「主任、今日一緒に飲みに行きません? スタッフさんが素敵な人ばかりのバーを、駅の近くで見つけたんです」 仕事終わりに横井《よこい》さんからそう誘われたが、彬斗《りんと》君と約束のある私は小さく首を横に振ってみせる。横井さんには普段、色々と助けてもらっているから断るのは申し訳なかったけれど。「ごめんなさい、今日はちょっと用事が入って」 「珍しいですね、もしかして御堂《みどう》さんと会うんですか?」 ここで違うと言えば、勘の良い横井さんに何か勘付かれるかもしれない。流石に本人に確認することは無いでしょうし……「ええ、ちょっと二人で行きたいショップがあってね」 悪いとは思いながらも、嘘をついてしまった。これ以上、私のゴタゴタに横井さんを巻き込みたくない気持ちが大きくて。「ええー、いいなあ。今日はデートでしょうから邪魔しませんけど、今度は私も一緒に連れて行ってくださいね?」 「ええ、分かったわ」 横井さんに怪しまれなかったようで、とりあえずホッとし鞄を肩にかける。 ……急がなくては。彬斗君からは、すでに場所と時間をメールで送られてきている。「それじゃあね、横井さん」 彼女に挨拶をしてタイムカードを打つと、そのまま小走りでオフィスを出た。待ち合わせ場所までそう遠くはないけれど、彬斗君を待たせるわけにはいかない。 不安な気持ちを押し殺すように胸を押さえて、彼に指定された場所まで走って行った。 待ち合わせのレストランの中に入り、彬斗《りんと》君に指示された通り彼のいる個室に案内してもらう。 緊張しながら扉をノックすると「ああ、中に入って」と、昔と同じような口調で返事がきた。 未だに彼の声を聴くと、全身が震えてくるような気がする。本当に私一人の力で、この問題を解決出来るのだろうかという不安もあって……「へえ、本当に約束通り一人で来たんだ。真面目なだけが取り柄の紗綾《さや》らしいね」 そうね、彬斗君は私の性格をよく分かっていると思う。それを知っていて彼はそういうメールを送ってきたのでしょうし。 彬斗君の言う通り、恋人関係だった時の私はこの人の言う事を大人しく聞くだけの存在だった。そうすることで彬斗君に喜んで貰えるのだと、勝手に思いこんでいたから。「そんな事より、貴方の用件を話してくれる? 私達はもう楽しく話せるような関係ではないは
Terakhir Diperbarui : 2025-07-21 Baca selengkapnya