All Chapters of 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで: Chapter 431 - Chapter 440

446 Chapters

第431話

最近ネットで話題になっているパクリ疑惑のことは、花音も耳にしていた。けれど、兄が結衣のために動くどころか、星乃の肩を持っているなんて、夢にも思っていなかった。怒りと呆れが一気にこみ上げ、彼女は「パタン」と勢いよくノートパソコンを閉じた。「お兄ちゃん、もう完全に善悪の区別がつかなくなってるよ。星乃に、いったいどんな魔法をかけられたの?結衣さんが、お兄ちゃんのやってることを知ったら、どれだけ傷つくと思ってるの?」悠真はパソコンをもう一度開き、淡々と言った。「善か悪かを決めるのは、ああいう連中じゃない。そもそも、人を罵る資格なんてどこにもない」花音は言い返した。「だってみんな正義のためよ。結局、星乃はあんな卑怯な手を使ったんだから」その言葉に、悠真は軽く視線を上げた。「この件は、星乃ひとりの問題じゃない。仮にパクりだと確定したとしても、それは開発部門全体の責任であって、誰か一人を責める話じゃない。言い換えれば、遥生にもある程度の責任はある」矛先が遥生に向いた瞬間、花音は思わず顔を赤くして反論した。「それは違うよ!遥生だって、星乃の口のうまさに騙されただけで、悪気があったわけじゃないでしょ」悠真は、呆れたように花音を見た。その視線に、花音はなぜか少し後ろめたさを覚えたが、すぐに気を取り直して言い返す。「だってそうでしょ。遥生は星乃に本当に良くしてたの。あの崖から落ちた日々、お兄ちゃんは見てないから分からないけど、遥生がどれだけ彼女を心配してたか……彼女のためなら、特別扱いする可能性だってあると思う」そう言う声には、どうしても棘が混じっていた。遥生の星乃への気遣いは、「優しい」なんて言葉で済むものじゃない。あまりにも特別だった。今でも忘れられない。星乃が生きていると知ったとき、遥生がどれほど喜んでいたか。いつも感情を表に出さない彼が、あそこまで分かりやすく感情を露わにしたのは、あれが初めてだった。あのときの彼の目は、まるで燃え尽きたはずの灰に、再び火が宿ったようだった。思い出せば思い出すほど、花音の胸は締めつけられ、喉の奥が苦しくなる。しおれたようなその表情を、もちろん悠真の目からも逃れられなかった。悠真も一瞬、どうしようもなく思った。もともと佳代と雅信は、冬川家の厄介な問題を花音に任せるつもりは
Read more

第432話

そう言い終えると、花音はわざと声を張り上げ、悠真に向かって皮肉たっぷりに言った。「それにさ、結衣さんがいちばん信頼してるパートナーで、唯一頼れる存在のお兄ちゃんが、肝心なところで目も心も節穴なんだもん。結衣さんが気の毒でならないよ」悠真「……」彼は珍しく花音と言い争おうとはせず、数秒黙ったあと、ぽつりと告げた。「しばらくは、君がそばについてやってくれ。時間があったら、もう一度妊婦健診にも連れて行ってほしい」「将来のお嫁さんでしょ?それを私に任せるなんて、よく言えるよね」花音は冗談めかしてそう言った。それでも、結局は引き受けた。何しろ悠真はまだ怪我が完治していない。それに兄の性格は、花音が誰よりもよくわかっている。星乃のことで結衣と衝突したばかりで、今は顔を合わせる勇気が出ず、少し頭を冷やす時間が必要なのだろう。妹として、もちろん手伝うつもりだ。花音は病院を出ると、真っ先に結衣が暮らす別荘へ向かった。花音から、悠真がまだお腹の子のことを気にかけていると聞き、結衣の表情は少し和らいだ。実のところ、花音が病院へ悠真に会いに行くことも結衣の想定内だったし、案の定、花音は悠真の反応をありのままに伝えてくれた。――悠真は、今もなお自分を気にかけている。たとえそれが、お腹の子どもが理由だったとしてもそれで十分だ。結衣は、ようやく少し落ち着きを取り戻した。それでも彼女は、あからさまに喜ぶことはせず、視線を伏せて、かすかに苦笑した。「正直……私のことが嫌いで、子どもを諦めろって言われるんじゃないかと思ってた」「そんなこと、あるわけないでしょ」花音は慌てて優しく言った。「結衣さん、安心して。兄は一時的に頭が混乱してるだけで、あなたと赤ちゃんのことはちゃんと大事に思ってるから。それに、この子は冬川家の血を引いてるんだよ。兄がどんなに勝手でも、両親が中絶なんて認めるわけない。だから大丈夫。星乃が世間を巻き込んで騒ぎを起こしたとしても、冬川家に戻ることなんてできないよ。私たちは、ちゃんと結衣さんを認めてる。お義姉さんは、結衣さんだけだから」そう言って、花音は証明するかのように笑顔で結衣を抱きしめた。結衣は一瞬、反射的に身をこわばらせた。この義妹のことは、正直あまり好きではないし、こうした距離の近さにも慣れていない
Read more

