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恥ずべき存在

last update Last Updated: 2025-07-29 06:39:29

今、

目の前で北海道の食堂の座敷に座っているアンジェラも大輔の好みの見た目にしている。

メイクはブラウン系に統一している。

服装はネイビーのGジャンと薄紫色の小花柄のワンピースを着ている。

アンジェラと交際して童貞を卒業できた。

彼女には感謝しかない

こんな男を拾ってくれるなんてと思う。

「ねえ、

大輔」

大輔をまっすぐ見ながら、

アンジェラは両手の親指と人さし指の腹を忙しなく擦っている。

何か言うべきかどうかを悩んでいる動作だ。

これまでも幾度も見たことがある。

「やっぱ何でもない」

やはり何か喋りたくても喋れない話があるようだ。

こういう時は無理に聞き出してもダメだ。

アンジェラは意外と頑固なところがある。

あまりしつこくすると余計に内に籠る。

「お待たせしました。

うにいくら丼、

かに汁お持ちしました」

「わあ美味しそ」

彼女はようやく満面の笑みを見せてくれた気がした。

アンジェラは丼の写真など撮ったりせず、

すぐに箸を付けた。

そういうところも好きだ。

大輔も丼を食べて汁を飲んだ。

溶けるようなうにと弾けるようないくらが絶妙だった。

うにの少々癖のある旨味が大好きだった。

かに汁の味噌は普段の味噌汁とは比べものにならないほど濃厚だった。

かに味噌は臭みが美味い。

味噌汁にして若干の臭みを残したまま小葱を散らした汁の香りは口から鼻に抜けて行く。

「美味しいね」

アンジェラも満足そうだ。

彼女の口角の上に一つ米粒が付いていた。

「付いてるよ」

教えてあげると、

恥ずかしそうに手で口元を隠して舌で取った。

「取れた?」

「うん」

何て幸せな日なんだろう。

こんな日がいつまでも続くとは思っていない。

だがなるべく長く続いてほしいと願う。

「アンジェラ」

「ん、

何?」

「いつまでも一緒にいたい」

真剣だ。

言葉に出して将来の幸福を確固たるものにしたかった。

「私も」

アンジェラも笑っているが本気だろう。

彼女と付き合って本当に良かった。

ベタな旅行を目指す大輔とアンジェラは札幌駅の方に戻った。

がっかりポイントでお馴染みの時計台に向かった。

「凄いね、

期待に応えるように大したことないな」

微笑む大輔に釣られてアンジェラも笑った。

交通量の多い国道の傍に小さな洋館みたいな建物がポンッと建っているだけだ。

これ以上何もない。

二人は札幌テレビ塔へと向かって歩いた。
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  • シャレコウベダケの繁殖   第17章 アンジェラの紫のハンカチ、童貞の必死な愛情

    千円で遊んだ翌日、大輔は父親の車を運転して店の近くのコンビニの駐車場でアンジェラが来る時間を待った。前以てアンジェラに車の特徴を教えておいた。不用心だが車のナンバーも伝えていた。アンジェラに対して精一杯誠実に振る舞ったつもりだった。しばらく待っていると窓をノックされた。アンジェラが立って右手を振っている。車の施錠を解いて助手席の扉を開けてあげた。彼女はそそくさと車内に入った。「大輔、ありがとう。私嬉しいです」「いやっ、お店の中で会わなくて良いんですか?」「うん。だって大輔とは、もっと仲良くなりたいから」シンプルな言葉が一番心に響く。アンジェラの日本語はかなり上手だが、回りくどい言い回しなどは知らない。直接大輔の琴線に触れる。好みの顔貌の女性からの直接的な愛の言葉は大輔を悩殺させる。「大好きだよ」「おっ、俺も。だよ。」照れながら言ってようやく車を出した。この日は短い距離をドライブしながらお喋りして終わった。朝の六時に彼女のアパートの前に到着した。部屋の中にはツヨシという偽装結婚相手がいるため、少し遠くに降ろしてくれるように頼まれた。「ありがとね、また仕事終わりになっちゃうけど、来てくれたら嬉しい」森閑とした早朝の空気の中で、ピンヒールの音を響かせながらアンジェラは去った。また会いたい。大輔は目を瞑ってハンドルに額を付けてアンジェラへの恋慕の気持ちと向き合った。確実に自分は恋をしていることを噛み締めた。当時のことを思い出して大輔は懐かしさを覚えて一人で感動していた。あの時の自分たちがここまで関係を築けているだなんて、あの時は思いもしなかったなと。札幌テレビ塔のある広場に到着した。ところどころに小さな花が咲いており、気持ちの良い場所だ。「最初は車から出られなかったのに、こうやって二人で外を歩けるなんて感動しちゃったな」出会った頃のことを考えていたため、現在の恵まれた環境に感謝できた。「ホント。大輔と会ってから人生変わったんだ」「いやあ、俺の方が変わったよ」「えー、そうなの。私の方が変わったんだよ」テレビ塔のある広場から移動してチョコレートケーキが有名な洋菓子店に向かった。時刻は三時半。丁度おやつの時間だ。二条市場の方に戻るように歩いた。車の交通量が相変

