All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 1721 - Chapter 1730

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第1721話

キャンプ内には明かりが点在し、人影が慌ただしく行き交っていた。無線機の音、報告の声、車のエンジン音が入り混じり、少し和らいでいた雰囲気が、再び張り詰めたものとなった。麗蘭は分かっていた。時正は、彼女だけの時正ではない。彼は彼女に食事を届けてくれ、病気の時は看病をし、彼女が危険な場所に立ち入った時は、怒りながらも心配してくれていた。しかし彼は今、この闇の世界の秩序を司り、礼央と肩を並べて戦う戦友であり、危険な人物を阻止するという重大な任務を背負っている。今回、彼らが対峙するのは、狡猾で、何度も彼らの目を逃れて来たエリアスという男だ。麗蘭は、そっとカーテンを下ろした。今、彼女にできることは、彼が無事に戻るのをここで待つことだけなのだ。その頃、明るく照らされたテント内には、重苦しい空気が漂っていた。時正は、普段通りの冷ややかな表情を浮かべ、テント内に足を踏み入れた。中央のテーブルには、国境付近の地形図と埠頭の衛星画像が広げられており、いくつかの重要な地点が赤い丸印でマークされていた。礼央が険しい表情を浮かべ、テーブルの前に立っていた。礼央は時正に言った。「先ほど、前線からの報告と、軍が共有するレーダー及び検問所の監視映像が入った――エリアスが動き始めた」時正はテーブルの前に歩み寄り、絶えず変動するデータに視線を落とし、指先でテーブルを軽く叩いた。「輸送ルート、時間、そして船」「情報によると、奴らは水路を使って移動する気らしい」礼央は埠頭を指差して続けた。「奴らは荷物を三隻の漁船に分載し、明け方の干潮と視界の悪さを利用して、外海で直接積み替えを行おうとしているようだ。奴らを国境の外へ脱出させてしまうと、阻止するのは難しくなる」軍との調整を担当する者が付け加えた。「我々はすでに海上保安庁と高速艇を配備し、海域と陸上の両方に包囲網を張っています。奴らは絶対に、逃げられません」時正はうつむき、地図上の埠頭周辺の地形に目を向けた。海岸線は入り組んでおり、暗礁が点在している。さらに、周辺には彼らが身を潜めるのに好都合な廃工場や無人の干潟が広がっていた。エリアスは、慎重且つ冷酷で思慮深く、常識的な手口は通用しない。彼はその狡猾さで、国境を越えて暗躍し、幾度もの包囲網を切り抜けてきたのだ。「情報は確かなんです
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第1722話

「行くぞ」号令が下ると、テントの中にいた者たちは素早く動き出した。車は次々とエンジンをかけ、埠頭へ向かい、国境沿いの道路を走り去っていった。路面はでこぼこしていた。埠頭に近づくにつれ、湿った冷気を帯びた海風がますます強くなっていった。埠頭に着いた頃には、すでに真夜中になっていた。埠頭はがらんとして静まり返っており、巨大なクレーンが数基と、整然と積まれたコンテナが置いてあった。辺りには、波が堤防に打ちつける鈍い音だけが響いていた。海上保安庁の高速艇はすでに海上で待機していた。岸辺に潜伏していた者たちは、皆陰に身を潜めて息を殺し、静かに銃を構えていた。時正と礼央はコンテナの後ろに立ち、鋭い目で埠頭全体を見渡した。時間が一分一秒と過ぎていく。静寂が、張り詰めた糸を、さらに引き延ばしているようだった。「そろそろだ」礼央が声を潜めて言った。「三隻の漁船は、内港から出航しているはずだ」時正は何も言わず、遠くの物音に耳を澄ませながら、指先でコンテナの側面を軽く叩いた。静かだ……静かすぎる。異様に静かだ。さらに数分が過ぎた。監視の担当者が足早に近づいて報告した。「時正さん、高瀬さん。海上に目標の船が確認できず、内港から出航した形跡もありません」礼央は眉をひそめた。「監視カメラを調べろ」「それが、監視カメラの一部がハッキングされており、船の動きが把握できないのです」時正は、遠くに見える、すでに廃墟と化した埠頭を指差して言った。「あそこにいる者たちに連絡し、すぐに調べさせろ」連絡はすぐに戻ってきた。「あちらの埠頭にも船が停泊した形跡や、人が出入りした痕跡はないようです」礼央は表情を曇らせた。「騙されたのか?」時正はしばらく沈黙した後に手を上げて、全員に静粛を保つよう合図した。彼は耳を澄ませた――エンジン音、人の声、波の音……不自然なものは何も聞こえなかった。船団も、彼らを支援する者も、貨物の積み替えも行われていない。よく見かけるエリアスの側近の姿さえ、どこにも見当たらなかった。「なぜだ?」痺れを切らした部下が言った。「確かな情報だったはずなのに、なぜ誰もいないんだ?」礼央は手を上げて彼を制止し、時正の方を見た。「どう思う?」時正は冷静な口調で言った。「奴は最初
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第1723話