第433話

着信音は一分近く鳴り続け、ようやく通話がつながった。花音は待たされて、少し苛立っていた。つながるなり、彼女は文句をぶつける。「ずいぶん長いこと出なかったじゃない。星乃、やましいことがあって出られなかったんじゃないの?」言い終わるとすぐに、向こうから聞き慣れた遥生の声がした。「星乃は会議中で、今は手が離せない。急ぎの用件なら、僕に言ってくれれば伝えておくよ」相手が遥生だとわかった瞬間、花音は思わず固まった。さっきまで用意していた言葉も、喉元で引っかかって出てこない。遥生が星乃に好意を抱いていることは、花音も知っている。だからこそ、星乃のことで遥生と気まずくなるのは避けたかった。花音は軽く笑って言った。「別に大した用じゃないの。ただ少し話したかっただけ。いないなら、それでいいわ」遥生は、彼女がこの電話をかけてきた理由を察していた。「もし冬川グループとUMEの技術やアルゴリズムが似ている件で不満があるなら、直接僕に言ってほしい。無関係な人に怒りをぶつける必要はない」その「無関係な人」が星乃を指していることくらい、花音にもすぐわかった。一瞬、胸の奥がむっとする。「星乃のどこが無関係なの?遥生、あなたが彼女と親しいのはわかってる。でも、かばいきれないこともあるでしょ。あなたがかばえば、彼女はますます調子に乗るかもしれない」それを聞いて、遥生はくすっと笑った。「ずいぶん彼女のこと、わかってるつもりなんだね?」花音はうなずき、自信ありげに言う。「星乃は冬川家に嫁いで五年よ。知らないわけないでしょ」遥生が静かに問い返す。「それは本当に理解しているってことかな。それとも、君のお兄さんのこともあって、最初から偏見があるだけじゃない?」核心を突かれ、花音は一瞬言葉を失った。反論しようと口を開きかけたところで、遥生は言葉を続けた。「星乃はね、君の好みをちゃんと知ってる。この何年も、僕に頼んで君へのプレゼントを選ばせてたんだ」「例の夜、君が薬を盛られたときも、真夜中に僕のところへ解毒剤を取りに来た。君の名誉を心配して、相手が君だと僕が気づいたあとも、誰にも言わないでほしいって頼んできた」「それに、あの夜は一睡もせず、ずっと君のそばで看病してた」その出来事は、花音もはっきり覚えている。あのときは確かに、星乃に心を打
Read more

