佐山は、再びノートパソコンの電源を入れた。画面が立ち上がると、薄明かりの部屋に青白い光が広がる。時刻は午前五時を過ぎていた。外の空は白み始めているが、佐山の中ではまだ夜が続いているようだった。机の上には冷えたコーヒーの缶が転がっていたが、それに手を伸ばす気にもならなかった。ブラウザを開く。検索窓に「川上美咲」と打ち込む。指は冷えていたが、動きは滑らかだった。もうためらいはなかった。すでに一線は越えている。自分が今どこにいるのか、もう分かっていた。美咲のSNSアカウントは、すぐに見つかった。鍵はかかっていない。フォロワーは数千人。「フューチャーリンク広告部長」「社長令嬢」「女性管理職のロールモデル」プロフィール欄には、そんな言葉が並んでいた。佐山は、スクロールを始めた。指先は一定のリズムで動いている。まるで機械のようだった。すぐに、結婚式の写真が出てきた。ドレス姿の美咲が、笑っていた。純白のドレス。高級ホテルのチャペル。隣には、夫である佐伯がいる。タキシード姿で微笑む佐伯の腕に、美咲は自然に寄り添っていた。二人とも、何もかもが手に入った人間の顔をしている。写真のキャプションには、こんな言葉が添えられていた。「大好きな人と、最高の一日を迎えました」佐山は、その文章を読みながら、ゆっくりと目を細めた。表情は変えなかった。ただ、唇がわずかに動いた。笑っているのか、それとも別の感情か、自分でも分からなかった。次の投稿には、社内表彰式の写真があった。「女性管理職の活躍推進賞」美咲が壇上でトロフィーを受け取る姿が映っている。その横には、社長がいる。父親だ。川上美咲は、会社の社長令嬢だった。美咲は、仕事でも家庭でも「勝者」だった。努力と実力だけでそこにいるのではない。生まれつき、その座
Terakhir Diperbarui : 2025-08-08 Baca selengkapnya