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雪を踏みても、月を裏切らず
雪を踏みても、月を裏切らず
Author: 匿名

第1話

Author: 匿名
「朝倉紗季(あさくら・さき)さん、要項をよくご確認ください。一度個人ファイルを提出して登録が完了すると、すべての情報は機密として封鎖され、本人は15営業日以内に研究機関へ入所しなければなりません。研究成果が正式に公表されるまでの間、外部との接触および退所は一切許可されません」

――国立先端科学研究センターからの返信は驚くほど早かった。

添付されていたのは、個人データ記入用のフォーマット。

紗季は無機質な画面をじっと見つめながらも、マウスを持つ手にはまるで鉛でも詰まっているかのような重さがあった。

その時、不意にドアが開いた。彼女はわずかにまつげを揺らし、何事もなかったかのようにそっとパソコンを閉じた。

「紗季、もうそのへんでやめにしない?今日は僕と一緒にいてほしい。最近、ちゃんとふたりで過ごす時間なんて全然なかっただろ?」

畑川悠真(はたかわ・ゆうま)は、手に持っていたホットミルクをベッドサイドに置いた。

彼はそのままベッドの縁に腰を下ろすと、いつもは冷静で気品のある態度とは裏腹に、まるでしっぽを振るゴールデンレトリバーのように彼女にしがみついてきた。

整った顔立ちには、どこまでも優しく甘やかな眼差し。

だが、紗季はもう、以前のように彼の腕の中で無防備に身を委ねることはできなかった。

身体がこわばり、背筋は無意識に張りつめている紗季は、彼の整った顔立ちを見つめながら、瞳の奥に映る自分の姿を見つけた。

――まるで、深い愛情を込めたように。

つい昨日まで、紗季が自分たちの関係を言い表すなら「深く、揺るぎない愛情」だった。

昨日、悠真が心療内科に付き添ってくれた。薬を受け取りに行く途中、ふと薬の副作用が気になって診察室に引き返した。

――そのたった一度の偶然が、悠真の優しさの裏に隠された、ある「秘密」を暴いたのだった。

診察室の前で、甘やかしてくれていた彼のこんな声を耳にしたのだ。

「先生、前に出してもらった薬、あれでもダメでした。紗季が夜中に目を覚まして、僕がいないのに気づきそうになって……

もっと強めにしてください。副作用なんて気にしなくていいですから」

まるで頭上に雷が落ちたかのようだった。自分は幸福な結婚生活を送っていると信じて疑わなかった。心を通わせ合っていると――それは幻想だった。

たったひとつの綻びが、完璧に見えていたすべてを嘲笑うかのように崩壊させた。

彼女は帝都大学の教授であり、博士課程の指導教員でもある。

人の言葉や仕草から微細な違和感を掬い取るのは、彼女の得意分野だった。そして、紗季は調べ始めた。

真実は、思った以上にすぐそこにあった。

彼が浮気していた相手は、なんと自分の指導学生。家庭環境が苦しく、紗季が彼とともに経済的支援を決めた、あの学生だった。

ふたりがいつから関係を持っていたのかは分からない。

ただ、毎晩密会するために、悠真は彼女に睡眠薬を盛っていた。まったく気づかないほど深く眠らせるために。

最近、悪夢に悩まされ、神経が過敏になっていた理由――それが、これだった。

過去の出来事が次々と脳裏をよぎるうち、胸が締めつけられ、呼吸すらままならなくなった。まるで、冷静な仮面が今にも剥がれ落ちそうになる。

それでも紗季は、必死に笑みを浮かべた。「そうね。じゃあ今日は、久しぶりに外に出てみる?」

一瞬、悠真の目に動揺が走った。だがそれもほんの一瞬。

彼はすぐに柔らかな笑顔に戻った。「うん、いいよ。君の好きなように。まずはこれを飲んで。ちゃんと温めておいたから、君の好みの温度だよ」

彼が差し出したミルクを見つめながら、紗季の目に涙が滲んできた。

「悠真……やっぱり、今日はいいわ。胃がちょっと……重くて」

彼はもう、出かける準備で頭がいっぱいだった。紗季の異変にも気づかず、やさしく彼女の頭を撫でた。

「もう、大人なんだから……牛乳ぐらいで拗ねないの。

ね、ほら。紗季が言ってたじゃない。これは最高のたんぱく源なんでしょ?」

紗季は静かに深呼吸し、牛乳を受け取って、一気に口に含んだ。

悠真の顔に、目に見えて安堵の色が浮かんだ。「じゃ、ちょっと会社の用事を片づけてくる。すぐ戻るから」

――薬が効くまでの時間を稼いでいるのだと、紗季には分かっていた。

彼が寝室を後にしたのを確認したその瞬間。

紗季は迷うことなく、机に戻り、資料の記入を再開した。そして――今回は、キッパリと「送信」ボタンを押した。

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