第434話

「兄は、星乃の恋愛感情なんて気にしてないだけよ」花音は言った。「じゃあ、仕事のことや、好みまで気にかけると思う?」遥生の一言で、花音は言葉に詰まった。実際、結衣がひどい目に遭った一件のあと、自分が知っているのは、兄と星乃の関係が一気に悪化したことだけだった。もともと自分は星乃が好きではなかったし、兄から彼女のこれまでの行動を聞かされてからは、嫌悪感はますます強くなっていた。ほとんどの場合、冬川家に戻っても、自分と兄は星乃をいないものとして扱っていた。どうしても同じ空間にいなければならないときでも、兄は彼女を完全にスルーし、自分もたいてい棘のある言葉を投げるだけ。気にかける?兄が何を気にしているのかは知らない。でも自分が気になるのは、兄がいつ星乃と離婚するのか、それだけだった。花音は黙り込んだ。頭の中はぐちゃぐちゃで、言われたことに少し心が揺れている自分に気づく。だが、ふと結衣の住まいの前に立つ警察官の姿が目に入り、この電話をかけた本来の目的を思い出した。「もう起きてしまったことだし……取引をしたくて電話したの。星乃に、結衣さんへの訴えを取り下げさせて。そうしたら、私も兄に今回の件をこれ以上追及させないようにする。それに、UMEの件も一緒に釈明してあげる。どう?今回のパクリ疑惑、そこまで大きくはなってないけど、小さな話でもないでしょ。お互い一歩引けば、どっちにとっても悪くないと思うの」花音は、自分の提案は十分に公平だと思っていたし、遥生も多少は考えるだろうと思っていた。けれど彼は軽く笑い、迷いもなく言った。「まず、世の中に一歩も引けないこともある。それから、パクリの件は星乃に非はない。事実はそのうちはっきりする。最後に、星乃は僕が本気でUMEに迎えた人だ。まだ結論も出ていないことで、誰かが彼女を傷つけるのは許せない。君がどうしても彼女に偏見を持つなら、もう電話してこないでくれ」通話が切れ、「ツーッ」という音だけが耳に残った。花音は喉の奥が詰まり、怒りの行き場も見つからなかった。その頃、星乃は会議室にいて、この電話のことは何も知らなかった。UMEに戻ると、彼女は律人から教わった「内通者をあぶり出す方法」を、最も信頼している智央と遥生に共有した。三人で状況を整理し直し、最終的に数人の怪しい候補を絞り込
Read more

第435話

拓真は少し冷えた口調で言った。「待たなくていいって、言ったよな?冬川グループが新しく出した知能ロボット、最近内部トラブルが多くてさ。連日、修正対応で残業続きなんだ。遅くなりすぎてお腹も空いたから、みんなで外で食べてきただけ」残業の話題になると、千佳は余計に腹が立った。彼女は、クビになるかもしれない覚悟でUMEの内部資料を拓真に渡し、それを冬川グループへ持って行かせた。それもすべて、拓真が昇進して給料を上げるためだった。ところが、これだけ時間が経っても昇給どころか、拓真は前より忙しくなる一方で、毎月家に入れるお金もどんどん減っている。業界トップの企業なのに、待遇は小さな会社以下だなんて。このままじゃ、二人の家はいったいいつになったら買えるの?千佳は堪えきれず、愚痴をこぼした。「あなた、あれだけ会社に貢献してるのに、昇進も昇給もなし、ボーナスもなし。それなのに毎日残業なんて……いっそ、冬川グループなんて辞めたら?」冬川グループでの実績があれば、どこへ行っても困らないはずだと、千佳は思っていた。拓真は内心ぎくりとして、視線を泳がせた。実際には、会社からはかなりのボーナスも出ていて、給料も倍になっている。だが、ある事情があって、そのことを千佳には話していなかった。拓真はわざと給料の話題を避け、千佳がいつものように愚痴を言っているだけだろうと軽く受け流した。「それは会社のせいだけじゃないよ。君がくれた資料、正直そこまで揃ってなかったし、調整に時間がかかってるんだ。それに、システムにもバグがあって、小さな不具合が頻繁に出るし」千佳は手を振って、聞く気もなさそうに言った。「そんな細かい話はどうでもいいの。どんな理由があろうと、あなたが部署の大問題を解決したのは事実でしょ。本来なら功労者じゃない?それなのに、こんな扱い……使い捨てもいいところよ。さっき業界の人事の人と話したけど、あなたみたいな人なら高待遇で迎えるって。明日、一緒に面接に行きましょ。これがその会社の資料だけど、ほら……」そう言って、千佳はスマホを取り出し、拓真の前に差し出した。ここまで食い下がってくるとは思っておらず、拓真は苛立って、そのスマホを乱暴に押しのけた。千佳は呆然と彼を見つめた。拓真の目に浮かんだ露骨な苛立ちが目に入り、身体がその場
Read more

