「うわさをすれば……だね」 隣の翠が、私だけに聞こえる声でぽそりとつぶやく。「帰りがけにごめんなさい。ちょっといい? 提出してもらった書類のことで、確認したいことがあって」「あっ……は、はい」 申し訳なさそうな声音。けれど二重の愛らしい瞳には、有無を言わせぬ鋭さが宿っている。 私は心細さを覚えつつも、うなずいた。「瑞希、ついて行こうか?」 翠が小声で気遣ってくれる。「ありがとう。でも平気。……ごめん、先に帰ってて」 本音を言えば、前に二人きりで話したときの新庄さんが怖かった。そばにいてほしい気持ちもある。 けれど、ただの事務処理に付き合わせるのは気が引けた。 ……書類の確認だけなら、すぐに終わるはず。大丈夫。「……わかった。なにかあったらちゃんと言うんだよ?」「うん。本当、ありがとう」 短い会話を交わし、翠は「失礼します」と新庄さんに一礼して通用門へ向かった。「そんなに時間は取らせません。こちらへお願いします」「は、はい」 新庄さんが一瞥して歩き出す。その背を追いながら、少しの不安を抱えつつ後に続いた。 たどり着いたのは、診察が終わったあとの外科待合室。 患者はもちろん、医師や看護師の姿もない。 ――人の気配が消える時間を見越して、ここを選んだのかもしれない。「どうぞ、座って」「……はい。えっと、書類というのは……?」 長椅子に腰かけた新庄さんの隣に、おずおずと座りながら尋ねる。 すると彼女は、いたずらが見つかった子どものように照れ笑いを浮かべた。「ごめんなさい。書類の話は口実なんです。あなたと話がしたくて」
Last Updated : 2025-08-29 Read more