All Chapters of 始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~: Chapter 21 - Chapter 30

58 Chapters

最初のプレゼント

ジルがその箱を開ける。中には俺が厳選したドレスが入っている。シルバーとサファイアブルーのドレス。「他にも靴と宝飾品、寒いといけないからローブに髪飾りも」ジルが唐突に俺に抱き着く。驚きながらもジルを受け止める。「気に入ったかい?」聞いてもジルは答えない。ジルの顔を覗き込むと瞳には涙が溜まっている。「何も泣かなくても」言うとジルは俺を見上げて言う。「とても素敵で着るのが勿体ないです……」俺は笑って言う。「ジルに着せる為のドレスだ。着て貰わないと困る」そしてジルの耳元で言う。「俺の着る正装もジルのとお揃いだよ」ジルがフワッと笑う。「そうなのですか?」嬉しそうなジルを見ているとこっちも嬉しくなる。「お支度をお願いしても?」メアリーが言う。ジルは俺の頬に軽く口付けて俺の腕の中からスルリと抜ける。「では、後で。お迎えに伺うよ」そう言って部屋に戻る。◇◇◇服を着て騎士団の方に一旦戻る。滞りなく物事が進んでいる。そうなるように今までずっと指揮を取って来たのだから当然だろう。「今宵は王城へ?」マドラスに聞かれる。「あぁ、兄上に来いと言われているからな。婚礼の儀についての相談だ」マドラスは目を細めて聞く。「婚礼の儀はいつ頃に?」俺は笑って言う。「一週間後」マドラスも笑う。「これは大忙しになりそうですね」◇◇◇ドレスを着る。シルバーとサファイアブルーの上品なドレス。シルバーもサファイアブルーもテオ殿下のイメージカラーだ。ドレス一式とローブに靴や宝飾品まで。全てをテオ殿下が選んでくださったと思うと嬉しくて泣きそうだった。愛する人からのプレゼントはこんなにも嬉しいものなのかと思う。髪を結い上げ髪飾りをつける。薄く化粧をして宝飾品を身につける。◇◇◇部屋に戻り、着替える。俺自身は支度にそれほど時間を要しない。専属の侍従に髪を結わせるくらいだ。ジャケットを羽織り、タイを直す。「完璧です」ギリアムが言う。「そうか」そう返事をして、聞く。「ジルの方は?」ギリアムが微笑んで時計を見る。「そろそろ……お支度が整う頃合でしょう」手袋をして廊下に出る。「ギリアム」言うとギリアムが一輪の薔薇を渡してくれる。それを持ってドアの前で短く息を吐く。ノックする。「どうぞ」ジルの声。ドアを開ける。目の前にはこの世の者とは思えない
last updateLast Updated : 2025-08-04
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温室の隅で…

食事はとても楽しく進んだ。食後、場所を移して兄と俺とヴァロア家当主の三人で話す。ジルは王妃殿下とお話をしている。王妃教育の度に王宮に来ていたジルは王妃殿下とも顔馴染みだ。「では一週間後で良いな?」兄が言う。「承知致しました」ヴァロア家当主が満足そうに言う。「一週間もあれば滞りなく支度出来るでしょう」俺が言うと兄は笑って言う。「それはそうだろう、天下のヴァロア家と王族なんだからな」◇◇◇兄は他にも政務があって退室した。俺はヴァロア家当主と二人になる。「ヴァロア殿」言うとヴァロア家当主が言う。「ロバートとお呼びください、王弟殿下」俺は思っていた事を聞く。「ジルが持参したドレスが少々少ないようだが?」ロバートは苦笑いをする。「あれもこれも持たせようとしたのですが、ジルが厳選したのです。自分の持って行くドレスでクローゼットを埋めたくないと言ってきかなくて」そうか、なるほどと思う。「あの子は自分の気持ちを正直に言うのが少し苦手です。何でも相手に合わせてしまう所があります。長く王妃教育を受けて、王太子殿下との婚約も相まって自分の気持ちを抑えることに慣れてしまっているようです」ロバートは俺を真っ直ぐ見て言う。「ジルはヴァロアの宝。王弟殿下に託すのですから、この世の誰よりも幸せにしてください」俺は真っ直ぐにその気持ちを受け止める。「言われなくともそのつもりだ。安心してくれ」その後は国勢やら国防やらの話をする。ジルのクローゼットを俺が選んだドレスで埋めてやろうとそう考えながら。◇◇◇広間で皆と別れ屋敷までの長い廊下を歩く。「楽しかったかい?」聞くとジルは笑って頷く。「はい、とても。王妃殿下とお話するのもお久しぶりで。今度お茶をするお約束をしたんですよ?」嬉しそうに話すジルを見て思う。以前のジルはこんなふうに笑ったりするのを見た事が無かったなと。「そうか。良かったな」ジルが俺を見上げて聞く。「お日にちは決まったんですか?」ジルの手を握って言う。「あぁ、一週間後にな」ジルは嬉しそうに言う。「楽しみです」共に長い廊下を歩きながら思う。俺を暗く深い沼の底から救い上げてくれた人は、俺と出会って俺と共に居る事で感情をどんどん表に出すようになっている。今まで抑えられて来た自分の気持ちを、抑える事を強いられて来た自分の気持ち
last updateLast Updated : 2025-08-05
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婚礼の儀と小さな波紋

