All Chapters of 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました: Chapter 21 - Chapter 30

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第二十一話 あらぬ噂

 崚佑さんとあまりお話をしない方がいいとはどういうことだろう? 私はドキリとして固まる。 一瞬、業務中に無駄話をしている態度が周囲から不快に思われてしまっているのかと危ぶんだが、その点は大丈夫だった。  というのも事務現場は意外と和やかで、皆、業務の手を動かしつつも、お喋りや息抜きを盛んに行っていたのだ。 そうであるにも関わらず、同僚が忠告をするのは何故だろう?  ひょっとして幸恵も言っていた「崚佑は愛が重いタイプ」という事と関係があるのだろうか? 私は俄かに同僚の真意が気になり、意を決して尋ねてみた。「崚佑さんとあまりお話をしない方がよいというのはどうしてなのでしょうか?」 私は相手が自分の忠告を聞き返されたことによって、不快に思うのではないかと危ぶんだが、意外にも反応は全くの正反対で、むしろ話に喰いついてくれたと嬉しそうな様子だった。  どうやらこの件について、彼女は詳しく話をしたいようだ。 そう察した私は「ぜひ教えてください」と秘密をおねだりするように、もう一言添えてみた。効果は覿面だった。彼女は嬉しそうに理由を教えてくれた。「それはですね、崚佑さんが女性の看護師や女医から人気だからです。病院勤務は外部との関わりが少ないので、どうしても院内で「相手」を見つけないといけないんです。そうした思惑が渦巻く院内で、私たち事務方が男性医師と親しくしていると、目をつけられちゃうからですよ」 そう話す彼女は本当に楽しそうだった。  私は相手がかなりのゴシップ好きだと理解した。「そうやって目を付けられて、辞めていった事務方は多いんです。充希さんも気をつけてくださいね。特に充希さんは誰とでも親し気で、相手に対して親切だから男性に好かれていそうという嫉妬をより集めそうに見えるので」 饒舌になった彼女は、私の評価についても口走ってしまった。  それは悪意のある嫌味ではなく、純粋に私が「モテそう」という誉め言葉のつもりだったに違いない。 しかし、その一言は、私の胸に小さな果物ナイフを刺したかのような鋭い痛みを与えた。 私は「男性に好かれていそう」と周囲から思われているとのことだった。 驚くべきことに、私はその評価をとても不名誉
last updateLast Updated : 2025-08-21
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第二十二話 充希の行方(side:宗司)

「充希はどこに行ってしまったのだろう……」 ラウンジのバーで、そう独り言を呟いた俺は、ウィスキーのグラスを傾ける。  ロックアイスが転がり、カランと音をたてた。 離婚届を充希に突きつけた翌日、家に帰ると充希の姿はなかった。  俺が帰宅したのは夜も遅い時間だった。  こんな時間に充希が家にいないなんて……。  俺は心配になって家を飛び出し、充希を探しに辺りを走り回りたくなる衝動に駆られたが、テーブルに残された離婚届を見て事態を理解した。 離婚届には充希のサインがあった。 充希は離婚届にサインをし、家から───俺のもとから去ったのだ。 やはり充希は俺に愛想を尽かしていたのだ。 俺の方から、この結婚は偽装結婚で、三年で離婚する期間限定の白い結婚だと提案したのに、その誓いを守らず、酒に酔った勢いで手を出してしまう様な男と安心して同じ家に住めるわけがない。 充希が出ていくのは当然だ。「───だが、どこに行ってしまったのだ、充希……」 俺は充希が大和田家の実家に戻ったのかと思ったが、大和田グループ社長で充希の父親でもある大和田 毅氏は何も言ってこない。  もし充希が実家に戻れば、何かしらの連絡のひとつもあるはずだ。 他に充希が行くあてがあるとすれば藤堂 幸恵の所だろうか?  二人は中高一貫校時代から仲が良く、お互いの家で頻繁に「お泊り会」をする仲だったのでその可能性はある。 幸恵に連絡をしてみようか……? そう思ったが……。 ───ダメだ。あの鬼部長の藤堂 幸恵には連絡できない。 もし俺たちの結婚が偽装結婚だということがバレたら何を言われるか───何をされるかわかったものではない。 未だに中高一貫校時代の剣道部の部長のままで、俺たちに竹刀を振り上げて尻を叩きにくるような人だ。  この年齢になって、そんな折檻は御免被りたい。 俺がそうしたことを悩んでいると、一人の女性客がバーに駆け込んできた。  そしてその女性客は俺の姿を見つけると、一目散に駆け寄ってきた。「宗司先輩! 遅くなってすみません!」 それは彩寧だった。  今日、俺は彩寧と、このバーで会う約束を
last updateLast Updated : 2025-08-22
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第二十三話 思い出のラウンジバー(side:宗司)

