Lahat ng Kabanata ng 禁愛願望~イケメンエリート医師の義兄に拒まれています~: Kabanata 1 - Kabanata 10

87 Kabanata

【1】

兄は、いつだって私の王子様だった。    誰が見ても完璧。けれど私にとっては、それ以上の存在。    『あの日』から、ずっと憧れの人。 ◆ ◇ ◆  朝六時半。パジャマ姿のまま階下へ降りる。  五月の中旬、薄手のカーディガンがちょうどいい季節だ。 顔を洗ってダイニングへ向かうと、テーブルに見慣れたシルエット。  私の兄――朝比奈漣が、ノートPCに視線を落としながら片手でトーストを齧っていた。  黒いTシャツにチノパンというラフな格好なのに、姿勢がいいのできちんとして見える。 艶のある黒髪が光を受けてきらりと揺れた。    ――朝にお兄ちゃんに会えたのって、いつぐらいぶりだろう?    ここのところ夜間呼び出しや早朝カンファレンスで、私が起きる頃にはもういなかったからうれしい。    そのとき、兄のスマホが軽い音を鳴らした。    兄は画面をちらりと見てから短く息を吸い込み、電話を受ける。 「朝比奈です……はい……ええ、了解しました」    かしこまった口調。病院からだろうか。    幼稚舎から高校まで、名門・聖南大学附属で過ごしたエリートな兄は、そのまま同大医学部へ。    今は父と同じ外科医として、聖南大附属病院に勤務している。    きびきびとした声と落ち着いた表情――ああ、この感じ。「医局で若手のホープと呼ばれている」と父が言っていたのを思い出す。 通話を終えると、何事もなかったように再びトーストを手に取った。    その動作まで無駄がなくて綺麗で、つい目が離せなくなる。    少しうつむき気味に噛み切ると、長いまつげが伏せられ、頬のラインがわずかに動いた。    唇の形にまで見惚れてしまい――「もしこの唇にキスされたら」とか考えて、背徳感で喉が熱くなる。 「……おはよう、瑞希」    はっと我に返ったのは、兄に呼びかけられたからだ。 「おはよう、お兄ちゃん」「そんなところで、どうして突っ立ってるんだ?」 胸の奥で小さな警告音が鳴る。 兄をそんな目で見ちゃいけない――わかっているのに。 慌てて席に着く。 「珍しいね、今日はゆっくりなんだ」「本当は、いつもこのくらいの時間だ」 「……毎日お疲れさまだね」
last updateHuling Na-update : 2025-07-22
Magbasa pa

【2】①

 私と兄の出会いは、十四年前。    実のところ、兄との間には血のつながりも、戸籍上のきょうだい関係もない。    私の実の両親は、私が物心つく前に交通事故で亡くなった。    児童養護施設で暮らしていた私を、里子として迎えてくれたのが朝比奈家――兄の両親だった。  詳しい経緯は今もよくわからない。冠婚葬祭の席で聞きかじった程度の話だけど、朝比奈家の実の長女、愛莉さんという人が病気で亡くなったことがきっかけだとか。    ただ、この件に関しては、なんとなく触れてはいけない空気があって、両親にも兄にも、まだきちんと聞けたことはない。 里親制度には『交流期間』というお試しの時間がある。 実際に里親の家で過ごし、お互いに相性を確かめてから正式に迎え入れるというもの。 初めて朝比奈家を訪ねたのは、その交流期間の最初の夏の日だった。 「瑞希ちゃん、自分の家だと思ってゆっくりしてね」 玄関でそう言ってくれた母の手は、あたたかかった。  「漣、そこにいるんでしょう。こっちにいらっしゃい」    家の中に入ってすぐ、母が一番手前の扉に向かってそう呼びかけた。  その扉から現れたのは、背の高い中学生の男の子。    艶のある黒髪、整った顔立ち、姿勢の良さ。 チャコールグレーのズボンに深緑のブレザーが、不思議と大人びた雰囲気を漂わせていた。    ――わぁ、カッコいい。    その人を見た瞬間、胸がときめいたのをよく覚えている。   「紹介するわね。この子は漣っていうの。中学三年生。……漣、この子が瑞希ちゃんよ」 「は、はじめまして」  名を呼ばれて頭を下げると、兄は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに視線を逸らした。  そして何も言わず、踵を返して部屋へ戻ってしまった。  母は慌てて「普段はあんな態度を取る子じゃないのよ」とフォローしてくれたけれど、私は少し悲しくなった。    ――嫌われちゃったのかな。  でもそれは杞憂だった。    正式に朝比奈家へ迎えられてからの兄は、まるで別人のように優しかったから。    七歳の私に、十四歳の兄。倍以上も年が離れていたけれど、仕事で父母が不在の日には必ず夕食を一緒 にとり、私の話を穏やかに聞いてくれた。  「そうなんだ」「楽しそうでよかった」    そんなふうに微
last updateHuling Na-update : 2025-07-23
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【2】②

