部屋の時計が午後十一時を告げると、佐山悠人は箸を置いた。テーブルの上には、開きかけたコンビニ弁当が中途半端に残っている。白米が少し、から揚げが二つ、ぬるくなったポテトサラダが端に寄っていた。口の中には、まだ油の味が残っているのに、もう何も食べたくなかった。仕事帰り、無意識に寄ったコンビニで手に取った弁当だったが、いま思えば別に腹が減っていたわけでもなかった。食べることも、眠ることも、どこか惰性でやっている。手元のスマホが、ふと光った。画面にはSNSの通知が並んでいる。佐山はそれを無視して、LINEを開いた。履歴をスクロールすると、数日前の姉・梓からのメッセージが目に入った。「仕事、大丈夫?無理しないでね」その下に、もう一つ。「またね」たったそれだけだった。でも、その「またね」が、妙に胸に引っかかる。「またね」と言われると、普通は「また近いうちに会おう」という意味だと受け取る。けれど、あのときの梓の「またね」には、どこか終わりの予感があった。わかるはずがないのに、そんな気がした。佐山はスマホの画面を消し、天井を見上げた。雨は、もう止んでいた。窓の外では、街灯の光が濡れたアスファルトに滲んでいる。雨上がりの湿った匂いが、窓の隙間から微かに流れ込んできた。「またね、か」小さく呟く。梓の言葉が、頭の奥で反響していた。思い返せば、最近、姉の声をちゃんと聞いていなかった。電話ではなく、LINEばかりだった。顔を見たのも、もう一ヶ月前だ。「忙しいから」と自分から会うのを先延ばしにしていた。あの日、梓は少し疲れた顔をしていた。でも、いつものように笑って、「悠人は元気そうだね」と言った。食事の途中で、佐山の皿にサラダを移しながら、「ちゃんと野菜も食べなさいよ」と笑っていた。その顔が、今もはっきり思い出せる。けれど、それはもう「過去」になってしまったのかもしれない。「またね」と言
Last Updated : 2025-08-01 Read more