All Chapters of シャレコウベダケの繁殖: Chapter 51 - Chapter 60

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第16章 童貞探偵、水川大輔の地獄への入口

大輔は旦那が浮気をしているのではないかと、ある奥さんから相談を受けて調査をしている最中だった。その男がフィリピンパブに入店したため、証拠写真を撮るために大輔も追って入った。だが実際は彼も少し入りたかったため赤と黒の格子模様のドアを開いた。つい出来心だった。そんな探偵いるのかと今の大輔も当時の行動を振り返ると恥ずかしくなる。「いらっしゃいませー」片言の可愛らしい日本語でお出迎えをされる。目的の男がいる席を確認した。狭い店だったため、どこからでも写真を撮れそうだ。だが結果的に、大輔は一枚も写真を残すことができなかった。この店でアンジェラと出会って彼女に一目惚れしたからだ。始終彼女の顔しか見ていなかった。仕事どころではなかった。「お客さん若いね」大輔がソファに腰かけると、一人のフィリピン人女性が隣に座った。彼は声のした方向に顔を向けた。「リカです。よろしくです」思わず目を丸くした。彼女の容姿が大輔好みの女性と寸分の狂いもなかった。クリーム色と小麦色の中間の肌色をしている。目元は東南アジア系のパッチリ二重だ。顔も鼻も口も小さくて幼く見える。赤目メイクと着ている白銀のドレスが幼い顔立ちのせいで似合っていない。似合っていない点も気に入った。「そんなに顔見ないでよ。照れるです」見とれて彼女の顔を凝視していたようだった。「あ、ごっ、ごめんなさい」慌てて目を逸らした。童貞だとバレたかもしれないと危惧したがリカは表情を全く変えない。大輔は当時二十一歳で、まだ童貞だった。「とりあえず、何か飲みますか?」本来の目的は追っている男の遊蕩の場面を写真に収めることだった。だが、この時の大輔はリカと名乗っていたアンジェラに夢中で仕事を忘れていた。情けない探偵だ。時折思い出して恥を覚える。だが、アンジェラと初めて会えた大切でオパールのように綺麗な記憶でもある。「お兄さん、学生さんです?」ビールを飲みながらアンジェラは聞いた。普段なら学生で通すつもりだ。「いや、ちっ違うんですよっ」「じゃあ何の仕事してるのですか」「実は、そのお、探偵事務所ってところに、勤めているんですよ」「タンテーって」「ああっ、ディ、ディテクティブですよ」「ええ、凄い凄いです」アンジェラは両手を叩いて
last updateLast Updated : 2025-07-29
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恥ずべき存在

今、目の前で北海道の食堂の座敷に座っているアンジェラも大輔の好みの見た目にしている。メイクはブラウン系に統一している。服装はネイビーのGジャンと薄紫色の小花柄のワンピースを着ている。アンジェラと交際して童貞を卒業できた。彼女には感謝しかない こんな男を拾ってくれるなんてと思う。「ねえ、大輔」大輔をまっすぐ見ながら、アンジェラは両手の親指と人さし指の腹を忙しなく擦っている。何か言うべきかどうかを悩んでいる動作だ。これまでも幾度も見たことがある。「やっぱ何でもない」やはり何か喋りたくても喋れない話があるようだ。こういう時は無理に聞き出してもダメだ。アンジェラは意外と頑固なところがある。あまりしつこくすると余計に内に籠る。「お待たせしました。うにいくら丼、かに汁お持ちしました」「わあ美味しそ」彼女はようやく満面の笑みを見せてくれた気がした。アンジェラは丼の写真など撮ったりせず、すぐに箸を付けた。そういうところも好きだ。大輔も丼を食べて汁を飲んだ。溶けるようなうにと弾けるようないくらが絶妙だった。うにの少々癖のある旨味が大好きだった。かに汁の味噌は普段の味噌汁とは比べものにならないほど濃厚だった。かに味噌は臭みが美味い。味噌汁にして若干の臭みを残したまま小葱を散らした汁の香りは口から鼻に抜けて行く。「美味しいね」アンジェラも満足そうだ。彼女の口角の上に一つ米粒が付いていた。「付いてるよ」教えてあげると、恥ずかしそうに手で口元を隠して舌で取った。「取れた?」「うん」何て幸せな日なんだろう。こんな日がいつまでも続くとは思っていない。だがなるべく長く続いてほしいと願う。「アンジェラ」「ん、何?」「いつまでも一緒にいたい」真剣だ。言葉に出して将来の幸福を確固たるものにしたかった。「私も」アンジェラも笑っているが本気だろう。彼女と付き合って本当に良かった。ベタな旅行を目指す大輔とアンジェラは札幌駅の方に戻った。がっかりポイントでお馴染みの時計台に向かった。「凄いね、期待に応えるように大したことないな」微笑む大輔に釣られてアンジェラも笑った。交通量の多い国道の傍に小さな洋館みたいな建物がポンッと建っているだけだ。これ以上何もない。二人は札幌テレビ塔へと向かって歩いた。
last updateLast Updated : 2025-07-29
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第17章 アンジェラの紫のハンカチ、童貞の必死な愛情

