All Chapters of 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで: Chapter 411 - Chapter 420

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第411話

佳代はちょうど、毎日回診に来る医者を見送ったところで、彼の問いには答えずに、気遣うように言った。「まずはゆっくり休むのよ。事実関係は、いま警察が調べているところなんだから」そう言いながら、堪えきれずに少し責めるような声になる。「あなたもね、あのとき言ったでしょ?この件には首を突っ込まないほうがいいって。無事だったからよかったけど、もし何かあったら……」話しているうちに、佳代の目元が赤くなる。「私たち夫婦はどうすればいいの?冬川家はどうなるの?」「それにおばあちゃんが、こんな知らせに耐えられるわけないじゃないの」花音も腹を立てて口を挟んだ。「お兄ちゃん、星乃なんて、そんなふうに守る価値ないよ。お兄ちゃんが運ばれてきたとき、彼女どれだけ冷たかったか。心配する素振りなんて、まったくなかったんだから」もし、病院へ向かう途中で悠真がずっと星乃の手を離さず、名前まで呼んでいたのを見ていなければ、病院に同行させる気すらなかった。二人とも、彼が最初にした問いにはまともに答えようとしない。悠真は黙り込み、彼女たちの間接的・直接的な星乃への不満には反応せず、雅信のほうへ視線を向けた。雅信はわずかに険しい顔のまま、口を開かなかった。もともと息子の恋愛にはほとんど口出しせず、相手の選択にも干渉しない人だ。だが今回ばかりは、これまでとは違う。星乃が危うく彼を死なせかけたこと、そして結衣や冬川家に面倒ごとを山ほど持ち込んだことは置いておくとして。今は何より、結衣のお腹には悠真の子がいる。どう考えても、星乃に不満が残らないはずがない。悠真は三人の空気の微妙な変化を感じ取り、心の中で察していた。冬川家が星乃のことになると、いつもこうだ。雅信は多くを語らず、佳代は遠回しに星乃を責め、花音はもう隠す気もなく嫌悪感を示す。これまで悠真は、それを特に気にしたことがなかった。しかし今は、どうしてか胸の奥に、言葉にしづらいやるせなさが残った。星乃が冬川家に嫁いで五年。その間、彼女の味方をする人は一人もいなかった。以前はそれを問題と思ったことはなかったが――ついこのあいだ、自分が家の外に締め出され、星乃が他の人たちと笑っている声を聞いたとき、初めてその孤独とやりきれなさを思い知った。悠真が何も言わずに数分が過ぎると、三人も彼の表情の変化
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第412話

この二か月のあいだ、星乃と悠真が離婚してからというもの、星乃の態度は目に見えてひどくなっていて、花音は「これが本性なんじゃないか」と本気で疑っていた。離婚したことで、星乃は結衣のせいにして、きっと彼女に何かよくないことをしたのだ。だからこそ、結衣が反撃したのだと。だって帰国する前から、星乃は何度も結衣を挑発していた。今、結衣が瑞原市に戻ってきて、星乃がさらにエスカレートしないはずがない。そう思って、花音はまた以前の「星乃の挑発事件」を持ち出した。だが今回は、悠真は花音の言葉をそのまま信じなかった。「星乃が挑発したって……それ、実際に見たのか?」花音は一瞬黙り、首を振った。実際に見たことはない。「前に結衣さんのところへ行ったとき、たまたま結衣さんのスマホに表示されてるのを見たの。挑発してきた相手のアカウントは、確かに星乃のものだった。それに、星乃には昔から説明のつかない出費がたくさんあったじゃない。あのお金、あなたには用途を言えなかったみたいだけど……結衣さんを狙うためじゃなかったら、一体何に使ってたっていうの?」花音は断言するように言った。かつて悠真も、その話をそのまま信じていた。それは「星乃は腹黒くて、嫉妬深く、根にもつタイプだ」という、最初から抱いていた思い込みがあったからだ。けれど、このところ一緒に過ごす時間の中で、星乃に対する印象は揺らいでいた。どうしても、まだ知らない何かがあるような気がしてならない。今回、悠真は花音の言葉には乗らなかった。少し呼吸を整えてから言う。「そのあたりは、警察がちゃんと調べる」花音は固まった。「お兄ちゃん……そんなこと結衣さんの前で言ったら、どれだけ傷つくかわかってる?」幸いにも、彼らは結衣が訴訟で過激なファンに絡まれるかもしれないことを考慮し、無理に冬川家に留めて病院には来させなかった。そうしていなければ、兄のこの発言を聞いて、結衣はショックで倒れていたかもしれない。花音自身がもう気が狂いそうなほど怒っているのだ。「お兄ちゃん、ほんとに……星乃に何を吹き込まれたの?なんでそこまで庇うの?落ちたとき、頭でも打ったんじゃないの?忘れないでよ。結衣さんはあなたを何年も待ってた。あなたが好きなのは、ずっと彼女だったでしょ……」兄妹が初
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第413話

