All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 861 - Chapter 870

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第861話

小春はそのままソファに倒れ込み、低く叫ぶ。「さあ、かかってきな!手加減しないでね」蒼空はクッションを掴んで彼女に投げつけた。「もういい加減にして」小春はクッションを抱えたまま、にやにやしながら起き上がる。「正直に言ってよ。告白したの、遥樹でしょ?」蒼空は自分に水を注ぐ。「そんなこと気にしてどうするの」小春が身を乗り出す。「知りたいから教えてよ。なんだかんだ言って、私って二人が付き合うきっかけ作った功労者だよ?古賀が蒼空に花を贈ってる動画送らなかったら、遥樹が嫉妬してあんたのところに行くこともなかったでしょ」蒼空は、その言葉に、車のドアに押し付けられてキスされた場面を思い出し、急に恥ずかしさと苛立ちがこみ上げた。「ちょ、言っとくけどね、この件は小春にも責任があるんだから」小春は突然、彼女の耳を指さして叫ぶ。「図星でしょ!耳、真っ赤だよ。やっぱり遥樹から告白したんだ。あんた鈍すぎるんだから、自分から言うわけないもん」蒼空はその指を叩き落とす。「そんなことどうでもいいでしょ」彼女はソファに腰を下ろし、コップを持ってテレビを見る。小春は言った。「言わなくても分かるよ。あんたの察しの悪さじゃ、遥樹が無理に押さなきゃ、絶対付き合わなかった」蒼空は反論する。「なにそれ。私のこと、馬鹿だと思ってるの?」小春は鼻で笑う。「そうだよ、バカ蒼空。私もおばさんも、何度もあんたと遥樹のこと匂わせてたでしょ。それなのに全然分からなくて、『変なこと言わないで』とか言ってさ。遥樹があんたのこと好きなのなんて、普通なら誰でも分かるのに、肝心のあんたの態度が一番曖昧だった。遥樹の気持ちも見えてなかったし、お見合いまで行くし......好きなのかどうか全然分からなかった。だから私が遥樹を一押ししてあげたのさ。あのままだったら、遥樹はあんたが次から次へと別の男とお見合いするのを、指くわえて見てるしかなかったでしょうし、おばあさんになっても付き合えなかったかもね」蒼空は言葉に詰まる。「そこまで鈍くはないと思うけど......」「は。私、何回暗示したと思ってるの」小春は言い切る。「この功績を考えたら、あんたと遥樹が結婚するとき、私が一番前の席ね」蒼空は言った。「まだ付き合い始めたばかりな
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第862話

よく考えてみると、彼女自身も、なぜあのとき答えを受け入れたのか分かる気がした。ここ数年、彼女を好きになって告白してきた男は少なくなかったし、中にはしつこく迫ってくる者もいた。けれど彼女はいつも余裕をもって対応できたし、気まずさも、目を伏せたくなるような羞恥も一切なかった。断るときも仕事を処理するみたいに淡々としていて、きっぱりと線を引けていた。その様子をそばで見ていた小春が、彼女が追いかけてくる男をあっさり断るたびに「残酷すぎる」と感心半分で舌を鳴らし、「このままじゃ一生独身かもね」などと言っていたこともある。でも、遥樹の告白を前にしたとき、彼女は頭皮が痺れ、心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなり、頬も耳元も真っ赤になった。冷静に対応するなんて、とてもじゃないが無理で、ただ恥ずかしくて遥樹の顔をまともに見られなかった。今思えば、あれは羞恥というより......照れ、だったのかもしれない。自分でも理解できなかった数々の感情に対して、彼女自身の反応が、何よりもはっきりした答えを示していた。彼女にとって、遥樹は他のどんな男とも違っていた。柊平たちとも、まったく違う存在だった。他の人を前にすれば、気持ちに余裕があり、最初からその気がなかったから、自然と冷静でいられた。けれど遥樹を前にすると、彼女はどこか構えきれず、無意識の奥に別の感情を隠していたから、告白にも平静で向き合えなかったのだ。――確かに照れはあった。けれどその奥には、もっと深く、もっと激しい喜びが渦巻いていた。気づかぬうちに、長い年月をかけて、空っぽだった「水槽」に少しずつ水が溜まり、雷雨の日にその水が一気にあふれ出し、彼女の理性をのみ込むほどの大波となった――そんな感じだった。遥樹が不安そうに告白する姿を前にして、彼女は見ていられなかったし、曖昧な答えで終わらせたくもなかった。彼がキスしてきたとき、その溢れ出す想いに応えたいと思った。今になって思えば、あの返事は衝動ではなく、心からの選択だったのだ。誰かに本気で心を動かされたのは、前世以来だった。蒼空にとって、「恋に落ちる」感覚は、もうずいぶん昔の出来事になっていた。でも、もう一度味わってみるのも悪くない。「蒼空?ねえ......」小春の声が、突然彼女の思考に割り込んできた
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第863話

