All Chapters of (仮)花嫁契約 ~元彼に復讐するはずが、ドS御曹司の愛され花嫁にされそうです⁉~: Chapter 71 - Chapter 80

119 Chapters

渦巻くその悪意に 3

 そもそも鵜野宮《うのみや》さんのように容姿も立場にも恵まれてる人が、私のような平凡な女を気にする事の方がおかしいと思うのに。それでもあの時の流と彼女に、何とも言えない怖さを感じたのは事実で。 そんな私に、白澤《しらさわ》さんは心配そうな表情を浮かべながら質問してきた。「この件について、今夜にでも朝陽《あさひ》と話をしますか? その場合は私も一緒に、今日の事を説明しますけど……」「確かに今後の事を考えると、そうした方が良いのかもしれません。でも……まだ犯人が彼女だという確信も持てないし、これが一時的な事で済むのなら出来るだけ大事にはしたくないので」 これは私の楽観的な希望でしかない、きっとこの程度では終わらないと分かっている。鵜野宮さんがこんな事をしている理由も不明だし、きちんと朝陽さんに伝えるべきだという事も。 それでも、迷ってしまうのは……多分、私の狡い考えがそこにあるから。決して人に見せたりできない、ドロドロとした自分の心の黒い部分。 そんな感情を抱えて、それ以上何も言えずにいると……「一度で済む可能性は低いと思いますが、それでも私は鈴凪《すずな》さんの希望を尊重しますよ」「……いいんですか? そんなことをしたら、白澤さんが朝陽さんに怒られたりしません?」 少し考えた素振りを見せた後、白澤さんはそう言ってくれた。もちろん依頼主である朝陽さんにそれを伝えないという事は、何かしらのペナルティーを受ける可能性だってあるわけで。 でもそれを聞いても、彼はいつもと変わらない表情で……「まあ朝陽に怒られない、とは言い切れませんね。ですが、それで鈴凪さんに『護衛をやめて欲しい』と言われるよりはマシかと。これも私的には、の話ですけど」 そんな風に答えてくれるから、少しだけ罪悪感で胸が苦しくなった。こんなの私の我儘に過ぎないのに、白澤さんは決して怒ったりしないのだと。「白澤さんにとっての護衛とは、そういうものなんですか?」「……ええ、そうなんですよ」 だから貴女は何も気にしなくていい。と言うように白澤さんは頷いて、それからゆっくりと歩き出す。 こんな誠実で優しい人を困らせてしまう自分が、少しだけ嫌いになりそうだった。 私自身がちゃんと、鵜野宮さんの嫌がらせにも負けないくらい強くならなければいけないんだって。そう心を奮い立たせて、真っ直ぐな気持
last updateLast Updated : 2025-09-26
Read more

渦巻くその悪意に 4

 お風呂を済ませリビングのソファーで気になる雑誌を眺めていると、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。きっと朝陽《あさひ》さんが帰宅したのだと思い、立ち上がってそちらへと向かう。 仕事を終えた後とは思えないシャンとしたその姿に感心しつつ、彼から仕事用の鞄を受け取った。「今日は思ったより遅かったですね、白澤《しらさわ》さんはもう帰られましたよ?」 今日の報告をするまで帰ろうとしない白澤さんに、無理を言って帰らせたのは私だけれど。少しだけ、朝陽さんと二人きりで話したい理由もあって。 白澤さんはそこは深く聞かないでくれたし、何となく察してくれているんだと思う。「……ああ、さっきアイツからメッセージが送られてきた。それで、鈴凪《すずな》はもう大丈夫なのか?」 その問いかけに、一瞬だけギクリとした。白澤さんは自分からは何も話さないと言ってくれたけれど、この人は今日の事をどこまで知ってるのかって。「えっと……大丈夫って、何がですか?」「何が、じゃない。白澤からお前の顔色が悪く、貧血かもしれないって。ほら、鉄分ゼリーにサプリとそれに……」 なるほど、そういう事にして誤魔化してくれたみたい。 朝陽さんにバレてない事にホッとしたのだが、彼の持ってる袋から出てくる大量の鉄分ゼリーやサプリがちょっと怖い。「……ああ、そっちの事? もう大丈夫ですよ、それにしてもこんなにたくさん。わざわざありがとうございます」 つい気が緩んで、ぽそっと零した言葉を朝陽さんが聞き逃してくれるはずもなく。すぐにジロッと睨まれて、しまった! と思ったが、やっぱりもう遅かった。「そっち、とは? まるで他に何かあるような言い方だな、鈴凪」「えっと……朝陽さんの聞き間違いでは? もしかして、昨夜の疲れがまだ残ってるんじゃないでしょうか? それなら早く休んだ方が良いかと」 こんな事で誤魔化せるなんて思ってないけど、実は……と本当のことを話せるわけもなく。適当に話したことで、自分がどんどん追い詰められることになるなんて。「ほう? なんなら昨晩の続きを、今からしても俺は一向に構わないんだが?」 そう言ってグッと距離を詰めてくる朝陽さん、そんな彼から逃げるように慌てて壁際へと移動した。 だって、今の状況でそれは絶対に無理! 今日一日、心を落ち着けて考えようとはしたけれど……昨夜の事を
last updateLast Updated : 2025-09-26
Read more