千円で遊んだ翌日、大輔は父親の車を運転して店の近くのコンビニの駐車場でアンジェラが来る時間を待った。前以てアンジェラに車の特徴を教えておいた。不用心だが車のナンバーも伝えていた。アンジェラに対して精一杯誠実に振る舞ったつもりだった。しばらく待っていると窓をノックされた。アンジェラが立って右手を振っている。車の施錠を解いて助手席の扉を開けてあげた。彼女はそそくさと車内に入った。「大輔、ありがとう。私嬉しいです」「いやっ、お店の中で会わなくて良いんですか?」「うん。だって大輔とは、もっと仲良くなりたいから」シンプルな言葉が一番心に響く。アンジェラの日本語はかなり上手だが、回りくどい言い回しなどは知らない。直接大輔の琴線に触れる。好みの顔貌の女性からの直接的な愛の言葉は大輔を悩殺させる。「大好きだよ」「おっ、俺も。だよ。」照れながら言ってようやく車を出した。この日は短い距離をドライブしながらお喋りして終わった。朝の六時に彼女のアパートの前に到着した。部屋の中にはツヨシという偽装結婚相手がいるため、少し遠くに降ろしてくれるように頼まれた。「ありがとね、また仕事終わりになっちゃうけど、来てくれたら嬉しい」森閑とした早朝の空気の中で、ピンヒールの音を響かせながらアンジェラは去った。また会いたい。大輔は目を瞑ってハンドルに額を付けてアンジェラへの恋慕の気持ちと向き合った。確実に自分は恋をしていることを噛み締めた。当時のことを思い出して大輔は懐かしさを覚えて一人で感動していた。あの時の自分たちがここまで関係を築けているだなんて、あの時は思いもしなかったなと。札幌テレビ塔のある広場に到着した。ところどころに小さな花が咲いており、気持ちの良い場所だ。「最初は車から出られなかったのに、こうやって二人で外を歩けるなんて感動しちゃったな」出会った頃のことを考えていたため、現在の恵まれた環境に感謝できた。「ホント。大輔と会ってから人生変わったんだ」「いやあ、俺の方が変わったよ」「えー、そうなの。私の方が変わったんだよ」テレビ塔のある広場から移動してチョコレートケーキが有名な洋菓子店に向かった。時刻は三時半。丁度おやつの時間だ。二条市場の方に戻るように歩いた。車の交通量が相変
last updateLast Updated : 2025-07-29
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明かるさの中に潜む不純物

