All Chapters of 離婚したら元旦那がストーカー化しました: Chapter 271 - Chapter 280

郁梨が休憩している隙を見計らって、承平は果物の皿を手に近づいた。「郁梨、果物でも食べて、少しは体力をつけなさい」郁梨はうんざりしたように眉をひそめ、何も言わず彼を無視した。承平は椅子を引いて隣に腰を下ろす。「郁梨、もう怒るのはやめろ。今は人が多いから、帰ったらちゃんと説明する。俺を信じてくれ。本当にお前を裏切るようなことはしてない。な？少しだけでも食べて」そう言って果物を彼女の口元へ差し出したが、郁梨は顔を背けて受け取ろうとしない。承平がさらに近づけると、郁梨はカッとなってその手をはねのけた。周囲の視線が一斉に二人に集まり、承平はその場にみじめに立ち尽くした。折原グループの社長が、こんな扱いを受けたことなど一度もない。その瞬間、承平の中の忍耐が音を立てて切れた。「郁梨！わがままにもほどがある！わざわざここまで来て宥めてるのに、まだ気が済まないのか！」わがまま？そう思われているのか？彼の言い分を聞けば――「わざわざ江城市から身を低くしてまで来て、機嫌を取ってやっているんだ。感謝こそすれ、どうしてそんな態度を取れるんだ」――そんな傲慢さが透けて見えた。郁梨は怒りのあまり、思わず笑いが漏れた。勢いよく立ち上がると、背後の椅子が大きな音を立てて倒れた。「私が来てほしいなんて言った？何しに来たの？また私を騙すための言葉でも用意してきたの？私が信じるとでも思ってるの？」ようやく郁梨が口を開いた。話そうとしてくれたこと自体は前進のようにも思えた。だがその言葉は――どんなに話しても、もう何も届かないという宣告のようだった。「どういう意味だ？」郁梨は冷えきった表情で、一語一語、はっきりと言った。「もうあなたを信じない」「信じない？つまり、俺と清香が関係を持ったと決めつけてるのか？」郁梨にはわからなかった。以前の彼女なら、承平がそんなことをするはずがないと信じていただろう。だが今はもうわからなかった。もし本当に何もなかったのなら、どうして一度も電話をくれなかったの？家に帰れなくても、電話の一本くらいできたはず。それが無理なら、せめてメッセージを送ることだってできた。ほんの少しでも、彼からの連絡があれば、まだ信じられた。承平と清香の間には、何もなかったのだと。けれど彼は何の連絡もしてこなかった。ようやく連

郁梨はどうしてこんなにも冷たいのだろう。なぜ、自分の心はこんなにも痛むのか。苦しくてたまらない――この突き刺さるような無力感から抜け出せなかった。もともと撮影スタッフたちは二人の様子を気にしていたため、この異変が起こるとすぐに全員の視線が集まった。最初に反応したのは文太郎だった。彼は我を忘れたように駆け寄り、怒鳴り声を上げた。「承平、何してるんだ！放せ、郁梨さんを放せ！」郁梨の肩に激痛が走り、両手で承平の腕を掴んで必死に引き離そうとするが、どうしても外せない。承平の目は真っ赤に染まり、喉が裂けるような声で叫んだ。「お前は俺から離れたいんだろ、郁梨……許さない！聞こえてるか、俺は絶対に許さない！」「放しなさい、この狂人！」文太郎が力いっぱい承平を引きはがし、隆浩たちも慌てて駆けつけた。肩にかけられていた力がようやく引きはがされ、郁梨は思わず痛みに息を呑んだ。その声を聞いた瞬間、承平はハッと正気に戻った。ぼんやりとしたまま、自分の手を呆然と見つめ続ける。何をしていたのか、理解が追いつかない。次の瞬間、郁梨のもとに駆け寄って心配する美鈴たちを押しのけ、口を開いたものの、言葉が出てこなかった。郁梨……自分は、何をしてしまったんだ。彼女に、どんなことを……美鈴は我が子を守るように郁梨を抱き寄せ、警戒の色を宿した目で承平を睨みつけた。「何するつもりなの……あなた……」けれど、その言葉の先が続かなかった。今の承平の目には、絶望しかなかった。きっと、彼自身も自分が取り返しのつかないことをしたと、わかっているのだろう。郁梨は美鈴と雅未に支えられながら立ち上がった。足元はおぼつかず、その顔にはまだ怯えの色が残っていた。文太郎は胸が張り裂けそうなほど苦しく、歯を食いしばって承平を睨みつけた。今すぐにでもこの男を粉々にしてやりたい。「郁梨、大丈夫？病院に行ったほうがいいんじゃない？」美鈴の声が響き、周囲の人々を現実へ引き戻した。みんなが郁梨のもとに集まり、口々に彼女の体を気遣う。誰ひとり、地面に座り込んだままの承平に目を向ける者はいなかった。郁梨は小さく首を振った。「平気よ……もうすぐ撮影始まるんでしょ。みんな戻りましょう」美鈴と雅未が左右から彼女を支え、一行は静かに、しかし重い空気を引きずるようにその場を後にした