時正は目を閉じ、再び開いた。「裏をかいて、荷物を分散したんだ」「俺たちが見た三隻の漁船は、おとりに過ぎなかったんです。実際の荷物は、ごく少ない数量に分散され、俺たちの警戒網を何なくすり抜け輸送された」礼央は表情を曇らせた。彼らは、陸にも海にも全勢力を動員して厳戒態勢を敷いていたのに。結局、取り逃がしてしまった。エリアスは、あからさまな偽情報だけで、彼ら全員を手玉に取ったのだ。「追うか?」礼央が低い声で尋ねた。「無駄です」時正は首を振った。「おとりを用意していた以上、退路を確保しているはずです。今追っても、また奴に翻弄されてしまうだけですよ」海風が唸り、波音は重く、埠頭はまるで廃墟のようだった。神経を尖らせて潜伏していた者たちは皆、虚しくその場に立ち尽くした。彼らは姿を現さず、貨物の影も追跡可能な痕跡さえも残さなかった。「撤収しよう」時正は言った。「全員に伝えろ。くれぐれも追撃するな。来た道を戻り、配置を立て直すんだ」命令は次々と下りていった。潜伏していた人員は続々と撤収し、高速艇は帰港した。岸辺の車のエンジン音が再び響き始め、やがて夜の闇の中に消えていった。時正は瞳に冷たい怒りを宿しながら、夜の海を見つめた。エリアスは想像以上に狡猾だった。今回、彼を取り逃がしたことは、彼が今後も暗躍し続けることを意味している。その暗躍には、麗蘭も含まれる。部屋で自分の帰りを待つ彼女のことを思うと、時正の胸は締め付けられるように痛んだ。もうこれ以上、彼女を危険に晒すわけにはいかない。車は、続々とキャンプへ引き返していった。-車は国境付近の道路を疾走していた。時正は後部座席に座り、指先で軽く眉間を押さえたまま、長い間黙っていた。窓の隙間から、冷たく湿り気を帯びた海風が吹き込んでくる。エリアスは見事な手を打った。偽情報、おとり、偽の船団、監視カメラのハッキング。そのすべてを連携させ、こちらの要所を的確に突いて注意を埠頭に向けさせ、何の痕跡も残さぬまま目的を達成し、撤退した。もし相手が普通の敵なら、すでに警戒を緩め、標的が完全に移動したと断定して、兵を収め引き揚げていたかもしれない。しかし、礼央はそうはしない。時正はなおさらだ。車が道半ばに差し掛かった時、ずっ
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第1724話