小春がドア枠にしがみつく。「ちょっと待って、もう少し聞かせてよ!」蒼空は無情にも彼女の指を払いのける。「これ以上聞かれても答えないから」そう言って小春を外へ押し出し、手を振った。「おやすみ」「蒼空のバカ」小春は服を整え、悔しそうに蒼空を睨んだが、すぐに表情を緩めた。「まあいいや。遥樹と付き合い始めたばかりだし、今回は大目に見てやるよ」小春は言う。「蒼空、仕事でも恋愛でも、ちゃんと幸せになりなよ」蒼空は笑って頷いた。「うん。ありがとう、小春」蒼空と遥樹の恋は、前世と今生を合わせても、初めての「ちゃんとした恋」と言えた。クライアントとの打ち合わせ中、彼女は恋人に会いたくて仕方がない人たちの気持ちを、身をもって実感していた。商談の最中に何度もスマホを見るわけにもいかない。クライアントが席を立つ気配を見せてから、ようやく腕時計に目を落とす。まだ7時前。食事に行こうと誘われたが、次の予定があると伝えて丁寧に断った。相手も深追いせず、双方挨拶をして別れた。解散すると同時に、蒼空は運転手に、遥樹と約束したレストランへ向かうよう告げた。30分もかからず到着する。遥樹が予約したのは、市内でも有名な五つ星レストランだった。暖かな光がエントランスと大きなガラス越しに溢れ、車を降りる前から、入口で待つ男の姿が目に入る。遥樹はグレーのハイネックのウールニットに、ゆったりした黒のコートを羽織り、晩秋の冷たい風の中にすっと立っていた。ひときわ目立っていて、ほんの短い時間の間にも、何人もの若い女の子が頬を赤らめて彼を見ているのが分かった。彼女が車を降りたとき、遥樹は気づいていないらしく、何度もスマホに目を落としていた。そのとき、少し離れた場所で集まっていた女の子たちの中から、顔を真っ赤にした一人が押し出される。白いシャツにミニスカート、上から大きめのパーカーを羽織り、イヤホンのアクセサリーが映える、いかにも若々しい子だった。友だちに背中を押され、囃し立てられながら、彼女はスマホを手に遥樹の前へ行く。蒼空は足を止め、少し離れたところで様子を見守った。女の子が何か話し、スマホを差し出す。遥樹はちらりと彼女を見て、短く返事をした。その瞬間、女の子の恥ずかしそうな表情が、目に
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第864話