渦巻くその悪意に 5

「昨夜はかなり酔っぱらってて、少し羽目を外し過ぎたかな~って。ちょうど今、反省していたところなので……」 遠回しに今はシラフですし、これから先もそんな気はありませんよ? と伝えているつもりだけど、これを朝陽《あさひ》さんがどう受け取るかが一番の問題で。 だって、そうでしょう? 私と朝陽さんの契約が終える時には、この人が鵜野宮《うのみや》さんと復縁することが決まってるはず。だからあの一夜を最初で最後にしなくてはいけないんだって、私の中ではそう決めているのに。「……ふーん、なるほど?」「な、何が『なるほど』なんです?」 もちろん朝陽さんがそれで納得してくれるとは思ってなかったけれど。この『なるほど』という言葉には、どういう意味が含まれているのだろうか? 次にくる返事が予想出来なくて、自分ではそれなりに覚悟していたつもりだったのだが。「じゃあさ、何で昨夜のお前は俺にあんな態度をとってきたんだ? まるで俺の気を惹くかのように、我儘を言って可愛く甘えてきたくせに」「――っつ!!」 それを言われたら、私は何も返せなくなるでしょう? 確かに酔ってはいたけれど、あれは自分の中にある本心でもあったから。 それを誤魔化せるような言い訳も、何も思いつかなくて。そのまま俯いて黙っていると、いつの間にか自分は朝陽さんと壁の間に挟まれていた。 慌ててそこから出ようとすると、朝陽さんが壁に向かって両腕を伸ばして――「ひぇっ!?」「これって壁ドンって言うんだよな、確か。鈴凪《すずな》はこういうの、結構好きそうな感じがするな」 悪魔のような笑みを浮かべて、朝陽さんはそう言ってくるけれど冗談じゃないわ。まさかこんな状況で、初の『壁ドン』をされることになるなんて。 確かに一度くらいは、そういうのもされてみたいと思ってはいたけれど!「ええ、好きかもしれませんが……それは、相手によりますよね?」 喧嘩を売りたかったわけではないが、つい口から出てしまったのはこんな言葉で。流石にムッとしたのか、朝陽さんは笑顔のままで眉間だけを寄せた。 ……その方がずっと怖いので、普通に怒って欲しいです。「ほぅ。お前は、相手が俺では不満だとでも?」「……」 ……ええと、そういう訳ではないんですけれど。 ここで『はい』って言っても『いいえ』と答えても、自分にとって良い未来が想像出来
last updateLast Updated : 2025-09-27
Read more

