火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける のすべてのチャプター: チャプター 1741 - チャプター 1750

1831 チャプター

第1741話

千咲はまだ幼い。もし彼らの標的となれば、その結末は想像を絶するものになる。真衣が手配した方法は一見確実に見えたが、彼は自ら出向き、自らの方法で、千咲に最も安全な壁を築いてやらなければならない。一方、真衣も眠れる気になれず、リビングに座っていた。真衣は礼央が沈黙していたことから、彼が何かを察しているだろうと感じてはいたが、彼女には他に選択肢がなかった。彼女はソファにもたれ、窓の外に広がる夜の景色を眺めた。どれくらい時間が経っただろう。ドアの鍵が開く音が聞こえた。真衣は驚き、はっと顔を上げた。こんな時間に、誰が来たのだろう?ドアから、見覚えのある人影が現れた。礼央が玄関に立っていた。彼は、不安そうな顔をしていた。真夜中だというのに、彼は眠らず、ためらうことなくここへ駆け付けてきた。真衣は呆然と立ち尽くした。「どうして戻ってきたの?キャンプでやることがたくさんあるのに、どうして?たった一人でこんな遠い道のりを辿ってくるなんて、命が惜しくないの?」礼央は素早く真衣の前に歩み寄り、彼女をじっと見つめた。彼は声を落して言った。「俺に、千咲が危険に晒されるのを、お前が一人で何もかも背負うのを黙って見ていろと言うのか?真衣、俺に隠し事なんかできない。お前が行くのは、出張なんかじゃないんだろう」真衣の心は震え、言いかけた言葉が、すべて喉元で詰まってしまった。彼女は、礼央の心配そうな表情を見て、胸が苦しくなり、目に涙を浮かべた。「私……」「止めはしない」礼央は口調を和らげた。「お前の任務も、責務も、俺はわかってる。干渉もしないし、止めたりはしない。でも、千咲は別だ。あの子を危険には晒せない。お母さんを信頼していないわけではないが、エリアスなら、必ず居場所を突き止める」真衣の声には疲れと無力感が滲んでいた。「じゃあ、私はどうすればいいの?他に方法なんて……」「俺に任せろ」礼央はためらわずに言った。「俺が千咲の安全を守る。千咲を匿う隠れ家を用意する。そこで、信頼できる者に二十四時間体制で守らせるんだ。エリアスの部下に見つからないよう、一切の痕跡を残さないように徹底する。そうすれば、お前も安心して任務を遂行できるだろう。約束する。お前が戻るまで、千咲の無事は保証する」真
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第1742話

礼央は決意していた。今日中にキャンプへ戻らなければならない。千咲の隠れ家と人員の確保、外部との接触を遮断するための封鎖措置など、とりあえず今は基本的な準備しかできなかった。これらの手配は、彼が自ら電話をかけて決めていく必要のあるものだ。一方、エリアスはまだ身を潜めているため、国境地帯の警戒を緩めることもできない。彼の不在が、計画に穴を開ける恐れもある。真衣は礼央を見つめ、胸が痛んだ。彼女は、彼がここ数日どう過ごしてきたかをよく知っていた。埠頭での包囲、逆襲、追撃、そして今彼は猛スピードで車を走らせ、家に戻ってきた……彼はゆっくり眠るどころか、腰を下ろして水を飲む時間すらなかった。一息つく間もなくキャンプに戻り、重い責務を負わなければならないのだ。「もう戻るの?」真衣は心配そうに尋ねた。「せめて一、二時間ぐらい休めない?夜が明けてからではだめなの?」礼央は手を伸ばし、彼女の前髪に触れながら言った。「だめなんだ」「早く戻らないと、現場が混乱してしまう。エリアスは、こちらが隙を見せるのを待っているんだ。俺の不在が、危険をもたらすことになる」「でも、あなたの体は……」真衣は言葉を詰まらせた。「やっぱり、まだ眠れないの?」その言葉を口にした途端、彼女は思わず涙ぐんだ。真衣は、礼央がずっと不眠に悩んでいることを知っていた。国境地帯のキャンプでは、ずっと緊迫した状況が続いている。不眠症ではない者でも、神経が張り詰め、小さな物音にも反応するだろう。実際、彼は歯を食いしばり、冷水で顔を洗い、自分を追い込むことで、ようやく少しの間目を閉じて休むことができていた。真衣がキャンプにいた時は、彼女が傍で励まし、話し相手になり、彼が眠りにつくまで、付き添うことができた。彼女が傍にいなくなったことで、礼央は再び眠れない夜を過ごしていた。礼央は少し沈黙した後、笑顔で言った。「大丈夫、もう慣れてる。この仕事をしている限り、ぐっすり眠る暇なんてないからな。エリアスのことが片付いたら、ゆっくり休んで、今までの分を取り戻すよ」彼の言葉を聞いても、真衣は安心できなかった。「慣れてるって何よ……」真衣は涙声で言った。「そんなことに慣れたりしないで。あなただって生身の人間なんだから」真衣の心は混乱していた。
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第1743話

