「朝倉紗季(あさくら・さき)さん、要項をよくご確認ください。一度個人ファイルを提出して登録が完了すると、すべての情報は機密として封鎖され、本人は15営業日以内に研究機関へ入所しなければなりません。研究成果が正式に公表されるまでの間、外部との接触および退所は一切許可されません」――国立先端科学研究センターからの返信は驚くほど早かった。添付されていたのは、個人データ記入用のフォーマット。紗季は無機質な画面をじっと見つめながらも、マウスを持つ手にはまるで鉛でも詰まっているかのような重さがあった。その時、不意にドアが開いた。彼女はわずかにまつげを揺らし、何事もなかったかのようにそっとパソコンを閉じた。「紗季、もうそのへんでやめにしない?今日は僕と一緒にいてほしい。最近、ちゃんとふたりで過ごす時間なんて全然なかっただろ?」畑川悠真(はたかわ・ゆうま)は、手に持っていたホットミルクをベッドサイドに置いた。彼はそのままベッドの縁に腰を下ろすと、いつもは冷静で気品のある態度とは裏腹に、まるでしっぽを振るゴールデンレトリバーのように彼女にしがみついてきた。整った顔立ちには、どこまでも優しく甘やかな眼差し。だが、紗季はもう、以前のように彼の腕の中で無防備に身を委ねることはできなかった。身体がこわばり、背筋は無意識に張りつめている紗季は、彼の整った顔立ちを見つめながら、瞳の奥に映る自分の姿を見つけた。――まるで、深い愛情を込めたように。つい昨日まで、紗季が自分たちの関係を言い表すなら「深く、揺るぎない愛情」だった。昨日、悠真が心療内科に付き添ってくれた。薬を受け取りに行く途中、ふと薬の副作用が気になって診察室に引き返した。――そのたった一度の偶然が、悠真の優しさの裏に隠された、ある「秘密」を暴いたのだった。診察室の前で、甘やかしてくれていた彼のこんな声を耳にしたのだ。「先生、前に出してもらった薬、あれでもダメでした。紗季が夜中に目を覚まして、僕がいないのに気づきそうになって……もっと強めにしてください。副作用なんて気にしなくていいですから」まるで頭上に雷が落ちたかのようだった。自分は幸福な結婚生活を送っていると信じて疑わなかった。心を通わせ合っていると――それは幻想だった。たったひとつの綻びが、完璧に見えていたす
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