彼は首を振った。「俺もさっき来たばかりだよ」遥樹の肌の感触はとてもよくて、蒼空は指の腹で何度か触れてから手を引いた。「入りましょう」遥樹はその流れで彼女の手を取る。「ああ」レストランのホールに入ると、蒼空はコートを脱いで椅子の背に掛けた。二人は頭を寄せ合って、何を頼むか相談する。ウェイターがメニューを下げたあと、遥樹は蒼空に水を注ぎながら言った。「食事のあと、映画を観に行こう。カップルシートを予約したんだ」蒼空は小さく答える。「うん」水を注ぎ終えると、遥樹はまた彼女の手を握り、指を彼女の指の間に滑り込ませて、ぎゅっと絡めた。遥樹の目は明るく、真っ直ぐで、その視線が一瞬だけ彼女の唇をなぞる。蒼空が小声で聞く。「またキスしたくなった?」遥樹の目はさらに輝き、率直に言った。「いいの?」「ここ、人が多いよ」蒼空は横を見て、彼の手のひらを軽くつねる。「外に出てから」名残惜しそうにしながらも、遥樹は頷いた。「だよね」しばらく二人で話し込み、手はずっとつないだままだった。そのとき、背後から声がかかる。「蒼空さん?」蒼空は振り返った。そこにいたのは柊平だった。彼女は軽く頷く。「奇遇だね」蒼空の穏やかな態度とは対照的に、遥樹は無表情で相手を見つめるだけで、挨拶もせず、むしろ彼女の手をいっそう強く握った。柊平は、二人がつないだ手にどうしても目がいってしまう。蒼空を見て上がった口元は下がり、声には少し苦味が混じった。「お二人は......付き合ってるの?」蒼空はあっさり答える。「ええ」柊平の口元は完全に緩み、目にも落胆が滲んだ。想っていた女性に恋人がいると知れば、多少つらいのは当然だ。だが無理強いはできない。二人はただお見合いをしただけで、蒼空が何かを約束したわけでもなかった。「そっか。じゃあ、お幸せに」蒼空が答える前に、隣の遥樹が先に言った。「ありがとうございます」これが、遥樹と柊平の初めての会話だった。柊平は初めて真剣に遥樹を見た。昨夜、蒼空のもとへ無言でやって来た男だと思い出す。ふとひらめいたように言った。「もしかして、付き合い始めたのって昨日?」蒼空は一瞬言葉に詰まり、少し気まずくなる。
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第865話

遥樹は彼女の耳元で低く言った。「何があったか、聞いてみよう」「うん」蒼空は頷く。「お母さん、何を見てたの?」蒼空が近づいて文香に声をかけると、はっきり分かるほど、文香の体がびくりと強張り、機械のように振り返った。二人の姿を目にした文香は、表情がどこか不自然で、気まずさと緊張が入り混じったように、照れ笑いを浮かべる。「あなたたち、どうしてここにいるの?」「遥樹と一緒に食事に来たの」蒼空の胸に疑念がいっそう募る。「それで、さっきはここで何を見てたの?」文香は手を振った。「別に何も見てないわよ。ちょっと買い物ついでにぶらぶらしてただけだから。もうすぐ帰るところ」蒼空はじっと彼女を見る。「本当に?」文香は彼女を睨む。「嘘言っても意味ないでしょ」蒼空は顔を上げ、久米川夫婦の車が走り去った方向に目を向け、少し黙ってから言った。「もう食事は済んだ?」文香は即座に答える。「ええ。もう帰るから、気にしないで。食事を楽しみなさい」文香は足早に背を向け、二人に背中越しに手を振る。「あなたも遅くならないようにね」自分の表情が見えていない文香は、おそらく気づいていないだろうが、その慌てぶりはあまりにも分かりやすく、まるで顔に「怪しいです」と書いてあるようだった。蒼空は眉をひそめ、小声で言う。「どういうこと?お母さんが、どうして久米川の両親と知り合いなの?」遥樹は彼女の肩を抱いた。「無理に考えなくていい。そろそろ料理が出てくる頃だ。戻って食事しよう?」蒼空は彼を見て、眉間の不安が少し和らぐ。「そうね」食事を終えたあと、二人は映画館へ向かった。蒼空と遥樹が観た映画は、ネットでの評判も良く、興行収入も高かったが、二時間のあいだ、蒼空は何度も意識が逸れ、ほとんど内容が頭に入らなかった。何か大切なことを見落としている気がしてならない。彼女の中では、文香と久米川夫婦はまったく別の世界の人間だ。どうして突然、関わりが生まれるのか。あれこれ考えがまとまらないまま、落ち着かない気持ちでスクリーンを見つめていると、太ももの上に置いていた手を、ふいに掴まれた。遥樹の指が彼女の指の隙間に入り込み、きゅっと握る。蒼空がわずかに顔を向けると、遥樹が耳元に顔を寄せる。「ち
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第866話