歩けなくなったジルを抱き上げて屋敷に帰る。ベッドにジルを横たえる。ドレスを脱がせ自身も服を脱いでベッドに入る。ジルを抱き寄せて眠る。◇◇◇翌日からは婚礼の儀の準備に追われた。招待客リスト、招待状の送付、王城から一番近い教会での打ち合わせ、教会から王城へ戻る道でのパレードの警備や警護の打ち合わせ、ジルはドレスの採寸やらデザインの打ち合わせ…目の回るような忙しさだった。それでも毎日、ジルは俺の部屋に来て、俺に甘えて一緒に眠った。◇◇◇王城はテオ殿下とジルの婚礼の儀の準備で慌ただしかった。俺は苦々しく思っていた。俺は王太子だというのに、参加を禁止されていた。テオ殿下に気圧されてからというもの、テオ殿下にももちろんジルにも接触していない。マリエラは王妃教育を受けてはいるものの、たかが三日で根を上げ始めている。「ねぇエドワード様、マリエラこんな事やりたくない……」メソメソして言うマリエラを見ていてイライラする。「うるさい、お前がそれを出来なかったら、俺はパートナーを替えるからな」マリエラはビックリした顔をして俺を見る。「酷い……」泣いてないで少しでも王妃教育を頭に入れてくれよと思う。何とかして婚礼の儀に潜り込めないか、考える。きっとその日は俺への監視も緩むだろう。ジルなら俺に会えばきっとまたその表情を曇らせる事が出来る。5年も婚約してたんだ、俺への情もまだ残っている筈だ。そうだ、きっとテオ殿下と父上が話を強引に進めているに違いない。ヴァロアを敵に回す訳に行かなくて、出した苦肉の策なんだ。◇◇◇「ダメです、絶対に」ギリアムに止められる。でも見たい。「少しだけだから」ギリアムは俺の前に立ちはだかり、首を振る。「婚礼前に花嫁に会ってはなりません」溜息をついて椅子に座る。ウェディングドレスのデザインについても、誰も口を割らない。「俺は王弟だぞ!」言ってもギリアムは首を振る。「なりません!」毎日俺の部屋に来ていたジルがここ2日、来なくなった。婚礼前の準備だと言う。もう2日もジルに会っていなくて心が枯れそうだった。◇◇◇引きずられるように教会へ行く。教会に入り、祭壇の前に立たされる。「しっかりなさってください、ジル様がいらっしゃいますよ」しおれている俺にマドラスがそう囁くように声をかける。ジルの名を聞いて目が覚める。教会のドアが開く。太
last updateLast Updated : 2025-08-06
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王太子エドワードの暴挙