「どうしたの、瑞希?」    パジャマ姿の兄は、少し驚いた顔で私を見下ろした。  部屋の奥には広げられた教科書やノートが見える。  きっと勉強の途中だったのだろう。 「……ねむれないの」   「悪い夢でも見た?」   「ちがうけど……」  うまく言葉にできず黙り込んだ私に、兄はしゃがんで目線を合わせてくれた。   「気にしないで、話してみて。聞いてほしかったから来たんだろ?」  その優しい声に、張りつめていた気持ちが緩んだ瞬間、涙があふれた。    兄は何も言わず私を抱きしめ、背中をとんとんと叩きながら、泣き止むまでそばにいてくれた。  やっと落ち着いたころ、ベッドに座らせてくれて、改めて、  「なにがあったの?」  と訊かれる。  私はぽつぽつと、不安を吐き出した。  いつか朝比奈家の一員でなくなってしまうことが怖い、と。    兄はしばらく黙って聞き、そして謝った。 「瑞希がそんなふうに思ってるの、全然気づかなくてごめん」  唇を噛み、自分を責めるようなその顔がたまらなく切なくて――次の瞬間、また抱き寄せられた。 「心配しなくて大丈夫だ。瑞希はひとりじゃない。俺たちは家族になったんだから、離れたりしない。ずっとそばにいる」  低く落ち着いた声が、胸の奥の恐怖をやわらかく溶かしていく。    ――ああ。私は、ここにいていいんだ。  そんなふうに思えた。  それからもずっと、兄は変わらず本当のきょうだいのように優しく、頼もしかった。  けれど、ある時期から――彼の妹でいることが、息苦しく感じられる瞬間が増えていった。  眉目秀麗で成績優秀な兄は、いつも周囲からモテていた。  家の中で、彼女らしき女性と楽しそうに電話をしている姿もよく見かけた。  ――兄はカッコよくて、素敵な人。周りが放っておくはずがない。    そう自分に言い聞かせても、兄が誰かと抱き合い、唇を重ねている情景を想像するだけで、胸の奥が重く沈んでいく。  この感情はなんだろう。  親代わりとして私を守ってくれた兄に、包容力や安心感とは別の――甘く、危うい疼きを覚えるようになるなんて。  兄が男性としての魅力を増していくほど、その想いを隠そうとすればするほど、濃く、熱く、そして痛みに変わっていく。 そして、認めざるを得なかっ
last updateHuling Na-update : 2025-07-24
Magbasa pa

【3】①

 昼休みの学食は、今日も学生たちで賑わっていた。  広い窓から差し込む光に、ざわざわとした話し声、食器の触れ合う音。  そのなかで、私はお弁当を前にして、机に突っ伏すようにため息をつく。 「どしたの、瑞希? 元気ないじゃん」  頭上から軽やかな声がした。  つんつんと後頭部を突かれて顔を上げると、カレーライスをのせたトレイを抱えた鴻野翠(こうの みどり)が立っている。  情報通で華やかな翠は、日によって髪型も雰囲気も変わる。  今日は暑いせいか、編み込みを後ろでひとつにまとめていて涼しげだ。 「ちょっと朝から落ち込むことがあってさ……」 「またお兄さんのこと?」  図星をつかれて苦笑する。  今朝、久々に会えた兄はやっぱりそっけなくて、話す隙すら与えてくれなかった。 「多分……避けられてるんだと思う」 「なら、兄貴としては正しい判断じゃね?」  背後から聞こえたのは、丼を持った中谷亮介(なかたに りょうすけ)の声。  前下がりのマッシュヘアにラフなTシャツ姿、だけど会話はいつも妙に冷静だ。  彼は私の向かいに腰を下ろし、あっさりと言い放った。  この席は、翠と亮介と私の指定席みたいなものだ。  三人とも同じ学科で、気心も知れている。  特に、私が兄を想い続けていることを知っているのはこのふたりだけ。  普通なら誰にも言えない禁断の想いを、笑わずに聞いてくれる、貴重な存在だ。 「……わかってるよ。私が二回も告白したせいだって」   一度目は高校二年の冬。  彼女と電話する兄の柔らかい声を聞いて、衝動的に想いを告げた。  返ってきたのは「家族だから大事なんだ」という答え。  二度目は今年の春。  兄が専門医になったお祝いで初めてふたりきりで居酒屋に行き、酔いに任せて「まだ好き」と言ってしまった。  結果は同じ――それ以来、兄から距離を置かれているようだ。 「まぁ……好きならそうなっちゃう気持ちはわかるけどさ」  亮介は箸を動かしながらも、時折じっと私を見てくる。  なんとなく居心地が悪くて、私は慌ててお弁当に視線を落とした。 「そうだよ、瑞希。人を好きになったら多少暴走するのは普通。それがたまたまお兄さんだっただけ」 「いや、でもそこが問題だろ。相手が自分の兄貴だなんて」  翠が軽く笑いながら言うと、亮
last updateHuling Na-update : 2025-07-26
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【3】②