第436話

千佳は最初、内心びくびくしていた。最近、仕事に身が入っていなかったことを星乃に気づかれ、叱られるのではないかと思ったのだ。だが、話が「資料の流出」だと聞いて、少し気が楽になった。「そんなの、私に聞かれてもわかりませんよ。この企画を担当しているのは、私ひとりじゃないでしょう?美優たちも関わってましたよね?」昨日、何気なく聞いたとき、美優たちも自分と同じ作業をしていると耳にしていた。星乃は彼女と言い争うこともせず、手を伸ばして、昨日美優たちに渡した資料をそのまま千佳に差し出した。千佳は最初、深く考えずにそれを受け取ったが、美優たちの企画書を見た瞬間、ようやく星乃の意図を理解した。美優たちの案も、自分が担当していた案も、同じ脆弱性への対処を目的としていたが、アプローチの方向性はまったく異なっていた。そして今、冬川家が公表した対応策は、自分が持っている案と全く同じだった。つまり、この案を漏らしたのは自分だということになる。千佳は一瞬、不安に胸を掴まれたが、すぐにいつもの表情に戻った。以前なら動揺していたかもしれない。だが今回は、彼女自身は流していない。流出させたのが誰かいるとすれば、それは自分ではなく、ほかの誰かだ。――一体、誰なのか。千佳は星乃を見据え、冷ややかに笑った。「星乃主任。私のことが嫌いなのはわかってますけど、こんなことで濡れ衣を着せるのはどうかと思いますけど?そんなに私が気に入らないなら、辞めればいいってことですよね?」そう言い終えると、千佳は迷いなく社員証を机に投げ出し、背を向けて出ていこうとした。星乃と折り合いが悪いことは、彼女自身も承知している。きっと星乃は、自分を追い出す口実を探しているに違いない、と。だが自分は、智央に引き立てられて今の立場にいる。星乃が不在だった間も、智央と協力して部署をまとめてきた。星乃が辞めろと言っても、智央が簡単に認めるはずがない。案の定、数歩進んだところで、星乃の声が飛んできた。「待って」千佳は、引き止められたのだと思い、内心ほくそ笑んだ。口元をわずかに緩め、振り返って何か言おうとしたその瞬間、星乃はさらに問い詰めた。「以前、会社の知能ロボットの新製品技術が流出した件。あれも、あなたの仕業よね?」千佳の動きが止まり、視線が思わ
Read more

第437話

智央は眉をひそめ、落胆と驚きが入り混じった表情を浮かべていた。どう見ても、まだこの現実を受け止めきれていない様子だ。「本当に……彼女なのか? どうして彼女なんだ?UMEだって彼女をぞんざいに扱ってたわけじゃないし、長年の社員だろう」千佳は才能に恵まれているわけではないが、仕事ぶりは真面目だった。星乃が来る前には、智央が彼女を部署の責任者に据えることまで考えていたほどだ。「何か誤解があるんじゃないか?もう一度調べたほうがいいんじゃないか」智央はそう言った。星乃を疑っているわけではない。ただ、千佳が自分の得にもならないようなことをするとは、どうしても思えなかったのだ。星乃は答えなかった。彼女はうつむいたままスマホを見つめ、通知音が鳴ると、それを智央に差し出した。「これは集めた証拠です」疑う相手が定まってからの調査は、ずっと楽だった。新商品の情報が漏れた時期を手がかりに、星乃は千佳のその数日の行動を調べさせ、最終的に社内の防犯カメラ映像から、千佳が美優を別の場所へ行かせたあと、新商品の企画内容を撮影している場面を見つけ出した。そのときエレベーター内のカメラは故障していたが、向かいの部署のカメラに映っていた映像が残っていた。画質は粗かったものの、智央には後ろ姿だけで誰なのか分かった。間違いなく千佳だった。「彼女の家庭状況も調べました。真田拓真っていう彼氏がいて、冬川グループの新商品の開発部に所属しています。今回の新商品の責任者リストにも、彼の名前がありました。しかも、かなり重要な立場です。つまり、彼女の行動は見返りなしってわけじゃないです」これだけ偶然と証拠が重なれば、智央も信じざるを得なかった。物的証拠はそろった。次は証言だ。星乃は美優を呼び出し、当時の状況について話を聞こうとした。だが、美優は協力する気がなさそうだった。軽く鼻を鳴らし、気にも留めていない様子で言う。「そんなに前のこと、覚えてるわけないじゃない」本当は、覚えている。美優は記憶力がいい。千佳が低血糖を起こしたことだけでなく、飴をどこから取り出し、どの手で千佳に渡したかまで、はっきり覚えていた。けれど以前、千佳は「体が弱いせいで会社を辞めさせられるかもしれないから、内緒にしてほしい」と言っていた。告げ口するような真似は、絶対にし
Read more