郁梨は淡々と「ええ」とだけ返した。承平は彼女の冷たい反応を気にする様子もなく、気を利かせてドアを閉め、そのまま湯気の立つお茶を一杯注いだ。「一日中撮影で疲れただろう？お風呂を沸かしてこようか？それともお腹が空いてる？夜食を頼もうか？何が食べたい？隆浩に用意させるよ」郁梨は何も答えず、そのまま奥へ進んで上着を脱ぎ、ハンガーにかけた。承平は後を追い、彼女が服をかけ終えて振り向いた瞬間、壁際に押しつけて両腕で囲い込んだ。「今度は何をするつもり？」郁梨はうんざりしたように眉をひそめた。結局、彼はこうやって力ずくでしか向き合えないのか。承平は少し情けない顔で肩を落とし、しばらく彼女を見つめたあと、低くかすれた声で言った。「……悪かった。俺が悪い。ほんと、俺がバカだった」郁梨は茫然として耳を疑った。承平が謝るだなんて。「全部俺が悪い。もう怒らないでくれ、いいか？」郁梨はしばらく茫然とした。承平は今……甘えているのか？きっと気のせいだ。あの石頭が甘えるなんてありえない。承平は彼女が黙っているのを見て焦り、近づき、視線を合わせるように仕向けた。「どうしたら許してくれる？殴ってくれてもいい。思い切り殴って、半殺しにしてくれても構わない。警察には絶対言わないから」郁梨はしばらく彼を見つめ、突然口を開いた。「頭おかしいんじゃないの？」警察に通報？通報すべきなのは自分の方じゃないの？この人が通報するなんて冗談じゃない？承平は力なくため息をついた。「頭がおかしいと思ってくれてもいい。俺が悪かった。あの時は衝動的で、どうかしてたんだ。郁梨、許してくれないか？」郁梨はその言葉でようやく理解した。承平は自分の非を認め、今はまるで犬のように尻尾を振って許しを乞うている。本当に我慢強い。「許してほしいの？」承平はわずかな希望を見いだしたように、何度も勢いよくうなずいた。郁梨は口の端を上げて笑った。「いいわ。離婚に同意してくれたら、許してあげる」「お前！」離婚という言葉が承平の頭を直撃し、また怒りがこみ上げた。しかし彼は必死に感情を抑え込み、苦しげに息を吐いた。「……それだけは、駄目だ」郁梨には理解できなかった。「どうして、離婚に同意してくれないの？」いったい何が理由なのか、彼女にはどうしてもわからなかった。なぜ

