深雲は、いつも黙り込むか、あるいは適当にごまかして「そのうち大きくなったら分かるよ」とだけ答えた。そして姿月はもっと酷い。景凪は今でも忘れない。あの女は、最も優しい口調で、清音にこう囁いたのだ。「ねえ、清音の本当のママはもうここで寝たきりで、あなたをいらないよ。じゃあ、私たちもそんな人、いらないよね?」その言葉を思い出すたび、景凪の心は鋭い刃で切り裂かれる。深雲と姿月、この二人の裏切り者に、景凪は愛するはずだった二人の子どもからの愛情を、まるごと奪われたのだ。この五年、もしも深雲がたった一度でも辰希と清音に、「ママは本当にお前たちを愛していた。命をかけてもいいほどに」と説明してくれていたなら……清音は、あそこまで姿月に懐くこともなく、「姿月ママ」なんて呼ぶこともなかっただろう。景凪は、手にしたミルクグラスをぎゅっと握りしめ、こみ上げる怒りと悔しさを必死に抑え込んだ。そして、なんとか微笑みを作ってみせる。「わかった、深雲。これからは、もっと気をつけるわ」深雲は、その態度に満足そうだった。そしてもう一つ、別の話を切り出した。「そうだ、景凪。今日、お父さんとも相談したんだけど、開発部部長のポジション、やっぱりお前に任せようってことでまとまった。人事部にも手配済みだから、来週から出社できるよ」「……」その言葉は、予想外だった。その時、深雲がテーブルの上に置いたスマホが、ぶるぶると震えた。新着メッセージだ。景凪の目は見えないため、深雲は全く警戒する様子もなく、その場でメッセージを開いた。送り主は、明岳だった。彼は音声メッセージを送ってきていた。一度、景凪をちらりと見てから、深雲はその音声を文字起こしした。【深雲、西都製薬の幹部と確認が取れたぞ。黒瀬家の次男が西都製薬を引き継いだ後、次の研究開発の主軸はアルツハイマー治療薬になるそうだ。これこそ、景凪が一番得意とする分野じゃないか!大学時代、蘇我教授の下で研究していたテーマもそれだったはずだ】景凪は、心の中で冷たく笑った。なるほど、これが深雲が突然方針を変え、開発部長のポストを自分に戻すと言い出した本当の理由なのだ。「深雲、誰からのメッセージ?どうかしたの?」と、景凪は何も知らないふりで問いかけた。「お父さんからだよ」と深雲は少し面倒くさそうに答えた
Read more