「その後、彩寧はどうしていたんだ?」 まず俺はこう切り出した。  具体的にあれこれ聞くより、漠然と話をふって、彩寧に話をしてもらう方が色々と聞けていいだろうと思ったのだ。「その節は、本当にすみませんでした。ちゃんとお別れの挨拶もできず、急にいなくなってしまって……。  私も宗司先輩にご連絡したかったのですが、親から絶対に連絡するなと厳しく制限されてしまって……。  ご存じの通り、母・大和田 真紗代───今は旧姓に戻ったので篠原 真紗代ですが───の浮気が原因で離婚騒動になり、私も母に連れられて大和田家を去りました。  その後は、母と二人で母の実家に戻り、慎ましく生活をしていたんです」 そこまでは想像がつく範疇の話だったので、俺は「そうか」と短く相槌をうった。「生活は父・大和田 毅がお金を送ってくれたので困ることはありませんでした。  母の浮気が原因の離婚ですし、父がそうして生活費を工面する義務はありませんが、父がお金を送ってくれたのは私の為だったようなんです。母の浮気はありましたが、私は父の娘ですので、父は私を心配してくれたようです。  でも、少し嫌だったのは、母がそうした父の優しさにつけ込んで、私を強引に引き取ったことです。  父ならそうする───彩寧を連れていけば最低限の生活費は出してくれるという打算的な思惑があったようで……。  そのことで最も母を恨んだのは、その結果、宗司先輩との交際が破局してしまったことです。私……本当に辛かったんです……」 薄っすら目に涙を浮かべ、彩寧は俺の肩に頬を寄せた。  今、彩寧の中では、その時の悲しみ───そしてその上で今、俺とこうして思い出の場所にいる喜び。  そうした様々な感情が、全身を目まぐるしく駆け巡っているようだ。  そうした万感の思いが自然と目を潤ませたのだろう。この涙は嘘偽りのない本心だと俺は察した。「宗司先輩はその後、充希と結婚されたんですね」 今度は彩寧が俺に質問をする番だった。  そして彩寧が一番に俺に聞きたかったのは充希との結婚のことだったようだ。  まあ、しかし、それはそうだろう。自分が交際をした相手が結
last updateLast Updated : 2025-08-25
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第二十四話 彩寧が握る秘密(side:宗司)