「初めて箱根デートした日を思い出すね」アンジェラに言われて二人で初めてデートしに行った日を思い出した。確か箱根に行って、あの日も二人で向き合ってコーヒーとケーキを食べた。帰って来たら、あんな目に遭うとも知らずに無邪気に楽しんでいた。「あの時大変だったね」本気でアンジェラのことを一生守ろうと決意した時だ。箱根に行ったのは、閉店後の時間にアンジェラとデートするようになってしばらく経った日だった。彼女は高いヒールを履きながらスキップして来た。大輔は助手席の扉を開けてあげた。「どうしたの。随分と嬉しそうじゃん」「どうしてだと思う?」「誕生日はまだだし。何だろ」「実はね、明日と明後日、二日間も休みを貰えたの」まだ契約ホステスだったアンジェラは月に平均して二日ほどしか休みはなかった。二日連続と休めるのは相当珍しいことだ。アンジェラが真面目に働いて売り上げを伸ばしている証拠だろう。「それにね、明日も明後日もツヨシがいないの」「本当に?」「ホントだよ。だからこんなに嬉しいの。ずっと大輔といれるから」肩を抱かれた。彼女は胸を彼の腕に当てた。「どこかに行きたいな」「じゃあ今から行こう」大輔はアンジェラが求めているだろう言葉を察して提案した。「えー、いいの? ありがとありがと」アンジェラは車のシートの上で上下に弾んではしゃぎ出した。「どこか行きたいとことかある?」「リラックスできるところがいいな」「温泉なんかどうかな」「温泉イイね。でも、大輔と別々に入らないといけない。それは嫌だよ」既に大興奮だった。この時の彼はまだ童貞だった。まだアンジェラの裸を見ていなかった。「え、じゃあ、部屋に温泉が付いているところに泊まれば良いんじゃないかな」平静を装ったが、声が上擦った。「それがイイね。そうしよ」アンジェラは嬉しそうだったので、引かれなくて良かったと安心した。そのまま箱根に向かって発車した。これまでは店とアンジェラの自宅の間のどこかで、路駐して二人で会話を楽しむことしかできなかった。普通の恋愛のように自由に二人きりになれなかったので、とんでもなく嬉しかった。運転している途中、寝てて良いよとアンジェラに言ってあげたが、大丈夫と彼女は強がって眠そうな目で前を見ていた。だが
last updateLast Updated : 2025-07-31
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消えたアンジェラ

結局、大輔は何も聞けないまま夜を迎えた。夕食はホテル近くの店で、えぞ但馬牛のステーキを食べた。二人ともミディアムレアで焼いてもらった。席に座って待っていると、鉄板を持って来たシェフが近くで焼いてくれる店だった。夕食を食べ終えるとホテルに入って、最上階のバーに行くことにした。二人は夜の札幌の街が見下ろせる窓の近くのテーブル席に着いた。「実はさ、言いたいことがあって」やはりアンジェラは何か気にかけていたようだ。ようやく話してくれるようだ。一日かけて言う準備をしていたのだろう。この時を待っていた。「これ、返そうかなって思って」彼女はポケットから何か取り出した。無地のラベンダー色のハンカチだ。アンジェラにもしものことがあった際に、SOSを発信できるために渡した物だ。連絡が取れる端末を隠すためにハンカチに装着した代物だ。初めての遠出のデート後に起きた事件を契機に大輔が作って渡した。なぜそれを返すのか。渡した時のことを思い出しながら考えた。箱根から帰って来た時、車でアンジェラの自宅のアパート前まで送り届けた。ツヨシはいないからとアンジェラが言うので、部屋に遊びに行こうとした。フィリピン料理を振る舞ってくれるという話だった。彼女の部屋はアパートの二階の左端にあって外階段が正面にある。「ちょっと車で待ってて。一応ツヨシがいないか見て来る」アンジェラは一人で階段を上って行った。鍵を開けてゆっくりと扉を開けた。扉の隙間から体を滑り込ませた。なかなか帰って来なかった。戻って来るまで絶対に来たり電話したりしないでと言われていたので車内で静かに待っていた。部屋の扉が開いた。大輔は腰を上げようとした時、アンジェラが血相を変えた顔をして部屋から出て来た。緊急事態だ。アンジェラの忠告を破って慌てて車から出ようとした。遅かった。アンジェラの背後から、グレーのスウェットを着た長身で髪の薄い中年男性が現れて彼女の後頭部を殴った。彼女は外階段の一番上の段から一階の地面まで転がり落ちた。大輔が車から出ようとすると、来ちゃダメとアンジェラは叫んだ。頭から出血していた。行かない訳にはいかない。大輔は車から降りて負傷したアンジェラに駆け寄った。「大丈夫?」アンジェラは傷口を手で押えていた。指の隙間から流血
last updateLast Updated : 2025-08-01
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第18章 大輔、地獄へのチケットを手に入れる