時正は手を止め、頷いた。彼は異変に気付いていなかったわけではない。ただ、先ほどは態勢を立て直すために、急ぎ兵を撤退させておきたかった。礼央に指摘され、すべての矛盾点が明確な一本の線となって繋がった。「つまり――」時正は声を落した。「奴はまだこの辺りに身を潜めている?」「ああ」礼央は頷いた。「奴は埠頭にいる。今撤収したばかりの、あの埠頭だ」車内にいた部下たちは血相を変えた。「まさか?」部下の一人が呟いた。「あれだけ隈なく捜索して、何一つ見つからなかったんですよ。人がいた痕跡すらなかった」「もし彼が本当に埠頭にいるなら、一体どこに隠れているんです?」「奴は長年、身を潜めて暗躍している。こちらが想像もつかない隠れ場所があるに違いない」礼央は続けた。「地下通路やコンテナの隙間、水中シェルター、さらにはクレーン内部……埠頭全体が奴のシェルターになり得る。奴は俺たちが何の収穫もなく撤退することを、あらかじめ計算していたんだ。俺たちが撤退した後、当初の計画通り、夜通しで荷積みをし、出港するつもりなんだろう。これは陽動作戦ではない」礼央は断言した。「これは空城の計だ。彼は賭けに出たんだ。俺たちが引き返して来ないとな」車内は、水を打ったような静寂に包まれた。大胆な推論ではあるが、論理は緻密で、エリアスの一貫した行動にも符合している。リスクを冒して勝利を求めるという賭博師の性分。危険な場所ほど安全だという考え。時正の頭から疑念が消え去り、彼はしばらく沈黙した後、決意を固めた。彼は運転手に指示した。「引き返せ。急いで埠頭に引き返すんだ。全員に伝えろ。ヘッドライトを消し、物音を立てずに標的に接近するんだ。軍と海上保安庁にも連絡してくれ。奴らに気付かれず、包囲網を張るんだ。今回は、捜索の必要はない。包囲し、待ち伏せし、殺すだけだ」時正はためらわず、簡潔に言った。運転手はためらわず、ハンドルを切った。車は人通りの少ない道路でUターンし、ヘッドライトを消して、夜の闇を静かに疾走し、先ほど撤退した目的地の埠頭へと引き返していった。道中聞こえるのは、路面を進むタイヤの音と、吹き抜ける海風の音だけだった。全員が息を殺していた。礼央の推測通りであれば、エリアスを完全に葬る絶好の機会となるだろう。しかし判断を誤
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第1725話

さっき撤退した時と全く同じ。埠頭にはクレーンがそびえ立ち、コンテナが整然と並び、明かりも物音もなく、辺り一帯が死んだような静寂に包まれていた。部下たちは眉をひそめた。判断を誤ってしまったのだろうか?エリアスはもう、立ち去ってしまったのだろうか?その時、礼央は廃棄物置き場を見つめながら手を上げ、全員に静粛を保つよう合図を送った。しばらくすると――暗闇の中、ほんの一瞬だけ、小さな明かりが点滅するのが見えた。その直後、巨大なコンテナの影から、数人の人影が出てきた。人影は、警戒しながら辺りを見渡し、誰もいなことを確認すると、岸辺に停泊している数隻の漁船へ向かっていった。しばらくすると、さらに多くの人影が姿を現し、慎重に荷物を船へ運び始めた。彼らの動きは素早く、物音一つ立てていなかった。中央の漁船のデッキにいる人物が、こちらに背を向けて彼らに指示を出していた。彼の声は低く、不気味なほど落ち着き払っていた。顔ははっきり見えなかったが、時正と礼央は瞬間的に確信した。奴だ。エリアス。やはり彼は、立ち去っていなかった。彼は廃コンテナに身を潜め、時正や礼央が撤退するのを確認してからようやく姿を現し、計画通り積荷を終えた後、出港しようとしていた。彼は前半の賭けには勝ったが、まさか礼央たちが引き返していくるとは思っていなかった。「本当に奴がいた……」部下は驚き、思わず呟いた。礼央の口元が緩んだ。「ついに尻尾を出したな」時正は静かに手を上げ、イヤホンマイクで全員に指示を出した。「かかれ」その瞬間。爆発が起きた。「動くな!」「跪け!全員だ、跪け!」懐中電灯が、積荷をしていた者たちの姿をしっかりと照らし出した。周囲に潜伏していた人員が一斉に飛び出し、彼らに銃口を向けた。さらに高速艇が素早く岸に停泊し、完全に彼らの退路を断った。エリアスの部下たちは、突然の事態に慌てふためき、血相を変えて抵抗しようとしたが、突き付けられた銃口を前に、身動きを取れずにその場に立ち尽くした。エリアスは猛然と振り返り、顔に極度の驚きと信じられないという表情を浮かべていた。まさか、こんなことになるなんて。完璧な罠を仕掛け、彼らの撤退を確認し、全てが計画通りに進んでいるはずだったのに。まさか連中が、引き
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第1726話