彼女は唇をきゅっと結び、手のひらをわずかに引き寄せて、低い声で言った。「だめ」蒼空は小さく鼻で笑い、手を引いて背を向けようとする。すると遥樹が腕を伸ばして彼女の腰を囲み、ぐっと引き寄せた。「逃げないで」遥樹は甘く誘うような声で言う。「ちょっとくらいいいだろ」蒼空はどこか高慢で、それでいて笑みを含んだ眼差しを向け、結局は彼の要求をこれ以上拒まなかった。遥樹の顔がゆっくりと近づき、蒼空も腕を上げ、自然と彼の首に回す。二人は同時に目を閉じた。「えっ」唇と唇の距離が、あと1センチというところで、廊下の奥から足音が響き、同時に小さな悲鳴が聞こえてきた。蒼空の体が強張り、目を開いて音のした方を見る。文香がバッグを手に、呆然とその場に立ち尽くし、二人を見ていた。「......お母さん?!」蒼空は一気に頬が赤くなり、慌てて遥樹を押しのけ、彼と1メートル以上距離を取って、俯いて服を整える。遥樹も少し気まずそうにしていた。「おばさん」二人は落ち着かない様子で立っていた。文香は蒼空を見てから遥樹を見て、ようやく状況を理解したようだった。「あなたたち......つ、付き合ったの?」遥樹は鼻先を軽く触る。本当は関係を公にしたい気持ちもあったが、付き合い始めたばかりで、蒼空が今すぐ家族や周囲に知られたいかどうか、分からなかった。だから何も言わず、蒼空を見る。蒼空はごく自然だった。隠すつもりもない。遥樹との関係は、何も後ろめたいものではない。「うん」文香は少し気まずそうに言う。「だからさっき......」蒼空は軽く咳払いをして俯いた。その横顔の先で、遥樹がこちらを見ているのが目に入る。彼は満足そうで、どこか得意げな笑みを浮かべていた。蒼空「?」二人の様子を見て、文香は急に顔を赤らめ、足早に二人の横をすり抜け、鍵を開けて中へ入る。背を向けたまま、曖昧な声で言った。「続けて。私は何も見てないから」そう言うと、勢いよくドアを閉めた。文香があれほど気まずそうなら、蒼空もさすがに気恥ずかしくなる。彼女は軽く咳をして言った。「......じゃあ私、もう帰るね。おやすみ、遥樹」遥樹は近づいてきて、甘えるように彼女の手を握る。蒼空は、まだ何か続くのか
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第867話

彼女は写真を開いた。蒼空と遥樹が投稿したものはシンプルだった。――「ようやく」。その瞬間、小春の中のゴシップ魂が一気に燃え上がる。彼女はすぐさまノリノリで二人の投稿にいいねを押し、コメントを残した。【おめでとう~(ニヤリ)】ほんの少しの間に、遥樹と蒼空の投稿の下では、いいねの数が勢いよく増え、コメントも次々と積み重なっていく。内容はどれも【お幸せに】といった祝福ばかりだった。小春は蒼空にメッセージを送った。【遥樹もようやく報われたね】投稿に使われた写真は、遥樹が蒼空に送ってきたものだった。蒼空は、彼がいつこの写真を撮ったのかまったく分からず、撮られている感覚も一切なかった。投稿を終えると、彼女はパジャマを持ってそのままシャワーを浴びに行った。浴室から出てくると、スマホがひっきりなしに鳴っている音が耳に入る。蒼空はぎょっとして、仕事で何か大きなトラブルでも起きたのかと思い、慌てて駆け寄ってスマホを掴んだ。LINEのトーク画面を確認する。数秒見つめたあと、彼女はゆっくりと落ち着き、口元が自然と緩んだ。彼女のSNSは誰もブロックしておらず、全員その投稿を見ることができる。それを目にした友だちは、まさに大騒ぎだった。トーク画面は、彼女と遥樹への祝福か、二人のことを尋ねるメッセージで埋め尽くされている。とにかく、全体的に平和そのものだった。柊平でさえ、祝福の言葉を送ってきていた。メッセージが多すぎて、蒼空は比較的親しい友人や仕事関係者を選んで返信する。指をゆっくりと下に滑らせていくと、瑛司のトーク画面で指が止まった。瑛司からは三通のメッセージが届いており、数多くの祝福メッセージの中に混じっていて、ひときわ目立っている。彼女はまだ開いていなかったため、最後の一文しか見えなかった。【俺を騙してるんだろ?】少し前、彼女は「ウサギ団」の著作権の件で、瑛司をLINEに追加した。普段はほとんど会話もなく、互いに友だちリストにいるだけの存在で、チャット履歴も指折り数えるほどしかない。蒼空はしばらく画面を見つめ、やがて落ち着いた表情で別のトークを開き、「ありがとう」とだけ返信した。髪をタオルで拭きながら、瑛司以外のメッセージやSNSのコメントにも返事をする。返信しなかっ
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第868話