渦巻くその悪意に 6

「鈴凪《すずな》が不満だそうだからな、せっかくだし色々試してみようかと」「何もいま、ここで試す必要はないですよね!?」 頼みますから襟をはだけないで、余計な色気を醸し出そうとしないでください! 自分の言ったセリフが原因だとは分かっているけれど、こんな悪ノリしなくても良いじゃないですか。 どんどん焦っていく私とは対照的に、朝陽《あさひ》さんは余裕の笑みまで浮かべてそれはそれは楽しそうに見える。「自分にだけドSで意地悪だとも言っていたな、もしかしてそっちの方が好みだったりするのか?」「そんなわけ……っ!」 背中はピッタリと壁にくっ付いていて、これより後ろに下がることなんて出来ない。それなのに朝陽さんはじりじりと距離を詰めてくるから、こっちはもうパニック状態で。 けれどそんな私にトドメを刺すかのように、彼は眼鏡のテンプルに手をかける。「そんなわけないかどうか、これも試してみようか?」「じ、冗談でしょ……う?」 掠れたような声でそう返すのが精一杯で、何の抵抗も出来ないまま朝陽さんのされるがままになってしまう。 風呂上がりで首元の緩いシャツを着ていたのだが、彼の指先が私の髪を避けて地肌に触れた。 その場所は確か、今日の朝に白澤さんに指摘された――「ほらココ、綺麗に残ってる。これも全部、無かった事に出来るとでも?」「うぅ……」 どうして昨夜はこんなものを残すような真似をしたんです? 私は【仮】の婚約者でしかないのに、まるで自分のものだというようにこんなキスマークを。 ……もしかしたら、朝陽さんは私の事を? なんて思える程、自分はポジティブ思考でもない。 それにこの人はきっと、鵜野宮《うのみや》さんを諦めることなんて出来ないはず。だからこそ今の状況が、余計に私には理解出来なくて。「……なあ、鈴凪? 本当に昨夜の――っぐ!」「ご、ごめんなさい! でも、本当に無理なんで!」 思考が限界を迎え、気付いたら朝陽さんに頭突きしていて。頭頂部がジンジン痛かったけれど、そんな事に構わずその場から脱兎のごとく逃げ出した。 一応、最初に謝りはしたけど……心の中で何度も「本当にすみません」と繰り返しながら。「……ってぇ、流石にちょっと揶揄いすぎたか?」 残されたリビングで朝陽さんがそう言いながらも、凄く楽しそうな表情をしているなんて。 その時の私に
last updateLast Updated : 2025-09-27
Read more

渦巻くその悪意に 7

「おはようございます……おや、朝から珈琲とはお前にしては珍しいですね。何か良い事でもあったのですか?」 準備が終わるまでリビングで待っていて欲しいと言って、玄関に立っていた白澤《しらさわ》さんに上がってもらう。 今朝はいつもと違って、朝陽《あさひ》さんが珈琲カップ片手にソファーで新聞を読んでいたのだけど。「え? そうなんですか、朝陽さん」「特にねえよ、何も。そもそも俺が朝に珈琲を飲んでても、別におかしいことはないだろ」 確かに、朝陽さんが珈琲を飲んでる姿を見たことがないわけではない。けれども、一緒に暮らし始めてから彼が朝に珈琲を飲んでいるのは初めてな気がする。 本当に白澤さんの言う通り、何か【良い事】があったのだろうか?「朝陽はこう見えて、昔から早起きが大の苦手でして。学生時代はいつも無理矢理に珈琲を飲ませて、一限目に間に合わせていたくらいです」 白澤さんの話によると、その習慣の所為で朝陽さんは朝に珈琲を飲まなくなったそうで。今朝みたいな状況は、かなりレアなことらしい。「それは知りませんでした、いつも私より早く起きて家を出られてたので」 神楽《かぐら》グループの御曹司という立場である彼は、かなり早い時間に出勤するようで。私が起きるころには、ピシッとしたスーツ姿になっている。だから朝が弱いなんて、そんなイメージは全然持ってなかった。 すると白澤さんは、クスクスと笑って。「ふふ、鈴凪《すずな》さんには隠しておきたかったのでは? そうなんでしょう、朝陽」「うるせえな、お前のそのお喋りな舌を引っこ抜いてやろうか?」 あの、白澤さん……せっかく機嫌が良い状態なのならば、そんな風に煽らないでくださいよ。多分、その悪気はないんでしょうけれど。 常識人のように見えて意外とズレたところがある白澤さんは、やはり朝陽さんの類友と言えるんでしょうね。「そうですか、そんなに良い事があったんですね。それは何よりです」「……ええと、お二人の会話が噛み合ってなくないですか?」 こうなると、何をどうすればいいのか分からなくなるけれど。付き合いが長いだけあって、二人共怒ったりはしないようだ。「そんなことありませんよ、鈴凪さん。朝陽はいつもの七割増しくらいで、機嫌が良いはずですから」「なあ、白澤。お前のそういうところ、マジでウザったいんだが?」 本当に、これで
last updateLast Updated : 2025-09-28
Read more

