「え、朝陽《あさひ》ですか? 彼なら帰る前にホテルの支配人へ挨拶をしてくると、五分ほど前に部屋を出て行きましたよ」「ああ、そうなんですね。私が着替えを終わるのくらい、待っていてくれてもいいのに……」 短い期間でも結構無理を言って婚約式の準備をしてもらっていたから、私も今日のお礼くらい言いたかったのに。そうぶつくさ呟いているのが聞こえてしまったのか、白澤《しらさわ》さんがミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれた。「朝陽は鈴凪《すずな》さんに、これ以上の無理をさせたくなかったのでしょう。まあ、それも素直に言葉には出来ないでいるようですけれど」「本当にそうなんでしょうか? 結局、私は彼の足を引っ張ってばかりで……呆れられたんじゃないかなって」 あれからしばらく一人で頭を冷やして、落ち着いてからフロアに戻りはしたけれど。自分で思っていたような演技が出来ず、かなり朝陽さんにフォローしてもらうことになって。 そのせいか少し自己嫌悪に陥っている部分もあり、いつものように前向きな自分になかなか戻れないでいる。「もしかしたらまだ話してるかもなので、私もちょっと見に行ってきます」「分かりました」 もし入れ違いになった時のため、白澤さんには部屋で待っててもらい急いで支配人室まで向かっていると……廊下の向こうから微かに耳に入ってきた、その聞き慣れた声。「どういうつもりだ? 俺の婚約者に近づく必要が、今のお前にあるとは思えないが」「あら? 私は元彼女として、鈴凪さんを応援しようと挨拶しただけにすぎないわ。どうせまた貴方のお父さんが邪魔をしてくるでしょうから、私の経験談を教えてあげようと思ってね」 廊下を曲がった向こうにいるのは、朝陽さんと鵜野宮《うのみや》さんで間違い無いだろう。会話の内容から朝陽さん達の過去はなんとなく想像つくけれど、今の二人の間には妙な緊張感があって。「だいたい私でもダメなのに、彼女にOKが出ると思ってるわけないわよね? それとも、いろいろな相手を試しているってとこなのかしら?」「……そんな風に、鈴凪の事を考えた事はない」 鵜野宮さんのクスクスという笑い声が、嫌な感じで耳に残る。どう考えても自分は見下されていると気付かされる、思っていたよりも彼女はずっと根性悪い女性だったようで。「ふふ、もう懐柔されちゃったのかしら? ま
최신 업데이트 : 2025-09-20 더 보기