悠真は喉が詰まったように声を失った。星乃が子どもを産めなくなったのは自分のせいだと、そのことを説明しようとした。だが、雅信はその考えを見透かしたように、横でゆっくりと口を開いた。「大きなことを成し遂げる者は、感情で動いてはならん。結衣の実績を見れば、彼女の能力はもう十分証明されている。感情であれ、冬川家のためであれ、彼女を切り捨てるような真似はできない。少なくとも今は絶対に駄目だ。そんなことをすれば、世間にどう言われるか。悠真、君と星乃が五年も夫婦だったのは知っている。多少の情があって当然だ。だが、もうここまでこじれてしまった。今の彼女は君の『敵側』に立っている。結衣を助けない選択をしたとしても、星乃に戻ることはできない。どうなるかは、君が一番わかっているはずだ」当時、星乃と悠真が離婚したことは、瑞原市中の噂になった。離婚後、悠真のそばにずっといたのは結衣で、彼女は冬川家の新規プロジェクト立ち上げにも大きく支援し、悠真の隣に立ち続けてきた。真相がどうであれ、結衣の行いが正しかろうが間違っていようが、今は証拠が入り乱れてはっきりしない状況だ。そんな中で悠真が前妻・星乃を選び、結衣を切り捨てるような動きをすれば、冬川家の瑞原市での信用は間違いなく地に落ちる。佳代がまだ何か言おうとしたが、雅信はそこで言葉を切った。「……あとは本人が考えるべきだ」雅信は息子のことをよく知っている。一度腹を決めたら、誰が何を言っても揺らがないタイプだ。冬川家の責任は、今その肩にのしかかっている。雅信は、それでも悠真ならうまくやるだろうと信じていた。だが、佳代の不安は完全には消えなかった。病室を出ると、胸の奥にざわつきが残ったまま口を開く。「悠真は優しい子だし、何より嘘が嫌いでしょ? 崖から落ちたあの日のあと、星乃への態度が明らかに変わったわ。さっきだって見たでしょう? 星乃のことで、もう少しで花音と口論になるところだったのよ。悠真が花音にあんなふうに言い返すなんて、今まで一度もなかったのに。……もしどうしても星乃を助けようとしたら、どうするの?」その心配は決して杞憂ではなかった。佳代には、あの崖から落ちたあとに何があったのか全くわからない。けれど、星乃の名前が出るときの悠真の表情は、以前とはまるで別人だった。雅信は佳
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第414話

