All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 1041 - Chapter 1050

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第1041話

遥樹が得意げになるほど、黎はますますつらくなり、歯を食いしばって言った。「蒼空がお前の彼女だってことはもう知ってるから、もう言わなくていい。『俺の彼女』、なんて言葉はもう聞きたくない」友人の「失恋」を前に、遥樹は慈悲深い顔をした。「努力はするよ。でも、そういうのって正直、なかなか自制がきかないんだよね」「友人」のさりげない自慢に、黎の顔が歪む。獰猛な笑みを浮かべて遥樹を見た。「このあと誰に会いに行くか、覚えてるよな?」案の定、遥樹の笑みは少し薄れた。黎は一歩優位に立ち、さらに遠慮なく言う。「蒼空のこと考えてる場合じゃないだろ。まずはあの松木瑛司をどうやって相手するか考えとけ。最近あいつ、蒼空とやたら距離が近いって聞いたよ。ちゃんと気をつけないと」遥樹はちらりと彼を見た。「少なくともお前よりはマシだ。俺には『彼氏』という立場がある。なのにお前はただの『友達』......」「!」いっそ車を止めて殴ってやりたい。警察にも、法律にも見つかりませんように......力なく遥樹を見て、黎は言った。「もう勘弁してよ」遥樹は襟元を整え、気遣うように言う。「ほら、気合い入れろよ。まだ運転中だろ」遥樹の晴れやかな様子とは対照的に、黎はすっかり虚ろな目だ。「最初から運転代わればよかった......」数日前に失恋したばかりでまだ傷心中だというのに、友の一本の電話で尻尾を振るように駆けつけ、運転手まで買って出る自分。それだけでも十分なのに、目の前で堂々と惚気られる。しかも、胸の痛みを堪えながら、その友を無事に目的地まで送り届けなければならない。本当に、つくづくいい人だ。遥樹と瑛司が約束したのは、極めてプライバシー性の高いレストランだった。会員制で、ホール席はなく、個室のみ。来店も身元も徹底して守られる。車を降りると、黎はハンドルに突っ伏したまま言った。「何かあったら電話しろよ。外で待ってる。すぐ入れるから」遥樹は気軽にうなずく。「分かった。ありがとう」店内に入ると、入口のウェイターが歩み寄った。「ご予約のお客様でしょうか」遥樹が名前を告げると、ウェイターは微笑む。「お連れ様がすでに個室でお待ちです。こちらへどうぞ」回廊を抜け、個室の前へ。ウェイタ
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第1042話

瑛司はあくまで軽い口調で、遥樹にも分かるほど親しげな響きを滲ませながら言った。「だが時友社長、心配は無用だ。俺と彼女のことは、俺たちで解決する」その含みを、遥樹が聞き取れないはずがない。蒼空が彼を気にしている?冗談じゃない。遥樹は言う。「何をおっしゃる。俺は彼女のことに口を出すに決まってる。得体の知れない連中が近づくのも気に入らない。ましてや松木社長は考えすぎだ。入院していた間、彼女はほとんど見舞いにも行っていないじゃないか。そこまで気にかけているとは思えないな。自意識過剰はやめたほうがいいぞ」「自惚れるな」と額に刻みつける寸前だった。瑛司の指がわずかに止まり、湯吞みを回す。指先に力が入り、白くなる。静かに言った。「彼女も忙しい。理解はしている」遥樹は眉を上げ、わざと驚いた顔をする。「忙しい?最近は仕事が終わればすぐ帰ってるし、そんなに多忙じゃないぞ。数日前なんて、俺と映画を二回も観に行った」瑛司の目が一瞬、固まる。遥樹は首を振り、わざとらしく悔やんだ。「俺もダメだな。そんなに忙しいのに映画に付き合わせて」瑛司の暗い視線が遥樹に据えられる。胸中に浮かんだ言葉は――あざとい。茶を一口飲み、込み上げる嫉妬を押し込める。敵の前で感情を漏らすことはない。淡々と言う。「若いうちはそんなものだ。互いに感情をすり減らし、結局は別れる。いずれ成長すれば、自分にふさわしい相手が誰か分かるだろう。俺は待てる。彼女が見極める日まではな」まるで長者の余裕。二人の関係など取るに足らぬと言わんばかりだ。遥樹は内心で冷笑する。容赦なく返す。「やめたほうがおすすめだぜ。彼女は若い男が好きだって言っていたよ。年上は無理、年齢は越えられない溝だって。松木社長、自分が彼女より何歳上か分かってるよね?」瑛司は表情を崩さない。「若いからこそ遊びたい時期もある。飽きる日が来るまで待てばいい」――飽きる?遥樹は胸中で嘲る。夢でも見てろ。「待たなくても結構。離婚歴があって子どももいる男は、婚活市場じゃ有利とは言えない。次を探すなら早いほうがいいぞ。ぐずぐずしてたら、手遅れになるよ」瑛司は静かに返す。「いろいろ知れば、どれが一番か分かる」――まだ諦めない。遥樹は言う
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第1043話