シルバーとサファイアブルーの正装に身を包む。いつの間にか定着した俺のイメージカラーだそうだ。「とても凛々しくていらっしゃる」ギリアムが珍しく褒める。「珍しいな」言うとギリアムは微笑んで言う。「ジル様がこだわっただけはありますな」アメジスト色の差し色が映える。会場に入る前にジルと合流する。俺と対になっているドレス。ジルの瞳と同じ色の差し色。亜麻色の髪が映える。「行こう」ジルの手を取って歩き出す。◇◇◇ありとあらゆる貴族が会場に居る。国王の元へ行き、無事に婚礼を済ませた事を報告する。国王である兄上も嬉しそうに言う。「おめでとう、心から祝福する」深くお辞儀する。ジルは完璧な所作で難なく挨拶を終える。ジルの手を取ってお披露目のダンスをする。ダンスのレッスンなど必要無かった。俺もジルもその辺りの事に関してはもう達人レベルだからだ。「テオが踊れるなんて知りませんでした」踊りながらジルが言う。「俺も一応王族だからな。今まで誰とも踊った事は無かったし、これからもジル以外と踊る気は無いよ」それからは貴族の連中のつまらない挨拶が続く。俺は片時もジルを手放さずにいた。ジルが耳打ちする。「お花を摘みに行っても?」そう言われては離さざるを得ない。「近くまで一緒に行くよ」ジルは笑って言う。「過保護なのでは?」俺はジルを見下ろして言う。「過保護だろうと、俺がジルと一緒に居たいんだから、それで良いんだ」ジルは楽しそうにクスクス笑う。◇◇◇お化粧室から出る。不意に腕を掴まれて口を塞がれる。耳元で誰かが言う。「大声出すなよ」そのまま引き摺られるように休憩室に連れ込まれる。腕を振り解く。私を拘束しようとしていたのは王太子殿下だった。「これはどういう事ですか、王太子殿下」王太子殿下の事はテオから聞いていた。部屋での謹慎を言い渡されている、と。今、ここに居るのだからきっと忍び込んだのだろう。王太子殿下は私の腕を掴んで言う。「無理矢理、結婚させられたんだろ? 俺が婚約を破棄したから自暴自棄になって、テオ殿下と結婚したんだろ?」掴まれている腕が痛い。「離してください、痛いです……」王太子殿下が私の腕を引っ張る。「5年も婚約してたじゃないか。俺の事、好きだったんだろ?だから王妃教育も頑張ってこなして来たんだろ? その気持ちに答えてやるよ! 
last updateLast Updated : 2025-08-07
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歪んだ心

長い夜が終わる。屋敷に戻って俺はすぐに指示を出す。「何か冷やすものを! 早く!」部屋のソファーにジルを座らせる。肘下までの手袋を外す。手首が腫れている。「何て事だ……」ギリアムはそう言うと走って部屋を出て行く。俺はギリギリと歯を食い縛る。「アイツ、絶対に許さん……!」すぐに水に浸したタオルをギリアムが持って来る。俺はそれを受け取ってジルの手首を冷やす。ジルの身体が震えている。ジルの肩を抱く。「怖かったよな、すまない、怖い思いをさせて……俺が傍に居たというのに……」ジルは腕を掴まれてからここへ戻って来るまでの長い間、微笑みを称えて、痛みを微塵にも感じさせず、完璧に振舞って見せた。そんなジルが健気で泣けてくる。「こちらを」ギリアムが患部を冷やす薬を塗ったガーゼを渡してくれる。ジルの手首にそれを巻いて包帯を巻く。不甲斐ない自分に泣けて来る。守ると約束したのに。「テオ、泣かないで……」ジルが俺の頬に触れる。涙を拭って言う。「悪いが、皆、下がってくれ」心配して集まって来ていた皆を下がらせる。部屋に二人きりになり、俺はジルを抱き上げてベッドへ運ぶ。ベッドに下ろし、ジルのドレスを脱がせてやる。下着姿のジルにガウンを着せて、自分の服を脱いでガウンを羽織る。宝飾品を外して髪飾りも外してやる。ベルを鳴らしてギリアムを呼び、脱いだ服を運び出して貰う。ベッドに入ってジルに寄り添う。ジルは俺の胸に顔を埋めて言う。「抱いて、ください……」ジルを抱き締めて聞く。「良いのか?」ジルが顔を上げて言う。「抱いて欲しいのです……貴方を愛してるから……こんなふうに夜を終わりにしたくない……」ジルに覆い被さり口付ける。ガウンの紐を解き、体を撫でる。下着をずらしてジルの乳房を愛撫する。唇を離してジルの乳房を含む。手を滑らせて足の間に指を埋める。そこはもう濡れていて俺は頭の芯が痺れる。下着を脱がせるとジルが言う。「テオ……来て……」俺は足の間に自分のそれを据えてジルに覆い被さる。腰を押し込む。「あぁっ……」ジルの身体が仰け反る。そんなジルの身体を抱き締める。ジルの頬に瞼に額に口付ける。「んっ……んっ……」腰を押し込む度に俺の方が溜息と共に声が漏れてしまう。ゾクゾクする程の快感に身体が震える。「愛してる、愛してるよ、ジル……」ジルが俺の頭を抱えて言う。「
last updateLast Updated : 2025-08-08
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積み重なる罪