礼央は驚きのあまり疲れを忘れ、その場に立ち尽くした。再婚。それは、彼自身が誰よりも願っていたことだ。ただ、彼はそれを口に出せずにいた。彼の周りには常にトラブルや危険が潜んでいる。彼は真衣や千咲を、その危険に巻き込みたくないと思っていた。しかし、彼女が再婚を願っている。未知の地へ赴き、前途が不透明な彼に、真衣は約束と帰る日、未来を与えてくれた。礼央はかすれた声で、力強く言った。「わかった」そして、そっと付け加えた。「時間ができたら、会いに行くよ。結婚届を出して、また家族に戻ろう」それは、心からの約束だった。真衣は彼を見つめ、ついに堪えきれず、手を伸ばして彼の腰を抱き、顔をその胸に強く押し当てた。「無事に帰ってきてね」彼女は言った。「怪我をしないで、無理をしないで。約束よ?」「ああ」「私も気をつける。任務を終えたら、すぐに帰るから」「待ってる」今の二人に、それ以上の言葉は必要なかった。時間が刻一刻と過ぎ、礼央はキャンプに戻らなければならなかった。真衣は立ち上がり、彼を玄関まで見送った。玄関の灯りが二人の影を照らしていた。礼央は寝室の方を見た。千咲はこの別れと懸念の一切を知らずに、ぐっすりと眠っている。彼は声を潜めて言った。「千咲のことは、手配しておいた。隠れ家は外界から隔絶され、最も信頼できる人員を手配しておいた。情報が漏れる心配もない。エリアスがどんな手を使おうと、千咲を見つけられない」真衣は頷いた。「ありがとう」「赴任先に着いたら連絡をくれ」彼は念を押した。「無事を伝えてくれるだけでいい」「わかった」礼央は手を伸ばし、真衣をもう一度抱きしめた。彼は、これから訪れる、長い別れの時間を埋め合わせるかのように、彼女を強く抱きしめた。真衣は頭の上に、礼央の息遣いを感じた。できることなら、このままずっと彼と一緒にいたい。しばらくして、礼央はゆっくりと手を離して言った。「行ってくる」「うん」「身体に気をつけて」「あなたも」礼央は振り返ってドアを開け、夜の闇の中に消えていった。ドアが閉まり、車のエンジン音が次第に遠ざかっていった。真衣は玄関口に立ち尽くし、長い間動かなかった。外には冷たい夜風が吹いていたが、彼女の心は温かく、そしてどこか空虚だ
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第1744話