遥樹は冷笑した。「口先だけは立派だな。俺たちが結婚していようがいまいが、松木社長が割り込む理由にはならない」瑛司も取り繕うのをやめ、湯吞みを前に押しやる。落ち着き払った様子で遥樹を見つめ、淡々と口を開いた。「俺はただ、物事を本来あるべき場所に戻そうとしているだけだ。俺は、蒼空が初めて好きになった男だ。初恋というのは、誰にとっても特別なものだろう。彼女が松木家にいた頃、俺は人としての立ち居振る舞いや、世間の渡り方を教え、勉強も見た。彼女を導き、あの家で息苦しくならずに生きられるようにしてやった。あの頃の俺は、彼女にとって救いそのものだった。彼女は俺をすべてのように思っていた。俺が喜べば彼女も喜び、俺が落ち込めば彼女はそれ以上に沈み、俺に何かあれば、彼女は誰よりも慌てた。気持ちは全部、顔に出るような子だった」遥樹の表情がわずかに変わる。「君はどうだ。あんなふうに、心も目もすべて自分に向けてくる蒼空を見たことがあるか?ないだろう。あれを知っているのは俺だけだ」瑛司は続ける。「そういう時間は、誰にとっても特別で、簡単には忘れられない。まして彼女は情に厚い。俺をそう簡単に切り捨てられる性格ではない。君も分かっているはずだ。彼女はまだ俺に対して完全には気持ちを手放していない。それが俺の自信の源だ。君はそれに気づいているからこそ警戒している。だから今日わざわざここに来て、俺に彼女から離れろと釘を刺そうとしていた」遥樹の顔色が沈む。瑛司はゆっくりと言った。「過去を持ち出しても無意味だ。確かに俺は間違えた。だが残りの人生で償うつもりだ。そしてここで断言しよう。君と蒼空が最後まで行くことはないだろう。彼女にふさわしいのは、この俺だ」遥樹は勢いよく立ち上がった。両手を強く握り締め、怒りに満ちた目で瑛司を睨みつける。顔色は恐ろしいほど沈んでいた。――確かに、瑛司の言葉は核心を突いている。ここ数日、遥樹と蒼空はほとんど毎日のように一緒にいた。この何年も、多くの時間を共に過ごしてきた。だからこそ分かる。彼女の中に、瑛司への感情がまだ残っていることを。しかもそれは、思春期の、初めて胸が疼いた頃の感情だ。だからこそ、こんなにも危機感を覚える。それが瑛司の自信であり、遥樹が最も恐れている点だ。蒼空
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第1044話

