Share

第25話

Author: ルーシー
玲奈はこれ以上愛莉から自分への愚痴に耳を貸す気もなく、早足でリビングに入っていった。

邦夫は彼女の姿を見つけると、さっと立ち上がり、近寄ってきた。「玲奈さん、やっと帰ってきたんだね。今日はどうしてこんなに遅くなったんだい?」

玲奈は彼に微笑んで説明した。「もうすぐ仕事が終わるという時に、急患が入ったんです。処置がおわってから帰ってきたものですから」

愛莉は玲奈の声を聞くと、背筋をピンと伸ばしたが、意地を張って振り向こうとせず、じっと座ったまま母親から声をかけてくるのを待っていた。

邦夫おじいさんの家なのだから、さすがに母親が彼女を無視したりはしないだろう。

少なくとも、見せかけだけでも、構ってくれるはずだ。

しかし、現実は違う。母親はまるで彼女が存在しないかのように、一切関わろうとしてくれなかった。

邦夫が立ち上がる時、智也は入ってきた玲奈を一瞥したが、彼女は彼には目もくれず、視線は邦夫じいさんだけに向けられていた。

邦夫は玲奈をソファに座らせながら、智也を睨みつけて言った。「玲奈さんはまだご飯も食べてないぞ。キッチンに取っておいた料理を持ってこい」

その命令する口調
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • これ以上は私でも我慢できません!   第510話

    智也が階下へ降りたときには、すでに祖父がリビングに座っていた。宮下が朝食を用意し、祖父は朝食を取りながら朝刊を読んでいる。祖父の世代は、電子機器でニュースを見るのを好まない。朝刊を読むことは、彼にとって毎日欠かせない習慣になっていた。二階からの物音に気づくと、祖父は眼鏡を押し上げて顔を上げた。智也だとわかると、すぐに声をかける。「こっちへ来い。話がある」智也は短く返事をして、ダイニングへ向かった。席につくと、祖父は新聞をめくりながら、いかにも気にしていないふりで尋ねる。「玲奈さんは......もうずいぶん帰ってないんだろう?」智也は粥を口に運びながら、低く答えた。「......うん」それを聞くと、祖父は新聞を畳み、智也に顔を向ける。「どうであれ、家には戻るべきだろう」そう言ってから、祖父は続けた。「私は年寄りだ。怒る権利すらないのか?」祖父はずっと、玲奈が家に戻らない理由を――自分が見舞いに行かなかったせいだと思っていた。玲奈が子どもを堕ろしたと知った瞬間、祖父は確かに腹を立てた。今でもその怒りは消えていない。だが、退院しても玲奈が小燕邸に戻ってこないとは思わなかったのだ。智也は祖父の言葉を聞いても説明はせず、淡々と言った。「......わかった」怒りが落ち着くと、祖父は結局ため息混じりに言う。「今夜、連れて帰ってこい。一緒に飯を食う。話がある」智也は味噌汁を一気に飲み干し、祖父の言葉がちょうど終わったところだった。口を拭くと立ち上がり、頷く。「うん。夜、迎えに行って連れてくる」……その日の午後五時半。智也の電話が、玲奈のスマホに入った。着信表示を見た瞬間、玲奈は頭が真っ白になった。彼女はキッチンで片手がふさがったまま野菜を洗っていて、、電話に出る余裕がない。出なくていい――そう思った。だが直後、また着信音が鳴る。今度も智也からだった。少し考え、玲奈は手を服で拭いてから電話に出た。智也の落ち着いた声が耳に届く。「まだ仕事終わってないのか?」――仕事?玲奈は数秒、呆けた。そして嘲るように言う。「私、そもそも仕事してないけど。終わるも何もないでしょ」智也は訝しむ。「じゃあ...