第438話

連絡先のメモは【結衣さん】になっていた。千佳は、この相手がたぶん拓真がよく口にしていた、プロジェクトの総責任者、葉山結衣なのだろうと察した。仕事上のやり取りが多い二人なのだから、拓真が彼女のチャットをピン留めしているのも不思議ではない。けれど千佳が衝撃を受けたのは、拓真が結衣に送った最新のメッセージだった。それは昨夜彼女が星乃から受け取った、あの企画書だった。しかも、企画書のタイトルすら変えられていない。――じゃあ、あの企画書を漏らしたのは、本当に自分だったの?拓真は自分の許可も取らず、相談すらしないまま、UMEの社内資料を勝手に持ち出していたのだ。千佳はその場に立ち尽くし、胸の奥にいろんな感情が一気に押し寄せてきた。彼女が動揺したのは、資料が流出したことそのものではない。なぜ拓真が自分に隠れてこんなことをしたのか、それがどうしても理解できなかったのだ。指先が小刻みに震える。不意に指がマウスのホイールに触れた。チャットの履歴が上へと流れていく。そこで千佳は、拓真と結衣のやり取りを見て、はじめて気づいた。最近、拓真はちょくちょく結衣に贈り物をしていたのだ。以前、自分が彼に話したことのある限定の口紅。D社の新作香水。スキンケア用品。……どれも、自分がたまたま話題にしたものだった。結衣の返信はどれも素っ気なく、ほとんどが形式的なお礼だけ。それでも拓真は気づかないふりをして、相手がはっきり「もう話したくない」という空気を出すまで、やり取りを続けていた。そして最後は、決まって可愛いスタンプをひとつ送って会話を終わらせる。拓真はいつも千佳に優しい。彼女が欲しいと言ったものは、たいてい翌日にはプレゼントとして目の前に現れた。最近はよく「金欠だ」なんて言っていたが、千佳は特に疑いもせず、冬川グループがケチなだけだと思っていた。まさか――お金がない理由は、冬川グループのせいなんかじゃなかった。彼のお金は、別の女に使われていたのだ。千佳の目の前が、ぐらりと揺れた。一方、UMEでは、星乃がすべての証拠を揃え、警察に通報しようとしたところで智央に止められた。智央は気の毒そうに、声を落として言った。「千佳は孤児で、支援を受けながら大学を出たんだ。この立場まで来るのに、相当苦労も
Read more