そのとき、個室の扉がノックされた。遥樹の足がその場で止まり、空中で止まっていた拳も固まる。瑛司は黒く沈んだ目で彼を見据えていた。ノックはなおも続く。遥樹は何度も深呼吸をし、瑛司を睨みつけたまま拳を下ろすと、振り向いて扉を開けた。料理の提供だった。湯気を立て、色も香りも申し分ない料理が一皿ずつ並べられていく。至近距離で見ても、遥樹にはまったく食欲が湧かない。向かいに座る瑛司の顔を見るだけで、胸の奥がむかつく。本当に、吐き気がするほどだ。スタッフたちは、室内に漂う異様に張りつめた空気を察したのか、目を伏せたまま静かに料理を並べ、足音も立てずに退出していった。この一件で、さきほどまで込み上げていた怒りはわずかに鎮まる。遥樹はまだ冷静さを保ったまま、瑛司を見た。「どうぞ」瑛司は相変わらず余裕の態度だ。それが余計に癪に障る。遥樹は顎をわずかに上げる。「松木社長こそどうぞ。俺はこのあと彼女に会う予定だ。彼女が食事に連れていってくれるからな」箸を持つ瑛司の手が一瞬止まり、すぐに微笑む。「先ほど俺が言ったことを、もう忘れたのか?」遥樹は目を細めるが、答えない。瑛司は軽く笑う。「蒼空は大きな会社を率いている。日頃から多忙だ。そのうえ君がまとわりついて食事に付き合わせれば、いずれ君に対する愛想も尽きる。感情も、そうしてすり減っていくものだ」遥樹は怒りを押し殺し、笑みを作る。「松木社長は、松木家にいた頃の彼女はあまり愛想なかったんでしょうね。だからそんな心配をする。俺は違う。彼女は俺に甘い。不機嫌になることもない。なので余計な心配はしなくていい」瑛司は自分の皿に料理を取り、静かに言う。「まあ、確かに余計な助言だったか。まあいい。早めに消耗してくれれば、そのほうが都合がいい」遥樹は鼻で笑う。「ホント往生際が悪いな。俺たちの結婚届を顔に叩きつけないと分からないのか」瑛司は一口飲み込み、首を振った。「いや、誤解だ。たとえ結婚しても、離婚という選択肢はある。関係はいつまでも不変なものではない」図々しいとはこのことだ。だが遥樹は、もう簡単には挑発に乗らない。――いま蒼空の隣にいるのは自分だ。瑛司ではない。だからこそ、彼は言葉で揺さぶるしかない。疑念の種を蒔
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第1045話

瑛司は頭を垂れ、親指で口元の血をぬぐい、低く鼻で笑った。さきほど上着を脱いだのは、自分の言葉が遥樹を怒らせると分かっていたからだ。殴り合いになる覚悟は、最初からできていた。遥樹に殴られるのも想定内だった。だが、それとこれとは別だ。遥樹の振る舞いを受け入れるつもりはない。彼はシャツの上のボタンを乱暴に引きちぎるように外し、険しい顔のまま拳を握って、遥樹の攻撃を迎え撃った。瑛司は遥樹の襟首をつかんで壁に叩きつけ、容赦なく一発叩き返す。遥樹は唾を吐き捨て、足を振り上げて瑛司の腹を蹴り上げ、さらに拳を振るった。二人は一歩も引かず、拳が肉にめり込む音を響かせながら打ち合う。狙いは相手を潰すこと、息の根を止めること。どの一撃も危険で、まったく手加減がない。恋敵を前にしているせいか、二人の動きは攻撃一辺倒で、防御はほとんどない。相手に傷を負わせる代わりに、自分も傷を負う覚悟といった有様だ。二人とも鍛えてきた体だ。全身が引き締まった筋肉に覆われ、動きも鋭い。互いに互角で、優劣はつかない。顔の傷もほぼ同じ程度で、どちらも青あざだらけ、口元には血がにじんでいる。服の下の傷は見えないが、無事でないことは一目で分かった。シャツのボタンは何個も弾け飛び、周囲のテーブルや椅子、装飾品は乱戦のあおりで次々と倒れていく。卓上の料理はすべて床にぶちまけられ、ソースが広がり、壁の絵画も衝撃で落ちてガラスが粉々に砕け散った。二人は黙ったまま殴り続ける。どれほど強い一撃を食らっても声ひとつ上げない。少しでも劣勢に見られるのが嫌で、ますます激しく打ち合う。服は引き裂かれ、額や首筋には青筋が浮き上がり、全身がひどく乱れていた。レストランの支配人が人を連れて駆けつけたとき、個室の中は目も当てられない惨状だった。花瓶もテーブルも椅子も料理も絵も、すべてがぐちゃぐちゃに散乱し、まるで強盗に遭ったかのようだ。砲撃でも受けた跡のように、原形をとどめていない。その個室の隅では、容姿端麗な二人の男がまだもみ合っていた。相手を殺しかねないほどの目つきで睨み合い、人が来ても構わず拳を振るう。二人とも顔は青紫に腫れ、口元には血の跡が残っている。支配人は二人の顔を見た瞬間、目の前が暗くなり、隣のウェイターが慌
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第1046話

