「ごめん、亮介。私、行けない」 搾り出すように言葉を口にすると、空気がぴんと張り詰めた。「……理由を聞いてもいい?」 亮介の声は落ち着いているけれど、その奥にある緊張は隠しきれていない。 顔が見えないぶん、どんな表情をしているのか想像してしまい、胸がざわついた。「実習に入る前、亮介と少しずつ違う関係になれたらいいなって思ったのは本当。でも……あれから時間が経って、私の気持ちは変わってしまったの。だから、ごめんなさい」 うそじゃなかった。亮介となら新しい恋を始められるかもしれないと考えた時期も確かにあった。 友達以上になれる未来を思い描いたこともあった。 でも、あの夜。兄と想いを確かめ合い、身体を重ねてしまったあのできごとが、すべてを変えてしまった。 ――あの幸せは、兄とだからこそ生まれたもの。 亮介からのメッセージを放置していたのが、その証拠だろう。本当に心が傾いていたなら、もっと自然に、もっと積極的に返事をしていたはず。 けれど私はできなかった。兄のことが頭から離れず、他の誰かに気持ちを向ける余裕なんてなかったのだ。 一度はその気になったそぶりを見せておきながら翻すのは、ひどいことかもしれない。 それでも自分の気持ちを偽ったまま答えるほうが、もっと不誠実だと思った。だから今、伝えるしかない。「瑞希がまだ兄貴を想ってるのは知ってる。だから今回のことにもショックを受けてるのも。でも兄貴は別の人と付き合い始めて、幸せになろうとしてるわけだろ?」「……それは……」 諭すような声に、言葉が詰まる。 亮介の言う通りだ。私がここで彼を拒んでも、兄が新庄さんと別れて私を選ぶなんてことは起きない。 頭では理解している。けれど心がついていかない。「そういう理由なら、俺は諦められない。諦めたくない。すぐに付き合えないっていう
Last Updated : 2025-09-01 Read more