母が身支度を整え、病院に急行しようとしている。 母の身支度は速い。それはいつ呼び出しがあっても、すぐ駆けつけられるように、常に意識と準備を怠らないからだ。「……私も一緒に行く」 母にすがるように私は呟く。 自分の声が、他人が喋っているように聞こえる。 もしくは、毛布をすっぽり被って、その中で喋っているような感覚。 ───私は気が動転している。 頭では理解できたが、この動揺にどう対処すればよいのか方法がわからなかった。 そんな私を母がしっかりと抱き締めてくれた。「充希、気をしっかり持ちなさい。落ち着いたら連絡するから、あなたは家にいるのよ」 抱き締められると頭の中の霧が急速に薄らいだ。 私は耳が聞こえるようになり、普段通り喋れるようになる。「でも───っ!」 咄嗟に私は母に食い下がろうとする。 家に留まるよう言われたが、居ても立ってもいられそうになかった。 しかし、それは幸恵に制された。「充希、お母さんのおっしゃる通りよ。家で待ちましょう。あなたが病院に行ったって、何もできないでしょ?」「でも、私は宗司さんの妻よ! 夫が事故に巻き込まれたのに病院に行ってはいけないの!?」 そう叫ぼうとしたが、私は叫べなかった。 叫ぼうとした瞬間、離婚届にサインをした記憶が鮮明に蘇ったからだ。 ───そうだ……。私は宗司さんの妻じゃない。もう……もう、私は赤の他人なんだ……。 私は幸恵にしがみつくと声をあげずに涙を零す。 そんな私を幸恵は優しく包むように抱き締めてくれた。「碧さん、私が充希と一緒にいます。今日は泊めていただいても宜しいでしょうか?」 幸恵の申し出を母は二つ返事で了承した。「もちろんよ。幸恵さん、ありがとう。幸恵さんが充希と一緒にいてくれるなら安心だわ。宜しくね」 それから母は、家を出る前に私に話しかける。「充希、辛いけど頑張るのよ。あなたは今日、誓ったわよね? 宗司さんにふさわしい妻になるって。充希ならできる。充希なら宗司さんにふさわしい妻になれる。お母さんはそう信じてる。だって充希はお母さんの娘なんだから」 母の言葉は胸にしみた。 母の深い愛情が感じられ、私は力を取り戻す。「わかった。家で待つ。でも、何かあったらすぐに連絡をお願い。 それか
Last Updated : 2025-08-30 Read more