これは、自分に会うつもりだという意味だと、星乃はすぐに理解した。佳代が会いたがっている理由も、考えなくてもわかった――結衣への告訴を取り下げさせるためだ。そのことを思い出した途端、胸の奥にひっそりと疑問が浮かぶ。前は、自分ならやり遂げられると信じていた。冬川家が結衣のために動くことなんて、ありえないと思っていたから。でも今は違う。結衣は妊娠していて、悠真の子を身ごもっている。冬川家はその子どものために、彼女を守る道を選んだ。自分はもう以前の星乃ではないが、それでも能力には限界がある。しかも今は、圭吾を怒らせてしまい、いつ何が起こるかわからない状態だ。――本当に、自分は子どものために復讐なんてできるだろうか?考えれば考えるほど胸が冷えていき、星乃はため息をつき、水でも飲もうと階下へ向かった。外はもうすっかり暗く、別荘の中も真っ暗だ。律人はもう寝ているはず。起こしたくなくて、照明はつけず、スマホのライトだけを頼りにそっと階段を降りる。そのとき。階段の手前で、かすかな猫の鳴き声が聞こえた。星乃は足を止める。その声を辿って進むと、とある部屋の前でぴたりと止まった。まちがいなく、この中から聞こえている。ドアを開けようとした瞬間、中からカチャカチャと騒がしい音がした。続いて聞こえたのは、律人の疲れきった、情けなくて、どこか必死な声。「そんな声出したら、ママが起きちゃうだろ……頼むからやめてくれって。お願いだからケージに戻ってくれない?」もはや折れかけているかの声だった。星乃はそっとドアを押し開けた。目に飛び込んできた光景に、思わず固まる。部屋中に物が散乱していた。律人は上品なルームローブを着ていたが、髪は乱れ、床にへたり込み、荒い息をしていた。その二メートルほど先には、小さな子猫がいた。まんまるの黒い瞳で律人をじっと見つめ、前脚を床につけたまま、お尻だけぷいっと持ち上げ、嬉しさを抑えきれずに小刻みに揺れている。星乃がドアを開けた瞬間、小さな子猫が「ぴゅーっ!」と勢いよく飛び出し、真っすぐ彼女に突進してきた。ところが、突進の途中で何かに驚いたように体をひねり、勢いよくジャンプ。そのまま律人の腹に蹴りを一発。律人「……」星乃「……」二人は無言で見つめ合った。
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第415話

星乃は彼の反応を見て、さらにその微妙な視線が自分に向けられているのに気づき、少し気まずくなった。そっと頬に触れ、不安げに聞く。「……どうしたの?」「なんでもないよ」律人は答えた。「まだ名前を付けてないんだ。君が付けてくれないか?」星乃は疑いもなくうなずく。考えながら、彼女は指で子猫の頭をそっと撫でた。黒い毛並みと、水々しい大きな瞳をした子猫を見ていると、子供の頃に見たアニメに登場したある猫にそっくりだった。そう思うと、彼女の目がぱっと輝いた。「じゃあ、この子はジジにしよう」小さな子猫は目を細め、喉の奥で「ゴロゴロ」と満足そうに鳴いた。律人の口元が少しだけ上がる。「いい名前だね。ただ、あの魔女の黒猫の名前だろ?本当にあんなに賢くて、頼りになるのか?」「きっとそうよ」星乃は言う。きっと、キキを支えたジジみたいに、これから知恵を使って悪を片付けるんだから。元々、星乃はここに住み始めたら少し気まずい思いをするんじゃないかと心配していた。生死を共にしたことはあっても、こんなふうに長い時間を一緒に過ごすのは初めてだ。けれど、ジジがいるだけで、星乃は律人との距離がぐっと近づいたように感じた。二人の関係は急速に発展していった。ソファで猫をじゃれているはずが、気づけばそのまま寝室に流れてしまう。そんなことが何度か続いた。ただ、朝になって落ち着くと、星乃の胸にはどうしても言いようのない不安が残る。悠真との結婚生活の中で、あの男は夜を共にしたあと、容赦なく離れ、次に顔を合わせると目には嫌悪しかなかった。そのため、星乃は意図的に悠真の目を見ないようにしていた。営みの後は、できるだけ彼を避けていた。身体の重さと痛みをこらえながら起き上がろうとしたその瞬間、星乃の腕が律人に捕まれる。背後から抱き締められ、律人は少し拗ねた声を出した。「どうしたの?朝の僕って、そんなに見た目が変?なんで急に冷たくするの?」腰に回された腕の温度に、星乃は一瞬どうしていいかわからなくなる。振り返ると、律人はどこか余裕のある姿で、眠たげな表情をしていた。短い髪が少し乱れている。――変だなんて、まるで当てはまらない。むしろ、少し色っぽいくらいだ。でもそんなこと、口に出せるわけがない。星乃はどう説明するべきか分からず、最
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第416話

