うだけなのだから。……夜、10時。玲奈はバスルームから出て、バスタオルを巻いたままドレッサーの間で呆然と立っていた。悩んでいた末に、やはり智也に電話をかけることに決めた。普段なら智也は出ないかもしれないが、今夜はなんと一度だけで電話が繋がった。「何の用?」かつて待ち焦がれていたあの声が受話器から聞こえた時、玲奈はやはり一瞬呆然としてしまった。ただ、今の彼女には、昔のような喜びなど微塵もなかった。「愛莉はいる?」と淡々と彼女は言った。まるで赤の他人と事務的な話をするようだった。智也は「いる」と答えた。玲奈は躊躇わず、すぐ本題に入った。「電話を代わってくれない?話があるの」智也は返事はしなかったが、電話の向こうから、どこかへ向かって話しかける声が聞こえてきた。「愛莉、ママからの電話だ」二人はそう離れていないらしく、玲奈は愛莉の不満げな声がはっきりと聞こえた。「いやだ!あの人の電話なんて出たくないの!」彼女はこのまま玲奈に反抗するつもりだったのだ。先生は、もし自分が間違えた
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第23話

翌朝、智也が起きた時、愛莉はすでに一階のダイニングで朝ごはんを食べていた。テーブルに座ると、智也は愛莉の方を見ようとしなかった。愛莉は小さな頭を垂らし、父親が自分に怒っていることを分かっていた。昨日わざと母親の電話に出なかったことを、父親は直接叱ったり殴ったりしなかったが、無視という態度で怒りを示していた。昨日電話を切ってから、父親は「お休み」も言ってくれなかった。彼女は父親がかなり怒っていると分かっているのだ。「パパ……」愛莉は怯えるように智也をのぞき、甘えた声で呼びかけた。ちょうどそのタイミングで、智也の携帯が鳴った。彼は愛莉を無視して、電話に出た。それは実家からの着信だった。電話の向こうから、智也の祖父である新垣邦夫(にいがき くにお)の不満げな声が聞こえてきた。「お前と玲奈さんは半年以上も愛莉を連れて私のところに来ないじゃないか!この間はお前の父さんの誕生日にちょうど私が友人と会う約束があって、参加できなかったが、なんだ?私が電話をかけなかったら、このじじいはもう死んだと思っているのか?ひ孫にも孫の嫁にも会う権利まで奪う気か!」邦夫は性格が短気で怒りっぽく見えるが、一族の中では格別な地位に置かれている人物だ。新垣グループは彼が一から築きあげたのだ。つまり、彼が先駆者として道を照らしてくれなければ、新垣グループが久我山で随一の権勢を誇るトップ名家になることはなかっただろう。智也も邦夫のもとで育てられたので、二人の仲は結構良かった。そうではなければ、たとえ玲奈がナイフを彼の首に突きつけようが、智也は彼女と結婚などしなかっただろう。祖父が自らそう要求したので、仕方なく、この結婚を認めたのだ。邦夫の悲痛な訴えに、智也はただ僅かに唇を歪ませた。「時間ができたら行くよ」それを聞いた邦夫は一気に不機嫌になった。「時間?じゃ、いつ時間ができるんだ!智也、そんな無駄なことを言わないでくれ、はっきりした日付を教えろ。もし愛莉と玲奈さんを連れてこなければ、このじじいには二度と会えんぞ!」智也はもう邦夫の手口に慣れていたが、それを聞いて思わず眉をひそめた。「じゃ、この二日間のいつか」邦夫は全く彼の言うことを聞かず、強引に決めてやった。「今晩だ!」智也は少し躊躇った。「今晩はちょっと……」しかし、彼が言い終わ
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第24話

