我に返ったときには、すでに蒼空からの電話を取ってしまっていた。礼都は一瞬、床に散らばった壁掛け時計を拾うべきか、それとも先に電話を切るべきか分からなくなった。立ち上がったその時、受話口の向こうから蒼空の声がした。「櫻木先生、資料を送ってあります。確認してください」礼都は落ちた時計の方へ歩きながら、冷ややかに言う。「自分の行為が、もう十分に迷惑行為だって自覚してる?」蒼空は一瞬、黙り込んだ。礼都は思わず皮肉を込める。「何か言ったらどうだ」しばらくして、蒼空が答えた。「もし私が嫌がらせをしていると思うなら、警察に通報すればいいから」その言葉を聞いた瞬間、礼都はかがんで時計を拾い上げようとしていた手から、再びそれを落としてしまい、時計は床に叩きつけられた。礼都は苛立ちを隠さず言った。「もう切る」蒼空は通話が切れる直前に言い添える。「ちゃんと、見てください」礼都はひどく苛立ちながら、乱暴な手つきで床に散らばった破片を片づけ、ゴミ箱に放り込んだ。彼は心の中で誓った。――蒼空のメッセージを見るつもりなんてない。ただ一番上に表示されていた同僚からのメッセージを確認したかっただけだ。だが指を押したその瞬間、蒼空から新しい通知が届き、もともと二番目にあった彼女のメッセージが一気に最上段へと押し上げられた。結果として、開いてしまったのは蒼空とのトーク画面だった。礼都は、彼女から送られてきた写真を目にした。見たくないと思っているのに、脳は勝手に写真の内容を分析し始める。写真はやや黄味がかって暗く、書類に向けて撮られたものだった。資料の上には、蒼空の手とスマホの影がかすかに映り込んでいる。見てはいけないと分かっているのに、まるで何かに操られるように、呼吸が荒くなり、指先がゆっくりと画面を滑っていく。――少し見るだけだ。疑ってるわけじゃない。たとえ見たとしても、瑠々を疑うことにはならない。ほんの一目だけ。礼都は写真をタップし、拡大した。そこに写っていたのは、ある信託基金に関する資料だった。数年前、L国で設立され、設立者は久米川瑠々、受益者として「伊藤森」「伊藤静」という名前がはっきり記されている。どちらも聞き覚えのない名前だった。さらに後ろの写真へとスクロー
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