支配人は、遥樹の表情にまだわずかな凶気が残っているものの、確かに落ち着きを取り戻しているのを見て取った。ほっと息をつき、瑛司のほうへ視線を向ける。「松木社長、これは......」顔に青あざが残っていることさえ除けば、瑛司は至って冷静で、落ち着いた気配をまとっていた。ついさきほど他人と取っ組み合いをしていたとは思えないほどだ。瑛司はハンカチで口元の血を拭い、遥樹には目も向けず、低い声で言った。「時友社長。今日、俺を呼び出したのはそちらで、先に手を出したのもそちらだ。なぜ俺が賠償を?筋が通らないだろう」支配人の額の汗はさらに増えた。この個室の内装や備品、装飾品を合わせれば、軽く8桁は下らない。割れた花瓶ひとつとっても骨董で、200万円の値がつく代物だ。自分のような小さな支配人が払える額では到底ない。しかも遥樹も瑛司も、どちらも支払いの意思を見せない。だが二人とも、彼には到底逆らえない相手だ。最悪の場合、賠償が自分に降りかかるかもしれない。今日は自分の当番だ。目の前でこんな騒ぎが起きた以上、責任を問われるのは免れない。終わったも同然だ。瑛司には金がある。払えないわけではない。ただ、遥樹の分まで肩代わりする気がないだけだ。彼の言う通り、理屈の上では自分が負担する話ではない。だが遥樹の考えも同じだった。たとえ自分が呼び出したのだとしても、たとえ先に手を出したのが自分だとしても、払う気はない。堂々とした口調で、淡々と言い放つ。「人の家庭に割り込むつもりなら、それくらいの金も出せないのか。松木社長」一言で、個室の空気が凍りついた。周囲の者たちは驚きを隠せず、好奇心を抑えきれない様子だったが、当事者を直視する勇気はない。瑛司はそんな空気など意に介さず、静かに返す。「それとこれとは別の話だ。時友社長こそ、払えないじゃないだろうな」支配人とウェイターたちは思わず顔を見合わせた。――否定しない。つまり、認めたということか。瑛司が「人の家庭に割り込んだ」のか?遥樹は鼻で笑う。「これは道徳心のなさに対する罰だ。黙って受けておけ」そう言い捨て、振り返りもせず、青あざだらけの顔のまま大股で出ていった。支配人は内心では続きを聞きたくて仕方がなかったが、財布
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第1047話

遥樹は襟元を乱暴に引き開け、いら立ちを滲ませた声で言った。「行こう」黎はゲームに集中したまま答える。「ちょっと待て、こっちはまだ取り込み中」遥樹は助手席のミラーを下ろし、自分の顔をしばらく見つめた。目尻、頬骨、口元に浮いた青あざ。ようやく、わずかな後悔が胸に湧く。瑛司の拳は重い。こんな痕が、すぐ消えるはずもない。蒼空に見られたら、問い詰められるに決まっている。どう見ても殴られた跡だ。転んだとか、ぶつけたとか、そんな言い訳が通るはずがない。眉間に苛立ちが寄る。どう説明する?わざわざ瑛司に会いに行き、挙げ句に殴り合いをしたと知られたら、彼女はどう思うだろう。考えれば考えるほど、胸がざわつき、苛立ちは募る。瑛司への嫌悪も、さらに強くなる。――どうしてあいつは、いちいち自分の邪魔をする。そのとき、黎のゲームが終わった。負けたらしく、深くため息をつく。マイクを入れて仲間と会話を始めようとしたところで、ふと横目に遥樹の顔が入った。次の瞬間、目を見開き、スマホを放り出して身を乗り出す。「おい、マジかよ。松木にやられたのか?」返事を待たずに目つきが鋭くなる。「俺のダチに手を出すとは。ボコボコにしてやる!」遥樹は腕を掴んだ。「いいよ」「何がいいだよ。こんな顔にされて!」遥樹は眉をひそめ、強調する。「一方的にやられたわけじゃない。殴り合いだ。あいつの顔のほうがもっとひどい。もうあいつの顔なんて見たくない」黎は少し落ち着き、改めて傷を眺める。「殴り合い、ね。普段あんなに冷静なお前が手出すってことは、あの松木ってやつが余計なこと言ったんだろ。殴られて当然だ」遥樹は苛立ちを隠さない。「知ってるだろ。あいつ、蒼空に横入りする気満々だ。俺たちの間に割り込もうとしてる。ほんとに図々しい」黎は大きくうなずく。「そうだな!全部あの野郎のせいだ。でもその顔、蒼空に見られたらどうするんだよ」まさにそこが頭痛の種だ。「先に病院寄って処置してもらう。そのあと考える」黎はすぐエンジンをかけた。そのとき、店の入口から瑛司が支配人と店員に囲まれて、まるで主役のように出てくるのが見えた。黎は目を細め、じっと観察する。やがて吹き出した。「すごいな。あの松木を
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第1048話