 一瞬の沈黙のあと、翠と亮介は視線をそらし、それぞれの皿に意識を戻した。  そんな空気をやわらげるように、翠が思い出したように声を弾ませる。 「そういえばさ、先週末、親戚のお見舞いで聖南病院に行ったんだ」 「うん」 「でね、帰りにエレベーター前で見かけたの。瑞希のお兄さん、白衣姿で看護師さんたちに囲まれてモテモテだったよ」  胸の奥がきゅっと縮んだ。 「囲まれて?」 「うん、周りの看護師さんの目がハートマークになってて。まぁ、あれだけイケメンなら納得だよね」  その光景を想像するだけで、心がざわつく。  兄のことだから、職場でもひと際、女性の関心を集めているのだろう。  頭では「今は彼女はいないはず」と思っても、また誰かが彼のとなりに立つ日が来るのかもしれない。  そんな不安がじわじわと広がる。 「そういう現場見たら、諦めるきっかけになるんじゃないの」 「逆に、燃える人もいると思うけどね~」  淡々とした亮介の言葉を、翠が軽く笑って受け流す。  私は苦笑いで返すしかなかった。  私が兄の彼女になる未来は、限りなくないに等しい。  それでも、心はどうしようもなく彼に向かってしまう。 「……ありがとう。こんな話をいつも、ちゃんと聞いてくれて」  素直にそう言うと、翠は「いえいえ~」と明るい調子で笑う。  亮介は「別に」と短く返し、箸を置いた。  けれど、なぜかその耳が、わずかに赤く染まっているように見える。 「まぁ、亮介がお兄ちゃん離れさせたくなるのは当たり前だよね~?」 「翠、余計なこと言うなよな」  ぴしゃりと言い返す声は少し硬くて、どこか照れを隠しているように聞こえた。 「……?」  私が首をかしげると、翠は意味ありげな笑みを浮かべている。 「不毛な恋をしてるのは、瑞希だけじゃないかもよ」 「え、どういう意味?」 「さぁね~」  わざとらしくはぐらかす翠に、私はますます混乱した。  だけど次の瞬間、「ほら、食べないと午後の授業遅れるよ」と話題を変えてしまったので、素直に従った。  ……やっぱり、兄のとなりにいるのは私でありたい。    けれどその願いは、叶えた瞬間にすべてを壊してしまうかもしれない。    それでも私の心は、兄から離れようとしないのだ。
last updateHuling Na-update : 2025-07-27
Magbasa pa