   ※アンジェラがいなくなってから一か月経とうとしていた。空気は冬の匂いを含め始めた。彼女はどこに行ったのか知ることができないままだった。大輔は事務所の椅子に座って、テーブルに置いてあるスマホを凝視したまま動けなくなっていた。彼女からの連絡を待ち侘びていた。こんな呆気なく離れてしまう現実に納得ができなかった。もし自分に何か至らない点があったのなら言ってほしかった。彼女のためならば、必死で改善するつもりだ。悪い点を何も伝えてくれずに去って行くなど、親切な彼女には似合わない行動だった。やはり柴崎由樹に関係する事件に巻き込まれたのではないかと疑っている。由樹を調べても特に異常を感じるようなポイントはなかった。普通の家族を支える奥さんにしか見えなかった。どうしてアンジェラが由樹について調べてくれと頼んだのかが理解できなかった。アンジェラは北海道旅行中にも何かを気にしている様子だった。ラベンダー色のハンカチの端末を返却したかっただけではないようだ。何か災厄に巻き込まれていたのではないか。そうとしか考えられない。客もいないので、事務所内にあるテレビの電源を点けた。十七時を少し過ぎた頃で、報道番組が放送されていた。内容は最近頻繁に取り上げられている事件についてだ。頭だけ地面から出した死体が全国様々な場所で発見され続けている。報道番組だけでなくネットでもこの事件は興味深いテーマとして扱われている。5ちゃんねるでも頭蓋骨が茸のように生えていることから、シャレコウベダケと称されて多くのスレッドが立てられている。現在では既にシャレコウベダケは、北は北海道、南は鹿児島まで様々な場所で発見されている。死体の死亡推定時刻から考えて、全て同一人物が行った犯行とは考えられないという結論も出ていた。全国にシャレコウベダケのような不気味な死体ができるような殺害方法を実施する者が同時期に複数人発生しないとおかしい。異常性と凶悪性のある事件のせいで、多くの国民が戦々恐々としている。もしかしたら自分の周りにも異常殺人犯が潜んでいるのかもしれない。沖縄や離島に住む者以外はみんな恐怖している。最近では家に引き籠って最低限の行動だけをするという人が増え、ステイホームという風潮までも作った。日本国自体が、いつ誰が殺すか殺される
last updateLast Updated : 2025-08-01
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微かに光る希望

「どうかしましたか」「ここに来た訳じゃないんですけど。お店に知らない女の人がアンジェラのことを探しに来ました。私もその時お店にいて誰だろって思ったけど、その女の人が来た日にアンジェラさんいなくなっちゃったんです」「本当ですかっ」一縷の兆しを見出した。「ホントです。ウチみたいなお店に女の人が来るなんてあまりないですから、珍しいなあって思ってたんです。席にも着かずに帰っちゃったんですけど」「入り口でアンジェラがいることだけ確認して帰ったってことですか」「そうなんです。ウチの店のママが出迎えてたんですけど、すぐ帰っちゃったから、何あの人って文句言ってたの覚えてるんです」女の人はアンジェラが店にいることを確認した。その後にアンジェラは姿を消した。その女性がアンジェラを連れ去ったのかもしれない。「その女性の顔は覚えてますか」「いえ、暗かったので顔はあんま見えなかったです。ママなら分かるかも」良い話を聞いた。アンジェラの勤める店のママに聞いたら、何かヒントが得られるかもしれない。女の子にお礼を言って去ろうとすると、女の子に呼び止められた。「今からお店に行くんでしょ」「そうですよ」「じゃあさ、ウチで休んで行って下さい。アンジェラさんの行ったところのヒントが何かあるかもしれないのです。私には分からないけど、ダイスケさんはアンジェラさんと仲良しだから何か分かるかも」女の子の言葉に甘えて部屋にお邪魔した。アンジェラがここの部屋に引っ越してからは、彼女が大輔の家に来ることばかりだったので初めて入ることになる。ツヨシと同居していた時の部屋とは違って、二人暮らしに丁度良い2LDKの部屋だった。以前ツヨシと同居していた際の部屋に、ツヨシの留守を狙って入ったことがあった。ツヨシと住んでいた部屋は一つの居室に全てが詰まっているような1DKの部屋だった。部屋の対角線上の角に二つのベッドが置かれていた。黒いシーツの敷いてあるベッドとピンクのシーツが敷いてあるベッド。眠るタイミングは全く違うので変な緊張感はないだろうが、同じ部屋にベッドが二つあった。現在の部屋はそんな粗末なものではなかった。居間とは別にアンジェラの部屋と女の子の部屋が一つずつあった。お互いのプライバシーを守っている。リビングに入った。
last updateLast Updated : 2025-08-01
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第19章 アンジェラの脱獄と、大輔の入獄

