※ 成子成子は埼玉県秩父市のアパートに移った。これも夫からの指示だ。部屋に入ると居室は二室あり、廊下に小さなキッチンがある。キッチンも居室も段ボールとプチプチと呼ばれる気泡緩衝材で覆われていた。薄暗い部屋の中、一人で灰色のソファに座った。夫と知り合った際に一緒に上京してカフェを開こうとお願いしたことがある。夫に反対されてこの話はなかったことになったが、今でも気持ちは残っていた。実際に夫はいないが関東には来ることができた。成子の体内に手毬ほどの大きさの期待感が生まれていた。ここで夫の望み通りの働きができれば、彼も認めてくれるのではないかと淡い期待だ。仄暗い部屋の中で時計がカチャカチャ音を立てながら秒針を刻む。 夫にはやるべきことが伝えられている。成子は旦那デスノートの新しいチャットの機能を使って、まずは馬鹿を集める。現在、A子、リカ、五十代女性、名無しという女たちと会話をしている。まずはコイツらを夫のために犠牲にしようじゃないか。 「待っていてね。雄作さん」成子の声は段ボールや気泡緩衝材に吸い込まれて響かなかった。いつかは貴方とカフェを経営したいですと声は届かなくても願いは込めた。無味無臭の部屋の中に甘ったるい匂いがしたような気がした。コーヒーと一緒に大きなショートケーキを売りたい。 ※ 由樹隆広が仕事から帰宅して来た。由樹は隆広と娘の彩花の声を聞きながらカレーを煮込んでいた。周囲から見たら何の不満もない一般的な家庭に見えるだろう。だが、この一家も最悪なことが起きれば崩壊する。今日の昼間の旦那デスノートでのやり取りを思い出した。〈じゃあ、皆さんの旦那さんを順番に殺してしまいますか〉ナルという名のユーザーが発した言葉だ。その発言に対して死神が後押しした。〈イイですね。それで皆さんの人生は一気に晴れると思いますよ〉他の四人は何も言わないうちに同意したと見做されて会話は終了した。奇跡的に全員東京とその近辺の県に住んでいた。今度の金曜日に渋谷のハチ公改札前で五人集まることに決まった。本当にそれぞれの旦那を殺すかどうかその日に決める予定になった。「今日はカレーか。いいね」いつの間にか隆広が隣に立っていた。ビックリして大きな声を出た。「どうしたの、急に大きな声を出し
Last Updated : 2025-07-08 Read more