「結城さん、本当によろしいのですか?催眠が始まれば、あなたは眠りにつき、身体は副人格に支配され、二度と目覚めることはありませんよ」電話の向こうで、医師が重々しい口調で問いかけた。「はい、もう決めました」結城南(ゆうき みなみ)は静かに答えた。電話がまだ繋がったままのとき、玄関から物音がした。開人が帰ってきたのだ。南は電話を切り、無言でリビングへ向かった。食卓の上には、手つかずの料理が並んでいる。ただ、時間が経ちすぎて冷めきっていた。「南、ごめん。会社の用事でずっと残業してて、誕生日を祝う時間が取れなかった」島岡開人(しまおか かいと)は申し訳なさそうな顔で言った。「でもプレゼントは買ってあるんだ。ほら、開けてみて」そう言って、彼は丁寧にラッピングされた小さなギフトボックスを差し出した。だが、南はすぐには手を伸ばさなかった。彼女の視線は、開人のシャツの襟元に落ちた。真っ白な襟に、鮮やかな紅いリップの跡が、ひどく目を引いた。南は目頭が熱くなり、心臓を鋭く刺されたような痛みを感じた。彼女は時々どうしても思ってしまう。これはわざとなのか?あれだけ大きなビジネス帝国を隅々まで管理できる男が、家に帰る前に、襟に口紅がついていないか確認しないなんて。「どうしたの?もしかして......怒ってる?」南がプレゼントを受け取らないのを見て、開人が優しく宥めるように近づいた。「会社のことだから仕方なかったんだって。もう怒らないでよ。明日ちゃんと埋め合わせするから」彼が近づいた瞬間、南の鼻に強烈な香水の匂いが漂った。TFの「ローズプリック」、俗に「男を落とす香り」とも呼ばれるその香水の匂いだった。今夜、彼が付き合っていたのは、どうやらセクシーな女だったらしい。「怒ってないよ」南はようやく手を伸ばし、彼からギフトを受け取った。中に入っていたのは、ブルーダイヤが埋め込まれた星空のピアス。見た目には高級感がある。だが。南はファッション雑誌の編集長。今月発売の最新号で、ちょうどこの「星空」シリーズを特集していた。これはセット商品で、ネックレス、ブレスレット、リング、そしてピアスの四点がある。前の三点を買えば、ピアスは「おまけ」でついてくる。南は何食わぬ顔でギフトボック
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