それであんな事を……そう思うと一思いに殺してやりたくなる。「ヴァロア嬢の顔を曇らせるだけなら、お前が堂々と婚礼パーティーに現れるだけで良かったんじゃないか?」兄上が言う。「ジルは! 俺の事を好きじゃないといけないんです! 俺に未練たらしく縋り付いて、捨てないでくれと懇願して、ずっとその顔を曇らせたままでいれば良かったんだ!」俺は我慢ならず壁を蹴ってエドワードに掴みかかる。「女一人満足させる事も出来ない青二才が何を言う! ジルがどんな思いでお前と居たと思う?どんな思いで……!!」俺はエドワードを投げ捨てるように手を離す。ここで殴ってもジルは喜ばない。「花束一つ贈らないで、好きでいろ?お前は何様だ」そこで兄上が言う。「ちょっと待て。今、花束一つ贈らないと言ったか?」俺はエドワードを一瞥して言う。「あぁ、そうだ。ジルはコイツからプレゼントなんて貰った事が無いと言っていた」兄上が更に聞く。「それはいつから?」俺は顔を背けて言う。「今まで貰った事が無いと言ってたから、最初からだろ」次の瞬間、空気が凍った。あ、これは兄上が本気で怒っていると察する。「エドワード、重要な事だから、良く思い出せ。二年前、ヴァロア嬢への贈り物としてお前に渡した『あのネックレス』をお前はヴァロア嬢に渡していなかったのか?」空気が変わったのをエドワードも感じたんだろう、エドワードは震えながら言う。「いえ、あの……」兄上が続ける。「国王である私からヴァロア嬢の成人のお祝いに渡したドレスや靴、その他の宝飾品、花は?」兄上がこれだけ怒りを空気に混ぜるのは久々だなと思う。「エドワード!! 答えろ!!」エドワードはビクッとして震えながら言う。「あのネックレスはマリエラに渡しました……その他のものも全てマリエラに……」兄上が大きな溜息をついて首を振る。「だって! マリエラは子爵家で、ジルは侯爵家じゃないですか! 侯爵家ならば、ヴァロアならば、父上からでなくとも豪奢なドレスも宝飾品も手に入るでしょう! でもマリエラは違う! マリエラには俺が用意してやらないと、ジルと張り合えない……」何が兄上の逆鱗に触れたのか、考える。「テオ」呼びかけられて言う。「何だ、兄上」兄上は腕を組み言う。「お前はこの国の騎士団団長だな?」何を当たり前の事を……。「あぁ、そう
last updateLast Updated : 2025-08-09
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定められた罰

グラハム嬢はブルブル震えながら言う。「いえ、知りませんでした……エドワード様が私の為に用意してくれたものだと思っておりました……」兄上が溜息をつく。「まぁ知っていようが、いまいが、どちらでも良い」エドワードもグラハム嬢も俯いている。「其方たちが共謀して横領を行った事実に変わりは無い。よって、エドワード、グラハム嬢、二人を北の塔に幽閉する」二人ともが顔を上げる。「期間は30年」兄上が冷たく言う。「幽閉だなんて! 酷すぎます!」グラハム嬢が叫ぶ。次の瞬間、兄上が杖をドンと衝く。「幽閉で済んで良かったと思うべきだと思うが?」俺が嘲笑うように言う。「お前の婚約者が昨日、何をしたのか、聞いてみれば良い」グラハム嬢は俺にそう言われてエドワードを見る。「エドワード様、何をしたの……?」エドワードは顔を背けて言う。「うるさい!」俺は笑う。「コイツはな、昨日、俺の妻を襲ったんだ。無理矢理、結婚させられたんだと自分自身に思い込ませて、俺の妻を手篭めにしようとした」グラハム嬢が真っ青になる。「エドワード、様……? どうして……? ジル様より私を愛してるって言ってくれたじゃないですか!」エドワードは吐き捨てるように言う。「君がジルに勝てる訳無いんだ、そんなの最初から分かっていた事だろ」グラハム嬢がエドワードに縋り付く。「じゃあ! 最初からエドワード様は私では無く、ジル様を……?」聞いていられない。「最初からジルのほうが好きだった、愛してたなんて言うなよ?」俺が言うとエドワードが顔を歪める。「お前のそれは愛じゃない。愛してるのに相手の曇る顔が見たいだなんて、歪んでるにも程がある」俺はエドワードの前に立って言う。「勘違いするなよ? お前がジルを捨てたんじゃない、お前がジルに捨てられたんだ」そこで兄上が杖をまたドンドンと衝く。侍従たちが入って来る。「連れて行け」◇◇◇兄上と共に兄上の部屋に戻る。部屋には王妃殿下が居た。「セリーヌ」兄上がそう言うと王妃殿下が顰め面で聞く。「終わったのですか?」兄上が溜息をついて言う。「あぁ、終わった。北の塔に幽閉する」王妃殿下は鼻で笑う。「そうですか、やっとあの者の顔を見なくて済むのですね」嫌悪の感情を隠さないのは珍しいなと思う。そして俺を見て表情を変え、俺に駆け寄り俺の手を取
last updateLast Updated : 2025-08-10
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とある令嬢のはかりごと