「どうして、それを知っているんだ!?」 やや大きい声で俺は咄嗟に彩寧に聞き返す。  すると彩寧は意味あり気に、不敵な笑みを浮かべた。「私もこの二年間、ただ黙ってじっとしていたわけではないんですよ、宗司先輩」 彩寧の周囲が妖艶な香りに包まれる。  こうした怖さのある雰囲気は、彩寧の母・真紗代の血筋だろう。  どうしても彩寧と心から安心して付き合えないのは、こうした秘め事があるような、信頼を置けない所があるからだった。「結婚期間はあと一年ですよね? 一年後、充希と離婚したら宗司先輩はどうされるんですか?」 彩寧はさらに俺に身を寄せた。  もう肩は俺に寄りかかり、会話の息が、首筋にかかりそうな距離だった。「まだ何も決まっていない」 俺はそう返事をするのが精一杯だった。 その返事を彩寧は、どこか満足そうに受け取っていた。  ひょっとして未確定な将来に、自分が入り込む余地があるのではないかと期待したのだろうか?  もしそうだとしたら、それはとんだ思い違いだ。  俺はやはり彩寧を心から好きにはなれそうにない。  交際が破局した時も、どこか安堵の気持ちがあった。  その事を認めると、自分が冷たい人間のように思えて嫌悪感があったが、それはやはり事実だったようだ。  彩寧には近づいてはいけない。  この本能ともいうべき危機感には従った方が良さそうだ。「宗司先輩は、まだ何も決めていないようですが、充希はすでに着々と将来に向けて計画を進めているみたいですよ?」 意味ありげな彩寧の言い回しに、俺は「どういうことだ?」と問う。「私、先日、母のお使いで隣町の総合病院にいったんですが、その時にみちゃったんです」 彩寧は小悪魔のようにほくそ笑んだ。「見た? 何を?」「充希ですよ」「充希を!?」 思わず声が大きくなってしまった。  そのことで、俺は自分が充希のことを知らなかったという事実を彩寧に知られてしまった。  後悔したが、遅かった。  俺は彩寧に秘密を一つ握られてしまった。「充希が、まさか総合病院の事務で働いていたなんて知りませんでした。  宗司先輩、いつから充希は働きに出ていたんですか?」 彩寧にそう探られたが、俺は充希が隣町の総合病院で働いてい
last updateLast Updated : 2025-08-26
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第二十五話 隣町の病院へ(side:宗司)

 俺は彩寧に「急用ができた」と告げ、バーを出た。  俺の心は様々な思いと感情、そして焦燥感が渦巻いていたが、表面上は目の前の彩寧に向き合い、彼女をタクシー乗り場までしっかりと送り届けた。「今日はゆっくりできなくてすまない」「いいんです。宗司先輩は今は社長ですから、お忙しいのはわかっています。でもまだまだお話ししたいことはたくさんあるので、是非またお時間をくださいね」「わかった。約束する」 そう言って彩寧に手を振って見送ると、俺は秘書に電話をして、車で迎えに来てもらった。「急にすまない」 俺は夜分にも関わらず、秘書を呼びつけたことを詫びた。「いえ。社長は今日は電車で帰るとおっしゃっていましたが、こういうこともあるかと近くで待機していましたので」 実に気の利く男だ。  俺はこの秘書を信頼していた。  しかし、余りにも手際が良すぎて心配になることもあった。  俺が頼みたいことをほぼ全て先回りして準備してくれているのだが、その手配に費やす時間はどこから捻出しているのだろう?  ちゃんと家に帰って寝ているのだろうか? まあ、こんな夜分に急に呼びつけるような、我儘な社長の俺が言えたことではないが……。「それではご自宅に向かいます」 秘書は車をまわすが、俺は咄嗟に呼び止める。「あ、いや。違うんだ。実は別の所に行って欲しんだ」「別の所? 会社ですか?」「いや、それも違う。実は病院だ。隣町の総合病院まで行って欲しい」 俺がそう言うと秘書はビクリと身体を硬直させた。「隣町の総合病院? ま、まさか───……。 まさか社長───……。  どこかお身体の具合が悪いのですか?」 思いもよらないことを言われ、俺は「え?」と声をあげたが、確かにこんな夜分に急に呼ばれて、病院に行ってくれと言われれば、そうした心配をするのは当然だった。 普段の俺は、相手をよく見て発言をする。  こう言えば相手はどう思うか? 喜ぶだろうか? 嫌がるだろうか?  注意深く相手を観察するのだ。  そして俺は、ビジネスの場で相手が喜ぶこと、嫌がることを敏感に察知することができた。  これは俺の生まれ持っての才能のようだ。  誰から教えられるでもなく、学ぶでもなく、ごく自然にできていた。  
last updateLast Updated : 2025-08-27
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第二十六話 事故(side:宗司) 1

