娘が生まれて一ヶ月を迎えた翌日――それはちょうど、文翔と紗夜の7年目の結婚記念日だった。今回、文翔は実家で祝うことを選ばなかった。二人の子どもは使用人に預け、自らハンドルを握って紗夜を連れ出し、彼女だけのバラ園へと向かった。谷には、ちょうど見頃のバラが咲き誇り、空気には濃厚な香りが満ちている。彼は彼女の手を引き、そのまま山頂にある全面ガラス張りの温室へと入っていった。室内は、彼の手で極限までロマンティックに飾りつけられていた。大きな作業台は片付けられ、その代わりに、棚に絡められた無数の小さな星形ライトが張り巡らされている。すべての灯りが点いたその光景は、まるで夜空いっぱいの星のように、やさしく瞬いていた。部屋の中央には、クラシカルなデザインのピアノが一台。文翔は彼女を連れて、その前に腰を下ろす。そっと隣に座らせると、長い指を鍵盤へと落とした。流れ出したのは――かつて海辺の島で、紗夜が何気なく口ずさんでいたあの旋律。彼が記憶を失っていた時でさえ、不思議と心を落ち着かせてくれた、あの懐かしい曲だった。音色はやわらかく、あたたかく、癒やしに満ちている。紗夜は彼の肩にもたれ、この二人だけの「はじまりの曲」に耳を澄ませながら、気づけば瞳に涙を滲ませていた。やがて曲が終わる。文翔はゆっくりと手を引き、体を向き直した。そしてスーツの内ポケットから、長い間大切にしまっていたビロードの箱を取り出す。そっと蓋を開くと――そこにあったのは、大粒のダイヤではなかった。歪で、けれど物語を刻んだ、あの「ふみと」の字が刻まれたシンプルな指輪。彼は立ち上がり、目の前の――すべてを捧げ、すべての苦しみを背負ってきた彼女の前で、静かに片膝をついた。「紗夜」その瞳には、かつての冷たさも支配的な色もない。ただ、極限まで澄みきった優しさと、祈るような想いがあった。「俺は君に、間違った結婚を与えてしまった。結婚する前も、してからも、たくさんの苦しみを与えて、長い間、ひとりで暗闇を歩かせてしまった......」そして、彼は彼女の震える手を、そっと握る。「だから今、それをやり直したい。愛してる、紗夜。罪悪感からでも、責任からでもない。ただ、俺にもう一度生きる意味をくれて、救ってくれた、あのときの
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