部屋に入る。ジルはまだ眠っていた。俺はベッドに潜り込んでジルを抱き寄せる。ジルは俺の胸に頬擦りして言う。「どこかへ?」俺は少し笑って言う。「あぁ」ジルは俺の胸にまた頬擦りして言う。「目が覚めた時にテオが居なくて寂しかったです……」そう言うジルが可愛くて仕方ない。「ごめん」ジルの頭を撫でる。一息ついて言う。「兄上のところへ行って来た」ジルの身体がピクッと動く。「エドワードは北の塔に幽閉が決まった」ジルが顔を上げる。見るのが怖かった。まだエドワードに少しでも想いが残っているならば、きっと辛そうな顔をしているに違いない。「テオ」呼びかけられてジルを見る。ジルの瞳は慈愛に満ちていた。俺の頬にジルの手が触れる。「きっと国王陛下はお心を痛めているでしょうね……」俺はホッとした。そしてエドワードの父親である国王陛下の心中を察する心の広さに泣けてくる。「ジル、君は何でそんなに強いんだ……」あんなに震える程、怖い思いしたというのに。ジルは微笑んで言う。「私が強いのはテオ、貴方が傍に居てくれるからです。いつもこうして私を抱き寄せて抱き締めてくれるから」俺はジルを抱き締める。「あぁ、いつでもこうして抱き締めるよ。全身全霊で君を愛すると誓ったんだから」◇◇◇それからしばらくは穏やかな日々が続いた。ジルは俺の妻として立派に屋敷を切り盛りしてくれた。俺はそんなジルに家を任せて騎士団の仕事、国政に関する事に集中出来た。エドワードが幽閉された事で王位継承に関して貴族間でまことしやかに囁かれている噂があった。それは次の王は俺だという事。俺はそれを鼻で笑った。俺が王になる事など有り得ない。兄上はまだ若い。これから子供を設ける事も出来る。しかし王妃と子供を、となると難しいかもしれない。となれば国王が側室を迎えるのが定石ではある。国王の側室となり、子をなせばその子は確実に次の王だ。しかし兄上は王妃を愛している。エドワードの事もあり、側室を迎える事には慎重だろう。それでも王位継承問題を考えれば身を切る思いでそれをしなければいけないかもしれない。難しい問題だ。◇◇◇次の王は絶対にテオ様だわ。だから私はあの女を蹴落としてテオ様の妻の座を奪う。エドワード王太子殿下があの女をきちんと繋ぎ留めておけば、こんな事にはならなかったのに。でももう手は打ってある。私の手
last updateLast Updated : 2025-08-11
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仕掛けられたはかりごと