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    大輔は旦那が浮気をしているのではないかと、ある奥さんから相談を受けて調査をしている最中だった。その男がフィリピンパブに入店したため、証拠写真を撮るために大輔も追って入った。だが実際は彼も少し入りたかったため赤と黒の格子模様のドアを開いた。つい出来心だった。そんな探偵いるのかと今の大輔も当時の行動を振り返ると恥ずかしくなる。「いらっしゃいませー」片言の可愛らしい日本語でお出迎えをされる。目的の男がいる席を確認した。狭い店だったため、どこからでも写真を撮れそうだ。だが結果的に、大輔は一枚も写真を残すことができなかった。この店でアンジェラと出会って彼女に一目惚れしたからだ。始終彼女の顔しか見ていなかった。仕事どころではなかった。「お客さん若いね」大輔がソファに腰かけると、一人のフィリピン人女性が隣に座った。彼は声のした方向に顔を向けた。「リカです。よろしくです」思わず目を丸くした。彼女の容姿が大輔好みの女性と寸分の狂いもなかった。クリーム色と小麦色の中間の肌色をしている。目元は東南アジア系のパッチリ二重だ。顔も鼻も口も小さくて幼く見える。赤目メイクと着ている白銀のドレスが幼い顔立ちのせいで似合っていない。似合っていない点も気に入った。「そんなに顔見ないでよ。照れるです」見とれて彼女の顔を凝視していたようだった。「あ、ごっ、ごめんなさい」慌てて目を逸らした。童貞だとバレたかもしれないと危惧したがリカは表情を全く変えない。大輔は当時二十一歳で、まだ童貞だった。「とりあえず、何か飲みますか?」本来の目的は追っている男の遊蕩の場面を写真に収めることだった。だが、この時の大輔はリカと名乗っていたアンジェラに夢中で仕事を忘れていた。情けない探偵だ。時折思い出して恥を覚える。だが、アンジェラと初めて会えた大切でオパールのように綺麗な記憶でもある。「お兄さん、学生さんです?」ビールを飲みながらアンジェラは聞いた。普段なら学生で通すつもりだ。「いや、ちっ違うんですよっ」「じゃあ何の仕事してるのですか」「実は、そのお、探偵事務所ってところに、勤めているんですよ」「タンテーって」「ああっ、ディ、ディテクティブですよ」「ええ、凄い凄いです」アンジェラは両手を叩いて

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    アンジェラは強がりだ。そんな彼女の性質をよく知っている。彼女はフリーになってから、毎月入って来るお金の三分の二をフィリピンにいる家族に送っている。契約ホステス時代も給料の半分は送っていた。残った三分の一は生活費や美容メイク代、衣装代で消えてしまう。 一緒に食事に行った際など、アンジェラの生活の辛さを知っているため奢ると毎回提案してみるが、アンジェラは一度も首を縦に振ったことはない。「大丈夫。私も出す。私、お金はあるんだから」お金なんてないはずだ。客から貰ったグッチの長財布の角は擦り切れている。自分で購入できないのだろう。良心の呵責もあって客に強請ることもできないようだ。今回の旅行の飛行機代とホテル代も全て出そうとしたが許されなかった。「何で大輔だけ払う?私と一緒に行くんだから、私も払わないとダメ」そんなアンジェラが大好きだが、心配になることが多い。常に自分がいないとダメだと責任を感じる。そんなところも魅力なのかもしれない。飛行機は新千歳空港に到着した。アンジェラは飛行機の小窓から外の景色を楽しそうに目を輝かせながら見ていた。「今日すっごい晴れてるね。お出かけ日和って言うんだっけ?」朝早くから家を出て羽田空港に向かったため、北海道に到着した時点で、まだ昼の十二時にもなっていなかった。太陽も高く昇り、柔らかな光を地上に放射している。飛行機から降りて新千歳空港の中を歩いて、JR千歳線のホームに向かった。「すごく涼しいね。まだ秋なのに」「そりゃそうだ。北海道なんだから」当たり前のことに感動するアンジェラが可愛い。Gジャンの前を閉じながらニッコリ笑っていた。電車がやって来た。札幌に着いたらまずは昼食を取ろうと決めていた。二条市場が海鮮丼で有名らしい。大輔もアンジェラも北海道は初めてなので、ベタなところに行ければ良いと考えていた。二条市場はビル群の狭間に広がっていた。通りには食事処や商店が並んでいる。建物全てが低く開放感があった。旅行客を気持ち良くさせる心遣いが感じられた。商店の暖簾を潜ると、蟹やアジの干物などが並んでいた。海産物の潮の香りが心地良い。食べログを開いて評価数の多い店に入ることにした。その店に向かうと看板に、うにいくら丼、かに汁、と書かれていた。

