「こんにちは。穂坂益雄に面会に来ました」景凪は丁寧な口調で告げた。「孫の、景凪です」「……」男の乾いた唇が微かに震えた。彼は食い入るように景凪を見つめ、声を上げた。「お嬢様……!」景凪は目を丸くした。お嬢様?そう呼ぶのは、かつて穂坂家に仕えていた古参の使用人たちだけだ……「あなたは?」問い返そうとしたその時、奥から野太い声が飛んできた。「明浩、誰と話しているんだ」明浩……佐久間明浩(さくま あきひろ)!景凪は驚愕に見開いた目で、近づいてくる初老の男を見つめた。「佐久間さん!」かつて穂坂家の執事だった、佐久間広重(さくま ひろしげ)だ。しかし彼は二十年前、息子の明浩を連れて家を去ったはず。なぜ、こんな所に?「お嬢様!」広重は一目で景凪だと気づいたようで、歓喜の表情を浮かべて明浩に開門を促した。景凪は驚きと喜びで胸がいっぱいになり、すっかり白髪になってしまった元執事の姿に言葉を失った。数秒後、こみ上げる切なさに視界が滲む。「佐久間さん……」震える声で呼びかけ、こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえた。広重もまた、涙声になるのを堪えるようにぎこちなく頭を撫でつけ、笑顔を作った。「こんなことなら、白髪染めをしておくんだったな。今日お嬢様に会えるとわかっていれば」その言葉に、景凪は泣き笑いのような表情を見せた。幼い頃、彼女は広重の白髪を嫌がって、見つけるたびに抜いていたのだ。白髪さえ抜いてしまえば、彼はずっと年をとらないと無邪気に信じていたから……「佐久間さん、どうしてここに?おじいちゃんは?」広重が重々しく溜息をつき、何か言おうとした矢先、看護師が血相を変えて走ってきた。「院長、大変です!益雄さんの発作がまた!」景凪の心臓が早鐘を打つ。彼女は事情を聞くのも後回しにし、切迫した声で叫んだ。「案内して!」看護師は戸惑って「院長」と呼ばれた広重の方を振り返ったが、彼が頷くのを見て、慌てて踵を返した。景凪は小走りでその後に続いた。だが、奥へ進むにつれて、周囲の景色が奇妙な既視感を帯びてくる。そして、目の前にあの見慣れた洋館と、庭園、芝生が現れた時――景凪の足は止まった。――穂坂家の屋敷。二十年前、彼女が生まれ育った、幸せの記憶が詰まった生家だ!それが、そっくりそのままここに移築され
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