瑛司の名が出るだけで、遥樹の顔色は一気に険しくなる。蒼空と正式に交際を始めた以上、瑛司の介入は自然と排除されるものだと思っていた。だが、それは甘かった。瑛司の道徳感を見誤っていた。たとえ蒼空に恋人がいようと、あの男は引かない。本当に、恥知らずだ。今日言われた数々の言葉。そして、蒼空が受け取ったというあのダイヤの指輪。胸の内は怒りとやるせなさでいっぱいで、もう一度殴りに戻りたい衝動すら湧く。気づけば拳を強く握りしめ、表情は暗く沈んでいた。黎はじっとその顔を観察し、少し考えてから肩をすくめる。「その反応......お前、本当のことを言ってないな。俺の推測、当たってる?」遥樹は眉をひそめたまま、黙る。黎は肩を軽く叩いた。「蒼空とちゃんと話せよ。俺が言った通り、松木何しようと、蒼空が一線守ってればどうにもならないだろ」遥樹は頬骨のあざを押さえ、走る痛みに目の奥の陰りがさらに深くなる。言いたいことはわかっている。だが、はっきりさせる。「それでも、蒼空がそんなことするはずがない。あいつの独り相撲だ」「はいはい」黎の返事は露骨に適当だった。「薬もらってくるから、ここで待ってろ。終わったら出るぞ。運転は俺がする。その間に言い訳考えとけ」帰り道、遥樹はショッピングモール前で車を止めさせた。「どうした?」車内からマスクを取り出し、顔につける。冷えた声で言う。「ファンデーションを買ってくる」黎は目を丸くし、慌てて後を追う。「今日のこと、隠す気なのか?」両手をポケットに入れ、うつむいたまま歩く。「まだ、どう言うか決めてない」黎は頭をかく。「そのまま言えばいいじゃん。松木が気に入らなくて殴り合いになったって。彼女なんだから味方するのは当然だろ?」遥樹の脳裏に、瑛司の言葉がよぎる。――指輪の話。過去の関係。胸の奥に詰まった何かが、上にも下にも行かず、重く渦巻く。衝動で殴り合った、と正直に言う?それでは子どもじみている。蒼空に悪い印象を残すかもしれない。それに、瑛司を殴ったと知れば、彼女はまた情にほだされるのではないか。この前の婚約の騒ぎだってあったばかりだ。これ以上、瑛司に近づく隙を与えたくない。遥樹は首を振るだけで、何も言
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第1049話