女の子にお礼を言って、鶴見からお店のある蒲田に向かった。女の子は今日も出勤らしく、マネージャーの男がアパートまで迎えに来るようだった。鉢合わせないように大輔は早めに部屋を出て蒲田へ向かった。京浜東北線に乗りながら、アンジェラを訪ねに店に来た女について考えていた。一人心当たりがあった。何の因果かは知らないが、アンジェラが身辺調査を依頼した女、柴崎由樹だ。店とアパートの往復しかしていないアンジェラは決して人間関係は広くない。店の人たちや大輔、客くらいしか接点を持たない。同居していた女の子も言っていたが、店に女性が来ることは殆どない。柴崎由樹とはどこで知り合ったのか。ママに由樹が来たと確認できたら、由樹のアパートに行くつもりだった。場所は調べ上げたので今でも覚えている。アンジェラにも住所だけは必ず伝えてくれるようにと頼まれていたのだ。電車は蒲田駅に到着した。西口から出てお馴染みの店を目指した。「いやあ、この人じゃなかったね」店に到着するとすぐに歓迎された。アンジェラと一緒に住んでいた女の子もいた。彼女はナコという名前でやっていた。ナコが隣に来たので、ママを呼んで来てくれるように頼んだ。事情を知っている彼女はすぐにママを呼んでくれた。大輔はママにスマホに保存してあった由樹の顔写真を見せて確認したが、店に来たのは彼女ではなかったようだ。「この人じゃないのよ。来たのは変な人だったのよ。店に入ったのにアンジェラがいることだけ確認して出て行ったの。あと、それもそうなんだけど、様子が凄く変だった。何だか目が虚ろで、挙動不審。顔もボロボロで覇気もなくて、お化けみたいだった」「お化けみたい?」「うん、顔真っ白にしてさ、足がフラフラフラフラしてたんだよ。酔っ払っているのとは全然違うの。何て言えば良いのかな。魂吸い取られた後みたいな。しかも顔中に青痣とか切り傷とかあるから。DVでもされている若いお嫁さんなのかなって」由樹ではなければ身に覚えのある人物はいない。由樹がアンジェラを攫って行ったと考えていたが間違いであったのだろうか。この日は何も収穫はなかった。店のママとナコに励まされながら、お酒を飲んだだけで終わった。帰り道、早くも手詰まりになったことを自覚した。京浜東北線の中
last updateLast Updated : 2025-08-01
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アンジェラの保護、悲惨な現実を恨む