第439話

星乃は中から崇志の声が聞こえてくると、少し考えてからオフィスのドアをノックした。言い争う声は、そこでぴたりと止まった。直後にドアが内側から開き、崇志が姿を現す。年長者らしい、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。だが星乃は、もう子どもではない。その笑みの奥に潜む冷ややかさも、はっきりと見て取れた。星乃はそれに気づかないふりをして、丁寧に挨拶をする。「すみません、おじさん。お邪魔するつもりはなかったのですが、会社の件で遥生社長にご報告がありまして」崇志は目を細めて彼女を眺め、形式的な言葉を交わしたあと、こう言った。「星乃、あんな高いところから落ちて生き延びるなんて、本当に運がいい子だ」星乃は何も答えなかった。崇志はさらに笑顔を深める。「うちの沙耶も、君みたいに運が良ければよかったんだがね」沙耶の名前が出た瞬間、星乃は指先をぎゅっと握りしめた。胸の内には罵りたい言葉が山ほど浮かんだが、口から出たのは淡々とした一言だけだった。「沙耶も、きっと大丈夫です。ただ……生きているだけが幸せとは限りません。やっぱり、笑っていられてこそだと思います」崇志は軽く笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。崇志が立ち去ってから、星乃はようやく部屋の中に入った。遥生は、床に散らばった大量の書類を拾い集めていた。さきほどの口論で、崇志が床に投げつけたものだ。星乃もしゃがみ込み、彼と一緒に拾い終えてから、机の上にまとめて置く。「全部聞いてるわ。智央さんから話を聞いたの」星乃が言ったのは、遥生が自分に黙って、水野家の力を借りるために本家へ戻ったことだった。自分が行方不明になっていた間、遥生は焦りのあまり、水野家の力を使ったのだろう。でなければ、崇志があそこまで露骨に圧をかけてくるはずがない。「智央のやつ、ほんとに口が軽いな」遥生は苦笑する。星乃は正直に言った。「でも、智央は間違ってない。悪いのはあなたよ」彼女は遥生の前に立ち、表情を引き締めて、まっすぐ彼を見つめる。「遥生、あなたは何も話してくれなかった。私のために水野家と折り合いをつけて、危ない賭けに出て帰国して……どんな危険があったのかも、全部黙ったまま。心配させたくなかったんでしょうけど、それでも一人で抱え込むべきじゃない」眉を寄せた彼女
Read more

第440話

遥生にそう聞かれて、星乃は一瞬ためらったが、考えた末に、以前悠真と取引した件については言わないことにした。――後ろめたいなんて思ってないし。実際、やましいことなんて何もなかった。お金は悠真が自ら送ってきたもので、騙し取ったわけじゃない。自分の中では、それを悠真がUMEに投資してくれた資金だと考えていて、余裕ができたら返せばいいと思っていた。ただ、いくら自分がそう考えていても、遥生はきっと同じ受け取り方はしないだろう。遥生が、自分と悠真がこれ以上関わることを望んでいないのは分かっている。もしこのお金が悠真のものだと知ったら、きっと返すように言うだろう。今のUMEは資金を切実に必要としている。返してしまえば、その穴埋めをまた遥生が考えなければならなくなる。星乃は、遥生なら何とかできると信じている。それでも、これ以上彼に余計な負担をかけたくなかった。沙耶を捜し出してからというもの、遥生は星乃が崖から落ちたという知らせを受け、昼夜を問わず必死に星乃を探し続けていた。あの日、白石家からの帰り道で車の中で意識を失ったこと、そしてその後も何度か風邪をこじらせて高熱を出していたこと……それらはすべて、遥生が隠していたことで、後になって星乃が智央から聞いた話だった。星乃は、もうこれ以上、彼を悩ませたくなかった。「律人がこのプロジェクトを気に入ってて、将来性があるって言ってたの。資金が足りないかもしれないって聞いて、投資してくれたみたい」遥生は首をかしげた。「だったら、どうして本人が直接僕のところに来ないんだ?」「断られると思ったんじゃない?」星乃は答えた。遥生はまだ少し疑っている様子だった。けれど星乃は、それ以上質問させる隙を与えず、内通者が千佳だった件を伝え、彼の考えを尋ねた。遥生は黙り込み、視線を落としてしばらく考え込んだあと、口を開いた。「結衣は、新製品の開発部の最終責任者だよな。彼女がこの件を知っていた可能性はあると思う?あるいは、悠真に取り入ろうとして、千佳たちに行動を唆した可能性はどのくらいあると思う?」遥生は、星乃をまっすぐ見つめた。星乃はそこまで考えたことがなく、その言葉に少し驚いた。「どうして、そう思ったの?」星乃が尋ねた。遥生は首を横に振った。「ただの推測だ。聞
Read more
PREV
1
...
404142434445
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status