エリアスは青ざめた顔で立ち尽くした。周囲を取り囲む者たちや、拘束された部下たち、積み上げられた荷物を見て、彼の瞳に残っていたわずかな望みは完全に打ち砕かれた。彼はこの日のために、入念に策を練り、幾重もの罠を仕掛けていた。しかし、結局は、足をすくわれてしまった。エリアスは完全に包囲され、目の前には銃口、背後には海が広がり、至るところに時正と礼央の部下がいるのを見て、ついに観念した。彼の側近たちも動揺していた。側近の中に、反射的に腰の武器に手を伸ばした者がいたが、すぐに鋭い怒号が飛んだ。「動くな!動けば即座に発砲する!」怒号が響き渡り、埠頭に一触即発の、緊迫した空気が漂った。エリアスは青ざめた顔でその場に立ち尽くし、悔しそうに唇を噛みしめた。彼は時正を睨みつけて言った。「時正、まさかこれで終わりだとは思っていないだろう?」時正はエリアスを見つめながら、冷ややかに言った。「大人しく観念しろ。そうすれば、命だけは助けてやる」「助ける?」エリアスは狂ったように笑った。「お前らに生け捕りにされるぐらいなら、死んだ方がよっぽどマシだ」そう言うと、彼は突然振り返り、何のためらいもなく、漆黒の夜の海へ飛び込んだ。「ドボン――」鈍い音が、緊迫した空気を破った。「奴が海に飛び込んだ!」「急げ!海を封鎖しろ!」現場は瞬時に騒然となり、礼央はすぐに指示を出した。「落ち着け。すぐに高速艇で包囲し、沿岸部を捜索しろ。奴は潜水用の装備を付けていない。長くはもたないぞ!」礼央の指示を受け、すぐに高速艇のサーチライトが一斉に海面を照らしたが、人影はどこにも見当たらなかった。岸辺にいた人員も素早く散らばり、廃墟となった埠頭の隅、岩の隙間、廃船の船室など、埠頭界隈を隈なく捜索した。時正はデッキの端に立ち、荒れ狂う海を見つめ、眉をひそめた。この海域は潮の流れが特殊で、夜は視界が極めて悪い。エリアスはこの水路に精通しており、ひとたび水中に潜れば、夜の闇と岩礁を隠れ蓑にして彼らの目から逃れる可能性が高くなる。「範囲を広げて、夜明けまで捜査を続けろ」時正は決意を込めて、指示を出した。「時正さんは先に戻って下さい」部下が諭すように言った。「昨晩は一睡もされていませんし、麗蘭さんも帰りを待っておられます」麗蘭の名前を聞くと、時
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第1727話

時正は、麗蘭が思いつめてしまわないかと心配になった。彼女はきっと、不安な気持ちでいるに違いない。「ここは任せる。何かあればすぐに連絡してくれ」時正は、部下にそう言い残すと、振り返って急ぎ足で埠頭を後にした。車は次第に海岸線を離れ、窓の外に、地平線から微かな光が少しずつ広がっていくのが見えた。任務では、相手の裏をかき、完璧な包囲網を敷いたが、結局エリアスを逃がしてしまった。隠れた危険は依然として残ったままで、麗蘭の傍にも迫っている。空が明るくなり始めた頃、時正の車はキャンプ地に到着した。敷地内には、まだ警戒態勢が敷かれており、中の者たちは皆、足音を潜めて行き来していた。時正は車から降りると、まっすぐ麗蘭の待つ部屋へ向かった。彼は、そっとドアをノックした。室内から、反応はなかった。彼は少しためらいながら、そっとドアを押し開けた。部屋にはベッドサイドの小さなランプだけが灯っていた。麗蘭はベッド横の椅子に座ったまま眠っていた。どうやら、椅子に座って彼を待っている内に、眠ってしまったらしい。彼女は、わずかに眉をひそめながら眠っていた。長いまつげが瞼の下に小さな影を落とし、灯りの下で顔色は少し青白く見えた。顔には疲れの色が滲んでいたが、それでも彼女の寝顔は愛らしく、美しかった。時正は足を止め、しばらくの間、入り口に立っていた。彼はただ静かに彼女を見つめた。瞳に宿っていた冷たさや疲れ、焦燥感はすべて消え去り、彼は優しい眼差しで彼女を見つめた。しばらくして、時正は麗蘭に毛布を掛けてやろうと、息を潜めて部屋に足を踏み入れた。ところが、彼が近づいた瞬間、麗蘭はゆっくりと目を覚ました。彼女は元々眠りが浅く、些細な物音でも目を覚ましてしまったのだ。二人の視線が合った。部屋は静まり返り、互いの息遣いさえ聞こえるほどだった。麗蘭は何も言わず、ただ静かに彼を見つめた。彼女は、時正の目の下の隈や、少し乱れた髪に視線を落した。服からは海風の匂いが漂い、彼はひどく疲れ、少し落胆しているように見えた。しかし、麗蘭は任務のことを尋ねなかった。標的を捕えたかどうかや、帰りが遅くなった理由も、彼女は尋ねなかった。麗蘭は何も言わず、椅子に静かに座ったまま、時正の心に寄り添うように、穏やかで優しい眼差しを彼
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第1728話

