欲しがり男はこの世のすべてを所望する! のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

81 チャプター

白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉔

*** すぐ傍にいるのにどうしても落ち着かなくて、克巳さんのスーツの袖を掴んでしまった。「ねぇ克巳さん、どうしよう。胸が苦しいくらいにドキドキする」「俺が愛の告白をしたときと比べて、どっちがドキドキするだろうか?」 元村との大差ある得票数を目の当たりにして、最初のうちは暗い顔をしていた克巳さん。だけど今は、こんな冗談が言えるくらいに明るくなった。 落ち着かせるためなのか、スーツを掴んでいた俺の右手を手に取り、両手で撫でさすってくれる。白けた顔をしたはじめが、俺たちの様子を見ながら口を開いた。「僕が考えた予想ほどではないですけど、いい線いってますよね」 改めて3人そろって並んで、ホワイトボードに記入された数字を見やる。葩御 8100 25800 59600 83000 114500元村16500 42000 70500 88000 115600 背後にいるスタッフも、歓喜を抑えながら最終結果を待っていた。「はじめ、さっきの克巳さんの話だけど――」「さっきの話とは?」「俺の補佐をしないかってヤツ」 言いながら二階堂の横にいる克巳さんに向かって、誘うようなウインクをした。それを合図に、黙ったまま頷く。「陵さん、その話はお断りしたはずですが」「俺はこの選挙に勝って、国会議員になる。目指すところは、自分の考えた政治をするのに手っ取り早い、内閣総理大臣になることなんだ」 克巳さん以外に、自分の夢を語ったことはなかった。そんな俺の夢を聞いたはじめは驚きを隠せなかったのか、目を見開いたまま、ズリ下がっていないメガネを何度も押し上げる。「二階堂、陵に返事をしてやってはくれないか。俺の誘いは断ったが、本人からの依頼だ。どうする?」 焦れた克巳さんが、二階堂に返答を促してくれた。「陵さんが内閣総理大臣……。そんなの――」「はじめの言いたいことはわかってる。そんなの、無理な話だって言うことだよね」 思慮を巡らせているのか、目を泳がせた言葉数少ない二階堂に、ズバリと突きつけてやった。「陵さん。参ったな……」 せわしなく触れていたメガネを外し、両目をつぶりながら目頭を押さえる。相変わらず、考え事をしているらしい。二階堂はなにかを深く考えるときに、よくこの仕草をしていた。 そんな彼の考えを覆すことを言えるとは思えなかったが、やろうとしていること
last update最終更新日 : 2025-08-26
続きを読む

白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉕

「はじめ、俺はね――」「陵さん、本当に困るんです。……ちょっと待ってください」 困惑に満ち溢れた顔のはじめが、目の前に手をかざして俺の二の句を止めた。「秘書さん、もう少し陵さんを教育していただかないと困ります」「二階堂?」 俺との会話を中断して、克巳さんをいきなり呼んだはじめに、俺だけじゃなくスタッフのみんなで注目した。「この間おこなった、街頭での謝罪会見みたいな感じで説得されるならまだしも、情熱的な視線で見つめられながら、あんなふうに誘われたりしたら、誰だって断れないと言ってるんです」「ああ、確かに。陵は無自覚な18禁だからね」「ちょっと、なんだよそれ。俺ってば、そんなキャラじゃないし」 微苦笑する克巳さんを前にして、愕然としながら周りを見渡すと、スタッフそろって何度も首を縦に振る。「マジ……。俺は無自覚な18禁だったんだ」 じと目で克巳さんを見上げたら、すっと視線を逸らして隣にいるはじめに向かって、意味ありげに微笑む。すると二階堂は、その表情に応えるように笑いかけつつ、俺を見ながら口を開いた。「陵さんが無自覚だからこそ、有効に利くんだと思います。ですが公の場では、絶対に使わないでくださいね。間違いなく、スキャンダルな問題に発展しますので」 クスクス笑いだしたはじめにつられるように、スタッフも笑いだした瞬間、テレビからニュース速報の音が流れた。 慌てて背後にあるテレビ画面に食らいつくと、開票速報の最終結果が表示されていた。 なかなか差の縮まらない開票の行方のせいで、暗い雰囲気に耐えられなくなった誰かが入れっぱなしにしていた、某テレビ局のバラエティー番組。賑やかな場面とは相反する無機質なその文字は、しっかりと勝敗を表していた。「それでは僕はこれから、次の選挙に出る候補者のもとに向かいます」「もう行くのか。せめて――」 手身近に持っていた物を、無造作にアタッシェケースに突っ込むはじめに、克巳さんが慌てて声をかけた。「秘書さんの言いたいことくらいわかります。けれど僕自身は現在進行形で抱えている仕事が、山ほどあるんですよ。それをとっととやっつけたあとに、陵さんのもとに馳せ参じます。国会議事堂の中で人一倍映えるであろう、葩御議員の補佐をするために」 柔らかく微笑んだはじめの視線の先には、誰かが切り替えたテレビ画面があった。そこには俺
last update最終更新日 : 2025-08-27
続きを読む