玲奈が承諾したことに、智也は特に驚かなかった。ただ「なら午後迎えに行く」と伝えた。玲奈は一瞬の躊躇いもせず断った。「いいよ、自分で車で行くから」その反応に、智也は意外だった。普段なら、彼が迎えに来ると言ったら、彼女はきっと涙が零すほど喜ぶはずだった。だが今、彼女の声はいたって落ち着いているのだ。智也は深く詮索せず、また言った。「そう、じゃ、ついでに愛莉を幼稚園に迎えに言ってくれ」「方向が違うから、あなたが迎えに行って」と玲奈は言った。彼が彼女の通勤先すら把握してないことを、彼女は知っているのだ。病院は愛莉の幼稚園と反対方向で、もし愛莉を迎えに行ってからまた実家へ向かうなら、かなり時間がかかってしまう。もちろん、方向が違うというのは、ただの口実に過ぎなかった。玲奈は今本当に愛莉と深くかかわりたくなかったのだ。自分が命がけで産んだ娘が、今では深津沙羅にべったりなのだから。娘が彼女のことを全く気にしないのに、無理に愛莉の機嫌を取る必要もないだろう。それに、愛莉は彼女の迎えを望んでいないはずだ。智也が沈黙している間に、玲奈はすでに電話を切ってしまった。運転手はすでに外で待機していたが、愛莉は出て行かず、智也の電話が終わるのを待っていた。まだ玲奈に怒っているとはいえ、愛莉は心の中で不満を呟いた。母親が自分を慰めようとしなかったからだ。それに、さっき電話で彼女の迎えに来ないとも言っていた。愛莉はさらに怒りが募った。彼女が玲奈を迎えに来させるかどうかが問題なのに、玲奈の方から先にそれを拒否したのだ。智也は携帯をしまうと、愛莉がまだそこに立っているのを見て、訝しげに聞いた。「まだ行かないのか」愛莉は唇を尖らせた。「パパがママを甘やかしすぎたんだよ」甘やかす?彼は玲奈を甘やかしたことなど一度もなかった。だが、娘に詳しい説明をする気はなかった。智也は言った。「先に幼稚園に行きなさい。午後は迎えに行くから」言い終わると、彼は上へあがっていった。愛莉はテーブルの前に暫く座っていて、椅子から飛び降りる時、小さくぶつぶつと言った。「ふん、こんな悪いママなんていらないもん」……夕方6時、玲奈が帰宅準備をしている時、救急で足を骨折した子供が運び込まれた。重症だと判断し、当直の医師と共に処
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第25話

玲奈はこれ以上愛莉から自分への愚痴に耳を貸す気もなく、早足でリビングに入っていった。邦夫は彼女の姿を見つけると、さっと立ち上がり、近寄ってきた。「玲奈さん、やっと帰ってきたんだね。今日はどうしてこんなに遅くなったんだい?」玲奈は彼に微笑んで説明した。「もうすぐ仕事が終わるという時に、急患が入ったんです。処置がおわってから帰ってきたものですから」愛莉は玲奈の声を聞くと、背筋をピンと伸ばしたが、意地を張って振り向こうとせず、じっと座ったまま母親から声をかけてくるのを待っていた。邦夫おじいさんの家なのだから、さすがに母親が彼女を無視したりはしないだろう。少なくとも、見せかけだけでも、構ってくれるはずだ。しかし、現実は違う。母親はまるで彼女が存在しないかのように、一切関わろうとしてくれなかった。邦夫が立ち上がる時、智也は入ってきた玲奈を一瞥したが、彼女は彼には目もくれず、視線は邦夫じいさんだけに向けられていた。邦夫は玲奈をソファに座らせながら、智也を睨みつけて言った。「玲奈さんはまだご飯も食べてないぞ。キッチンに取っておいた料理を持ってこい」その命令する口調には拒否する余地はなかった。智也は邦夫と争うつもりはなく、それに、ただ食事を運ぶだけのことだし、彼は一言返事して、携帯を置いた。テーブルを通り過ぎると、愛莉の服の帽子を軽く引っ張った。「一緒に来なさい」愛莉は振り向き、鬱陶しそうに智也を見つめたが、曾祖父の前では怒るわけにはいかなかった。仕方なく、彼女はしぶしぶと「うん」と返事しながら、智也の後を追って、キッチンへ行った。玲奈は二人が嫌々ながら食事を運んで来るのを見て、そんな必要がないと思い「自分で取りに行きます」と立ち上がろうとした。しかし、彼女がキッチンへ行こうとした時、邦夫に阻止され、力強く食卓の席に押し戻された。すると、邦夫は握っているステッキを振りながら、諭すように言った。「座っていなさい。新垣家に嫁に来てもらったのは苦労させるためではないんだ。智也と愛莉もちゃんと手足があるのだから、少しぐらい君の世話をするくらいどうということはない。君はもう十分彼らの世話をして来ただろう。新垣家のために、愛莉を産んでくれたから、これは新垣家は感謝すべきだろう。男はな、今はちゃんとしつけしないと、いつか絶対偉そうに