蒼空はその顔をじっと見つめていた。見覚えのない顔だが、表情や纏う雰囲気にはどこか既視感がある。その気配、その表情――彼女は瑠々の身に、確かにそれを見たことがあった。常識外れとも言える推測が、蒼空の脳裏に浮かぶ。瑠々の死はあまりにも唐突で、葬儀も急ぎ足だった。彼女は結局、遺体すら確認していない。葬式もひっそりと行われ、知る者はごくわずか。今に至るまで、外部の大半は瑠々の訃報すら知らない。その一方で、瑛司は彼女の死後、悲しみを一切見せなかった。変化がないと言っていいほどだ。あれほど愛していたのに、まったく影響を受けないなど、あり得るだろうか。蒼空は、瑠々が数々の醜聞を起こしたせいで、久米川家が慌ただしく、しかも内々に葬儀を済ませたのだと思っていた。だが、今思えば疑わしい点は多い。――何より瑠々は、本当に死んだのか。もし生きているとしたら、どこへ行ったのか。今、相馬の傍にいるあの女は、彼の人生に一度も登場したことがない。現れ方があまりにも不自然だ。瑠々が亡くなった直後、まるで入れ替わるように相馬の隣に現れた。しかも、少し前に遥樹の部下が撮った写真では、彼女は常にマスクをつけ、うつむいたまま。正面の顔を人前にさらしたことは一度もない。蒼空の中に、大胆な考えが芽生える。少し迷った末、彼女は遥樹にメッセージを送った。【M国の整形外科について調べてくれる?この女、久米川瑠々じゃないかって疑ってる】遥樹からの返信は早く、そして簡潔だった。【了解】蒼空は少し考え、どこか申し訳なさを覚えながら返す。【迷惑だったかな】遥樹から【?】が送られてきて、その後すぐに続いた。【そこにいるのは誰だ。今すぐ蒼空から離れろ】蒼空は思わず吹き出した。【なにそれ】遥樹はそれ以上返信せず、電話をかけてきた。蒼空は出る。「もしもし?」受話口の向こうで、遥樹が軽く笑った。「なるほど、乗っ取られてもなければ、取り憑かれてもいないってわけか」蒼空は低くたしなめる。「何が言いたいの」遥樹は言った。「俺を遠慮なく頼ればいいって意味だよ。俺は蒼空の彼氏なんだからさ。俺は全然迷惑だと思ってない。むしろ喜んでる」蒼空は唇を結んで笑う。「ずいぶん口が回るね。
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第869話

