(石井 視点)◇◇◇自分は誰よりも優れた人間だと思っていた。どんな環境にあっても正義を貫ける人間だとも思っていた。麻薬捜査官になったのは、己が活躍するに相応しい職業だと思ったからだ。麻薬ルートを一つ潰すだけで、多くの人間が救われる。『マトリ』になれたことは、俺にとっては誇りだった。だが、西成で汚れた格好をして、路上生活者と一緒に生活する内に現実に打ちのめされた。日中から薬物で目をとろんとさせた男たちが、そこら中に溢れていた。だが、一般人も、警察でさえも、その存在を無視していた。日の当たる場所ばかりを歩いてきた俺には、その光景が耐えられず心が荒んでいった。以前、先輩の麻薬捜査官から、俺は『現場は向かない人間』だとはっきりと言われたことがあった。その時は、その男の嫉妬だと思っていた。だが、その先輩の指摘は当たっていた。俺は、自分が思うほど心が強くはなかった。風呂に入れず日々体からすえた臭いを放つ自分が、もはや底辺から這い上がれないような恐怖に襲われ闇の中で泣いた日もあった。——俺に『マトリ』は向いていなかった。◇◇◇青山清一の懐に入り込む事。上司からの命令は変わらない。清一は青山組の組長でありながら、青山組の実権は弟の青山清二が握っていた。清一は青山組の運営には無関心で、女遊びばかりしており、組員からの信頼はすっかり失っていた。清一自身も、青山組に興味を示していなかった。それにもかかわらず、俺は上司から青山清一の懐に入り込むことを命じられていた。結局、新人の『マトリ』には、麻薬ルートの中核に関わる場所には近づく事さえ許されなかったようだ。俺は『マトリ』でありながら、すっかり清一の犬に成り下がっていた。清一はまるで犬を飼うように、青山の屋敷の一室を俺に与えた。気が向くと、清一は俺を風俗に誘った。清一は青山組のシマを嫌い、遊び場は専ら飛田新地だった。そこの女は管理が行き届き、清一は好んでそこに通った。清一は、男を抱く事もあった。俺も誘われて、時には男娼を抱く事もあった。妾を多く囲う清一だったが、それでも女遊びをやめなかった。清一は何時もどこか満足できぬ風に、夜空を見上げながら、ふらふらと夜の街を歩いていた。それは、青山清一の生き方そのものだった。ただ、親がやくざであるという理由だけで、惰性で組長になった男だ。組を運営する才能は、弟の清
Last Updated : 2025-12-10 Read more