白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉖

「大丈夫。一瞬だけど夢を見た。克巳さんに絶対に見せてあげたい、壮大な景色の夢」 「壮大な景色って、まさか……」 俺のセリフだけでそれを悟れちゃうあたり、有能な恋人と言える。「はっきりと見た。だからこそ克巳さんをそこに連れて行って、直接見せてあげたいと改めて思い知ったよ。だから克巳さん、俺についてきてほしい」 「うわっ!?」 克巳さんの左手を握りしめながら強引に引っ張り、スタッフが用意してくれたお祝いの壇上まで歩いて行く。「俺ひとりであそこに行かせようとした克巳さんには、お仕置きだよ」 俺が進むと、人混みが自動的に道を作ってくれた。難なく歩けることに感謝しながら小さく頭を下げつつ、急ぎ足で壇上に向かう。「俺はただの秘書なのに、壇上にあがるわけにはいかないだろ」 「秘書の前に恋人でしょ。つねに俺の隣にいなきゃ困るんだってば。愛してるんだから」 「あまり、目立ちたくないんだが」 そんな文句を言った克巳さんを遠心力を使い、壇上に向かって放り投げた。「うげっ!」 議員に当選した俺よりも先に壇上に登場した克巳さんを見るなり、報道陣がそろってシャッターを切った。これはこれで、お仕置きになっただろう。「ぉおお俺はただの秘書です……。葩御はあちらに――」 顔を必死に隠しながら、俺に指を差す克巳さんに向かって、大声で叫んだ。「克巳さんは目立ちたくないだろうけど、俺の夢は内閣総理大臣だからね。どうしても目立ってしょうがないんだから、そこんとこ諦めてよ!」 腰に手を当てながら堂々と言い放つと、周りからどよめきが起こって、眩しいくらいにカメラのシャッターがたくさん煌めいた。「陵、議員に当選した途端にその発言。俺の仕事が増えることが、これで確定じゃないか」 げんなりした顔の克巳さんが俺の腕を引っ張り、壇上に登場させる。 改めて目の前を見渡すと、報道陣と一緒に応援してくれた有権者もたくさん混じっていた。しかも事務所に入り切れない人影が、扉の外でうごめくのが見て取れた。(投票してくれた12万人以上の人たちにも、しっかり感謝しなければだな――)「陵、挨拶できるか?」 克巳さんの慈愛の眼差しが、俺を射竦める。感動で打ち震えていた心が、一気にしゃんとした。「できるよ。隣に克巳さんがいれば、どんなことでもやってのける」 本当は、ひとりきりでマイクの前に立
last update最終更新日 : 2025-08-28
続きを読む