  • シャレコウベダケの繁殖   第15章 未熟探偵の水川大輔登場、悲惨の破滅へ

       ※ 大輔 時は由樹と成子たちと会った直後に戻る東中野駅から歩いて五分ほどのところに一つの探偵事務所が存在する。神田川を渡る手前の住宅街に紛れて三階建ての雑居ビルがある。そこの一階が水川探偵事務所だ。扉を開けて中に入った時の印象は悪くないはずだと所長の水川大輔は自負していた。閾の低いアットホームな事務所にするため、内装には拘っていた。先代の所長の父から引き継いだ際、大輔自身が事務所の内装を大きく変えた。事務所の外にも拘りがあり金木犀の木が植えられている。今の時期、真っ盛りで秋色の甘い香りが漂っている。事務所の中は殆どお洒落な喫茶店と言っても過言ではない。木製の丸テーブルが幾つも置かれている。壁沿いの棚には真空状態でコーヒー豆を保存できる透明のキャニスターが並んでいる。キャニスターには大量のコーヒー豆が詰まっている。お洒落に見せるため常に補充している。コーヒーミルも何種類も揃って棚に並べている。ミルの木の色が右から濃い茶色のもので、左に行くほど薄い茶色になるように飾られている。相談に来る客には大輔が淹れたコーヒーを飲んでもらう。もちろん豆にも拘っている。壁には水彩画が何枚か飾ってある。BGMは相談の邪魔にならない静かなクラシックを選んでいる。他の誰よりも大輔は自分の事務所が好きだった。もしかしたら自己満足のために、気遣っているだけかもしれない。浅薄な自身の思考を想い、ムフッと笑った。「何で笑っているの」アンジェラは丸テーブルに身を乗り出して大輔の顔を見る。二人はテーブルを間にして対面になって座っていた。「いや、アンジェラと一緒で幸せだなって思ってさ」これは事実だ。来週の日曜日から木曜日にかけてアンジェラが連休を取得したため、北海道旅行に行く予定が決まっていた。丁度大輔の仕事もひと段落付いたので、一緒に出かけることに決めた。こんなチャンスは今までは滅多になかった。アンジェラが今年からフリーのフィリピンパブ嬢になったため、休みが自由に取れるようになった。今までは契約の嬢だったため勝手に休みを取れなかった。「そうだ、今度の旅行は北海道のどこに行くの」彼女は楽しみ過ぎて、何度も北海道のことをスマホで調べているらしい。本人が言っていた。「とりあえず札幌は行っておこうよ。俺も始

  • シャレコウベダケの繁殖   失敗できない計画は、どう崩壊していくのか

       ※ 成子今度はアンジェラが逃げ出した。夫は完全に失望しているようだ。明美と眼鏡の男にも連れ戻すように指示した。由樹と彩花の監視をしないといけないので自分の足で探すことはできそうになかった。「とりあえず、由樹さんと彩花ちゃんは立って下さい。そこで立ったまま動かないでいて下さい」由樹と彩花を立たせて居間の段ボールで覆われた壁の際に立たせた。彩花はずっと泣いている。娘の佳苗のことを不意に思い出す。夫に迷惑をかけていないだろうか。東京に来る前のように逃げ出すことはしていないだろうか。二度と夫に迷惑をかけないでほしい。母親である自分の評価に繋がるからだ。佳苗の顔を見ていると、よく自分の幼少期を思い出した。成子は自身が滋賀県の田舎で育った記憶が蘇る。畑に囲まれた土地で一人娘として育てられた。だが小学校に入った時を境に、高島市一のブスと男子生徒や男の先生に罵られるようになった。同じクラスメイトの男子が楽しそうに成子のことを殴ったり蹴ったりした。男の先生はそれを見て愉快そうに笑っていた。真っ白なサッカーボールだと言う時に口から覗く金歯が忘れられない。悔しかったが何も反撃できなかった。ただ下を向いたまま暴力に耐え忍ぶしかできなかった。あの時の苦しみを今取り返したい。そのためには夫の雄作から離れる訳にはいかない。彼のような王子様のような男と一緒に暮らすことが人生の目標だったのだと気付いた。この試練を乗り越えれば、雄作が自分を可愛がってくれるはずだ。眼前に立っている由樹と彩花を睨み付ける。のうのうと暮らしている苦しみを知らない者たちに苦しみを与えることも自分の使命であろう。もし失敗なんてしたら死ぬしかない。それくらいの覚悟を持っている。

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