  • これ以上は私でも我慢できません!   第509話

    玲奈はスマホを置くと、すぐに心晴の様子を見に行った。心晴はまた悪夢に襲われ、胸が裂けるような言葉をうわごとのように繰り返している。玲奈は何度も彼女の髪を撫で、そっと宥め続けた。しばらくしてようやく、心晴の呼吸が落ち着いてくる。心晴が再び眠りについたのを確かめてから、玲奈はスマホを手に取った。――そこで初めて気づく。智也からの通話が、まだ切れていない。しかも通話時間は二十分以上と表示されていた。玲奈は一瞬固まり、声をひそめて恐る恐る呼んだ。「......智也?」電話の向こうでは、智也がずっとスマホを耳に当てたままだった。玲奈の声が聞こえた途端、ほとんど反射で答える。「うん。聞いてる」その声には、どこか柔らかさが滲んでいて、玲奈は戸惑った。見知らぬものに触れたような、ふわりとした眩暈がした。けれどすぐに玲奈は言う。「用がないなら、切るよ」切られるのが怖いのか、智也が慌てて言った。「......ちゃんと一緒に飯を食ったの、もうずいぶん前だろ」だがその言葉が終わるより早く、スマホの向こうはツーツーという無機質な音に変わった。玲奈は電話を切ってスマホを下ろした。智也が何か言っていたことだけはわかったが、内容を聞き取る気にもならなかった。彼女はちゃんと聞いていない。ただ、向こうが喋っているのを知っていただけだ。智也はベッドに横向きのまま、通話が切れて暗くなった画面を見つめた。頭の中がぼんやりして、思考がどこへ飛んだのか自分でもわからない。気づけば、メッセージ履歴を開いていた。玲奈とのトーク画面。上へ遡れば、彼女の「好き」が、びっしり詰まっている。それを見れば見るほど、智也は思った。玲奈は変わってしまった。昔は、彼が少し咳をしただけで、夜中でも起きて梨湯を煮てくれた。それが今は――「会いたい」と言っても、何の反応もない。胸が重く、眠れそうになかった。智也は起き上がり、愛莉の部屋へ向かった。部屋に入ると、愛莉は目を開けた。智也を見ると、眠たげに目をこすって呼ぶ。「......パパ?」智也はベッドの端に腰を下ろし、愛莉の頬を軽く撫でた。「パパ、ひとつ聞いてもいいか?」愛莉はこくりと頷く。「うん。なに?」智也は少

  • これ以上は私でも我慢できません!   第508話

    智也が残業していると、玲奈は書斎にそっと入ってきて、温かい牛乳を差し出しながら言った。「無理しないで。続きは明日でいいよ」愛莉が生まれてからは、智也の仕事や休息の邪魔にならないようにと、玲奈は愛莉を連れて一階で寝起きするようにさえした。夜のことでも、玲奈はいつも必死だった。智也が不快にならないように、満足できないのではないかと怯えるように。だから事後には、ティッシュで彼の体を拭きながら、甘えるように腕の中へ潜り込み、こう尋ねた。「智也......気持ちよかった?」たいていそのとき、智也は煙草に火をつける。ベッドのヘッドボードにもたれて――仕事のことを考えているのか、沙羅のことを考えているのか。とにかく、智也はその問いに答えたことがない。玲奈は、毎回その後も一、二日痛みが残った。それでもいつだって、智也の感覚を最優先した。自分がつらくても合わせ、彼が違う感覚を味わえるように振る舞った。そんな夢を見ているうちに、智也はまるで水の底に沈んでいくようだった。水面に浮かび上がりたいのに、指一本動かせない。夢の中で必死にもがき、息さえ苦しくなった、そのとき――智也ははっと目を開けた。胸を圧する重さは、ゆっくり薄れていく。だがなぜか、心の中はぽっかりと空洞だった。智也は無意識に、隣へ手を伸ばす。そこは空っぽで、冷たかった。玲奈と同じベッドで眠った時間は多くない。それでも今夜は、理由もなく喪失感が胸を刺した。部屋は暗い。智也は目の前の虚ろな闇を見つめ、胸に詰まった息がどうしても抜けない。寝返りを打つと、スマホの画面がふっと光った。抑えきれない重苦しさに押され、智也はスマホを掴むと、迷いなく玲奈へ電話をかけた。二回鳴っただけで、向こうが出る。深夜二時なのに、あまりにも早い。智也は特に疑わず、声を落として尋ねた。「......起きてた?」玲奈の声は冷たく、距離があった。「何か用?」以前の玲奈とは別人みたいだった。智也は軽く咳払いしてから言った。「いつ戻る?一緒に......飯でも食わないか」玲奈は即答で拒んだ。「いらない」智也は焦って続ける。「愛莉が、雪を見に行こうって誘ってる。雪で遊びたいって」智也の意図は玲奈には