番外編 なおしたいコト

モデルから芸能界に入り、お偉いさんと枕営業を重ねて、うまいこと仕事を獲得しつつ、幼なじみのリコちゃんを手に入れようとした。ひとえに、自分の片想いを成就させるために――。 だけど彼女には彼氏がいた。ふたりを別れさせる作戦を実行するために、俺は彼氏を誘惑した。 途中までは、思惑通りだった。ただひとつだけ計算外だったのは、彼氏が俺を好きになってしまったこと。そのせいで、すべての歯車が狂いはじめ、結果的に俺は痛い目を見た。 自分がやらかした事件と一緒に、ゲイだということが世間にバレた。必然的に芸能界を引退しなきゃいけないレベルにまで、追い込まれてしまった。 リコちゃんも手に入らない上に、世間から注がれる冷たい視線に耐えられなくなり、もう駄目だと思ったそのとき――俺を支えるように、傍に付きっきりでいてくれたリコちゃんの元彼、克巳さんが心を込めて告げたんだ。『……それでも君は君だから。今は傷ついてボロボロだろうけど、君ならきっと立ち直ることができるって信じている。稜の笑顔を、一番間近で見たいと思っているんだ。俺に向かって笑ってくれるだろ?』 「今の俺は空っぽだけど、立ち上がることができるかな?」 『じゃあお腹いっぱいになるまで、俺の愛情で満たしてあげるよ。君にとってのメリットは、なにもないかもしれないけどね』 そう言って、優しく抱きしめてくれたあの日。俺はこの人のために、なんとしてでも立ち上がろうって決心した。まずは克巳さんを笑顔にするために、一から芸能活動をはじめた。 仕事に携わったスタッフや共演者たちは、最初のうちは俺にとても冷たかった。引退寸前まで追い込まれたのに、それでも再起を図る憐れなヤツという目で見られていたと思う。 だけどそれにめげず、真摯に仕事に取り組む俺の姿勢に、少しずつだったけど周囲の態度が変わっていった。 それと同時に、ゲイである自分や同じ人たちが住みやすい世の中になるには、どうしたらいいだろうかという考えが芽生えはじめたことで、芸能界の仕事をバラエティからニュース関連に関わるものへとシフトチェンジして、今の情勢を探った。 そこから導き出されたものは、法を変えないとLGBTである自分たちが生きにくいことがわかった。だから俺は芸能界から政界へ殴り込みをかけるべく、長かった髪を切って選挙戦に出馬したんだ。 芸能界で問題児だった俺を
last update最終更新日 : 2025-08-29
続きを読む

番外編 なおしたいコト2

多いときは、1日に5~6件ほど出席することも。週で平均を出すなら、連日3件の会合をこなすことになる。 そんな平日が終われば、金曜日の夜には地元に帰郷する。今度は地元の方々との会合が、土曜の“朝10時”からセッティングされていることがデフォだった。 土日は朝・昼・晩・晩・晩とだいたい2時間ずつ、お酒を飲みながらの会合に参加しなければならない。 芸能界で活動した経験上、ドラマや地方ロケのせわしない忙しさを経験しているゆえに、多忙を極める業務をそれなりにこなせると思っていた。しかしそれは、子どもの頃から慣れ親しんでいる芸能活動だからこなせていたというのを、現在進行形で思い知らされている。 ずぶの素人である俺が政界入りし、聞き慣れない単語を耳にしたり書類で見たりしているうちに、焦りを覚えずにはいられなかった。新人でも議員バッチをつけている以上は、知りません・わかりませんでしたでは済まされない。 先輩議員に追いつくべく、日々の勉強が欠かせない状況だった。「陵、お茶を持ってきた。少し休憩したらどうだ?」 議員会館の事務所で、出された要望書を眺めながら頭を抱えていると、秘書である克巳さんが、俺好みの渋いお茶をデスクに置く。「さすがはできる秘書って感じだね。ナイスなタイミングで、お茶を持ってきてくれちゃって。ありがと! おかげで仕事が捗りそう!!」「無理やり笑顔に妙なハイテンション。昨日は何時に寝たんだ?」 美味しいお茶を啜っているところになされた、厳しい表情をした恋人の質問に、どう返せばいいのか……。 議員宿舎には、家族以外の部外者をみだりに入れては駄目という規律があるため、克巳さんは近くのマンションに引っ越してくれた。 議員宿舎に送ってから、俺がどんなふうに過ごしているのかを、彼はまったく知らない。「えっと、つい勉強に夢中になっちゃって、多分午前1時すぎだったような?」 視線を右往左往しながら答えると、胸ポケットから電子手帳を取り出し、眉間に深い皺を寄せつつ、なにかをチェックしはじめる。 困惑顔を決めこんだ俺を尻目に、静まり返った事務所内で、無機質かつ規則的なピッピッという音が鳴り響く。(――今の現状にげんなりしてる、俺の心電図を計ってるみたいなリズムだな)「今週の睡眠時間の平均を出してみた。それじゃあ駄目だ。今日からは遅くても、午前12時
last update最終更新日 : 2025-08-30
続きを読む