悠真が怜司の家が経営する朝倉聖心病院で治療を受けている間、二人は嫌でも顔を合わせる機会が多かった。悠真はよく怜司を呼びつけていた。口では「話し相手になれ」と言いながらも、実際には、星乃をいじめた連中を、怜司の目の前で淡々と裁いていった。冷たく指示を出し終えると、悠真は振り返り、病院の状況はどうかと怜司に訊く。怜司はその横でガタガタ震えながら、まるで「見せしめ」にされているような気分だった。そんな日々が続いた。この張りつめた怖さは、殴られるよりよっぽど堪えられない。だがそれよりも、怜司を震え上がらせていることがもう一つあった。――結衣の妊娠は嘘だった。最初にそれを聞いたときはさすがに驚いたが、もともと結衣が生き延びるためについた嘘で、仕方ないとも思えた。それに、結衣の言い分も一理あった。悠真と結衣はまもなく婚約する。妊娠して子どもができるなんて、時間の問題だ。だから怜司は、つい魔が差して、隠すのを手伝い、自分の立場を利用して偽の妊娠検査の証明書まで作ってしまった。だが、悠真が戻ってきた今、すべてが思っていた方向と違ってきていた。聞けば、この二日間、結衣が悠真に会いに来ても二度続けて門前払いを食らっているという。怜司が病院の倉庫でしゃがみ込み、どうしようかと頭を抱えていたところに、誠司が慌ただしく通りかかった。怜司に気づいた誠司は、足を止めた。「朝倉先生、こんなところで何してるんですか?悠真様がお呼びですよ」怜司の心臓がどくんと跳ね、胸の奥に押し込めていた不安がまたせり上がる。それでも無理に平静を装い、笑顔で訊いた。「悠真、何か言ってた?機嫌はどう?」誠司は少し考え、「前とあまり変わらないですね。でも、さっき冬川家のボディーガードにちょっと問題があって、悠真様、かなり怒ってました。スマホも投げつけて壊して……それで傷も開いて、出血してました。もう一度巻き直さないといけないらしくて。朝倉先生、早く行ってあげてください。私はスマホ買ってきます。悠真様、戻ってきたばかりで冬川グループの仕事が山積みで、スマホが鳴りやまないんです」誠司は状況を伝え終えると、急ぎ足で去っていった。怜司は不安で胸の鼓動を抑えられないまま、悠真の病室へ向かった。すでに看護師がガーゼを替えており、悠真の上
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第417話

怜司の心臓がぎくりと跳ねる。悠真の、笑っているようで笑っていない黒い瞳を見つめると、この言葉がまさに自分に向けられた警告だと、怜司はほぼ確信した。ここ数日、悠真は何度も何度も、遠回しに釘を刺してきた。もう耐えきれなくなった怜司は、足早に近づくと、そのままベッドの前で膝をついた。「悠真、俺が悪かった。星乃にひどい言い方をしたこと、心から反省してる。もう二度としないから。どうか許して。前にあんなことをしたのも、全部、彼女に自分から身を引いてもらうためで……お前と結衣がうまくいくようにと思って……」怜司は悠真が実際にどれだけのことを知っているのか分からなかったが、それでもつい結衣の偽の妊娠の事は隠した。星乃と悠真がもう元に戻れないのは明らかだ。いずれ冬川家の嫁になるのは、きっと結衣だ。彼女を敵に回すわけにはいかない。それに、この件には自分も深く関わっている。結衣を売ることは、自分自身を売るのと同じだ。そんなことになれば、どこにも居場所がなくなる。怜司は歯を食いしばり、賭けに出た。幸いにも、悠真はこの件を本当に知らないようだった。悠真は軽くまぶたを上げ、彼を見下ろす。怒るどころか、声色は穏やかだった。「……何をしてるんだ?」低く沈んだ笑いを一つ漏らす。「俺は、何年も前のことを今さら蒸し返して、お前に責任を追及したりはしない」悠真は昔から言ったことを守る男だ。それでもなぜか、怜司の背中には冷たい汗がにじんだ。――何年も前のことは追及しないなら、もしかすると現在の事で自分と決着をつけようとしているのか?怜司の考えを見抜いたように、悠真が続ける。「冬川家の内部に、白石家と手を組んでいる人間がいる。今回俺が襲われたのも、その繋がりが関係している。……誰だと思う?」悠真は、星乃を庇って撃たれたことを誰にも話していない。だから怜司も、その裏事情を知る由もなかった。その言葉を聞いた瞬間、怜司の心臓が跳ね上がる。――悠真を狙った人間がいる?冬川家のボディガードに直接接触できる者は多くない。接触できてしかも怪しまれない者は、さらに少ない。結衣、冬川家の人間、誠司……どれも接点は多いが、怜司はすぐにこの数人を除外した。結衣や冬川家の人間が、悠真を傷つけるはずがない。誠司にも、そんな理由はない。考えを巡ら
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第418話