【4】

「ごめん、席取りありがとう」    二限目が終わり食堂へ向かうと、入り口近くのカウンター席に亮介の姿が見えた。    お礼を言いながら、彼のとなりに通学用トートバッグを置く。 「いや、大丈夫」 手元のスマホから顔を上げた亮介が短く答え、肩をすくめた。「――でも、カウンターしか空いてなかった」 「全然。ふたりだし、テーブル使うのも悪いしね」  今日は別々の授業で、教室も食堂から離れていたため、到着が遅れた。    いつもは三限のみの翠が早く来て席を確保してくれるのだが、今朝は体調不良で欠席していた。 「翠、珍しいよな。あいつ滅多に休まないのに」「ほんと。早く治るといいけど」  翠は見た目こそ奔放そうだけど意外と真面目で、多少の不調なら授業に出るタイプ。  そんな彼女が休むほどだから、よほど具合が悪いのだろう。 「亮介は今日、なににしたの?」「Bランチのアジフライ。たまには魚もいいかなって」 「おいしそう」 香ばしい匂いに思わず鼻をくすぐられる。 皿には大ぶりのアジフライがのっていて、評判どおりの食堂らしいボリュームだ。 「瑞希は弁当か?」「うん。でも詰めすぎたかも」  保冷バッグからお弁当を取り出し、荷物をカウンター下に置いて腰掛ける。    玉子焼き、アスパラベーコン、にんじんしりしりに、おにぎりがふたつ。 彩り担当のブロッコリーやミニトマトが切れていて、おかずそのものを詰め込んだせいで少し多めになってしまった。 「じゃ、玉子焼きひとつちょうだい。好物なんだ」「別にいいよ」 「いただきます」  亮介は箸で玉子焼きをつまみ、ひと口で頬張った。「……これ、瑞希が作ったんだよな?」「そうだけど」  高校のころから弁当作りは習慣になっていて、学生食堂を使うことはあっても、なるべく続けている。 「料理、上手いな」 「えっ? あ……ありがと」  不意に褒められ、思わず視線を落とす。 亮介に正面から褒められるのは珍しく、妙にくすぐったい。 「本当にうまい。少なくともこの玉子焼きは毎日食べたい」「毎日って、大げさすぎ」  笑いながらも、そんなふうに言われるのは嬉しい。「――でも、彼氏ができたら作ってあげるの、ちょっと憧れるかも」  一緒の大学や職場じゃないと難しそうだけど、おいしいと言ってもらえたら
last updateHuling Na-update : 2025-07-29
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【5】①

 その日――三限目が終わると、私はまっすぐ家に帰り、自室の机に向かった。  課題のレポートについて、今日中に片づけたい作業があるからだ。  テーマは『感染症マーカーとしてのCRPの有用性と限界』。  三千字程度と指定されている。まずは構成を練り、必要な論文を集めておきたい。  こういう地味で根気の要る作業は嫌いじゃない。けれど私は検索に時間がかかるタイプだから、早めに着手しておくに越したことはない。  提出まで一週間ある今のうちに下準備を終えておけば、あとは書いて見直すだけ。ずっと気が楽になるはずだ。  パソコン画面で資料探しに没頭していると、余計な考えが消えていく。  ――亮介の「彼氏に立候補」なんて冗談が、まだなんとなく胸に引っかかっていた。  でも、こうして目の前の作業に集中すれば、ざわつく気持ちも薄れていく。私にとって一番手軽な逃げ場とでも言うべきか。 「ふう……」    作業がひと段落したところで、私は大きく伸びをした。  スマホの時計は十七時半を回っている。三時間近く集中していたらしい。 喉が渇いた。    ノートPCを閉じて部屋を出る。階段を降りかけたところで―― 「病院長の娘さん、本当に素敵な方らしいのよ」    母の声が耳に飛び込んできた。 「かわいらしくて、お育ちもいいって。漣にぴったりじゃない?」 「またその話? 何回目だよ」 「いいお話じゃない。先方も興味を持ってくださってるのよ。もうすぐ三十なんだし、そろそろ結婚を考えてもいい頃でしょう?」  足が止まる。  この時間に兄が帰宅しているのにもおどろいたけど、それよりも、母の言葉だ。  ……縁談、か。  兄の外科医としての活躍は、病院内外で評判になっている。  父や母を通じてお見合い話が舞い込み、相手はどれも良家の令嬢ばかり。    けれど兄は、これまで興味を示さなかった。――少なくとも、そう信じていた。 「今は仕事に集中したい。恋愛も結婚も考えられない」 「会うだけでもいいじゃないの」 母の声に、兄が困ったように笑っている光景が浮かぶ。  私は冷蔵庫からお茶を注ぎ、余計な音を立てないようにして自室へ戻った。 天井を見上げながら、胸に小さなトゲのような痛みを感じる。  兄が誰かと結婚する――そんな未来を、考えたくない。 どう
last updateHuling Na-update : 2025-07-31
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【5】②

