商店街に入ってから緩やかな坂道を上る。その先に由樹の住むアパートがある。オレンジの壁の二階建てのアパートで、柴崎家の部屋は一階だ。アンジェラは焦っているようで、とても話しかけられる状態ではなかった。二人で車を降りて由樹の部屋に向かった。「あれ」二人で同時に言葉が出た。人の気配が全くしない。柴崎と書かれた表札があったところには白い板が嵌められている。インターフォンを押しても何も反応がない。「すみません」一応ノックもしたが梨のつぶてだ。いつの間にか引っ越したのか。「由樹さん。やっぱ。由樹さん。ああ、どうしよ。全部私のせいだ」隣に立っていたアンジェラが頭を抱えて泣き喚き出した。何がどうしたのか大輔にはさっぱり分からない。どうして彼女が自責の念に駆られているのか分からない。やはり話を聞いてみなければならない。おろおろしていると、由樹の部屋の左隣の扉が開く音が聞こえた。「どうかされましたか」振り向くと部屋から女性が出て来ていた。着古しているためか、首元から裾にかけてテロンデレンとしているアディダスのTシャツと、下はグレーのスウェットのパンツを穿いた二十代半ばくらいの、ショッキングピンク色の髪を伸ばした黒縁眼鏡の女性だった。「どちら様ですか。大丈夫ですか」女性は素っ頓狂な表情をしている。警戒する様子はなく高い声を出している。彼女に話を聞いてみようと試みた。「突然すみません。お隣の柴崎さんは引っ越されたのですか」女性は顎に手を当てて右上を見ながら何かを思い出しているみたいだ。「何か、突然いなくなっちゃったっていうか。私が知らない間に誰もいなくなっていたんですよね」「引っ越しの準備などをしている様子も見れなかったのですか。あと業者の方が荷物を取りに来たりとかも」「はい。私はフリーでライターの仕事をしていて殆ど部屋に引き籠った生活をしているんですけど、そういう物音は何も聞こえなかったんですよね。柴崎さん家族三人が全員お化けだったんじゃないかって思っちゃうほど忽然と消えちゃったって感じで」柴崎家は三人ともどこかに去って行ったようだ。何となく嫌な予感がした。彼女が殺人犯ではない場合、アンジェラと同様に連れ去られた可能性が高い。「柴崎さんのお隣に住んでいて。何か気付いたこととかあ
Last Updated : 2025-08-04 Read more