そう言って、怜司はスマホを握り、外に出て結衣に事情を説明しようとした。だが立ち上がる前に、悠真が手を伸ばして言った。「俺が話す」そう言われてはどうしようもなく、怜司はスマホを差し出すしかなかった。神経を張りつめながら、心の中で結衣が余計なことを口にしませんようにと祈る。幸い、会話はごく普通だった。結衣が何を話したのかは分からないが、悠真は彼女と会う約束をしていた。いつもと変わらないやり取りを聞いて、怜司はほっと息をつき、スマホを受け取ろうとした。だが悠真は、わざとなのか無意識なのか、結衣との通話履歴をタップした。画面には、何件もの発着信が並んでいる。その動作に、怜司はぎょっとした。「ずいぶん頻繁に電話してるんだな」悠真がそう言う。怜司の心臓が跳ね上がる。「このところ、結衣はずっとお前のことを心配してて。でも冬川家の人たちの迷惑になるのが怖くて、俺に電話してきたんだ。それに、今は体の状態がああだから、病院にもよく来なきゃいけなくて」それを聞いても、悠真は何も言わず、スマホを返した。怜司はさっと画面を確認し、問題なさそうなのを見て、ようやく肩の力を抜いた。……電話を切ったあと、結衣はクローゼットの前に立ち、以前悠真が一番好きだと言ってくれた服を選んだ。髪も丁寧に整え、これで大丈夫だと確認してから病院へ向かう。戻ってきてから、悠真はずっと自分に会おうとしなかった。遥生の訴え、そしてあの証拠のせいで、悠真が自分に不信感を抱いたのは明らかだった。でも大丈夫。自分には、まだ対処する方法がある。無事に病院に到着した後、結衣はもう一度身なりを確認してから病室に入った。悠真の姿を見るなり、結衣は足早に駆け寄った。「悠真、無事で本当によかった……私、てっきり……」目元が赤くなり、口を開いた瞬間、大粒の涙が頬を伝って落ちる。思わず守ってあげたくなるような姿だ。これまでなら、悠真は彼女を慰めたり、背中を軽く叩いたりしていた。だが今回は、静かな目で見つめるだけで、何もしなかった。結衣は悠真の性格をよく分かっている。弱さを見せれば、彼には通じる。それでも反応がないということは、完全に彼の逆鱗に触れてしまったということだ。結衣は涙を拭き、これ以上の無駄な抵抗はやめた。「悠真、あなたが私に怒って
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第419話