番外編 なおしたいコト3

「はじめのヤツ、なにを言ってるんだか。俺はそこまで真面目じゃないっていうのになぁ」「どこかの大臣のように抱えてる仕事を、すべて事務方任せにするなんてことを、稜はしないだろ? そういうことさ」「いやいや、しちゃうかもよ。それこそこれからやって来るはじめに要望書を丸投げして、堂々と楽をするかも♪」 ふふふと笑いながら、お茶を一口いただいた。「そんなことよりも稜の睡眠時間は、きちんと確保しなければならない案件だ。今現在こなしている仕事の効率を考えると、もう少しほしい。先々週から、徐々に落ちはじめてる」「うわぁ! 睡眠時間だけじゃなくてそんな細かいことにも、克巳さんってば目を光らせてるんだ……」「当然だろ。俺は君の恋人兼秘書だからね」 切れ長の一重まぶたを細めてほほ笑む、克巳さんの顔を見ただけで、未だに胸がときめくのはどうしてだろう。もしやこれは、克巳さんとの夜の営みが、しばらくご無沙汰なせいだったりするのかな?「稜の物欲しそうな顔は、そろそろお茶のお代わりが必要なのかい?」 克巳さんの笑顔に見惚れていると、手にした湯のみを奪われそうになる。お茶は、半分くらい残ったままだった。「おかしいな。俺としたことが、珍しく読みを外した」 顔を俯かせつつ、中身を確認しながら湯のみに伸ばした手で、優しく頬に触れる克巳さん。俺の体温が低いせいか、ほっとする温もりをじわりと感じた。「克巳さんの手、ホカホカしてるね」「稜、いい機会だから治さないか?」 俺の感想を無視して、妙な提案を告げる。 頬から耳朶に移動した克巳さんの指先は、感じさせるように耳の穴をまさぐった。その動きでビクつきそうになり、手に持っていた湯のみを慌ててデスクに置く。「ちょっ、克巳さんっ……あっ、いきなり」 隣の部屋には、事務員の女のコだっている。それなのにこんなことをされたら感じまくって、大きな喘ぎ声が出てしまうかもしれない。「稜の早漏を治す治療を、俺としてはおこないたい」「そ、早漏っ!? は? めちゃくちゃクソ真面目な顔して、なにを言い出すかと思ったら」 クソ真面目と表現したけど、悲壮感も若干を漂わせている克巳さんを、まじまじと見上げてしまった。「政治にまわしてる集中力を、少しだけでいいから、ぜひとも股間にまわしてほしいと考えた」 感じるように弄られている、耳の感覚を吹き飛ばし
last update最終更新日 : 2025-08-31
続きを読む

番外編 なおしたいコト4

 なにか用事ができて向こうからドアを開けられたりすると、目の前でおこなわれている俺たちの行為を、やって来た相手に思いっきり見せつけることになる。恋人が秘書をしている時点で、あることないこと勘繰られてもおかしくない環境だからこそ、細心の注意を払わなければならない。 壁に耳あり障子に目あり――どこかにカメラでも仕掛けられていて、それを週刊誌なんかのメディアに売られた日にゃ、革新党にも迷惑がかかってしまうのが、容易に想像ついた。 俺は克巳さんの手を握りしめている両手の力を、ぎゅっと込めた。「本当に、これ以上は勘弁して」「ココをこんなに変形させて我慢してるくせに、恋人に向かって随分と冷たい言うんだな」 意地悪な笑みを浮かべながら、室内に響き渡るようなに音の鳴るキスを、わざとらしさ満載で俺の頬に落とす。(――なんだろ、克巳さんらしくない煽り方。いったい、なにを考えているんだろう?)「今の克巳さんは恋人じゃなく秘書でしょ。卑猥なお誘いは、お断りということでOK?」 厳しい表情を作り込み、上目遣いで彼を睨むように見つめた。「……ところで陵。君は現在進行形で、なんの仕事を手がけているのだろうか?」 俺に睨まれているというのに、そんなの関係ないという感じで訊ねる。「仕事?」「ああ。俺が声をかける前に、やっていたことはなんだい?」「えっと確か……ん~、あれ?」 股間をお触りしている克巳さんの手を握りしめたまま、首を傾げながらしばし考えを巡らせた。傍から見たら、マジでバカっぽい姿だろう。「陵、これが国会でおこなわれる質疑応答中だったら、どうなっていたと思う?」「克巳さん?」「それくらいに、君の思考能力が低下しているということなんだ。理解してくれ」「あ……」 握りしめていた両手の力を抜き、やんわりと手を放したら、逆に俺の右手を掴んだ克巳さん。彼から注がれるまなざしは、とても優しげなものだった。「空き時間や移動時間を使って寝るのは、確かに悪いことじゃない。だがそれは一時しのぎなんだ。夜の睡眠は、昼間の疲れをとってくれるものだからね」 俺が気落ちする前に、掴んだ手で自分に引き寄せて、きつく抱きしめてくれる。耳に聞こえる、克巳さんの鼓動がすごく心地いい。 迷うことなく、大きな躰を抱きしめ返した。「克巳さん、心配かけてごめんなさい」「この後におこな
last update最終更新日 : 2025-09-01
続きを読む