「もしもし、アンジェラ。どうしたんだ」「大輔、ハァハァ、助けて」アンジェラはどこか走っているようだ。息を荒くしており、枯草の上を走るような音が聞こえる。山の中でも走っているのか。山という言葉からシャレコウベダケを連想する。まさかシャレコウベダケに関係する者から逃げているのではないか。アンジェラの位置情報を確認した。緊急SOSが発せられ、通話している間であれば彼女の居場所が分かるシステムになっている。彼女の身の安全を守るため、心苦しいが仕方なく内緒でGPSを付けた。埼玉県の秩父市内にいるようだ。位置情報の画面のスクリーンショットを保存した。「分かった。埼玉県の秩父の山の中にいるみたいだな。すぐそっちに向かうから。そこを動かないでくれ。木の陰に隠れていてくれ」「ありがとう。早く来て。成子さんたちが来ちゃう」通話を切って会計を済ませてすぐにレンタカー屋に向かった。軽自動車を借りて秩父市へと向かう。関越自動車道で埼玉県まで行き、花園インターチェンジから国道一四〇号に乗って秩父へと向かった。秩父に到着した時には外は真っ暗だった。先程アンジェラがいた山の方に向かって進む。左手には瓦屋根の立派な住居が並ぶ。右手には無毛の畑のような広大な土地が見える。もうすぐ目的地へ到着する。怖い思いをしているだろうアンジェラをいち早く助けてあげたい。彼女を守るのが彼氏である自分の責任だと大輔は自負する。アクセルを強く踏んでスピードを上げた。運転する車は山の中に入って行った。鬱蒼とした森が整備された道に沿って生え揃っている。森からは何だか黒くて粘っこい空気が洩れている。車内からでも何となく分かる。ここの山にシャレコウベダケがある。アンジェラはこんな暗鬱とした空間でずっと待っているのかと思うと、ここから動かないように指示した自身が悪かったように感じる。きっとアンジェラは寒がっているだろう。森の中の冷気は骨の髄まで染み入るほどだろう。どうして気を使えなかったのか。もっと待ち合わせるのに都合の良い場所があったではないか。大輔は自分のことしか考えていなかったことを反省した。もっとアンジェラに気を使える男であれば、そもそもこんな怖い目に遭わなくて済んだかもしれない。ヘッドライトが前方の木々の表面を照ら
last updateLast Updated : 2025-08-03
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第20章 忍び寄るシャレコウベタの腐蝕した影

事務所の上の階に大輔が父親と一緒に暮らしている部屋がある。大輔の父である治はアンジェラとの交際を認めてくれていないが、昨夜戻ってきたアンジェラの姿を見てウチに泊めてくれることを許した。治は厳格な性格だが、常識を破りたがる性質を持っている。彼が探偵事務所を構えたきっかけは、本気でシャーロックホームズになりたいと考えていた。その考えは若気の至りではなく、六十歳を超えた今でも冗談ではないと言っている。だが治も口だけ達者な人物ではなく、捜査が難航している事件を見付ければ自ら首を突っ込んで解決に導いたことも多々ある。水川探偵事務所が軌道に乗ったのは父の実績のおかげだ。大輔はそんな父のことを尊敬しないといけないようになっていた。帰るとまずは泥水のように眠るアンジェラを布団に寝かせた。大輔と治は向かい合って座り、アンジェラの巻き込まれた事件について話し合うことになった。大輔は今までにあったことを、自分の予想も交えて治に伝えた。治は余計な言葉を挟まずに、自分の銀髪のオールバックを撫でながら最後まで話を聞いた。鋭い一重瞼の目を尖らせて大輔の話をまとめた。 「じゃあ、お前が思うにはアンジェラさんはシャレコウベダケの繁殖事件に巻き込まれていて、その柴崎由樹さんが犯行に関わっているのではないかということか」 「うん、あとアンジェラの店に来た傷だらけの顔をした女性も被害者っぽいね。今のアンジェラと全く同じ状態のようだ。あと気になるのがアンジェラが山の中から電話で伝えた、成子さんという人物も怪しいね。由樹さんと成子さんっていう人がグルの可能性が高い」 「本当にシャレコウベダケの事件に関係するかどうかは分からんが、その可能性は考慮しておいた方が良いかもな。今、日本の中で暮らしていれば、誰もが殺人犯として疑われてもおかしくない時だからな。あれは自分に関係のない話だとは思わない方が良い」治の言葉に頷いて見せた。身が引き締まる。 「大輔。お前にチャンスを与えよう」急に治は口角を片方だけ上げて意地の悪い笑みを浮かべた。息子の大輔に挑むような言葉をかけてワクワクしているようだ。 「もしアンジェラさんが巻き込まれた事件を解決して、彼女の身の安全を保障できるようになれば、お前たちの結婚を認めようじゃないか。これは大きな
last updateLast Updated : 2025-08-04
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