蒼空はすぐに言った。「絶対しないでね、そんなこと」文香は鼻を鳴らす。「まったくこの子ったら。数年前までは素っ気なかったのに、今さら独占欲出して」蒼空は肩をすくめた。「今の遥樹の彼女は私なんだから、しょうがないでしょ」文香はぶっきらぼうに言う。「ようやく安心できるわ。おやすみ、蒼空」蒼空は一瞬迷ったあと、彼女を呼び止めた。「待って」文香は振り返る。「なに?」蒼空は言った。「今夜、どこに行ってたの?」文香の表情が一瞬こわばり、すぐに元に戻る。手をひらひらさせながら言った。「ちょっと買い物してただけ。別に何もしてないわよ」蒼空はじっと彼女を見つめる。「でも、久米川の両親の後をずっとついていくのを見た」今度は、文香が硬直したままの時間がやや長かった。それだけで、動揺しているのがはっきり伝わってくる。蒼空はさらに問う。「ねえ。いつからあの二人と知り合ったの?どうして会いに行ったの?」文香の声が急に大きくなる。「何言ってるの、そんな人たち知らないわ。言ってること、全然分からないよ。誰かの後をつけた覚えもないし、今夜は本当にただ買い物してただけ。他には何もしてないんだから。変なこと言わないで」文香は自分の表情が見えない。おそらく、自分がどれほど動揺しているかも分かっていないのだろう。彼女は本心を隠すのが下手で、考えていることがそのまま顔に出てしまう。蒼空が口を開く。「お母――」「その話はここまでよ」文香は素早く背を向け、背中越しに手を振った。「もう寝なさい。余計なこと聞かないの」そう言い残し、文香はさっとドアを押して出て行った。後ろめたさがあったせいか、ドアを閉める音がガンガンと響いた。蒼空はベッドに腰掛け、こめかみを揉みながら小さく舌打ちする。――仕方ない。文香が話すはずもないし、確かな根拠もないまま憶測を重ねるわけにもいかない。蒼空は思い悩む性格ではない。答えの出ないことはいったん脇に置き、布団を引き上げて頭までかぶり、そのまま眠りについた。――平日は、遥樹は時友家の会社へ出勤する。距離の問題もあり、彼は朝早く家を出るため、蒼空は彼と顔を合わせることがなかった。その一週間はあっという間に過ぎ、蒼空と柊平
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第870話

遥樹が出発するのは土曜の午前だった。蒼空はわざわざ金曜の午後を空け、遥樹も早めに会社から戻ってきた。夜は二人で遥樹の住まいにいた。時刻はまもなく夜の12時。蒼空はすでに眠気に負けそうだった。遥樹は彼女の顎を軽くつまみ、低い声で言う。「蒼空、俺がいない間も俺のこと考えて」蒼空は眠そうに、のろのろと頷く。遥樹は続ける。「自分のこと、ちゃんと大事にして」蒼空はだるそうに、また頷いた。遥樹はさらに言う。「ほかの男には近づかないで。特に松木と古賀」蒼空は相変わらず、気の抜けたように頷く。その様子を見て、遥樹は歯を食いしばり、彼女を腕の中に引き寄せ、指先で頬をむにっと揉んだ。「俺、長いこと離れるんだぞ。全然寂しくないのか?話しかけてるのに、そんな適当で」頬をつままれた蒼空は、もごもごとした声で言う。「ちゃんと聞いてるよ」遥樹は彼女のぼんやりした顔を見て、くすっと笑い、また頬を撫でる。「そんなに眠いのか。かわいそうに。これじゃ離れないじゃないか」蒼空は目を閉じて顔を背け、遥樹の手から哀れな頬を救い出した。「眠い......」そう言って、彼の肩に額を預ける。遥樹は彼女の背を抱き寄せ、手のひらを後頭部に当て、ゆっくり撫でた。白い耳の輪郭を見つめながら、身をかがめて囁く。「今夜、泊まっていく?」蒼空の身体がぴくりと強張る。そして、白い耳がじわじわと赤く染まっていく。遥樹は手を伸ばして触れた。「耳、真っ赤だよ?」蒼空は彼を押しのけ、じっと睨む。さすがにこれ以上はからかえず、遥樹は言った。「冗談だよ。帰って寝な」蒼空は口を開きかけて、また閉じ、それでも彼を見つめたままだ。遥樹は彼女の頬を軽く揉む。「そんなに見て、どうした?」蒼空は少し迷ってから、探るように言う。「......欲しいの?」遥樹の手が一瞬止まり、すぐに笑って彼女の手を取った。「いや、本当に冗談だって。真に受けなくていい」蒼空の目に、次第に強い意志が宿る。「もし欲しいなら、私が――」言い終わる前に、遥樹は身を屈め、彼女の唇に軽く口づけた。蒼空は口を閉じ、また彼を見る。遥樹は苦笑しながら彼女を抱きしめた。「冗談、言わなきゃよかった」蒼空の声は、彼の胸に押
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