――九月末、大学の後期が始まろうかというころ。 研究室に顔を出した帰りに、翠にばったり会った。 「久しぶりだしランチでもしようよ」と誘ったら、ふたつ返事でOK。私たちは学食へと向かった。 暦の上ではすっかり秋だというのに、気候はまだ夏の名残を引きずっている。 冷たい蕎麦をオーダーして、いつもの丸テーブルに腰を下ろす。「にしても偶然だね。瑞希は元気にしてた?」 にこにこと笑う翠は、ノースリーブの腕が少し日に焼けていた。 休み中、海にでも出かけたのだろう。彼女らしい、健康的な輝きがある。「うん、すっごく元気だよ。翠は?」「暑さにはやられてたけど大丈夫。でも本当、久しぶりだよね。『お茶しよう』って言いながら全然会えなかったし」「そうだね……」 夏休みの間もメッセージでやりとりはしていた。 けれどアルバイトが入っていたり、国家試験の勉強を始めたりして、予定がなかなか合わなかった。 だから今日の再会はラッキーだ。胸がうれしさでいっぱいになる。 蕎麦をすすりながら近況を報告し合っていたそのとき、翠がふと箸を止め、じっと私の顔を見つめてきた。「ん? な、なに?」「元気そうでよかったなって思っただけ。でも……瑞希ってすぐ顔に出るから。なにがあったの?」「え……?」 戸惑って曖昧に笑う私に、翠は意味深に口角を上げて、また蕎麦をすすった。 そして、食後のお茶でも口に含むみたいに、さらりとこう言った。「――ただ『元気だった』ってだけじゃないよね。前期の最後はこの世の終わりみたいな顔してたのに、今はまるで別人だもん」 胸の奥がぎくりと震えた。 ……すごい。さすが翠。私のことを一番よくわかってくれている。 あのころ、私は本当に追い詰められていた。
Last Updated : 2025-09-08 Read more