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第26話

邦夫じいさんはこの二人の様子を見て、思わず深いため息をついた。もう5年も経つのに、この二人の関係は一向に良くならず、むしろ悪化する一方だった。彼がどれだけこの二人の仲を取り持っても、二人の関係が変わることはなく、もはやどうしようもなかった。食事を終え、玲奈が自ら食器を洗おうとすると、邦夫はそれを阻止し、使用人にやらせた。リビングに座り、気まずい空気がだんだんと重苦しくなっていった。愛莉はカードで遊びながら、時々、邦夫と智也に話しかけるが、ずっと玲奈の存在を無視していた。しかし、玲奈も邦夫じいさんとしか話さず、傍にいる二人はまるで存在していないかのように扱っていた。智也はほとんど口を開かず、時々携帯でメッセージを送っていた。玲奈は彼が沙羅と連絡を取っているのだと知っていた。多分、今夜沙羅と一緒にいられず、彼女に申し訳ないと思っていることだろう。邦夫はまた二人の仲を取り持とうとしたが、もう遅い時間だったものだから、年寄りの彼は体力が限界だった。すると、立ち上がりながら「もう寝る」と言い、玲奈たちも今日はここに泊まるように言った。智也は先に立ち上がった。「じいちゃん、部屋まで送るよ」邦夫は智也がこんなに孝行してくるのを見て、あまり強く責められず「うむ」と頷いた。智也は邦夫の手を支えると、玲奈は急に口を開いた。「おじいさん」邦夫は振り返って、優しさに満ちた瞳で言った。「どうした?」玲奈は「明日病院の仕事があって、私はこれでもう帰ります。明日のことが心配で……」しかし、彼女の言葉は邦夫に遮られた。邦夫はわざと寂しそうに言った。「そうか?じゃ帰ってもいいぞ。この老いぼれは後どれくらい生きていけるかも分からないのに、子供たちに寄り添ってほしいと思っても、みんなは口実ばかり探して、なかなか一緒にいてくれないんだな。はあ、まあ、俺はもう何の役にも立たないような老いぼれだから、当然かな」邦夫じいさんは言いながら、ため息をついた。玲奈は彼の言葉を聞き、自分が言った言葉を撤回したいほど胸が締め付けられた。「おじいさん、分かりました、帰りません。明日一緒に朝食を食べましょう」心優しい玲奈は、こんな邦夫に逆らえず、結局折れてしまった。邦夫は智也に支えてもらい、寝室に戻った。彼は振り返って玲奈のほうは見ず、こっそり狐
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第27話

愛莉がリビングで鬱憤を全部カードにぶちまけた時、ちょうど智也が邦夫じいさんの部屋からでてきた。床に散らばったカードを見て、周囲を見回したが、玲奈の姿は見当たらなかった。彼は訝しげに隣の愛莉に聞いた。「ママは?」愛莉はプンプンと怒りながら階段の方へ視線を向けた。「上に行ったよ」それを聞くと、智也は一瞬きょとんとした。娘を命よりも大切にしていた女が、今はまるで娘を全く気にかけていないようだった。数秒沈黙してから、智也は愛莉の手を取り言った。「行こう、もう寝る準備だ」愛莉は足を止めて、嫌そうに言った。「パパ、ママと一緒に寝たくない」智也は振り向き、無表情で彼女を見つめながら言った。「邦夫おじいちゃんは一部屋しか用意していないんだ。文句があるなら自分で言いに行きなさい」愛莉は唇を尖らせ、不満を全部顔に表した。しかし、智也が味方してくれない以上、彼女は逆らっても無駄だと悟り、受け入れるしかなかった。母親が自分を無視するというのなら、こっちも無視してやるまでだ!寝室に戻ると、智也は玲奈が彼らのナイトウェアと洗面用具を用意してくれていないことに気付いた。バスルームの電気がついていて、彼女はそこでシャワーを浴びているらしい。智也は玲奈の変化がおかしいと思ったが、どうしてそうなったのか全く分からず、腕時計を外し、上着を脱いでソファに座った。愛莉はいつものように世話をしてくれる母親の姿が見えず、カッとなってきた。