その指輪は、自分が圭吾と取引をしたとき、無理やり「証」として持っていかれたものだった。まさか、その指輪が悠真の手に渡っているなんて?結衣は喉が詰まり、突然の問いに言葉を失った。悠真はもう、自分を信じていない。ここでさらに嘘をついて見抜かれでもしたら、二人の関係は取り返しのつかないほど悪化する。彼女の顔から血の気が引いた。「……圭吾が私を訪ねてきたのは事実よ。でも、あなたを探す手伝いができるって言ったの。悠真、あのときは、本当にあなたがどうなったのか分からなかったの。あなたに何かあったらと思うと怖くて……一人でも多く探しに行ったほうが、希望が増えると思っただけ。彼があなたや星乃を狙ってるなんて、知らなかった」結衣は分かっていた。悠真が本気で圭吾に問いただすことはない。たとえ会えたとしても、圭吾が自分を裏切るはずもない。だから説明すべきなのは、ただ一つ。なぜ、自分の指輪が圭吾の手にあったのか、それだけだ。だが、彼女の言葉が終わると、悠真は小さく笑った。一度目を閉じ、再び開いたとき、目の前の結衣がひどく見知らぬ存在に思えた。顔立ちは変わらない。か弱げな佇まいも、いつも通りだ。けれど、かつて純粋で優しかった彼女は、まるで別人のようだった。「俺は一度も、星乃を誰かが狙ったなんて言ってない」「なのに、どうして君は星乃が狙われたってことを知ってる?」悠真は淡々と言った。最初に銃口が向けられていた相手が星乃だったことは、彼自身と、その場にいた人間しか知らない。それを、なぜ結衣が知っているのか。考えられるのは二つだけ。さっき怜司に話した直後、怜司がすぐ彼女に伝えたか、もしくは最初から、結衣が圭吾の狙いを知っていたか。だが時間的に、前者はあり得ない。となると答えは一つ。結衣は圭吾と手を組み、最初から星乃を殺そうとしていた。つまり、結衣自身も、星乃の命を奪うつもりだったということだ。結衣はその場に立ち尽くし、少し遅れて自分の言葉の綻びに気づいた。さっきよりもさらに顔色を失い、喉が詰まって何も言えなくなる。その反応が、すべてを物語っていた。悠真は、それ以上問い詰めなかった。自嘲気味に笑う。「この数日間、ずっと考えてた。いろんな人を疑ったし、星乃の言葉さえ疑ったこともあった。……でも、君だけは疑い
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第420話

「そうよ、私は彼女が憎い!星乃が憎いの!いっそ死んでしまえばいいって思ってる!そうすれば、あなたの心は私とこの子だけのものになるでしょ!」結衣は取り乱したように叫んだ。そばにいた怜司でさえ、言葉を失うほどだった。「あなたが星乃の味方をして、私がひどい人間だと思うなら、私とこの子が死ねばいいのよ。そうすれば、あなたたちは満足でしょ」そう言うと、結衣はお腹を押さえて苦しそうに身をかがめ、振り向きざまに飛び降りようとした。暴れる力があまりにも激しく、怜司一人では止めきれないほどだった。「悠真、何があっても結衣のお腹にはお前の子どもがいるだ!見殺しにするなんてできないだろう!」怜司が必死に叫ぶ。結局、悠真はナースコールを押し、周囲の手を借りて強引に結衣を取り押さえた。結衣はその場に立ち尽くしたまま、長いこと泣き続けた。悠真の頭の中はぐちゃぐちゃだった。さっきまでの怒りは消え、代わりに重い後悔が胸に広がっていく。結衣の言うことは、間違っていない。この件は、彼女一人の責任ではない。自分が甘やかし続け、期待を持たせ、突き放すことも抱き寄せることもせず、曖昧な態度を取り続けた結果、彼女が過ちを犯す道へと進んでしまったのだ。この件について、自分にも大きな責任がある。どうしようもない無力感が、再び押し寄せてきた。彼は若くして冬川家を継ぎ、どんな決断も熟考したうえで、迷いなく下してきた。それなのに、この瞬間になって、初めて後悔という感情が湧き上がった。花音が勝手に婚約を公表したあのとき。星乃の冷たい態度に腹を立て、感情に任せて事を大きくしてしまったのは、明らかに間違いだった。あの時点でちゃんと収めていれば、ここまでこじれることはなかった。二人の女性を同時に傷つけることもなかったはずだ。悠真は喉の奥が詰まるように苦しくなった。病室の空気は、張りつめたまま動かない。怜司は人に頼んで結衣を隣の病室で休ませた。悠真の表情から先ほどの強さが消えているのを見て、少し迷いながらも慎重に口を開く。「悠真、俺が口出しするべきじゃないのは分かってる。でも、どうしても言いたくて。女の人って、嫉妬する生き物じゃない?星乃だって、昔は嫉妬から結衣を傷つけたことがあるし……今回はお互い様ってことで。それに、星乃は大事には至っ
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