番外編 なおしたいコト5

 思いっきり慌てふためく俺を尻目に、克巳さんは声を立てて笑う。はしゃぐようなその笑い声は、隣の部屋まで聞こえているんじゃないのかな。「あのぅ克巳さん?」 普段どんなにおかしなことがあっても、こんなふうに屈託なく笑うことがない彼を目の当たりにして、俺は困り果てた。(俺としては克巳さんを、ここまで笑わせるつもりはないのに――)「将来総理大臣を目指そうという君が、早漏の治療に怯えながら俺にあれこれ訴えるところが、どうにも笑いを誘ってね。いやおかしい!」 俺の肩をバシバシ叩きながら、目にうっすら涙を溜めて笑う克巳さんに、ぷーっと怒ってみせた。「酷いよ、その態度! アレはマジでつらいんだからね!」「済まない……。陵があまりに必死な顔して、俺に交渉するものだから。ぷぷっ」「んもう、克巳さんってば」 両手で克巳さんの胸を押して、強引に距離をとった。「悪かった。君の言うことを聞くから。ね?」「本当に?」「本当だよ。なんでも言ってごらん、叶えてあげるから」 遠のかせた距離をそのままに腰を曲げて姿勢を低くし、座ったまま固まる俺を上目遣いで射竦める。その表情からは、なにを考えているのかわからない。「俺の叶えて欲しいこと、は……。克巳さんと――」 たどたどしく言いかけた瞬間、近づけられていた顔が元の位置に戻り、さっと背を向けられた。克巳さんの背中を首を傾げて見つめていると、傍にあったキャビネットを開けてなにかのファイルを取り出し、パラパラめくりながら俺の横に立つ。「陵、卑猥なお願いは、ベッドの中だけにしてくれ。今は仕事中だろう?」「うわぁ、まんまと俺を引っかけるなんて、すっごく悪い恋人!」 すると左手を腰に当てて、なにを言ってるんだという顔で俺を睨む。「少しでも陵の仕事が早く終わるように、秘書としてやれることをしておいた。これを見てくれ」 持っていたファイルをデスクの上に置き、とある文面に指を差す。「あ、これって――」 ファイルと克巳さんの顔を交互に眺めたら、睨んでいた目が優しげに細められた。「早く議員の仕事を終えてほしい。できそうかい?」 克巳さんが見せてくれたファイルには、要望書で調べなければならない資料が掲載されていた。しかも年代や地域別にいろいろ色分けして載っているおかげで、見やすいことこの上ない。「ありがとう。予定している以上に
last update最終更新日 : 2025-09-02
続きを読む