  • これ以上は私でも我慢できません!   第507話

    智也の叱責を聞いた涼真の胸は、どさりと沈んだ。涼真は慌てて言い訳する。「兄貴、俺だって知らねぇよ......拓海が、玲奈を命より大事にしてるなんて、誰がわかるんだよ」智也は淡々とした顔のまま涼真に言った。「他人ですら、あいつをそこまで大事にしてる。なのにお前は?玲奈は五年間、お前の義姉だった。そんな相手を、殴らせたのか」その言葉に涼真は石みたいに固まった。呆然と智也を見つめる。しばらくして、涼真は冷笑した。「それ、兄貴が教えたんだろ?兄貴だって、いつ玲奈を大事にした?兄貴が一度でもあいつを気にかけてたら、俺も薫も、あんな態度にはならなかった。結局、元凶は兄貴じゃねぇの?」涼真の言葉は針みたいに、智也の心に深く刺さった。智也は少し黙ってから言う。「......少なくとも、俺は手を上げたことはない」涼真はさらに大きく笑った。「殴ってないって、そんな偉いのか?兄貴の冷たさと無視のほうが、人を殺す刃だろ。昔は笑って、騒いで、俺たち家族の周りをくるくる回ってた玲奈を、兄貴が少しずつ殺したんだよ」智也の中で、理由のわからない怒りが湧いた。彼は涼真を睨みつけ、低く吠える。「降りろ。学校に帰れ」今の涼真には、智也への恐れなどなかった。吐き捨てる。「玲奈が兄貴を好きになったこと――それが、あいつの人生で一番の愚かさだ」そう言い残し、涼真は車を降りた。去り際、車のドアを乱暴に叩きつける。「バンッ!」という大きな音に、車内の智也は思わず肩を震わせた。涼真への態度はきつかったが、それでも智也は勝に電話をかけた。勝が出ると、智也は命じた。「涼真と拓海を見張れ。拓海が何か動いたら、全部把握しろ。涼真に手を出させるな」「承知しました、社長」通話を切ると、智也は車を走らせて小燕邸へ戻った。その夜、智也が眠りに落ちると――夢に玲奈が出てきた。結婚してからこれまで、玲奈に関する夢を見たことなど一度もなかった。これが、初めてだった。夢の中の玲奈は、いつも熱のこもった笑顔を浮かべ、送ってくるメッセージも愛情に満ちている。「智也、この色、私に似合う?」「智也、このヘアゴム可愛い?」「智也、さっき下で隣の猫ちゃんに会ったの。