渦巻くその悪意に 8

「理由は何であれ、今のこの状況は良い感じなのではないかと思いますよ? 少なくとも私は、ね」「……まあ、それはそうかもですけど」 分かるような、分からないような微妙な話し方をするのはわざとだろうか? 白澤《しらさわ》さんはハッキリとした言い方はせずに、ぼかしてくるから朝陽《あさひ》さんにしか伝わらない事もあるはず。 なのに朝陽さんは、それを聞かなかったかのような素振りでスッと立ち上がって。「そろそろ俺は出る。鈴凪《すずな》、その鞄を玄関まで持ってこい」「はい? なぜ私が……って、もう! 朝陽さんは、いつも人使いが荒いんだから」 そう言った時には、すでに朝陽さんは一人で玄関に向かっていて。私は慌ててテーブルに置かれたままになっていた彼の鞄を持って追いかける。 そんな私の耳に、リビングに残っていた白澤さんの呟きが聞こえて……「おやおや、朝陽も意外と可愛いところがあるんですね。これは面白い」 どこをどう見たら、この暴君でドSな朝陽さんが可愛く見えるのか? 私にはどう頑張ってみても、一生理解出来ないような気がした。「それじゃあ、気を付けて行ってきてくださいね」「……ああ、行ってくる」 持ってきた鞄を渡してそう言ったけれど、特に朝陽さんの様子に変わったところは無い気がする。 んん、でもちょっと待って? なんか、こういうのって……いやいや、私と朝陽さんでそれはない。そう思ってリビングに戻ると、白澤さんがポソッと一言。「まさにお二人の新婚生活、そのものって感じですね?」「……白澤さん、もしかして人の心まで読めちゃったりするんですか?」 さっき一瞬だけ浮かんだけれど、打ち消しておいたソレをズバリ当てられ冷や汗をかきそう。まさかとは思うけれど、朝陽さんにはそんなつもりはないでしょうし。 ……でも確かに、今朝の彼は何かおかしかったような気もするのだけど。「ふふ、そんなまさか。ただ思ったことを、そのまま言ったにすぎませんよ」「そういう事にしておきます、余計に怖いので」 そう返せば、白澤さんはまた楽しそうに笑うだけで。よく考えてみれば、彼もここに来て笑ってばかりで機嫌が良さそうに見える。 その理由はきっと……「友達思いなんですね、白澤さん」「そうでしょうか? けれど、今の朝陽を見ていると嬉しいとは思いますね」 また含みを持たせた話し方、でも
last updateLast Updated : 2025-09-28
Read more

渦巻くその悪意に 9

 ざわざわ、ざわざわ……会社の玄関の前、何故か人だかりが出来ている。普段はこんな事はないのに何かあったのだろうかと、野次馬根性を出して覗いてしまったのがいけなかった。 人だかりの真ん中に置いてあった段ボールの中には、何本ものナイフを刺されてズタズタになった人形が入っていて。 その人形に見覚えがあった私は、一瞬で身体中に鳥肌がたった。「どうして……あの人形がここに?」「あの人形を鈴凪《すずな》さんは知っているのですか?」 そう白澤《しらさわ》さんに聞かれてこくんと頷いたのだが、まだ信じられないものを見た気分で。だって、あの人形は……わたしが子供の頃から大事にしていた物で、今も実家の自分の部屋にあるはずなのだから。 けれどもあの子に最後に着せた服やセットしたはずの髪型が全く同じで、自分の持っていた物だとしか思えない。 まさかと思うが、こんな酷いことまであの鵜野宮《うのみや》さんや元彼の流《ながれ》がやったのだろうか?「あの人形のことは私に任せて、鈴凪さんは先に出社してください」「はい、すみませんがお願いします……」 後のことは白澤さんに任せてとりあえずオフィスに入ったが、さっきのことが頭から離れない。もちろん怖いという気持ちもあるが、あまりにも酷すぎて悔しくもあった。 あの人達に、私の大切なものまで壊す権利はないはずだと怒りまで湧いてきて。 そんな時、営業の轟《とどろき》さんから声をかけられて……「ちょっとだけいいかしら? 玄関の人形の件で雨宮《あまみや》さんから話を聞きたいって、小野《おの》部長が」「はい、分かりました」 轟さんにそう言われて、私は小野部長が待つミーティング室へ向かう。もしこれが大問題になって、これからの仕事に影響が出たらどうすればいいのだろう? そんな不安な気持ちで、ミーティングルームの扉を開けた。「さっきの件は大丈夫だったかい、雨宮くん?」「小野部長……あの、どうしてあの人形が私と関係があると分かったんでしょうか?」 持ち主である私ですら、一瞬気づかなかったくらいで。それを私のものだと、どうして小野部長が知ってるのかが気になったのだけど。 その答えは、思ったよりも簡単だった。「数日前から雨宮さん個人に対する嫌がらせの電話やFAXが、何度も来ているとは社員から聞いていたからね。ここまでくるとかなり悪質だし、君
last updateLast Updated : 2025-09-29
Read more