だが、彼女はぐっと我慢した。やがて、玲奈がバスローブを着て、バスルームから出てきた。ソファに座り、彼女に世話をしてもらうのを待っている二人の様子を見て、玲奈はそれがおかしくて、笑いそうになった。ただ、彼女は終始何も言わず、彼らに視線も与えず、ドライヤーで髪を乾かし始めた髪を乾かし終わり、ソファの方へとやって来た。智也は携帯を持ちあげていて、誰かとテレビ電話をしているらしい。愛莉も彼の膝に座り、画面に向かってニコニコしながら話していた。「ララちゃん、もう寝るの?」沙羅の声が電話の向こうから聞こえた。「そうね。でも愛莉ちゃんとお話しするなら、少し夜更かししてもいいわよ」愛莉は玲奈が近づくのをチラッと見て、微動もせず、父親の膝の上に座っていた。以前なら、二人が沙羅と楽しそうに話すのを見
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第28話

電話の向こうで沙羅は愛莉の言葉を聞き、慌てて慰めた。「愛莉ちゃん、いい子だから、怒らないで。今夜は我慢して、お風呂に入らなくてもいいわ。明日家に帰ってから、私が一緒に入ってあげるから」愛莉はそれを聞いたが、ふんと鼻を鳴らし、大人しく「分かった」と答えた。ララちゃんは優しいけど、やっぱりママの方が丁寧に洗ってくれる。しかし、今母親はもう彼女を愛していないみたいだ。智也は男なので、愛莉のお風呂の世話を手伝えなかった。愛莉も使用人を呼ばず、そのままベッドに這い上がり、布団をかぶって目を閉じた。テレビ電話を切った智也も立ち上がり、玲奈を一瞥したが何も聞かず、バスルームに入っていった。お風呂を出た時、玲奈はすでに電気を消していた。間接照明だけがついている。智也は愛莉の隣に横になったが、なかなか寝付けなかった。ソファから玲奈の規則的な寝息が聞こえてきた。一体何が玲奈をここまで変えてしまったのか。だが、よく考えてみれば、そんなことはどうでもいいことかもしれない。翌朝、玲奈は早く起きた。彼女が起きた時、智也と愛莉がまだぐっすり眠っているのを見て、起こさずに下で身支度を済ませた。邦夫じいさんに孝行しようと思い、彼女は自ら朝食を作った。同じく早起きだった邦夫は、彼女がキッチンで忙しく料理する姿を見て、嬉しさと複雑な気持ちが込み上げた。朝食を作り終わると、玲奈は邦夫じいさんと一緒に食べ、彼女は立ち上がり、彼に言った。「おじいさん、病院に行かないといけませんから、これで失礼します。次来る時、特製の和菓子を持って来ますね」邦夫はそれを聞き、上へと続く階段を一瞥して言った。「と……智也と愛莉を待たないのか?」玲奈がここに来たとき、一度も一人で帰っていったことはない。「時間がありませんので、待っていられません。仕事に遅れますから」と玲奈はバッグを取り、邦夫に引き止められるのを恐れ、逃げるように玄関を出ていった。玲奈の後ろ姿を見送り、邦夫は首を振りながら深くため息をついた。もはや孫たちのことはどうにもできないらしい。昔、どうにか智也を玲奈と結婚させたが、今は二人の関係は修復不可能なくらいボロボロになっているらしい。智也が起きた時、まだ愛莉が幼稚園に行く時間には早かったので、娘を起こさなかった。ソファの傍を通ると
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第29話

使用人が慌ててベッドに駆け寄り、優しく声をかけた。「お嬢様、どうなさいましたか」愛莉は来たのが使用人だと分かると、さらにわんわん泣き続けた。「パパに会いたい、パパがいいの……」シーツを叩く手にさらに力を入れ、足をバタバタさせながら激しく不満を示した。使用人は彼女を抱き上げようとした。「お嬢様、お父様は仕事に行かれましたよ。お母様が幼稚園まで送ってくださるそうですから、私が先にお支度を手伝いましょうか」愛莉は使用人の手にまだ油のような汚れがついているのを見て、全く嫌悪を隠さず、彼女を押し退けた。「触らないで!汚い手をどけて」使用人は手を引き、小さい声でなだめた。「では、お嬢様、どうか泣くのはおやめください。