ことはの声は程よく大きく、テーブルを囲む全員に聞こえた。この瞬間、みんなの奇妙な視線が権次の顔に集中していた。権次はじっと睨まれて、頭を上げることさえできなくなり、感情をこらえながら口を開いた。「すみません、篠原さん。酔って訳が分からなくなって、余計なことを言ってしまいました」ことはは事を大きくしたくなく、淡々と言った。「綾野さん、次からは口を慎んでね」「はい」権次は歯を食いしばって返事し、席を立って他の人と場所を替わった。ちょっとした騒ぎが収まってからは、みんなことはをからかうことをやめて、目も合わせられなくなった。ことはは一次選考で最も成績が良かった参加者であり、新人であり、さらにアシオンホールディングスに勤めているため、注目の的になるのは避けられない。だけど、みんながことはを見るときに一番に思い浮かべるのは、数日前に翔真と駆け落ちしたという噂だ。ことははそのことには気にせず、みんなの前では形式的に挨拶や乾杯をこなし、主催者側とも軽く話しながら酒を酌み交わした。まったく物怖じせず、すんなりと乗り切った。ある男性がことはの前に立った時。「篠原さん」ことはは男性のことを知っていた。一次予選で2位の杉山銀太(すぎやま ぎんた)だ。しかも銀太はここ数年で頭角を現した新星で、誰もが今回の大会での優勝は銀太に間違いないと思っている。まさか篠原さんのような新人が現れるとは。「こんにちは」ことはは軽く会釈した。「一つ質問してもよろしいですか?」銀太は礼儀正しく尋ねた。「どうぞ」「篠原さんはアシア師匠をご存知ですか?」ことはは落ち着いて答えた。「アシアは私の憧れの人だわ」銀太は頷いた。「道理で」そして銀太は顔を上げ、誠実だが傲りを含んだ目で言った。「篠原さん、二次審査の作品を楽しみにしています」この食事会では、主催者から発表された二次審査のルールとテーマをもって幕を閉じた。直哉は自分でタクシーに乗って帰り、ゆきは早めに到着してことはの車でことはを家まで送った。銀太について、ゆきはネタを持っていた。「この間、ある女の子がうちで1か月分の花を注文していったんだ。全部杉山さんに贈るためのものだったよ」ことはは銀太の顔を思い浮かべた。黒縁メガネをかけているが、確かに見栄えのする顔立ちだった。「1ヶ月分の花だと
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