 秘書がバックミラー越しに、何度も俺をチラ見してくる。 俺が何度「病院に行くのは身体に不調があるからじゃない」と答えても、それでも心配が拭えないようだ。 そこまで俺を気遣ってくれるのはありがたいが、少しばかり過保護が過ぎるのではないだろうか? まあ、でも今の俺は充希が心配で居ても立ってもいられず、充希がいないとわかっていても充希の勤めている病院に行こうとしているのだ。 身体は大丈夫でも、心は病んでしまっているといっても過言ではないかもしれない。「あの……。社長、本当に───本当にお身体のどこかに不調があるのではないのですね?」 もう何度目かの同じ質問をまた秘書がしてきた。 どうやら俺が繰り返し「大丈夫だ。俺の身体はなんともない」といっても秘書が安心しないのは、俺自身が「心が病んでいる」と自覚しているように、自信のなさがあらわれているからかもしれない。「本当に大丈夫だから、そんなに心配しないでくれ」「はあ……。しかし、やはり社長はどこか疲れているというか、悩んでいるというか。とにかくいつもと違う感じがしてならないのです」 この秘書は本当に俺をよく観察しているな。 俺は舌を巻いた。 秘書の言う通り俺は悩みを抱えているわけだが、そのことに気づくとは───。 それだけ俺のことを気遣ってくれているということだ。 感謝しなくてはならない。 しかし過保護が過ぎるのはいただけないので、俺はまた何度目かの返答をする。「本当に大丈夫だ。ちょっと思う所があって病院を見たいだけだ。そんなに俺を心配せず、しっかり前を向いて運転をしてく───」 ───最後まで言いかけたその時だった。  片側二車線の幹線道路を走行していた俺たちだったが、前を走る車が急に車線を変更し、何かを避けるように隣のレーンに移動した。 次の瞬間───。 目の前に車のヘッドライトが飛び込んできた。 なぜだ!? どうして目の前に車のヘッドライトが!? 背中に冷や水を浴びせられたように、全身に危機感が駆け巡る。 ───逆走車だ! その瞬間、昨今、車の逆走による事故が全国で多発しているニュースが脳裏に浮かぶ。
last updateLast Updated : 2025-08-28
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第二十七話 事故(side:宗司) 2

 まさかこんな町中の幹線道路でも、こうした逆走車がいるなんて……! 慌てて秘書がハンドルを切ったようだ。 俺は身体が振り回される。 しかし、大きな衝突音───。 これまで経験したことがない程の衝撃───。 次に気付いた時、俺は天地がひっくり返っていた。 どうやら車が転覆したようだ。 そう瞬時に理解した俺はシートベルトを外し、なんとか車のドアを開け、車外に脱出した。 シートベルトで締め付けられた肩や胸が痛んだが、重篤な状態ではなかった。 辺りを見渡すと、俺たちの車と、逆走車の破片が周囲に散乱していた。 逆走車も横転し、痛々しい状態だった。 逆走車の運転手は無事だろうか? そう思った俺はもう一人の運転手の事を思い出す。 そうだ! 秘書は無事なのか!? 運転席に駆け寄ると、秘書は気を失っていたが、エアバッグのおかげで、こちらも大事には至っていないようだ。 悪戦苦闘しつつも、俺は秘書を車から引きずり出し、安全な路肩に移動させた。 その頃には周囲に人が集まり、スマホで写真を取ったり、どこかに電話をかけたりと大騒ぎになっていた。 人々の声を聞いていると、警察や救急車に電話をしてくれている人もいるようだった。 その事は有難かった。自分で事故を通報しなくても周囲の人が助けてくれそうだ。 俺は安堵し、その場に腰を下ろそうとしたが───。「ガソリンの匂いがする!」「ガソリンが漏れているぞ!」 人々の悲鳴に近い叫び声だった。 周囲に集まった野次馬が二、三歩後ずさった。 見れば横転した逆走車からガソリンが漏れ出し、道路に広がっていた。「引火すると大変だ……!」 そう思った俺は考えるより先に身体が動く。 逆走車に駆け寄ると、車内を確認する。 中には運転席に一人、高齢の男性の姿があった。 しかし、どうやら気を失ってしまっているようだ。 俺は運転席のドアをこじ開け、なんとか相手を引きずり出すと、とにかく急いで車から離れようとする。 しかしその時、周囲の人々が叫んだ。「火が出たぞ!」「爆発する!」 俺は視界の端で、横転した車のエンジンルームから火花のような炎がチラリと吹き出したのを捉えた。 次の瞬間、辺りは真っ白になり、一瞬、爆発音が聞こえたが、次の瞬間に無音になった。 もの凄い力で自分が押し出されるのを感じる
last updateLast Updated : 2025-08-28
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第二十八話 餃子パーティー