そう言われて彼女について行く。案内されたのは室内。招待状に書いてあったお話があるのだろう。とある部屋に通されて二人きりになる。「私、昔からテオ様とは懇意にしておりますの」何となく予感はしていた。「それで、これをテオ様にお返ししなくちゃって思って」マクミラン嬢が引き出しから何かを取り出し、私にそれを見せる。タイとカフスボタンだった。しっかりと我が家紋が入っている。「テオ様もお人が悪いですわよね。私との逢瀬でこんなものを忘れるなんて」私は微笑んで聞く。「お話というのはこれの事ですか?」私が表情一つ変えずにそう聞いたのが気に食わないのか、マクミラン嬢は顔を顰める。私は微笑んだまま言う。「それでしたら、本人に直接お返しください。忘れ物を回収するのは私の務めではありませんので」私はひらりと踵を返して言う。「それでは、失礼」◇◇◇歩きながら考える。テオが彼女と逢瀬?……有り得ない。確かに私はテオの動きの全てを把握している訳では無い。ここ最近は王太子殿下の幽閉の一件以降、国政の事で家に居ない時間が増えた。だとしても、だ。テオが私以外の女性と、なんて有り得ない。有り得ないと思える程にテオは私を愛してくれているのを私は知っている。まるで私以外の女性を嫌悪するかのように。恐らくは今までの経験上、はかりごとをして来る女性はたくさん居ただろう。今は王位継承問題で揺れている時期でもある。国王の側室が無理なら王弟に、と考える者も居るだろう。マクミラン嬢のあの様子ならばきっと今までずっとテオに想いを寄せていたのだろうと思った。そこへ私が現れて妻の座に座ったのだ。面白くないのは当たり前。それにしても。あのタイとカフスボタンはどこで手に入れたのだろう?使用人の中に協力者が居るに違いない。ギリアムに話さなくてはいけない。◇◇◇「ジル?」呼びかけられてハッとする。「ごめんなさい。考え事をしていて」テオはそんな私を抱き寄せて言う。「俺が留守にする事が増えてジルには負担をかけているね、すまない」私はテオの頬に触れる。「謝らないでください。私の仕事なのですよ?貴方の妻であるならば当たり前の事です」テオが私の手に、頬に口付ける。「俺は本当に果報者だ」◇◇◇最近、ジルが考え事をしている。二人で過ごしている時でさえ、心ここに非ずといった事が増えた。国政について
last updateLast Updated : 2025-08-12
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仮面舞踏会の招待状

その日の深夜から、私は毎日自分の部屋の机に向かい、書類と睨めっこをした。頭を抱える。粗方は整理出来た。テオ殿下の部屋に入れる人間は限られている。下女や下男には無理な話。一番可能性が高いのはやはり侍女だろう。不意にベルが鳴る。テオ殿下だ。私はテオ殿下の部屋に向かう。「ギリアム、俺に報告は無いか」言うとギリアムは少し躊躇っている。ギリアムがこれだけ躊躇うのは珍しい。「どうした。言ってみろ」ギリアムは大きく息を吸い込んで話し出す。「実は奥様から密命を受けております」やはりな、と思う。ここ数日、ジルは何かと上の空だった。「どんなだ」聞くとギリアムが言う。「奥様からは殿下にはお伝えしなくて良いと言われております」つまりは自分で対処出来る、という事か。「いいから、言ってみろ」言うとギリアムが言う。「先日、奥様はとあるお茶会にご招待されてそのお茶会に参加されました。そのお茶会でお茶会の主催者の方とお二人でお話されたそうなんですが、これがちょっと、いわゆるはかりごとと言いますか……」歯切れが悪い。「はかりごと?」聞くとギリアムは苦笑いして言う。「そのご令嬢が殿下と逢瀬を重ねていると世迷言を仰っているそうです」逢瀬?これは面白くなって来た。「奥様に証拠として殿下のタイとカフスボタンを見せたそうでして。忘れ物だから奥様にお返しすると」鼻で笑う。「それで?」聞くとギリアムは言う。「奥様は返すなら本人に返すように仰ったそうです」さすがは俺の妻。「で、そのお茶会の主催者は誰なんだ?」ギリアムが言う。「マクミラン嬢です」その名を聞いて俺は吐き気がした。「あの女狐め、またこんな事やってるのか」ギリアムは笑って言う。「奥様は微塵にも殿下を疑ったりはしておりませんでした。その代わり……」そこからは俺が言う。「マクミラン家の間者がこの屋敷に居るって事だな」ギリアムが頷く。「はい」なるほど、ジルはジルで色々探りを入れている、という事か。「殿下は忙しいから伝えなくて良いと、奥様に言われておりました」俺は微笑む。「優しいな」確かに俺はここ何日も国の政で忙しくしている。「で、心当たりはあるのか?」ギリアムが難しい顔をする。「大体は整理出来ましたが、何せ証拠がございません」俺は少し考える。「確実に間者では無い者は?」ギ
last updateLast Updated : 2025-08-13
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