渦巻くその悪意に 10

 こうして個人的な理由で会社に迷惑をかけてしまってることが、本当に申し訳なくて。これ以上大事になる前に、自分が自らここを去るべきなのだろうか。 という考えが、一瞬だけ私の頭をよぎったのだが…… そんな私の不安に小野《おの》部長は、ポンと肩を叩いて「君は悪くないはずだから、気にしなくていい」と言ってくれた。「雨宮《あまみや》さんが普段どれだけ真面目に責任を持って仕事をしてくれてるかは、私たちがよく知っているよ。だからこんな嫌がらせに負けず、君は普段通りの仕事をして欲しい。私が言いたいことは、それだけだからね」「ありがとうございます……」 今までこの職場で頑張ってきたことをちゃんと見ていてもらえたこと、そして自分を信じてもらえたことが嬉しくて。瞳がジンジンと痛かったけれど、何とか耐えてミーティングルームを出た。 ふうーっと深呼吸して自分のデスクに戻ると、何故か机の上にはたくさんのお菓子の小袋が置いてある。「なんだかね、みんなが心配して一個ずつ置いて行ってたのよ。ふふふ、ここの社員はみんな雨宮さんの味方だから安心してね?」「はい、ありがとうございます」 轟《とどろき》さんからまでそんな事を言われて、私の涙腺はもう崩壊寸前で。誤魔化すように前髪を弄ったりしていると、みんな気づかないふりをしてくれた。 こんなに良くしてもらってるんだから、私はあの人達には絶対に負けちゃいけないんだわ。 ……そう心に強く誓って。「お仕事お疲れ様です、鈴凪《すずな》さん」「ありがとうございます、白澤《しらさわ》さん。それであの人形は、どうなりましたか?」 処分されても仕方がないとは分かってるけれど、それでも気になって聞いてしまう。それくらい私にとっては、思い入れのある人形だったから。「私の知り合いに人形を専門で扱ってる女性がいますので、その方に預けてきました」「えっ? もしかして、あの状態でも直るんですか!?」 意外な言葉に驚いてすぐに聞き返すと、白澤さんは優しく微笑んでくれる。つまりお人形が元に戻る可能性があるって事なのだと分かって、心からホッとした。「時間はかかるそうですが、出来る限りやってみると。まあ性格はともかく、その腕は確かなので安心してください」「いや、性格はともかくって……?」 ついそこに突っ込んでしまったが、それには答えてもらえず。白澤さん
last updateLast Updated : 2025-09-29
Read more