黎は「やれやれ」と舌を鳴らし、それ以上は聞かずに遥樹の後についてモールへ入った。二人は有名ブランドのコスメショップを見つけて入る。遥樹はマスクを外し、顔のあざを隠せる化粧品があるかを尋ねた。店員は驚くこともなく、落ち着いた態度でファンデーションとコンシーラーを勧め、その場で丁寧にメイクを施しながら説明していく。鏡を持ち上げ、仕上がりを見せる。確かに二つを重ねれば多少は隠れる。だが完全には消えない。近くで見れば、あざははっきりわかる。遥樹の眉が沈み、間に苛立ちが滲む。「ほかにないですか」店員は申し訳なさそうに首を振る。「どのファンデーションでも完全には隠せません。これが一番きれいに見える組み合わせかと」その言葉に、遥樹の機嫌はさらに悪くなった。ほかの店員たちは少し離れたところで様子をうかがい、突然怒り出さないかと緊張している。遥樹は鏡の中の自分を嫌そうに見つめつつ、結局ファンデーションとコンシーラーを購入した。車に戻ると、袋から取り出し、パフを持って鏡を見ながらあざの部分に重ね塗りする。幼稚園や小学校の発表会を除けば、化粧などしたことがない。自分でやるのは初めてだ。昔、蒼空がしていたやり方を思い出しながら、パフにファンデーションを取り、ぽんぽんと叩き込む。鏡の中の遥樹は妙に真剣な顔で、パフを握りしめ、ファンデーション、コンシーラーと順に重ねている。その姿はどこか滑稽だ。知らない人が見れば、重大な仕事でもしているのかと思うだろう。黎は肩を震わせて笑う。「いやあ、お前にもこんな日が来るとはな」遥樹は無視し、鏡を左右から覗き込む。塗りすぎたせいで、目尻や頬骨、口元だけ不自然に厚塗りになり、ほかの肌色と明らかに差が出ている。それでもあざは消えない。諦めきれず、さらに重ねる。結果、隠れるどころかムラが広がるだけだった。遥樹はついにあきらめ、道具を袋へ戻し、ウェットティッシュで顔を拭き取る。車は時友家の別荘前に止まる。黎は横目で見ながら言った。「こうしようぜ。俺とケンカして殴り合ったってことで。しばらく会わなきゃ蒼空も気づかないだろ」遥樹は顔を拭きながら答える。「いい。ほかの方法考えるよ」黎が何か言いかけたその時、遥樹のスマホが鳴った。視線を
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第1050話

黎ははっきり悟った。――友はもう手遅れだ。すっかり蒼空の手の中に握られ、抜け出せなくなっている。蒼空のメッセージは、誕生日プレゼントを忘れずに確認しておいてほしいという念押しだった。どこかに放り込まれて、見つからなくならないようにと。遥樹は口元に笑みを浮かべ、文字を打つ。【うん。今から見てくる】ほどなくして、今日帰ってくるのかと蒼空からまた連絡が入る。遥樹は以前の仕事を切り上げ、完全に時友家の会社へ身を投じることにした。時友家の本社も支社も、蒼空の住む場所からは距離がある。往復にはかなり時間がかかる。以前はその距離の問題で、平日は帰らず、週末だけ戻っていた。蒼空もただの確認で、深い意味はない。遥樹は唇の笑みを少し引かせ、しばらく考え込む。時友家で働く以上、帰れない――それは蒼空に会わない理由としてちょうどいい。顔のあざが消え、ファンデーションとコンシーラーで完全に隠せるようになってから会えばいい。今の様子では、早くても来週末だろう。遥樹は苛立たしげに眉をひそめる。――くそ、これじゃ遠距離恋愛と変わらない。そう思いながらも、彼は返信する。【今夜は帰らない。待たなくていいよ】蒼空からは簡潔に返る。【了解】遥樹はスタンプ一覧をあれこれ選び、かわいいネコの画像を送った。【好きだよ】それに対し、蒼空の返事は容赦ない。【バカ】それを見て、遥樹はようやく声を立てずに笑った。彼は化粧品の袋を提げ、黎とともに車を降りる。祖父と、すでに他界した祖母は、遥樹の父ひとりだけをもうけた。その両親もまた遥樹ひとりしかいない。普段の時友家の屋敷には祖父と執事、使用人だけがいて、どこか静まり返っている。遥樹が入ると、使用人はすぐ奥へ走り、祖父に知らせた。いつもなら祖父は玄関まで出てきて、遥樹が歩いてくるのを見守る。だが今日は違う。昨日の誕生日パーティーの件で、まだ腹を立てているのだ。遥樹も頭を下げる性分ではない。平然と中へ進み、周囲の使用人が彼の顔を気にする視線を無視し、真っ先にリビングの隅に積まれたプレゼントの山へ目を向けた。祖父はソファに座り、テレビに目を向けたまま、遥樹に視線を一つもよこさない。遥樹も気にせず、まっすぐプレゼントの山へ向か
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