麗蘭の眼差しは静かで、優しかった。詮索せず、感情の起伏さえ微塵も見せない。まるで、任務の成否など、全く気にしていないかのようだった。麗蘭にとって大切なのは、時正が無事に帰ってくることだけだった。時正は湯呑みを見つめ、震える手でそれを受け取った。湯呑みから伝わる温もりが、海風で冷えた身体や心を癒していくようだった。部屋の中は、静かなままだった。窓の外から差し込む夜明けの光と、室内の柔らかな照明が、そっと重なり合っていた。麗蘭は再び椅子に座り、何も言わずに顔を上げ、静かに彼を見つめた。時正も湯呑みを握りしめたまま、何も言わずに彼女を見つめていた。麗蘭は顔を上げて彼を見つめた。時正は彫像のように、沈黙したまま、その場に立ち尽くしていた。麗蘭の心は、少しずつ沈んでいった。欲しかった答えは、とっくに分かっていた。時正が、一切を顧みず彼女を危険な場所に近づかせないようにした時から。どれだけ疲れていても、真っ先にこの部屋に戻ってきてくれた時から……今まで彼と過ごした時間や出来事が、はっきりと彼女に告げていた――時正は麗蘭を想っている。責任でも、任務でも、父親の命令でもない。彼の沈黙の中には、彼女への好意が隠されている。でも、彼はそれを決して口に出さない。一言も口にしない。気持ちを認めず、過去を打ち明けず、彼女に明確な態度を示そうとしない。命懸けで彼女を守り、自分自身を限界まで追い込むことができるのに、「君を想っている」という一言を、決して伝えてはくれないのだ。麗蘭は、心に渦巻く切なさを押し殺した。彼女は待てないわけではない。彼が用事を済ませるのを待ち、彼が警戒心を解き、心を開いてくれるまで待つこともできる。彼なりのやむを得ない事情があることも、麗蘭は理解していた。でも、このまま中途半端な状態でいるのは辛かった。彼は優しく、自分を守ってくれるのに、彼女がいちばん聞きたいことを伝えてはくれない。いつしか、彼女自身でさえ、それを滑稽に感じるようになった。彼女は麗蘭だ。彼女は自ら行動し、駆けつけ、一切を顧みず彼の元へ行くことができる。だが、彼女はいつまでも自ら行動し続け、自分を慰め続けるわけにはいかない。彼に付き纏うような人間にはなりたくない。彼の後
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第1729話