「準備は整った?」安浩が尋ねた。「ええ」真衣は頷いた。「行きましょう」三人はそれ以上言葉を交わさず、直接階下へ降りて車に乗り込んだ。車内は静かで、誰も任務について話さず、沈んだ気持ちを隠すように、何気ない会話を交わすだけだった。空港に到着すると、出国手続きから保安検査、搭乗まで、すべてが順調に進んだ。彼らは、搭乗人数の少ない国際便に乗り、隣同士の席に並んで座った。飛行機は離陸し、ゆっくりと上昇していった。隣で目を閉じて休んでいた沙夜の顔色が、次第に青ざめていった。飛行機が乱気流に遭遇し、機体に軽い揺れが生じた。元々乗り物に酔いやすい沙夜は、気分が悪くなり、眉をひそめながら、思わず口元を押さえた。「どうした?」安浩は真っ先に彼女の異変に気づき、身を乗り出して尋ねた。沙夜はかすれた声で言った。「少し酔っちゃって……気持ち悪い」安浩はすぐに呼び出しボタンを押し、自分の鞄から水筒を取り出した。「白湯を持って来たんだ。少しずつ、ゆっくり飲んでごらん」安浩が状況を説明すると、客室乗務員がエチケット袋とアロマオイル持って駆け付けた。彼はエチケット袋を沙夜の前に差し出した。「我慢できなかったらこれを使って」沙夜は頷いたが、必死に吐き気を堪えていた。安浩はアロマの蓋を開け、彼女の鼻の下に近づけ、手を伸ばして彼女の座席を少し後ろに倒し、より楽な姿勢を取れるようにした。彼の振る舞いは自然且つ細やかで、気配りも行き届いていた。彼は静かに沙夜の傍に寄り添い、時折「気分はどう?」と声をかけた。沙夜は目を閉じたまま、「うん」と呟いた。彼女は、実は少し驚いていた。安浩は、優しく穏やかな性格だが、いつもどこか距離感があり、これほどまでに感情を露にし、細やかな気遣いを見せることはなかった。しかし、沙夜が具合が悪いと知って、彼は手際よく彼女の世話を焼いてくれた。真衣は二人の様子を見つめながら、ただ黙ってブランケットを差し出した。沙夜はブランケットを羽織り、座席にもたれると、少しずつ落ち着きを取り戻した。安浩は傍を離れず、彼女が快適に過ごせるように、こまめに通風口を調整していた。「普段から飛行機酔いするの?」彼は声を潜めて尋ねた。「たまにね」沙夜は言った。「最近疲れていたのと、心配事があったせいかもしれない
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第1745話

飛行機が着陸する頃には、もう夕方になっていた。雲が低く垂れ込み、海風が潮の香りとひんやりとした湿気を運んできた。見慣れない文字、聞き慣れない言語、空気の中に漂う匂いさえも、普段とは違っていた。真衣たち三人が空港の到着口を出ると、担当者が迎えに来ていた。担当者は地味な服装で、精悍な面持ちをしており、軽く頷いて合図をした。彼は三人の手荷物を受け取ると、すぐ脇に停めてある黒い車に案内した。ドアが閉まると、車内は空港の喧騒から離れ、静寂に包まれた。街並みにネオンが灯り、行き交う人の肌の色も様々で、三人ははっきりと意識した――ここは遠い異国の地なのだと。「今日はホテルでお休み下さい。明朝、実験室までの送迎車を手配してありますので」担当者は続けた。「この辺りは、状況が複雑なので、夜間の外出は極力控えて下さい。何かあれば、直接私までご連絡を」三人は頷いた。その後、道中の車内で会話は交わされず、車は比較的静かな地区に入り、警備が極めて厳重なホテルの前に停まった。ロビーはシンプルな造りで、旅行客の姿はなく、その雰囲気から、外交関係者専用の宿泊所であることが伺えた。担当者がルームキーを手渡した。「すみません、実は部屋数が足りず、二部屋しかご用意できなかったんです」彼は安浩と沙夜を見て言った。「お二人はご夫婦だと伺っていたので、一部屋はダブルルームをご用意しています……」担当者は、申し訳なさそうに言った。沙夜は、表情を変えなかった。偽装結婚ではあるが、彼女と安浩は対外的に正式な夫婦として振る舞っていた。ましてや、今二人は海外に派遣されている。素性を明かして、面倒を起こすわけにはいかない。安浩は落ち着いた表情で頷いた。「大丈夫です、問題ありませんよ」沙夜も「ええ」と相槌を打った。このような状況下では、彼らは見せかけの夫婦を演じるしかない。担当者は真衣と沙夜を見て言った。「ダブルルームは女性お二人で使用されても構いません。女性一人だと少し不安でしょうから」安浩も同意した。「確かに。その方が安心できるかもしれないね」しかし真衣は首を振り、安浩と沙夜を見て言った。「いいえ、私は一人で大丈夫です。シングルルームを使います。二人とも疲れているでしょう。ゆっくり休んで。私は一人の方が却って都合がいいから
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第1746話