 核心に迫るのは怖いけれど、ここ最近、ずっと確かめたかったこと。 この勢いでなら、訊けると思った。「瑞希は大事な妹だ。それは昔から変わらない。きらいになったりなんてしないよ」 鋭く切り込むように問いかける私に反して、兄はふっと表情を綻ばせて穏やかに答えた。 いかにもな模範解答。受け入れてもらっているのに突き放されているような気分になるのは、どうしてだろう。    ……私が訊きたいのは、そういうことじゃない。「妹って言うけど、私たち、血がつながってないんだよ。本当のきょうだいじゃない」「だとしても、本当のきょうだいみたいに育ってきたんだ。今さら、瑞希をそういう目では見られないし、見ちゃいけない。もう冗談はよしてくれ」 口調が優しく窘めるものであればあるほど、兄からの拒絶を感じた。 それだけに留まらず、私の気持ちが偽物であるかのような言葉まで。「冗談なんかじゃない!」    思いのほか強い口調になってしまったことに、自分でも驚きつつ彼をまっすぐに見据える。「――私はずっと本気だよ。お兄ちゃんが好き。こんな気持ちになれるのは、お兄ちゃんだけなの。どうしてわかってくれないの?」 少なくとも、私の想いが真剣であるのはとっくに理解してくれているものだと思っていた。 だからこそ兄は、私を距離を置こうとしているのだと。    でもそうじゃなかった。 二回も気持ちを伝えてなお、中身のないものだと思われているだなんてひどい。    激しい落胆と憤りで詰る私に、兄は悪びれず、毅然として私を見つめ返した。「だとしても……答えは変わらない。瑞希は俺の妹、それだけだ」「っ……」    いつになく冷淡で端的な物言いは、私を納得させるためなのだろう。    追い打ちをかけるように、兄が続ける。「――悪いけど期待しないでほしい。この気持ちが変わることはない」  懇願に似た響きが、心臓を抉るみたいに突き刺る。 何度告白しても、兄の答えは変わらない。 残酷な事実を改めて突きつけられると、この場に留まり続けることができなくなって、逃げるようにリビングから飛び出した。 自分の部屋に駆け込み扉を閉めると、私はその場に力なくへたり込んでしまった。 「っ……く、ぅうっ……」 胸の奥をぎゅっと掴まれたように苦しくなって、上手く呼吸ができない。鼻の奥
last updateHuling Na-update : 2025-08-01
Magbasa pa

【6】①

 あの日から、一週間が過ぎようとしていた。    時間が経つほどに、「失恋」という二文字は静かに、しかし確実に胸の奥へと沈んでいく。  ――もう、この想いは届かない。兄のことは諦めよう。  そう決めても、十数年分の気持ちはそう簡単に手放せない。  授業中も、帰り道も、ふとした瞬間に兄の姿が脳裏をかすめる。 「――希、瑞希」  隣からの声に我に返る。  視線を上げると、大学の中庭でベンチに腰掛けた亮介が、陽光を受けてこちらを覗き込んでいた。 「あ、ごめん。なに?」 「今、完全にどっかトんでたな」 「ちょっと寝不足で」  笑ってごまかすも、彼は首を横に振る。 「ごまかさなくていい。兄貴のこと、考えてたんだろ」 「……さすが亮介だね」  苦笑しつつも、図星を刺されて胸の奥がチクリと痛む。  兄に振られたことは、翠と亮介にはすでに話してあった。翠は優しく抱きしめてくれ、亮介は「これでよかったんだ」と静かに告げた。  その目がほんの少し悲しげだったのが、妙に印象に残っている。 本当は部屋にこもっていたい日もあったけれど、ふたりのおかげでどうにか前を向けている。  持つべきものは友人だ、と心から思う。 「でも、そろそろ切り替えろよ。実習始まるだろ」 「……うん」  頷きながらも、気持ちは重くなる。実習先は聖南大学附属病院――兄の勤務先だ。  いかに科が多くても、同じ病院にいれば遭遇の可能性はある。  今は会わずに済んでいるからこそ、かろうじて心の均衡を保てているのに。 「しかし……九十分も空くと眠くなるな」  亮介が大きく伸びをし、空を仰ぐ。  この時間、本来なら翠も交えて講義を受けているはずが、今週は休講。  翠は未提出のレポートを片付けるため図書館へ行き、私と亮介だけがぽっかりと時間を持て余していた。 「このあと授業あるから帰れないし、外に出ても周りになにもないしな」  駅まではバスで二十分、往復すれば一時間。残り三十分のために動くのは非効率だ。結局、私たちは中庭で雑談しながら時間を潰すことにした。 風はやわらかく、日差しは少しずつ夏の匂いを帯びてきている。  芝生の上で昼寝している学生たちの姿もちらほら。そんなのどかな光景に目を細めていると、ふと口をついて出た。 「そういえばさ、駅ビルのアートギャラリーで面
last updateHuling Na-update : 2025-08-04
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