  • これ以上は私でも我慢できません!   第506話

    沙羅はわざと何気ないふりをして、洋の腕にそっと触れた。誰かが触れたのに気づいた洋は、慌てて顔を向ける。相手が沙羅だとわかると、反射的に少し横へ身をずらした。同時に声を落として釘を刺す。「沙羅さん、今、俺に触ったでしょ。智也が見たら、絶対ヤキモチ焼くよ」沙羅は洋を見て、一瞬きょとんとした。それから遅れて状況を飲み込み、小さく返す。「あ......ごめん」洋は沙羅を見ようともせず、淡々と言った。「別に、大丈夫」そう言うと、さらに距離を取った。その瞬間、沙羅は確信した。洋が言っていた好きな人は、自分ではない。プロポーズ会場は大いに盛り上がり、智也でさえ、その甘い空気に自然と浸っていた。四人のうち、考えが別の方向へ飛んでいたのは沙羅だけだ。風船が空へ舞い上がったあと、智也はふと沙羅の姿を探し、片隅で沈んでいる彼女に気づく。近づいて声をかけた。「具合、悪いのか?」問いかけに、沙羅は横顔を向け、無理に笑みを作って答える。「ちょっとね」智也は彼女の腕を取った。「外は寒い。帰ろう」沙羅は頷く。「うん」そうして智也は沙羅を連れ、人混みの外へ歩き出した。薫には、もう見物を続ける気分などなかった。沙羅が智也と帰った途端、胸が沈んでしまう。ただ一人、洋だけがそのロマンチックさに完全に浸っていた。いつか自分も、心から愛する女の子にプロポーズする場面を――そんなふうに想像してしまうほどに。智也は車で小燕邸へ戻った。車を停めて降りたそのとき、門の角から黒い影が飛び出してきた。智也が反応する間もなく、相手は彼の両腕を強く掴み、怯えた声で震えながら言う。「兄貴......須賀拓海は、あいつは狂ってる。真嶋......真嶋が......」そのとき、助手席から沙羅が降りてきた。ドアが閉まると同時に、彼女は影に向かって探るように呼んだ。「涼真......?」涼真はその声を聞いた瞬間、ほとんど反射で光の届かない陰へ戻った。今の自分はみっともなさすぎる。女神にこんな姿を見られたくなかったのだ。沙羅は首をかしげ、さらに近づこうとする。「涼真、どうしたの?」涼真は壁に顔を向けたまま、片手を沙羅のほうへ差し出して制し、同時に言った。「沙羅

  • これ以上は私でも我慢できません!   第505話

    薫のからかいを聞いた洋は、一瞬動きを止めてから、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。皆の前で足を止めると、洋は微笑んで薫に説明した。「さっき近くをぶらっとしてたら、面白い小物を見つけて。ついでに買っただけだ」薫はそのまま洋に詰め寄り、奪い取ろうとした。洋は一歩退いてズボンのポケットをかばった。その隠し方が余計に薫の好奇心を煽る。「何だよそれ。早く出して見せろよ」洋はポケットを押さえたまま言う。「別に、大したもんじゃない」薫は胡散臭そうに目を細めた。「......なに?ほんとに意中の相手に渡すつもりなのか?」洋は鼻で笑って言った。「お前には関係ない」薫は「マジかよ」という顔で洋を見て、しつこく食いついた。「ほんとに好きな女できたのか?」聞かれるのが鬱陶しくなったのか、洋は低く短く答えた。「......うん」薫はすかさず肩を回して抱きつくようにし、勢いよく尋ねた。「誰だよ。俺、知ってる?」智也と沙羅も、その会話は耳に入っていた。智也は噂話に興味はない。だが洋が誰かを好きになったという話自体、これまで聞いたことがない。だから無意識に視線が洋へ向いた。沙羅もまた、興味深そうに洋を見た。――でも、きっと言わない。好きなのは親友の女なのだから。そう思ったそのとき、洋が薫の問いに答えた。「今はまだ言えない。口説き落とせたら、そのとき皆に言う」焦らされて、薫も深追いはしなかった。その代わり智也に向かってぼやいた。「智也、見ろよ。洋、もう隠し事する男だぞ」智也は淡く笑い、洋を見て言った。「確かに、お前が誰かを好きだなんて聞いたことがない。今回は本気で惚れたのか?」洋は耳たぶを赤くして、頷いた。「うん。......彼女、怒って悪口言うときが可愛いんだ」その言葉を聞いた瞬間、沙羅は優越感に浸っていた顔をすっと上げた。洋が言う好きな人は――自分じゃない。そんな気配が急にした。沙羅はいつもおとなしくて可愛い側で通している。人前で罵ったことなんて、どれだけあった?智也は薫のように根掘り葉掘り聞くタイプではない。洋を見て、薄く笑って言った。「おめでとう」洋は苦笑し、肩を落とした。「いや、まだだ。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status