安浩は真衣を見送った後、沙夜に向かって言った。「僕たちも部屋で休もう」部屋は同じ階の、目立たない内側にあった。ドアを開けると、室内は整然としていた。部屋は標準的なダブルルームで、設備は充実していたが、ここが異国で、明日からの任務を思うと、沙夜は心の中の不安を拭えなかった。沙夜はリュックを置くと、窓辺まで歩き、外の景色を眺めた。通りには人影がまばらで、遠くから聞こえるパトカーのサイレンに、心が締め付けられた。沙夜の心はずっと、不安なままだった。彼女は飛行機に酔って一度吐いた。だが、突然慣れ親しんだ故郷を離れ、情勢の不安定な場所で暮らすことは、身体よりも、むしろ精神的な苦痛の方がずっと強かった。安浩は簡単に荷物の片づけを済ませ、窓辺に佇む沙夜を見て、声を潜めて尋ねた。「まだ少し気分が優れない?」沙夜は振り返らず、淡々と答えた。「ううん」「不安かい?」彼女はしばらく沈黙し、認めた。「少しね」異国では、聞き慣れた言葉すら耳にできず、夜の風の音さえも見知らぬものに感じられた。さらに明朝には実験室に入らなければならず、神経を休める余裕などなかった。安浩はそれ以上は尋ねず、テーブルまで歩き、リュックから食べ物を取り出した――彼はクラッカーやナッツ、ハーブティーのティーバックを取り出した。「飛行機でほとんど食べてなかっただろ」彼はそれらをテーブルに置いて言った。「少し食べた方がいい。今ハーブティーを淹れるよ」沙夜は振り返り、テーブルの上に広げられた食べ物を見つめた。安浩は、こんなにも優しくしてくれる。彼は、自分が飛行機でほとんど何も口にできなかったことに気付き、覚えてくれていた。塞いだ気持ちを、ハーブティーで癒そうとしてくれている。彼はさりげなく傍にいて、これらのことをすべて心に留め置いてくれていたのだ。部屋の中はとても静かだった。柔らかな照明の下、安浩の表情は普段よりもずっと優しく見えた。沙夜はその場に立ち尽くし、安浩の横顔を見て、胸が締め付けられる思いがした。今までずっと、二人は秘密を共有しながら、様々な予期せぬ事態に立ち向かい、完璧な夫婦を演じ続けてきた。礼儀正しく、距離を保ち、決して一線を越えず、心を開くこともなかった。しかし、彼女が飛行機酔いをした時、彼は献身的に彼
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第1747話

沙夜は、静かに安浩の胸に寄り添い、腕をそっと彼の腰に回して、頬を彼の肩にそっと預けた。瞬時に、安浩は全身を硬直させ、両手を宙に浮かせたまま、その場に立ち尽くしていた。静かな部屋に、二人の鼓動が響いていた。しばらくして、沙夜がようやくそっと口を開き、長い沈黙を破った。彼女は優しい声で囁くように言った。「安浩さん、あなたは本当にいい人ね」その一言は、安浩の胸に突き刺さった。二人は再び沈黙した。沙夜が気まずそうに手を離そうとしたその時、安浩はゆっくりと手を上げ、彼女の背中をそっと抱いた。彼は慰めるように、彼女の背中を撫でた。「少しでも食べた方がいい」安浩はかすれた声で言った。「食べたら休もう。明日は早い」沙夜は安浩の腰に手を回したまま、「うん」と返事をした。しばらくして、彼女はゆっくりと身を引き、クラッカーを食べ始めた。部屋にはベッドサイドの明かりがぼんやりと共っていた。沙夜は安浩を見つめたまま、ベッドに腰かけていた。彼は眠らず、彼女の邪魔にならないように、窓際の椅子に座っていた。彼は背筋を伸ばし、その表情からは、普段の張り詰めたような鋭さは消えていた。テーブルには、明日実験室で使用する外国語で書かれた資料が広げられていた。彼は真剣な眼差しで資料に目を通し、時折ペンで印をつけたり、何かを書き足したりしていた。明かりが彼の横顔をうっすらと照らし、整った鼻筋を際立たせていた。シンプルなシャツの腕を捲り、真剣な眼差しで資料に目を通す姿は、不思議と辺りに安心感を漂わせていた。沙夜は彼の姿を見つめる内、心が柔らかな感情で満たされていくのを感じた。彼のこのような姿を見るのは、初めてではない。夫婦を演じながら、二人は何度も共に任務を遂行してきた。沙夜は、冷静に交渉する彼の姿も、落ち着いて危機的な状況を打開する彼の姿も、他人に対して細やかな気配りをする彼の姿も見てきた。しかし、結局彼らは本物の夫婦ではない。その事実が沙夜の脳裏から離れることはなかった。安浩は、真衣を想っている。それは決して、一時的な想いではない。ずっと前から、沙夜は安浩が真衣に対して特別な感情を抱いていることに気付いていた。その想いは、彼の控えめな行動の至るところから感じられた。安浩はいつも真衣と一定の距離を保ちながらも、
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第1748話