時正は、持っていた湯呑を握りしめた。彼は慌てて顔を上げた。「……今、何て?」声はひどくかすれており、彼は一語一語、絞り出すように言った。麗蘭は彼を見ずに言った。「そろそろ家に帰ろうと思って。ここでのことは、あなたの問題で、私には関係ないし。だから、そろそろ帰るわ」麗蘭は、感情のこもらない口調で、はっきりと言った。時正は、胸が締め付けられたように苦しくなり、その場に立ち尽くした。「どうして急に?」彼の声は張り詰めていた。「エリアスはまだ捕まっていない。今ここを出るのは危険だ」「安全かどうかは、私自身の問題だから」麗蘭はようやく顔を上げ、彼を見た。「もうこれ以上、私を守ろうとしてくれなくていい。あなたにはあなたの任務があって、あなたの仲間がいる。私も、あなたの邪魔をしない」時正の胸が締めつけられた。「そんな風に思っていない――」「じゃあ、どう思ってるの?」麗蘭は、彼の言葉を遮った。彼女は続けた。「あなたは自分の気持ちを話さないし、私も聞かない。だから私はずっと不安で、待つことしかできなくて。時正さん、私はもう疲れたの。あなたが私を想ってくれているのは分かってる。でも、あなたは言葉で伝えてくれない。一言も。私から歩み寄ることはできる。ここまで会いに来ることも、あなたの帰りを待つこともね。でも、ずっとは無理なの。あなたに付き纏うようなことはしたくない。私にだってプライドがある。ずっとあなたに纏わりつくような女にはなりたくないの。あなたがもし、本当に私を愛してくれているなら、私をこんなに不安にさせたりしない。本当に私のことを気にかけているなら、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくれるはずでしょ。あなたの愛は、そこまでじゃないってこと。だから、あなたは私を不安な気持ちのまま平気で待たせることができる」麗蘭は、泣くことも騒ぐこともせず、ただ心の中にある最も正直な思いを、一言一句、はっきりと彼に伝えた。時正は何か言おうと、口を開いた。しかし、喉元まで出かかった言葉を、結局吞み込んでしまった。言葉を詰まらせている時正を見て、麗蘭の最後の希望は完全に消え去ってしまった。時正は麗蘭より、琴美に対してずっと多くの言葉をかけていた。彼女は彼を見ず、ベッドの傍にかけてあった上着に手を伸
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第1730話

麗蘭はそう言うと、振り返らずに立ち去った。ドアが静かに閉まった。彼女は何のためらいもなく、振り返らずに時正の視界から完全に消え去った。空っぽになった部屋に、彼女の淡く清らかな接見の香りが漂っていた。麗蘭は、あっけなくその場を後にした。時正は微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。彼には、何もできなかった。エリアスは逃亡し、行方が掴めずにいる。積荷の一部と、彼の部下を捕えたからといって、根本的な解決には至っていない。彼は陰険で狡猾な男だ。態勢を立て直し、必ず報復してくるだろう。そして彼は、時正や礼央の大切な人を標的にするはずだ。麗蘭。真衣。彼女たちは、二人の急所になる。やはり、このまま放ってはおけない。何としてでも、彼女を守らなければならない。時正はゆっくりと手を上げ、麗蘭が腰かけていたベッドのシーツをなぞった。まだ、彼女の気配が残っている気がした。シーツに、微かに残っていた温もりは、次第に夜明け前の冷気に飲み込まれていった。時正は、ゆっくりと目を閉じた。「麗蘭さん……」自分の声がひどくかすれ、微かに震えていることに、時正は驚いた。時正は目を開いた。彼はイヤホンマイクで指示を出した。「忍野、部下二人を連れて、麗蘭さんが無事帰宅するまで護衛してくれ。だが、くれぐれも彼女に気付かれないように、細心の注意を払え。彼女が休息を取っている間、お前達は周囲を監視するんだ。不審な車両や人物を排除しろ。どんな些細なことも見逃すな」すぐに忍野の落ち着いた返事が返ってきた。「承知いたしました、時正さん。お任せ下さい。麗蘭さんが無事に帰宅するまで、しっかりとお守りします」「彼女が無事帰宅したら、引き上げて構わん」「承知しました」指示を出し終えると、時正は通信を切り、ゆっくりと窓辺へ歩いた。窓を開けると、夜明け前の冷たい風が吹き込んできた。引き留めず、認めず、彼女を行かせてもいい。だが、彼女に何かあってはならない。次に会えるのは、いつになるかわからない。今度こそ、愛想をつかされるかもしれない。何も言えずにいる自分を、彼女は恨むかもしれない。そのすべてを、受け入れる覚悟はできている。彼女が無事なら。その頃、車中では。麗蘭はシートにもたれながら、窓の外を流れ
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