「郁梨……お前は俺に感じてる。そうじゃなきゃ、なんで抵抗しないんだ」そのときの承平は、どこかうれしそうだった。彼女を強く抱きしめ、首筋に顔を埋めては、その肌のぬくもりに溺れていた。郁梨は天井を見上げ、乾いた笑みをこぼした。「忘れたの？あなたが言ったじゃない。結婚契約書にはっきり書いてあるって。離婚するまでは、あなたが私に何をしてもいいって。それに……私が反抗できるわけないでしょ。また昼間みたいなことされたら、どうすればいいの？」その言葉に、承平の唇が首筋の途中で止まった。白くなめらかなその肌、いつもなら、彼はそこに自分の痕跡を残すのが好きだった。だが今、その甘い跡の下。丸みを帯びた肩には、はっきりとした指のあとが残っており、うっすらと青く染まっていた。その青あざが、承平の視界を刺した。彼はまるでそれを直視できないかのように、弾かれたようにベッドから飛び退いた。「もう、続けないの？」郁梨は何気なくそう口にした。彼が動かないのを見て、身を起こし、引き裂かれた襟元を整えると、背もたれに寄りかかった。一人はベッドの上、一人はベッドの傍。同じ部屋にいるのに、まるで違う世界に住む者同士のように――そこには、見知らぬ他人のような、決して触れられない距離があった。承平にはわかっていた。郁梨があえてそんなことを言い、彼に罪悪感を抱かせようとしていることを。そして、彼は確かに、深く後悔していた。「郁梨、今日のことは本当に悪かった。でも、時間を戻すことも、起きたことを変えることもできない。さっきお前が言ったように、この数年、俺はお前を放っておいたし、ないがしろにしてきた――それは認める。でも、俺は本気でやり直したいと思ってる。言葉だけじゃない。これまでのことはごめんとしか言えないが……これからは、必ずお前をちゃんと大事にする」承平の言葉は確かに誠実で、聞く者の心を打つものだった。けれど――郁梨の心は、もう微動だにしなかった。「あなたの言う償いって、私の意思を無視して、無理やりそばに縛りつけることなの？」承平はため息をつき、まるで諭すように言った。「俺と一緒にいて、何が不満なんだ？欲しいものは何だって手に入る。俺の家族もみんなお前を気に入ってるし、お前の母親も俺を悪く思っていない。両家がうまくいってるんだ、どうしてわざわざ揉める必要がある

「文さんだとして何か問題でも？あなたには関係ないでしょ」「関係あるだろ、俺はお前の夫だ！」郁梨は呆れたように彼を見て、争う気もなく言った。「座ってて、私が見てくるわ」彼女が外に出てドアを開けに行くと、承平は心配になってその後をついていった。ドアが開いた瞬間、郁梨は固まった。「誰だ？」承平が首を伸ばすと、そこには美鈴と二人の警官が立っていた。その時、郁梨は思い出した。美鈴とは、もし合図を聞いたら警察を呼ぶと約束していたのだ。きっと、さっきコップが落ちる音が隣の部屋にまで響いて、美鈴は本当に通報してしまったのだろう。美鈴は、怒り狂った承平と、部屋の隅で震えている郁梨を見る覚悟をしていた。だが実際に目にしたのは――首筋に愛撫の跡が残る郁梨と、鼻にティッシュを詰めた承平の姿だった。これは想像していた光景とまるで違う……どういうこと？一見すると、怪我をしているのは承平の方だったが、美鈴が心配しているのはやはり郁梨だった。「郁梨、大丈夫？」郁梨は首を振り、この通報騒ぎのドタバタを思い出すと、思わず笑いがこみ上げた。「大丈夫よ」……笑ってる？美鈴は思った。もしかして、私、余計なことをしたのかも？その時、二人の警官が軽く咳払いをし、そのうちの一人が事務的な口調で言った。「山崎さんから、深刻な口論があったとの通報を受けました。実際に何かあったのでしょうか？」トラブルはあったようだが、どうやら被害者は女性側ではなさそうだ。美鈴は警官たちに、女友達が家庭内暴力を受けているかもしれないと訴え、二人は急いで駆けつけてきたのだった。で、実際に暴力を受けたのはどっちなんだ？郁梨は少し気まずそうにして、どう答えればいいのかわからなかった。すると承平が彼女を後ろにかばい、自ら口を開いた。「わざわざお手数をおかけしてすみません。ですが、俺たちは争ってなどいません」警官の一人が承平の鼻を見て眉をひそめた。「では、その鼻の血はどうされたんですか？」「ああ」承平は鼻に触れながら言った。「彼女が怒って、ちょっと八つ当たりしただけです」二人の警官はどちらも恋愛経験があり、承平の言葉に思わず同情の視線を送った。「本当に大丈夫なんですね？」「大丈夫です」お互い納得しているようだし、当人たちが問題ないと言う以上、これ以