赴任後、三人は慌ただしく仕事をこなした。現地の情勢は元々不安定で、様々な勢力が入り組み、国境での摩擦も頻発していた。時折、遠くから発砲音が聞こえてくることもあった。真衣たちが滞在するホテルは、厳重な警備体制敷かれており、三人の身分も偽装されていた。三人は、国際共同研究グループという名義で、現地の新型航空材料の性能試験及びデータ処理を担当していた。表向きは科学技術支援だが、裏では地域の安全保障や多角的な戦略バランスに絡んでいた。この航空材料は、航空機の航続距離、構造強度、極限環境への適応性に関わるもので、不安定な勢力の手に渡れば、結果は計り知れない。彼らの任務は、材料のパラメータを完成させながら、その流れを密かに監視し、技術が危険分子の手に渡らないようにすることだった。最初の数日間、業務は駐留地の奥にある実験室で進められた。環境は比較的安定しており、三人の役割分担は明確で、息の合った連携が取れていた。真衣は対外調整とデータ集計を統括し、沙夜は材料の微細構造分析と実験記録を担当し、安浩は計画の策定、リスク評価、そして現地の警備部隊との調整を担った。しかし、夜になると窓の外を横切るサーチライトや、遠くから微かに聞こえる警報音が、やはり心を不安にさせた。沙夜は次第にここの生活に慣れたが、張り詰めた神経を完全に緩めることはできなかった。安浩は変わらず、彼女を気遣っていた。業務の間に飲み物を差し入れたり、彼女が眠れない夜は、休息を妨げないよう気を配った。沙夜が安浩に「あなたは本当にいい人ね」と言った夜から、二人の間には、偽りではない、本物の温もりが芽生え始めていた。しかし、その温もりは、いつも目に見えない影に覆われていた。今の平穏は、一時的なものに過ぎない。この航空機材料の一部のサンプルと極地テストデータは、現地で収集しなければならない。理論データが完璧でも、実際の環境下での耐圧性、耐衝撃性、耐高温性の検証がなければ、すべて空論になってしまう。しかし、採集地点は、紛争の最前線に位置しており、いつ戦火に巻き込まれてもおかしくない場所だ。任務が割り当てられた日は、空はどんよりと曇っており、風には硝煙の匂いが漂っていた。現地協力機関の責任者が実験室に入って来て言った。「採集地点は北部第三観測所に決定した。
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第1749話

