深雲の記憶にある「穂坂家」は、病に伏した彼が治療のために紹介された、古びた診療所に過ぎなかった。問診を行う場所が、そのまま薬草の匂い立つ調剤室を兼ねているような、時代に取り残された古い家屋。店員を雇う余裕さえないのか、薬の調合から煎じる作業まで、すべて益雄が一人でこなしていた。そして、そこにいた少女……十二歳の頃の景凪。深雲は、彼女のそんな姿をもう長い間、思い出すことさえなかった。十数メートル先、源造の傍らに立つ今の彼女を、会場中の視線が追っている。彼女には臆する様子など微塵もない。泰然としたその佇まいは、彼の記憶にある「いつも物陰に立ち、控えめな微笑みを浮かべて彼に喝采を送っていた」景凪とは、あまりにもかけ離れていた。深雲の喉筋が、微かに動く。あの数年間、彼女は本当に自らのすべてを投げ出し、彼を押し上げるための「踏み台」に徹していたのだ。誰にも知られることのない、彼の背後の書き割りのように。しかし今、景凪は降り注ぐ詮索と侮蔑の視線を跳ね返すように口を開いた。その声は、一音一音が透き通るほど明確で、確信に満ちている。「源造様、身に余るお言葉をいただき感謝いたします。皆様、初めまして。私は穂坂景凪と申します。我が家系を遡れば、拠点は神凪(かなぎ)。四十年前、この街へと移り住んでまいりました」景凪が幼い頃に聞いた話では、一族のルーツは神凪にあるという。ただ、祖母が病に倒れ、その最期が近づいた頃、祖父・益雄はすべてを捨てて神凪を離れ、この街でひっそりと暮らすことを選んだのだ。『神凪の穂坂家』――その名が告げられた瞬間、若い世代は首を傾げたが、年配の賓客たちの表情は劇的に変わった。「神凪の穂坂家といえば……かつてこの国一の名家と謳われた、千年の歴史を持つ学者の家系であり、医薬の大家ではないか。だが、当時の当主が突然資産を整理して神凪を去り、それきり行方知れずになったという……」「まさか、この街に移り住んでいたとは!」「ということは、あの穂坂景凪こそが、その名門の正当な、唯一の跡取りということか……」その時、克書が耐えかねたように勢いよく立ち上がった。その眼差しは実の娘に向けるものとは思えないほど凶悪で、まるで不倶戴天の敵を射抜くかのような憎悪に満ちていた。「源造先生」 克書は大股で源造のもとへと歩み寄り、沸き起こる
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