 今日は幸恵が母・碧の家に来ていた。「はい、充希」 幸恵は餡を一掬いすると、餃子の皮の上に乗せて私に手渡す。 私は「はい」と返事をして受け取ると、手慣れた手付きで餃子の皮を包む。 私が餃子を包み終えると、幸恵はまた「はい、充希」と言って餡を乗せた餃子の皮を私に手渡す。そして私はまた餃子を包む。 こうして私たちは手作り餃子を次々とお皿に並べていった。 こうした流れ作業を黙々とこなすことを、私は嫌いではなかった。 むしろ、お皿いっぱいに自分が包んだ餃子が綺麗に並べられた「成果物」を見ると、大いなる達成感が得られて心地良かった。 私は手芸が好きで、よく刺繍や編み物もするが、黙々と作業をこなし、ある程度、時間が経過してから全体を見渡した際、ずらりと刺繍や編み物が出来上がっている姿に喜びを感じるのだが、手作り餃子はそうした刺繍や編み物に通じる達成感を得られた。「はい。餃子が焼けたわよ」 母・碧がキッチンからフライパンを持ってやってきた。 フライパンには、初めに私、幸恵、母の三人で手分けして包んだ手作り餃子が香ばしい匂いを漂わせつつ、美味しそうに焼き上がっていた。 私と幸恵は歓喜の声を上げる。 そして嬉々として餃子に箸をのばし、自分たちで作った手作り餃子に舌鼓を打った。 今日は久しぶりの「餃子パーティー」の日だった。 偶然にも、私、幸恵、母の三人の休みが重なったのだが、その瞬間、私と幸恵が「「餃子パーティーをしましょう!」」と声をハモらせたのだ。 幸恵とは中高一貫校の六年間以来、ずっと親友の間柄だったが、定期的にお互いの家に集まっては、こうして餃子パーティーを開催していた。 出来合いの餃子や、中華料理店の餃子も美味しいが、手作り餃子は、まず自分たちで作るという行為自体が楽しいのと、ニンニクを少量に抑え、ショウガを多めにするなど、好みの味付けにカスタマイズできる自由さや、変わった具材を入れてみて、味がどう変化するか試してみるという冒険のスリルも味わえる事が楽しくて、私たちは定期的に餃子パーティーを開催していた。「碧さんが包んだ餃子はすぐにわかるわね。本当にお店で買ってきた餃子みたいに完成度が高いもの」 幸恵が言う通り、母の包んだ餃子はお店で買ってきた餃子
last updateLast Updated : 2025-08-28
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第二十九話 親友と母に相談 1