偽装された復縁に 1

「ちょっとみんな、聞いてくれ! 実は轟《とどろき》さんが、大口の取引先からの契約を勝ち取ってくれたんだ!」 営業ニ課での、朝のミーティングタイム。普段は席についたままでサラッと終わるのだけど、今日はいつもと違っていて。 課長に呼ばれた轟さんが、照れたような表情で「ありがとうございます」と笑っている。「ええっ、マジかよ!? 俺なんて、まともに話も聞いてもらえなかったぜ」「絶対無理だと思ったのに、轟さんやるなあ……」 それもそのはず。轟さんが契約を取った相手は、難攻不落とも言われるほどのやり手の経営者で。 正直なところ、私もかなり難しいのではないかと思っていたくらいに。「本当に凄いです! あの気難しい社長さんから契約を取れるなんて、さすが轟さんですね!」「何を言ってるのよ。雨宮《あまみや》さんが丁寧な資料を作ってくれたり、いろんな部分でサポートしてくれたからこそでしょう」 私が補佐として出来る事は、それくらいしかないのに。轟さんはどんな小さな事にも、ちゃんと気付いてそう言ってくれる。 それがとても嬉しいし、この人と仕事が出来て良かったと思う。「……そこで、だ。せっかくだから轟君の慰労会を金曜にやろうと思うんだが、みんなは参加出来そうかな?」 課長の言葉に、部内がワッと賑わう。ここに課の人たちは意外と酒豪が多いので、こうなるのは仕方がないのかも。でも楽しそうで、今からワクワクする。「おー! やったな、これは美味い酒が飲めそう」「はいはーい、私も参加出来ます~!」 みんなが一気に手を上げ始めるので、課長は近くの女性社員に声をかける。流石にこの状態で、参加者を全員把握するのは難しいはず。「すまないが、参加人数を確認してあとで教えてくれないか? 店の予約は僕がしておくから」「はい、じゃあ私が課のみんなに聞いてから伝えますね」 「それじゃあ、頼むよ」と課長が言った後、ミーティングタイムは終わりみんなデスクに戻っていく。私も自分の席に着こうとすると、先ほどの女性社員が笑顔で……「主役の轟さんと、補佐の雨宮さんはもちろん強制参加ですからね?」「ふふふ、任せなさい!」「凄く楽しみですね! ……ああ、でも念のために確認をとった方が良いのかも?」 黙って飲み会に参加すると、さすがに心配をかけてしまうかもしれない。 護衛をしてくれている白澤《し
last updateLast Updated : 2025-09-30
Read more

偽装された復縁に 2

 やってしまった! とそこで気付いても、もう手遅れで。慌てて上手く誤魔化せるような言葉を考えたのだけど。「誰って、ただの同居人ですよ。その、ルームシェアみたいな感じで今は住んでるので」「ほほぉ、ルームシェアねえ……?」 好奇心旺盛な轟《とどろき》さんがこれで納得してくれるはずもなく。興味津々といわんばかりの顔でこちらを見つめてくる。 ああ、これはどうしたものか。 だからと言って、本当の事など話せるわけもない。なので……「絶対、信じてないでしょ? この話は、誰かに広めたりしないでくださいね!」「はいは〜い、もちろん分かってるわよぉ?」 そういうわりには、楽しそうにニヤニヤと笑っていてちょっと怪しい気がする 本当に大丈夫かなあ? 悪戯っ子のような顔をしている轟さんに、少し不安を感じつつこの話を終わらせたのだった。「……へぇ、部署メンバーでの慰労会か。参加していいんじゃないか、たまには?」「本当ですか、ありがとうございます! 今回はどうしても参加したかったので」 帰宅してすぐに朝陽《あさひ》さんに相談すると、案外すんなりと許可が下りた。本当にたまにしかないし、今回は轟さんが主役なので参加出来るのは凄く嬉しい。 彼が良いと言ってるのだから、遠慮なく慰労会には行かせてもらう事にした。「まあ、白澤《しらさわ》に送迎だけはしてもらえよ。店内の方は、他の社員もいるだろうから大丈夫だとは思うが」「はい、分かりました。それと帰宅は遅くなると思うので、その時は朝陽さんを起こさないように気を付けますね」 もしかしすると日付も変わってから帰宅する可能性もある。だから朝陽さんは先に眠るんだろうと思っていたのに。それは私の勝手な思い込みだったらしく。「はぁ? そんなの、起きて鈴凪《すずな》の帰りを待ってるに決まってるだろ?」「えっ? 待ってなくていいです、気にせず先に休んでてください」 それは流石に申し訳なくて、朝陽さんにはゆっくりしてもらおうと思ってそう言ったのだけど。あからさまにムスッとした表情をされて、訳が分からず私の方が戸惑ってしまう。「……ああ、そうかよ」 ……ええと、なぜ今の会話で拗ねるのだろう? そんな要素は、さっきのやりとりの中にありましたか? やっぱり朝陽さんの考えてる事は、私にはよく分からないかも。その後に朝陽さんの機嫌を取るのが
last updateLast Updated : 2025-09-30
Read more
PREV
1
...
678910
...
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status