深雲は目を閉じてシートに身を預けた。隣に座る少女から、ラベンダーの香りの柔軟剤の匂いがふわりと漂ってくる。その甘い香りに、ふと昔の景凪の記憶がフラッシュバックした。景凪の体からは、いつも微かに薬草のような香りがしていた。それが何の匂いなのか具体的に言葉にするのは難しいが、嗅ぐだけで不思議と心が落ち着く、そんな香りだった。深雲は時折うっすらと目を開け、ルームミラー越しに隣の様子を窺った。ミラーには玲凪の膝から下だけが映っている。彼女は両手を膝の上にきちんと揃え、ひどく行儀よく座っていた。再びまぶたを閉じ、そのまましばらく揺られていると、車が駅の入り口で停車した。「鷹野社長、ありがとうございました」降り際にお礼を言う玲凪に対し、深雲は目を開けることもなく、疲労の滲む声で「ああ」とだけ返した。パタンとドアが閉まる音がして、車は再び走り出し、鷹野家の本邸へと向かった。本邸の地下ガレージに到着し、車が完全に停まると、深雲はゆっくりと目を開けた。降りようとしたその時、ふと隣のシートに何かが落ちているのに気がつく。手を伸ばして拾い上げてみると、それは大学の図書館の利用証だった。【唐沢玲凪。長華大学医学部、三年】証明写真の中で花のように初々しく笑う少女の顔を見つめ、深雲はすべてを悟ったように鼻で笑った。――なるほど、ずいぶんと小賢しい真似をしてくれる。深雲はその利用証を無造作にコンソールボックスに放り込み、車を降りて屋敷へと向かった。玄関を抜け、リビングに入ったところで、こそこそと外へ抜け出そうとしていた伊雲と鉢合わせた。「お兄ちゃん……」伊雲は気まずそうに目を泳がせた。「こんな夜更けに、どこへ行くつもりだ?」深雲が咎めるように問いただすと、伊雲は強がって言い返してきた。「どうしても眠れないから、友達と遊びに行くだけよ」妹の性格を誰よりも熟知している深雲が、そんな見え透いた嘘を信じるはずもない。彼は有無を言わさず伊雲のバッグをひったくると、中を探り、案の定パスポートを引きずり出した。「夜遊びに行くのに、パスポートが必要か?」深雲は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。「また児玉潤一を追いかける気か!?あいつはもう任務に発ったんだぞ!」「知ってるわよ。バンダ地区に向かったんでしょ?今回の任務はすごく安全だって聞いたわ
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