誰もが、今回の道のりが九死に一生を得るようなものであることを分かっていた。沙夜は胸が苦しくなり、思わず安浩を見た。彼女は分かっていた。安浩は必ず自ら進んで現地に赴こうとするだろう。彼は三人の中で最も経験が豊富で、対応能力が高く、情勢にも詳しい。公的にも私的にも、彼が女性を前線に行かせるなどあり得ない。案の定、安浩は振り返り、視線を真衣と沙夜に向けて言った。「君たち二人は実験室に残って、外出せず、いつでも連絡が取れるようにしておいてくれ。現地へは、僕が向かう」沙夜はほとんど即座に反対した。「ダメ、危険すぎる。行くなら私も一緒に行く」「一緒に行けばリスクが増えるだけだ」安浩は頑として言った。「標的が小さいほど、撤退も早くなる。僕一人の方が動きやすいし、万一の時もすぐに身を引ける。君たちがここでデータと自身の安全を守ってくれれば、僕も安心できる」「でも――」「頼むよ」安浩は沙夜の言葉を遮った。「言う通りにしてほしい。ホテルで僕の帰りを待ってて」彼はいつも、他人のために矢面に立とうとする。真衣に対しては、同僚としての責任感だろうか?沙夜に対しては、隠しようのない気遣いと、彼女を守りたいという気持ち。安浩は絶対に、沙夜を危険な場所に行かせたくなかった。ひとたび現地へ赴けば、彼女を無事に守れる保証など全くない。三人で危険を冒すより、自分一人ですべてを背負う方がよっぽどいい。真衣は冷静に言った。「私は先輩に従います。ここで後方支援とデータの受け渡しを行い、現地の支援部隊と連絡を取り、待機します」「確かに、一人で動く方が安全だわ」沙夜はまだ何か言おうとしたが、安浩の一瞥で制止された。彼は手際よく装備を整え始めた。暗号化通信機、GPSリストバンド、簡易救急キット、暗号化ハードディスク、サンプル採取キット。動作は素早く、一切の無駄がなかった。「一時間後に出発する。状況に関わらず、夕方までには撤収するよ」安浩は腕時計を見て言った。「二十分ごとに位置情報をリアルタイムで共有すること。四十分以上連絡がない場合、単独で動かず、緊急対応策を発動して支援を要請すること」彼は緊急事態に備えて、一つ一つ丁寧に、的確な指示を出した。沙夜は傍で彼の姿を見つめ、胸が締め付けられるように痛み、不安を感じた。
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第1750話

時間は刻一刻と過ぎていく。一分一秒が、まるで時間が止まっているかのように長く感じられた。沙夜はコンピューターの前に座り、画面で点滅するGPSの赤い光を見つめていた。当初、安浩は時間通りに連絡を寄越してきた。「外周の安全地点に到着。無人地帯に進入。路面状況は正常。第三観測所まであと三キロ。まもなく目標地点に到着。サンプル採取の準備に入る」彼の声が聞こえるたびに、沙夜の宙に浮いた心はほんの少しだけ落ち着いた。GPSの赤い光は、第三観測所の位置で止まっていた。沙夜は画面を見つめ、安浩がサンプル採取を終え、撤収し、帰還するまでの時間を、祈るように数えていた。しかし、彼が最後に位置を報告してから、ほぼ三十分が経過したその時。通信機から突然、激しいノイズ音が聞こえた。「ジ—ッ――ザ—ッ――」ノイズ音は、遠くで微かに聞こえる爆発音と共に途切れ、その後死のような静寂が訪れた。その後、音は全く聞こえなくなった。画面上で点滅していたGPSの光が消えた。真衣は表情を一変させ、急いでキーボードを叩き、GPSの再接続を試みながら何度も安浩の名を呼んだ。「先輩、応答して。先輩、聞こえたら応答して。先輩!」応答は一切なかった。死のような静寂が、実験室全体を飲み込んだ。沙夜は猛然と立ち上がって画面の前に駆け寄り、震える声で叫んだ。「何があったの?どうしてGPSが反応しないの?どうして通信が途絶えたのよ?」真衣は眉をひそめ、現地のリアルタイムの紛争状況を検索した。次の瞬間、彼女は険しい表情で手を止め、呆然と呟いた。「北部第三観測所区域が……大規模な爆撃を受けた」爆撃。その言葉は、沙夜の心に激しく突き刺さった。彼女は力を失い、ほとんど立っていられなかった。「爆撃……」沙夜は呟いた。「彼がそこにいるの……そこにいるのに……」真衣はすぐに待機中の支援部隊に連絡した。「至急、北部第三観測所爆撃状況を確認して下さい。生存者はいるか、活動の痕跡はあるか、急いで!」支援部隊からすぐに応答があった。「区域全体が爆撃され、建物は全壊、信号は完全に途絶えています。煙が濃く、接近できません……」その情報が、最悪の結末を示唆していた。安浩と連絡が取れなくなった。沙夜は、放心状態になった。何をしても落ち着かない
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