会議が終わり、美咲がガラス張りの会議室を出ると、社内の空気が一段とざわめいた。朝の会議をうまくまとめ上げたことへの賞賛が、オフィスのあちこちから聞こえてくる。美咲の耳には、その全てがどこか遠く、膜越しの音のように響いた。廊下を歩けば「さすが部長」「やっぱり美咲さんはすごい」「社長の娘だけあって違うよな」といった声が背中にまとわりついてくる。それは日常の光景だった。どの部署でも、美咲は「特別」でいることを求められる。会議での的確な判断、冷静な対応、華やかな雰囲気。社長令嬢であり、女性管理職であり、若いのに有能な上司。そうした仮面が、美咲をいつも外側から守ってきた。しかし、今日だけは、その「檻」が妙に重たく感じられた。コピー機の前を通ると、同僚たちが小声で話しているのが耳に入る。視線を逸らしながら「本当に美咲さんって完璧だよね」と誰かが呟き、もう一人が「あれは社長の娘だからだよ、もともと違う」と返す。その言葉に隠された僅かな嫉妬や悪意も、いつものことだと流してきた。けれど今朝は、そうした声すら美咲の心をどこかくすぐった。自分が「完璧」であること、それが会社という世界で美咲が生きていくための最低条件だった。そうやって何年も、失敗も弱みも見せずに生きてきた。だが、今は心の中身がまるで違うものに変わっている。誰も知らない「夜の自分」が、体の奥で呼吸しているのを感じている。書類を片手に廊下を歩きながら、美咲は自然に背筋を伸ばす。まっすぐ前を見て歩く姿に、誰もが一瞬だけ道を譲る。ヒールの踵がカツカツとフロアに響き渡り、その音に自信とプライドが混じる。けれど、心の中ではまるで重力が狂ったように、足元だけがふわふわと浮ついた感覚に包まれていた。ここにいる自分と、佐山に抱かれている夜の自分。その落差に、ひそやかな背徳感が疼く。社員がすれ違いざまに「お疲れさまです」と頭を下げる。美咲はにこやかに「ありがとう」と返す。すべては慣れた仮面の中のこと。ふいに佐山が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。上司と部下としての距離を保ちつつ、互いにほんの一瞬だけ目を合わせる。その目配せの中にだけ、外の世界には決して知られない秘密が宿る。佐山の目は淡い笑みを浮かべていて、ほんの一瞬だけ美咲にだけわかる熱
Terakhir Diperbarui : 2025-09-16 Baca selengkapnya