 餃子パーティーをひとしきり楽しんだ私たちは後片付けをし、食後に温かいお茶で一服した。「それで、充希が私たちに相談したいことって何?」 幸恵が話の口火を切ると、母も私の「相談したい」という話の内容が気になったようで、後片付けの手を止めてテーブル席についてくれた。「そのことなんだけど、私は宗司さんの妻として自覚が足りてなかったことに気が付いたの」 幸恵と母は、それはどういうことかと顔を見合わせた。  私は総合病院の事務の同僚に言われた「男性に好かれそう」という一言の件について、幸恵と母に伝えた。「それは考え過ぎじゃない?」 まず母がそう言って私を擁護してくれた。「そうよ。充希が誰に対しても分け隔てなく、優しく接するのはとても良いことよ。充希は悪くないわ。充希に優しくされて勘違いする男が悪いだけよ」 幸恵も私を励ましてくれる。 二人の優しさは嬉しかったが、私は甘えるわけにはいかなかった。「偽装とは言え、私は有名大企業の社長の妻だったの。その立場には責任が伴うわ。でも私はそうした責務を全うしたかと聞かれたら、胸を張れる自信がないの。  どこかに宗司さんの「本当の妻じゃない」という甘えがあったわ。  宗司さんと本当の夫婦になりたい。これからもずっと一緒に結婚生活を送りたい。もし私が本気でそう思ったなら、自ずと立ち振る舞いや、他の人との接し方も変わったはず。  でも私はそうしなかった。そうできなかった。そうした考えに至っていなかった。  未熟だったわ。  宗司さんはそんな私に愛想を尽かしたと思うの。だからまずは宗司さんに謝りたい。そして自分を改め、宗司さんに相応しい妻になることを誓いたいの」 幸恵と母は、口を少し開いてポカーンとした表情になったが、すぐに二人で同時に吹き出すと、声をあげて大笑いをした。「充希ったら、そんな風に思い詰めていたのね」 母は大笑いをしたが、真剣な私の悩みに対して笑ってはいけないと思ったのか、手を口に当てて笑いを抑えようとした。  しかし、どうしても抑えきることができず、笑いが喉の奥でクックックッと漏れた。「本当に充希は真面目なんだから! 中学や高校の頃から何も変わってないのね。まあでも、とても充希らしいわ」 幸恵は私に何一つ憚ることなく、お腹に手を当てて笑
last updateLast Updated : 2025-08-29
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第三十話 親友と母に相談 2

「そ、そんなに可笑しいことを私は言った? 真剣に悩んで相談してるんだけど」 私は口を尖らせる。「ごめんね、充希」 母は目じりに浮かべた涙を指で拭う。  幸恵は息が出来なくなるほど大笑いして苦しそうだったが、ようやく落ち着いて私の話を聞く姿勢に戻った。「どちらにせよ、宗司さんとちゃんと会って、お話をすることは良いことよ。応援するわ、充希」 母は私の手に自分の手を重ねると、力強くギュッと握ってくれた。「私も宗司と充希が話し合いをすることには賛成よ。  ───但し! 今度は私も充希と一緒に行きます」 私は幸恵のその宣言に「え~?」と不服そうに声をあげる。「当たり前よ。前回、充希だけを行かせてどうなったか忘れたとは言わせないわよ。親友としてもそうだけど、充希の担当産婦人科医としても、一人で宗司との話し合いに行くことは許可できません。  でも、安心して。一緒に行くけど話し合いのテーブルには同席しないから。宗司とは充希が二人だけでじっくり話をして。私は離れた場所から充希を見守っているからね」 幸恵も自分の手を私の手に重ねて握ってくれた。 二人から勇気をもらった私は早速、決意を行動に移そうとする。 そんな矢先───。  突然、母のスマホの着信音が鳴った。  その音に母の表情が引き締まる。  何故なら、この着信音は病院からの呼び出し電話の際に鳴る着信音だったからだ。 母は電話を受けると、真剣な表情で相手の話を聞き始めた。 しかし、すぐに「───えっ!?」と声をあげて立ち上がると、大慌てでテレビのリモコンを掴み、音量をあげた。 丁度、夜のニュース番組の途中だったが、そこでは私たちの住んでいる町のすぐ近くで、車同士が正面衝突し、一台の車が爆発炎上するニュースが報道されていた。 大きな事故がすぐ近くで発生している事実に驚き、私と幸恵もテレビに釘付けになる。『───現場は片側二車線の幹線道路で、高齢者男性が運転する車が何らかの理由で道路を逆走し、事故を起こしたものとみられます。  被害者の車は杵島グループ社長・杵島 宗司氏の乗った車で、杵島氏は車の爆発に巻き込まれて意識を失い、病院に運ばれたとのことです。  尚、杵島氏の生死は明らかにされていませんが、搬送時に意識はなかったとのことです。  繰り返します──
last updateLast Updated : 2025-08-29
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