お母様がお戻りになったら、身支度を整えていただきますか?」愛莉は顔を背け、不満げに言った。「あの人にやってもらいたくない」使用人は仕方なくため息をついた。「お嬢様。お母様はおじい様とお出かけしていらっしゃいます。まず、私がお手伝いをしますので、お母様が帰られたら幼稚園まで送っていただいたらどうでしょう?もうすぐ遅刻してしまいますよ」使用人はゆっくりと子供をなだめるような口調で優しく諭した。しかし、愛莉は全く聞く耳を持たなかった。「あっち行って!あなたに関係ないでしょ!あなたは私のママじゃないから!」使用人は仕方なく、智也に電話をかけた。智也はすぐ電話に出た。「どうした?」使用人は焦りすぎて、汗だくで言った。「若旦那様、お嬢様が起きて大泣きしていらっしゃいます。私がお世話するのを嫌がっているようで……若奥様に早く戻っていただくようお電話していただけませんか」それを聞いた智也は声に焦りが混じった。「まだ戻ってないのか?」使用人は頷いた。「ええ、まだです」智也は二秒ぐらい考え、また口を開いた。「電話を愛莉に渡して、俺から話す」使用人は「はい」と答えると、電話を愛莉に渡した。「お嬢様、お父様からですよ」愛莉は不機嫌そうにしながら、ぱっと電話を奪い取った。「パパ……」泣き続けた後の声がかすれていて、とても悲しそうに聞こえた。「どうして泣いてるんだ?」しかし、智也の声は優しさどころか、むしろ厳しさが感じられた。愛莉は父親の声から怒りを察し、小さな声で答えた。「パパが起きた時、私を起こしてくれなか
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第30話

「愛莉を幼稚園まで送ってくれ。俺はもう会社に着いている」使用人は愛莉の身支度を整え、可愛いツインテールをしてあげて、朝食も食べさせた。8時から待ち続け、8時20分になっても玲奈は戻らなかった。このままじゃ幼稚園に送れてしまう。使用人は少し焦って、慌てて外へ探しに出た。ちょうどその時、邦夫じいさんがステッキをつきながら玄関に現れ、慌ただしい使用人を見て、訝しそうに尋ねた。「どうしたんだ?そんなに慌てて」使用人は邦夫じいさんの後ろを見やったが、玲奈の姿が見えないのに気付き、困惑したように口を開いた。「大旦那様、若奥様はご一緒にいらっしゃっていませんか。お嬢様が待っているのですが。もうすぐ遅刻しそうです。若奥様ったら、こんなに時間にルーズで」邦夫は使用人の不遜な態度を咎める暇もなく、眉をひそめた。「玲奈さんならもう出かけたぞ。智也はまだ上にいるはずだろう?愛莉を送らないのか」使用人はさらに焦った。「若旦那様もお出かけです。若奥様にお嬢様を幼稚園まで送るようお伝えくださいと」邦夫はそれを聞いて、ステッキで床を強く叩いた。「玲奈さんはもう一時間前に出たんだぞ。智也は何を考えてる?自分の娘を幼稚園に送る暇もないのか」使用人と邦夫の会話を聞いた愛莉はリビングで「わあっ」と泣き出した。「ママのバカ!大バカ……」彼女は騒ぎながら泣いた。邦夫は愛莉の泣き声に胸が締め付けられ、愛莉の玲奈への非難を正す余裕もなくなった。彼はリビングに入り、愛莉を抱き上げながら優しく撫でた。「愛莉はいい子だから、邦夫じいさんが送ってあげるぞ、泣かないで、大丈夫だから」愛莉はなかなか泣き止まず、邦夫に数分間慰められてようやく落ち着いたが、まだすすり泣きの声が漏れていた。結局、邦夫は運転手を手配し、愛莉を幼稚園まで送らせた。幼稚園に着いた時すでに9時になっていた。もう園児たちが楽しくダンスをする時間だった。愛莉はカバンを背負って幼稚園に入る時、普段迎えに来てくれる先生は門前におらず「おはよう」も言ってくれなかった。警備員が彼女のことに気付き、正門を開けながら声をかけた。「愛莉ちゃん、今日はどうして遅れたの?」それを聞いた愛莉はまた涙が溢れ、またわんわんと泣き出した。普段は沙羅が幼稚園まで送ってくれている。だから、絶対遅れることはなか
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