番外編 なおしたいコト6

*** ――俺が愛する綺麗な華、葩御 稜。 彼の傍で成り行きを見守り、この身をかけて愛していく。尽きることのない愛を注ぎ続けるから、どうか君の夢を叶えてほしい。 その一心で彼に尽くしてきた。だがその一方で、俺の中にある不安の種がなくなることはない。 芸能界から政界へ華麗な転身を成し遂げた彼を、メディアはこぞって追いかけた。 ハードなスケジュールをこなしているところに向けられる、たくさんのカメラのファインダー。その中に納まる笑顔の彼に注意すべく、「ほどほどにしないと」なんていう言葉をかけたかった。 どんなに疲れていてもほほ笑みを絶やさず、にこやかに対応する姿を見て、少しでも休憩がとれるようなスケジュール調整を、秘書として考えさせられる。 その他にも、厄介な問題があって――。『芸能界で枕やってたんだって? こっちではやらないの?』 なんていうお誘いを陵の腰に手を回しながらしてくる輩がいるのを、目の当たりにした。しかも相手は、名のある某有名議員――恋人の俺がでしゃばり、ぶっ飛ばしていい相手ではない。『僕のときのようにいちいち目くじらを立てていたら、稜さんが気を遣います。秘書さんは恋人なんですから、どんと構えていればいいだけですよ。あしらうことに長けている、彼に全部まかせるべきです!』 入念とも言えるアドバイスを二階堂からなされていたので、両手に拳を作ってその場をやり過ごすしかなかった。そりゃあもう、歯痒いったらありゃしない!「ふふっ、貴方と寝てあげてもいいけど、現在進行形で俺にテレビカメラがついて回ってるんですよ。もしかしたら先ほどのことを、どこからか撮られているかもしれませんね。議員生命をかける覚悟は、おありなのでしょうか?」 腰に回された手をそのままに、両腕を組んで言い放つ稜の姿が、カッコイイのなんの。 声をかけた某議員は、慌てて周囲を見渡したのちに、脱兎のごとく逃げて行った。 ちなみに、こんなふうに誘ってくる議員の方々が結構いらっしゃって、俺の忍耐力が試されている気がしてならないのが現状だった。 そんな毎日を送りながら稜に翻弄されるせいで、散々苦労しているというのに――。「克巳さんはことある事に、俺の早漏をどうにかしようとして、いきなり困らせるんだから。毎度毎度、困惑しまくりなんだからね!」 マンションのエレベーターを使えば、も
last update最終更新日 : 2025-09-03
続きを読む

番外編 なおしたいコト7

 無意識なんだろうが、掴んでいる陵の指先に力が入り、スーツの上からでもわかるくらいに、爪が突き刺さる。「克巳さんのおかげで、今の俺がいるんだよ。リコちゃんに手をかけようとした事件を起こして、メディアに叩かれまくったあのとき。どん底まで落ち込んだ俺を見捨てずに、付きっきりで励ましてくれたから、立ち直ることができた。どんな困難が立ち塞がってもめげずに、負けない気持ちでいられたのは、貴方の優しさがあったからなんだ」「陵……」 街頭演説をしたときのような、必死に訴えかける感じではなく、もの悲しさを漂わせた声が、心の奥底までじんと染み入った。 俳優としての顔を持つ彼。あえて演技じみてない、ひとりの男としての姿を目の当たりにして、二の句が継げられなかった。「ときどき、怖くなることがあってね。ワガママばかり言う俺に、克巳さんが愛想を尽かして、どこか遠くに行ってしまうんじゃないかって」 胸の内に抱える不安を聞いた瞬間、陵に向かってほほ笑みかける。少しでもいいから、暗く陰った心を明るくしたいと思った。「愛想を尽かされるのは、俺かと思っていたよ。見た目も良くない上に、仕事だってそこまで万能じゃない。そのくせ独占欲は人一倍ある俺を、いつかは嫌いになるかもしれないってね」 掴まれている腕をそのままに、稜の躰を引き寄せた。片腕で抱きしめることになるが密着させるべく、ぎゅっと強く抱きしめる。(君に出逢うまで知らなかった。頭も心もその人でいっぱいになるほどに、誰かに恋焦がれることを――嫉妬で狂いそうになる、胸の痛みを……)「克巳さんってば、無自覚にもほどがある。党本部に行ったときにあちこちから、これでもかというくらいに熱視線が、ばんばん送られてるんだよ」「それは俺宛じゃなくて、稜にだろう?」「絶対に違うよ、克巳さんを見つめてる。顎に手を当てながら、整った髪をなびかせて颯爽と歩く姿とか、たまに笑いかけるところなんて、女の子たちがほわーんとしてるんだからね」「キツネ目で人相が悪い俺と、見目麗しい陵を比べてるだけかと思う。というか、物好きは陵だけでいっぱいいっぱいだ」 肩を揺らしながらクスクス笑ったら、陵は掴んでる腕を放して、俺の両頬をぐにゃぐにゃと抓った。 容赦なく抓りまくる陵を見下ろしながら、痛いことを示すために、眉間に皺を寄せてみせる。「克巳さんはわかってないよ
last update最終更新日 : 2025-09-04
続きを読む
前へ
1
...
456789
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status